第4話 訓練 その1 自警団
ルミィ達は午後から自警団の訓練場へ向かうはずであったが、その前に「怪物の被害が出たぞ」と言う知らせが届いた。
森の北側沿いの道に死体が転がっていたと言うのだ
遺体は森から荷車に乗せられて運ばれてくると言うので、クルツ邸の者達も屋敷から外に出て、その有様を見ていた。
荷車の荷台の上には筵(むしろ)が掛かっており、それでも見物人達はひそひそと話し合っていた。
ルミィも外に出て見物人の中に加わったが、彼はツカツカと荷台に近づき、その筵をめくり上げた。
死体が並んでいるかと思いきや、そこにあったのは食い散らかされた残りの手足や顔の一部などであった。
衣服なども切り裂かれ切れ端ばかりで、どれも血まみれになっていた。
一緒に並べられているのは彼らが持っていたと思しき武器だった。
剣に鎗、鉄の棍棒などだ・・・・・・・・ルミィは鉄の棍棒を凝視した。
それほど一般的な武器ではない。
ルミィは自分が倒した追い剥ぎの運命を悟った。
筵を元に戻し、屋敷に引き返そうとすると、そこにはディアナが立っていた。
彼女と目が合った。
どうやら、彼女もまた、ルミィが了解したことを理解したようだった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
その後、ゲイリーに連れられて、ルミィは自警団の訓練場へ向かった。
そこは村の外れにあるクルツ家所有の土地の一部であった。
簡易的な宿舎が建てられており、そこに自警団の面々は寝泊まりしていると言う。
もちろん、ゲイリーもそこに住み込んでいるのだ。
ルミィが到着した時、彼らは既に剣の稽古を始めていた。
ゴッドフリーの指導の下、二人が組になり、対戦形式の稽古である。
既にディアナも来ていたが、彼女は彼らの稽古を眺めるばかり。
「加わらないのか?」
「彼らじゃ相手にならないもの。彼らにも悪いわ」
そんなことはないだろうと思ったものの、実際に彼らの稽古っぷりを見ると、情けない限り。
互いに剣先を打ち合わせ続けるだけだったり、間合いを取ったまま動いているだけ同士だったり、あるいは向かってこられると逃げ回るだけの者等々・・・・・・
「こりゃいかんな」
「でしょう?」
ルミィとしては、「そんなに自信満々で相手を舐めていると足元をすくわれるぞ」とたしなめたいところだったのだが、実際の自警団がしている稽古を見てしまったら、そんなことを口にしにくくなってしまった。
これを見ながら、足元すくわれる云々などと本気で言っていたら、頭の中を疑われてしまう・・・・・・
「団員に参加しているのは、ゲイリーと同じように育ちのいい連中が多いのか」
「・・・・・・大体が父の計画に賛同している小地主や独立したての自作農家の子息ね。規模の大きさじゃあ代官に敵う地主はいないけど、父程度の地主の大半は自警団に賛同してくれたの」
「正直なところ、ディアナはお父様の計画には賛成なのかね?」
「私には分からないわ。でも、みんな利益のことになると目の色が変わるのには驚いたけど」
「まあ、最初にカムワツレ王国との安定した交易方法を思い付いたのは、代官な訳だから、その方法をそのまま真似しようとすれば、向こうが面白く思うはずがない。利益を護りたくなるからには、対立を生むのは自然な流れだ。
私だったら、利益率の変更の交渉をするね。
もちろん自分の利益が減ることになる代官はなかなか交渉には応じないだろうが、その方が村の中の対立を呼ばずに済むし、自警団創設のような余計な費用も掛からない。
ここの若者が慣れない訓練をする必要もない」
「私には分からない。そういう話は父にして」
「棒振りの意見なんか、賢明なお父様は聞かないだろう。だからここで言っている」
ディアナは笑ったが、それから呆れたような目を向けてクルリと瞳を回してみせた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
訓練が一段落付いた頃合いを見て、ゴッドフリーが団員をルミィの元に呼び集めた。
ルミィはゴッドフリーから紹介されると挨拶した。
「しばらくの間、諸君の訓練の手伝いをすることになった。
一人一人の技能を向上させることも大事だが、目的を考えると集団での行動に重きを置くべきだと思う。
まず、騎乗整列の訓練だ。その後は行軍・集合・散開と繰り返す。上手く行くようなら、技能訓練も考えるが、先ずは集団行動の訓練を優先したい」
「なんだ、乗馬訓練か」と誰しもが思った。
上背のあるルミィであったが、年も若いし柔和な顔立ちでもあったから、与しやすい印象を団員に抱かせていた。
だが、彼の号令の元に訓練が始まると予想は裏切られることになる。
馬を降りた状態から、ルミィの合図で馬のところに走り乗馬、そのまま集合・整列なのだが、整列にモタつくと「やり直し」を命じられた。
彼らが上手く並べたと思っても「遅い。やり直し」と何度も繰り返させられた。
「騎乗で難しいようなら、馬に乗らないで同じ訓練をするか」とまで皮肉られる。
一同は奮起し、騎乗整列するとルミィはにこりともしないで「まぁ、いいだろう」と言った。
既に陽は落ちかけ、薄暗くなってきていたため、初日の訓練は終わったが、延々と馬に乗り集まるという動作だけだったことに誰しもが驚いていた。
そして精神的にも肉体的にも消耗し、疲労していた。
「何も面白くない訓練よ」とクルツ邸に戻るとディアナからも不満を面と向かって言われたが「個人の技能訓練なんか、最低限の集団行動が出来ないうちは無理だな」と取り合わなかった。
ただ、説明を付け加えた。
「いざ、護衛をするとなった場合に整然と騎馬が行軍するだけで、襲う方は考えるものだ。それでも襲撃をしてくる者に対しては剣技が必要になる。
優先順位を間違えると、実地で被害を出すことになる。
ゲイリーが不満を抱いているようなら伝えておくといい」
もっとも、夕食も済むとディアナは個人の稽古を希望してきた。
当然、ルミィにコテンパンに打ち負かされるのだが、彼女からすれば目標が困難なほどに闘志が湧くらしい。
ルミィにとってディアナの貪欲さは舌を巻く程であったので「貴女のような部下が何人もいれば良かったのに」とため息を漏らしさえした。
その嘆息をディアナは聞きとがめる。
「ねぇ、ルミィは剣術師範だというけれど、訓練も説明もいわゆる軍事教練を思い起こさせるわ。確かに剣の腕前は見たことも聞いたこともないほどの練達だけど、本当に只の剣術師範なの?」
「剣術師範の腕前がいいと何か問題でも?」
「そうじゃないけれど・・・・・・私が常々感じているのは、本当に凄腕の連中はその腕で仕事をこなすはず。で、仕事がこなせない者がどうするかっていうと、教える側に回るわけ。
ゴッドフリーだって、本当に腕が立って免許皆伝というなら、それで身を立てたんじゃないかと思うわけ。少なくとも現役として剣を振るって職責を果たすには、荷が重いと感じているんじゃないかしら。
だって、実際に剣で命のやりとりをするかも知れないのと、その心配のない立場とでは全然違うでしょ」
「ゴッドフリー先生の場合は、単に年を取ったというだけかも知れない。
年を取っても人間は飯を食っていかないとならないし」
「じゃあ、あなたは?」
「生来の臆病者なのかも知れない」
「生来の臆病者が五人組の追い剥ぎを剣で蹴散らすなんて無理でしょ?」
「さて、火事場の馬鹿力の言葉もある通り、いざという時に人間、どうなるかは分からない」
ルミィの返事にディアナは満足できなかったらしい。
彼女はフンと鼻息荒く不満を表明すると、靴音も高らかに稽古場を去って行った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます