第3話 クルツ家の企み その3 ディアナの兄弟

「なるほど」とクルツ氏は感心したように聞き入っていた。

「これでは剣術師範というよりか、戦場の指揮官からご教授賜っている気になりますな」とゴッドフリーの方に目を向けた。


「わしも集団戦闘に関してはからっきし知らぬわい」とゴッドフリーまでが賞賛の声を上げた。


「これは兵法の常道です。剣術師範は剣を振り回すことだけに通じていればいい時代は終わったのです」


「なら、わしは医者になって正解じゃったかもしれん」と医師は自嘲気味に笑った。


「明日にもゲイリーに迎えを寄こさせましょう。それに長男にも明日はこの屋敷に顔を出すように連絡しましょう」


「長男の方は何をなさっているのですか」


「息子は私と同じベイルの名なのですが、二世として家督を継いでいます。私の小作人を取りまとめて、収穫を集めて税に納め、余りを売る。

今は代官に売り渡していますが、次の収穫の後は私共の自警団の護衛で、我々自身でカムワツレ王国に売りに行く。利益倍増では済まないでしょう。今から待ち遠しくて堪りません!」


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翌日、ベイル・クルツ二世とゲイリーの兄弟がクルツ邸に姿を現した。

長男のクルツ二世はひょろりと長身で、面長で青白い顔をした神経質そうな男だった。豪奢な土色の上着を羽織り、尊大な顔つきでルミィに会釈してきた。

次男のゲイリーは、見た目にはディアナと似ていた。男であるから、ディアナに比べると大柄だし、ゴツゴツとした印象を受ける。ディアナと同じように優しい印象ながら、彼の方はひ弱にも感じさせる雰囲気があった。

自警団に入ってしまったのも、父から促されて断り切れず、本当は好きでもないことをそうと気取られないように懸命になってやっている。そう感じさせる線の弱さは、ディアナの快活さとは違っていた。

長男ベイルはルミィに会釈したそばから居丈高に言った。

「あんたが新しい剣術師範か。

これでまた自警団の費用が跳ね上がるというわけだ。どこまで費用が膨れ上がるのか。どれだけ利益が先細ってしまうのか、見物だよ。

あんたは指導料が稼げて嬉しいかも知れないが、その分、事業としては旨味が減るだけだ。代官に売り渡していた方が結局は儲かった、という笑い話が生まれるだけかも知れない」

「ご長男は、この計画に余り協力的ではないので?」

「不肖の息子というわけですよ」とクルツ氏は嘆くようにルミィに答えた。

「協力的ではない、のではなく、むしろ反対している、というのが正解ですよ。

この先の村での生活を考えていけば、代官と上手くやって、利益を大きくしてもらうように交渉していくのが本来の在り方でしょう。それを代官の商売に後から参入して、邪魔した上に、利益まで横取りしようと言うのだから、最悪の選択でしょう。

この計画自体、既に多くの点で妨害されているし、将来に渡って我らの不利になるようなことをされかねない。

商売の意味でも素人か、と言いたくなる」

父親に対する批判をまくしたてる様子には驚かされたが、その論はいちいちもっともらしく聞こえる。それに、鋭い批判にもかかわらず、彼は父親から好意を抱かれているように見受けられた。

父親は当然面白くないだろうが、顔をしかめながら彼の話を聞いているし、ディアナは話の内容とは関係なく、ベイルの事を慕っているようだった。ゲイリーだって、問い詰められれば、父親のいないところでは兄に同調しているのではないか。

「あんたからしたら、こんな片田舎で村の利権争いに巻き込まれた格好だ。父から何を吹き込まれたかは知りませんが、そんな約束は反故にして、さっさと出発なさっても構いませんよ」

「お言葉はありがたく頂戴いたしますが、それは私が決めること。

今暫く、村に滞在することにしましたよ」

ベイルは肩をすくめた。

「私がご忠告申し上げなかった、と後で言わないで下さいよ。

代官は抜け目ない。無理難題をふっかけられて、結局は計画自体が霧散霧消してしまうかもしれない。そうなれば、年寄り共が貯め込んだ金銭は無駄に浪費されただけになる。

とは言っても、年寄りが使わずに貯め込んでいるよりかは、村人のためになるかも知れないけどね」

彼はそれだけ言って高笑いすると、「もう言いたいことは言ったから」とクルツ邸を去って行った。

「あんな不良息子の言うことに耳を貸さないで下さい。父親達の考えることから成すことなら何でも反対で、批判するために文句を言う年頃なのです」

「いやいや、どうしてどうして、なかなかに鋭い意見をお持ちとお見受けしました。

ご立派な後継ぎではありませんか」

文句を言われてもクルツ氏は本当には怒っていない。むしろ喜んでさえいるように見えた。

「ゲイリー、お前も父に対して文句があるのではないか」

「そんなはずない」

「本当か」

「だからこそ、こうして毎日訓練を続けているし訳だし」

「それならいいが、お前は兄貴に逆らえないから、今にあいつの言いなりになってしまわないかと心配なのだ」

「そんなことはないさ」とゲイリーは微笑んだ。

優しい男だな、とルミィは微笑みながらも物足りなさを感じた。

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