第3話 クルツ家の企み その2 取り決め
「ツェルク殿、このイズノ村に暫く滞在されることは可能でしょうか」
「特に先を急ぐ旅ではありませんが」
「ならば、是非とも指導していただきたい者達がいるのです」
「ディアナさんのことですか」の言葉に彼女は顔を輝かせた。
「そうではなく、ある男共を鍛えて欲しいのです。
そう、先ほど話しかけていた話題とも関係がありますぞ」
ルミィはちょっと何の話か思い出しかねた。
だが、それを見て取ったのか、直ぐにクルツ氏が付け足して言った。
「交易を代官が独占しているという件だ」
ああ、とルミィは思い出す。
「我々が自ら交易をする以外に、代官の利益独占を阻止する方法はないのだ。ところが、『常世闇の森の山賊』に襲われる危機には変わりはないのじゃ。我々独自の商隊を衛士隊が守ってくれるはずもない。
この事態を打開するためには独自に武装集団を用意しなくてはならん。村の衛士隊とは別の自衛組織が必要ということだ。
だが、武装した私兵を養うことには幾つも問題がある。そんな準備を進めていれば、反乱謀議として代官が処罰をしてしまうことだって可能だろう。
我々は代官から許しが得られないため、王都に使者を送り、交渉を重ねてきた。何年もの努力が実り、遂に司法長官からのお墨付きを得たのがこの春だ。
ところが、その成果も結局のところ、誰を自警団の団員にするのか、に問題点が変わっただけだった。
屈強な男達は既に衛士隊に採用されておる。この村にはそれほど屈強な男が余っている訳ではない」
それでも、追い剥ぎをするような不逞な輩は別にいる訳だ、とルミィは皮肉めいた気持ちを抱いた。
同時に、代官の被害者のようなことを言いつのりながら、二番煎じの方法で利益を求めようというのだから、その位の労苦は公平なのではないか、とさえ感じた。
それもこれも金のため、欲望のために正当化されることか、と彼は醒めた気分でもあった。
傍らを見るとディアナは退屈そうだった。
「仕方なく、有志の家族の中から若い男を参加させることにしました。
とは言っても、そうした武器や争いに慣れた若者達ではない以上、すぐに護衛に使える訳でもありません」
「わしが暇を見つけては指導に行っているのじゃ」とゴッドフリーが口を挟んだ。
「そう、ゴッドフリーにも手伝ってもらっていますが、いかんせん五十名からなる若者相手に年寄り一人では手に余る」
「ディアナ様にも、時に手助けしてもらっているのじゃ」
「そいつらの指導を私にして欲しい、と?」
「急ぐ旅でないならば、是非ともお願いしたいのです。
先ほどカムワツレ王国で指導を請われているとはおっしゃいましたが、どうかお願いできませんか」
ルミィは少し考え込んだ。
辺境の自治領の政治的争いや商業権益を巡る争いには巻き込まれたくはなかった。
だが、彼には村に秘密の用件があった。
そのためには村に当分留まり続けなくてはならない。
その理由付けとして、これは打ってつけの案件かも知れない。
「報酬は弾みますよ。成功すれば、莫大な利益が上げられるはずの交易を始められるのですから」
その商機を見抜いたのも、方策を見出したのも、全てクルツ氏が悪し様に言うゼレベンゾではないのか。
先見性だけではなく、代官の地位を得て衛士隊を活用するという、用意周到さや抜け目なさを考えると、クルツ氏の企ては見込みが甘くて、結局のところ本当に上手くいくものかな、と心配になる。
それでも、この依頼は渡りに船だった。
旅人が辺境の村に長逗留すると言えば、理由を詮索されるであろうが、村の名士の依頼を受けての滞在なら、怪しむ者はいないであろう。
もう一度、傍らを見るとディアナが今度は輝くばかりの笑顔を見せている。
そうか、彼女の指導もすることになるのか、と思うと満更悪い気もしなかった。
世の中には剣術をたしなむ女もいるとは聞いていたが、ディアナの年齢でこれほどの腕前の者は少ない。
彼女には負けん気の強さと自惚れまでが揃っており、指導相手としては申し分なかった。敵わぬ相手がいるとなれば、一層腕を磨き上達するに違いない。
それにその立ち姿と容姿――本人がその美貌に自覚がない分、彼には目の保養にもなりそうだ――そんな考えが頭を掠めた。
「カムワツレ王国への指導というのは、それほどハッキリとした契約があるという事でもない。つまりは十分に時間がある、とも言えます。
こうして厄介になったお礼もしなくてはなりませんし、この屋敷の前で倒れ込んだのも何かの縁。
いいでしょう。彼らもディアナもまとめて面倒見ますよ」
その返事にディアナは飛び上がった。
「ゲイリー兄さんにも伝えなきゃ」
「ゲイリー?」
「ゲイリーはうちの次男坊です。稼業を営むわけでもなく、ただ親の臑を囓るだけのろくでなしでしたが、この度は自警団の団長という訳です」
「ディアナさんと比べて腕前は?」
「あいつは団長になって初めて剣を持ったぐらいの軟弱な奴でして。あ、でも馬には乗れます。遊び回るには持って来いということらしいです」
「ルミィさん、言っておきますけど私みたいな若者が揃っていると思っていると痛い目に遭いますよ。ゲイリー兄さんを含めて、あいつらは裕福な家のボンボンばかり。育ちはいいかも知れませんけど、剣を持って振り回すのはからっきし駄目な奴らばかりだから」
「ふむ、ですが、それはどうでもいい話かも知れない。
既に衛士隊が護る商隊が何度も通っているというのなら、衛士隊に見劣りしない隊列を組めれば、それで事足りる。
決闘と違って、剣を抜いての集団の立ち回りというのは、軍隊式の訓練を施されていない限り、誰もが死にたくはないおかげで、徹底的なぶつかり合いにはなりにくいのです。
衛士隊にしても、その実力云々よりも武装集団がいるところに切り込めば被害が出る、それが誰になるか分からない。そこに効果の秘密があるのです。
他に獲物がいるというなら、別のを選ぶ方がいいと山賊に考えさせる。それこそが秘訣です。
集団が全員死を覚悟して一兵たりとも死ぬまで戦い続けるというのは、戦場であっても先ずあり得ません。せいぜい三分の一までが被害の限度です。それ以上は兵士であっても士気を保っていられません。一人一人の兵士にとっては戦い続けることが切実に死を連想せざるを得ない状況になるからです。
つまり激戦というのは指揮官にとって悪夢でしかない。兵士が言うことを聞かなくなる状況なのですから。
山賊のように補充の不確かな武装集団ほど、そういう徹底的な戦闘を避けるはずです。
ですから、ある以上の訓練を積んで整然と隊列が組めれば、商隊の護衛には役立ちます。
むしろ問題は別なところに出て来るにではありませんか。
クルツ殿がおっしゃるように抜け目なく、商才もある代官が商売敵の出現を黙って見ているか、というところです。
現在の交易においてクルツ殿の賛同者に対しては儲けの分け前を減らすとか、他の村民が受けている助力を遅らせるだとか、そういった嫌がらせの方に用心しなくてはならなくなりますよ。そういう面からは賛同者や参加者にも注意を促さなくてはならないでしょう」
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