第2話 イズノ村 その2 村の事情

はて、こんな辺境の村にそんなに儲かる商売があるか、とルミィは考え込んでしまったが、そんな疑問にもクルツ氏の方から答えてくれた。


「この村で取れる小麦は品質が良いとカムワツレ王国では高く売れるし、特産品のイズキの実は稀少品としてカムワツレ王国内では高額取引されるのじゃ。

アスカ王国への道は山あり谷ありの悪路な上に整備もされず、人が行き交うことは難しい。ところがカムワツレ王国への道筋だって『常世森の山賊』の縄張りと来たもんだ。我らは辺境の地にあって細々と生きていくか、村を出るか、しか道はないと考えていた。

ところがゼレベンゾという男がふらりと村にやって来たのが十年前。

しばらく村で暮らすと、どこで用意したのか大金を聖アスカ王国に献上し、アスカ王国から代官に任じられた。

それまでは苦労ばかりの益のない仕事と敬遠されてきたというのに、ゼレベンゾは自ら金を払って身分を得たのじゃ。奇特な人と誰もが思ったな。

ツェルク殿はご存じないかも知れんが、イズノ村は辛うじてアスカ王国の統治の元にあるのじゃ。アスカ王国の巡察隊が常設されない代わりに、こんな辺境の村では衛士隊が設置・維持を命じられるのじゃ。

この費用と代わりに納める農産品だけが村の主な取引だった。

ところがゼレベンゾは代官になると、アスカ王国に納める以外の作物を買い集められるだけ買い集めた。それから、衛士隊に自分の商隊を護衛させて、カムワツレ王国に農作物を持ち込んだのじゃ。

商品は人気を呼び、瞬く間に高値で売り切れ、大金を持ち帰りおった。

それを繰り返すこと十年、村はカムワツレ金貨・銀貨が行き交い、数々の物に溢れ返り、豊かに生まれ変わってしまった。

だが、もっとも儲けているのは代官じゃ。カムワツレ王国に物を売るには、代官に買ってもらわなければならない。そのせいで代官に値切られて、買い叩かれる。

そもそもの話、代官が利用している衛士隊は村のものではないか。代官が商隊の護衛に使えるものなのか。

そう考えるようになった有志で抗議に行ってみたが相手にされなかった。代官は既得権益にしがみ付くばかりという訳じゃな。アスカ王国にも代弁人を送って訴えてみたが、既に代官から賄賂が送られたせいなのか、上手くいかん。

これもみんな、代官が大儲けをしている証拠じゃろう。

自分達でカムワツレ王国に売り込みが出来れば、もっと大きな儲けが得られることは確実だというのに、不公正な代官のせいで商機を失っている。我々には黙っていることしか出来ないのか、と不満が貯まりに貯まり、我々は遂に打開策を思いついた」


突然、クルツ氏の傍らにいた若者がクルツ氏の前に、話を邪魔するように身体を割り込んできた。


「お父様、そんな堅い話をお客様に続けるべきではありませんわ」


その澄んだ高い声はルミィの意表を突くものであった。

続いて、その声は懇願するように言った。


「お父様、ツェルク様が剣術師範だと言うのなら、是非とも剣の手合わせをしてみたいの」


華奢と見えた若者は女であった。

しかしながら、剣の手合わせを希望している。


「これ、ディアナ、お前はもう十七歳の淑女なのだぞ。突然そんなことを言い出せばお客様も驚かれるわい」


「娘さんですか」


「これはいい年になったと言うのに、未だに棒きれを振り回すのが好きという困った娘でなぁ」


「棒っきれじゃありません。稽古用の剣です」


そう抗議する声の主は、一見華奢な青年とも見えていたが、髭一つ生えていないし、肌は艶やかで皺一つない。

確かに優しい女性の顔つきだった。


「剣術を生業とする者に剣の稽古を申し込むなどと、女でありながら身の程知らずも甚だしい」


「クルツ殿、女だから、若者だからと邪険に扱うものではありませんぞ。

お嬢さん、剣の腕前には自信があるようだね」


「この村では相手がいないの。ゼレベンゾの用心棒共でも剣術に限れば敵じゃないし」


小生意気な物言いに、ルミィは俄に興味が湧いた。


「ディアナは幼い時から、ずっとゴッドフリーに師事していまして、確かに腕は立つようじゃな」と父親が説明すると、直ぐにゴッドフリーが請け合った。「確かにディアナ様はわしが教えた中では最も優れた剣士じゃ。わしではもう敵わないぐらいに」


「代官の用心棒には腕自慢が揃っておりますが、剣術ではディアナも負けていない」と再び父が、今度は少し誇らしげに言い足した。


「あんなのウドの大木、役立たず共よ。

確かに取っ組み合いにでもなれば、あの体格でしょ、女では勝てないかも知れないけど、それにしたってあんなのろま達に掴まりっこないわ」


彼らは口々にいいそやしたが、どれもルミィには興味深い話だ。


それでも逸る気持ちを抑えて、彼は冷静に申し出た。


「よろしければ、ディアナ嬢のお相手を務めて差し上げますよ」


この言葉にディアナ・クルツは小躍りして飛び上がった。


「お父様、私、稽古場を開けてくるわね」と声をかけるや否や、部屋を走り出ていった。


「いいのですか。ツェルク殿は旅の疲れもありましょうし、何よりも落馬の衝撃で気を失っていたところ。いくら目を覚まされたと言っても、無理することはありません。まだ休まれた方がいいのではありませんか」


「身体の怪我などで差し障りになるようなものはないだろうが、疲れておるなら、後日にするのが良いかもしれんぞ。

ディアナ様も旅の疲れを残した相手に勝っても、それを言い訳にされたら喜べないだろうから」


どうやら彼らはディアナが勝つと予想しているらしい。


素人剣士が自分のような練達の剣術家と手合わせして勝つことは普通ないだろうとルミィは思う。

それなのに彼らは娘の方が勝つと信じている。これはディアナが相当な腕前だと言うことだ。


凄腕の女剣士か、と思いながらも「いやいや、只の田舎剣士に過ぎない場合がほとんどではないか」と期待したくなる自分をルミィは自ら諫めた。


「どのような状況でも、職業剣士である私は申し込まれた手合わせから逃げることはありません。

それに、旅の疲れなど、剣の相手をするのに何の差し障りにもなりませんよ。そんなことを負けた言い訳にする気もない。

もう一言付け加えるならば、腕自慢の娘ごときでは、私の敵ではない」


このルミィの言葉に驚きながら、クルツ氏とゴッドフリーは顔を見合わせた。


ゴッドフリーが優しげな様子で言い添えた。


「あまり彼女を見くびらない方が良いぞ。

過去にどれほど多くの腕自慢がディアナからの挑戦を受けて辛酸をなめたことか。

自信家が面目をなくすのは、見るには面白いが、なくした方には大変なことではないか。体調不良でなかった話にすることも構わぬぞ」


「何をおっしゃるかと思えば!

先生はやはり医術の師に過ぎないようですな。先生のその言葉を訂正させてご覧に入れましょう」


そう言って、彼は鞄から別の動きやすい服を取り出した。

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