第17話、十二国の神達へ

 三日目、最後の追い込みを許さんぞとばかりに同行者が増えてしまった。


 夕方にはラドーの待つ都市へと到着してしまうだろう。


 愛車ドルフィンを預け、シルヴィアの手配した六人乗りの飛空車オルカにて目的地を目指す。


「却下に決まっているでしょう? 自分勝手な行動は慎みなさい。大人しくなるよう仰向けの虫けらみたいにしてやりたいわ……」

「わざわざ仰向けにするな。あいつら起き上がるの苦労してるだろうが。……先に行ってて欲しいと提案しただけのことが、そんなに罪深いのか?」


 こいつに言わせれば単独行動は罪と同義らしい。


 席の配置的に真正面から気丈なシルヴィアに見張られている。


「何の為に予定日当日に目的地と別の都市に立ち寄るのか、そろそろ説明しなさい」

「お前は本当にいつもツンツンしてるよな……」

「何故、今更になってシメオン隊の調査をした者に確認しに行くのか…………早く話して」


 ジロリとして、しかしあまり刺々しさを感じない特殊技能の睨みを向けられるので仕方なく理由を話す。


「あの調査報告書は疑わしい。戦力をマーベリック一人と決め付けていた」

「……聞く話だと、それくらいの力量はあるようだけれど? 先日の闘技場でも驚く強さを発揮していたわ」

「ついこの前にシメオン隊を相手にした上で無傷か軽傷でもなければ、そこまで暴れられないんじゃないかと思う」

「…………」


 シメオン隊は内戦時代に活躍した部隊だ。マーベリックなら倒せるだろうが、流石に易々とはやられないだろう。


「……だから俺は、ビーストを使役している奴もいたんじゃないかと予想してる。本人にしろ、仲間にしろ」

「有り得る話ね。反乱軍も昨日の男と同様に《獣神》の神血イコルを購入していると聞いたことがあるわ」

「調査報告書には大剣と殴打により殺害ってだけだった。だからより詳しい話を聞きにいく」

「都市ごとの九輝将によって報告書の書き方にかなりの差があるのね。私のところは詳しく書く決まりなのだけれど」


 カニラは大雑把な奴が多い。まだ手が足りなかったり新米の俺が知らない苦労が山程あるのだろうが、ある程度は基準を設けて統一して欲しい。


「……私はある理由から一心不乱に武術に打ち込んで来たわ」

「…………そうか。トップクラスにまで上り詰めたんだから、努力が身を結んだわけだ」

「…………」

「…………」


 何故か突然に始まった自己アピールが始まり、謎の沈黙。


「……この件が終わった後には北部のシードに来なさい。輝士にするだけではなくて、今回のお返しに双剣術を教えてあげるわ。私の師もいるし、競い甲斐のある相手は久々だからお互いにとって有益な時間となるでしょう」

「厚意は有り難いが断らせてもらう。仕事もあるからな」

「そう……残念ね」


 表情はあまり変わらないが、本当に残念そうなシルヴィアの声音に本当に僅かにだけ申し訳なくなる。


「既にシリウス様の指示で決定していることだから、あなたの意思など関係ないのだけれど……。自分で決められると思っていたのね」

「…………」


 目の前の悪魔を凝視してしまう。そういう意味での残念だったのか。


「ふぅ……自分で言うのもおかしいのだけれど、私と一緒にいられるのなら殆どの者は歓喜に震えるところよ。何が不満なのかしら」

「それはお近づきになりたいって輩だろ。鍛錬自体も自分でやれる」


 窓枠に頬杖を突き、シルヴィアの誘いを再三断る。


「この前の事を引け目に感じることはない、俺のことは気にするな。何かあった時は力になるから、その時は遠慮なく連絡してくれ」

「…………」


 シルヴィアの物言いたげな鋭い視線も無視して、目を閉じて到着をひたすらに待つ。


「…………ごめんなさい、もう住まいも入校の申請も手配してしまったわ」

「何してくれてんだ!?」


 ったく、やってられないな。


「その短くて重い剣とあなたの腕力に適している型があるの。学んで損はないでしょう?」

「……俺は基本的に準我流だ」

「なら尚更にきちんとした技を身に付けるべきでしょう。…………っ」


 立ち上がり座席に置いてあった俺の〈悪辣の刃ダリィス〉を手にするも、想定以上の重量であったのか持ち上げられずにいる。


「……こんなに重い剣をよく振り回せるわね」


 “混沌”はあればあるだけ強くなるからもっと集めたかったくらいだけどな。剣の能力開花や“眼”に割く分は余裕を持って常に確保しておきたい。


 ただ聞くところによると、この近辺にビーストは見当たらないらしい。シルヴィア到着まで待機している間にクリード隊が狩ってしまったようだ。どこまでも手柄に貪欲な奴だ。


 したがって三日目はどちらにせよ移動のみであった。


「っ、それも片手に一つずつでなんて……」

「生まれ付き腕力には恵まれてたようだ」

「例の街の人からも聞いたのだけれど、その人間とは思えない馬鹿げた怪力は病気か何かなの?」

「デリカシーって知ってるか?」


 それでも持ち上げて手に取ったシルヴィアが、親切に説明を続ける。


「これとあなたならフリューゲル双剣術の中でも斬撃主体で一つの威力に特化した『わしの型』が適しているでしょうね。私の『すずめの型』は繊細な突き技を前提としたものだからこの剣だと再現が難しいわ」


 教師かとツッコミそうになるくらいには分かり易い。しかし俺は鷲でこいつは雀か……、笑ってしまいそうになる。


「まさか、くだらない優越感に浸っているわけではないわよね」

「ガキじゃないんだぞ、当たり前だろ……」

「そうよね、ごめんなさい」


 依然としてジトっとした目で疑うシルヴィアに、〈悪辣の刃〉を顎で指して説明を促す。


「これで終わりよ。最も重要なのは型ではなくて“見切り”なのだけど、それは簡単には会得できないもの。長い目でやっていきましょう」


 下等生物を蔑む目付きで嘆息混じりに最後のアドバイスを終えた。


 見切り……思い当たる節はある。少し見ただけだがシルヴィアは常にスレスレで避けて動作途中の相手に確定的なカウンター刺突で倒していたパターンが多く、相手に取ってはこれ以上ない脅威だろうと感じていた。


 対人戦闘でこいつが負ける姿が思い描けない。


 そうか、見切りが重要だったのか。


「座ってろ」

「……ありがとう」


 よろけそうな癖に〈悪辣の刃〉を元あった場所に戻そうとするので取り上げる。


 俺の足にでも落としてしまいそうでゾワゾワしてしまったじゃないか。


「…………ん?」

「…………」


 ほんのり赤い顔をしたシルヴィアにじっと見られていた。


 何の心境の変化なのかは不明だが、暇だからここはむしろ喧嘩を売ってみようか。


「なにを見ているコノ――」

「こちらを見ないでもらえる? いつもよりも更に視線がいやらしいわ」

「…………」


 何故か俺が見ていた事になり、少しの怒り顔で苦言を呈される始末。


 手の平で転がされているような感覚に不貞寝しようとした時、オルカが速度を緩め始める。


「着いたか。お前はどうする」

「あまり時間の余裕もないし、昨日の街の件で話をして来るわ」



 ………


 ……


 …




 調査を担当していた者をシルヴィアの名前で素早く呼び寄せ、詳しい話を聞いてみた。


 やはりビーストらしき咬み傷が数カ所は発見できたらしいが、無視して問題ない少数であったという。戦力を悟らせない為か偽装されたものである場合も考慮し、より詳細を聞き出した。


 種類は一種で、よく覚えていると記載しなかった癖に自慢げに言われた。


 その種を告げられて、また少し頭を悩ませることとなる。


「……狼型」

「…………何か手助けが必要なら言いなさい」

「……お前に話しておく事がある」



 ♢♢♢



 ラドーの待つ都市まで再びオルカでの移動となる。気温も低い地域で天候も悪くなるも、道中は何事もなくクリード隊のオルカに先導されて進んでいく。


 しかし都市に到着後より、事態は急変する。


「ラドーの部隊がマーベリックの元へ向かった……?」

「はっ! 正確な居所の特定報告を受け、直後に出動されました!」


 熱血漢であることは周知の事実であったが、シリウスの命令ではラストとシルヴィアでの討伐が最善とされていた。


 年季を感じさせる石造りの門での兵士との問答を終え、困惑するシルヴィアは苦慮する。


「おい、ドルフィンはあるか?」

「え……は、はっ! こちらに連絡用に一台だけ停まっております!」

「砦の場所は?」


 指示を待つ者達を差し置き、ラストは躊躇なくオルカを降りてどこか焦燥感を感じさせつつ兵士とドルフィンの元へ歩いていく。


「いい加減にしろ、ラスト。独断専行もそうだが、お前のような雑魚にドルフィンは貸し出せない……っ」

「シリウスからの許可はある」


 肩を掴み声を震わせて制止しようというクリードを相手にせずに、ドルフィンへの歩みを止めない。


「指揮権はシルヴィア様にあるんだぞっ!! このような局面での勝手な真似は軍法違反だ!!」

「その通りよ、今日に注意をしたばかりでしょう?」

「シルヴィアさま……」


 嘆息と同時に告げられたシルヴィアからの加勢に、込み上げるものを感じて感極まったクリードは胸を高鳴らせた。


「速度の出るドルフィンは二人乗りだから私達で迎います」

「ぇ…………」


 ドルフィンに跨がるラストの後ろへ自然に飛び乗ったシルヴィアを目に、眼鏡がズレる程に衝撃を受ける。


「あなた達は待機していなさい。現場は一線を超えた者にしか付いて来られない戦場となるだろうから」

「…………い、行くか」


 暗にラストよりも弱いとされて放心するクリード隊の隙間を縫い、門の外へ出るなりドルフィンは威勢よく加速していく。


 曇天の寒空の中、ぶつかり合う九輝将レベルの超人達の戦場へ向かう。



 ♢♢♢



 その砦は早くも激戦を一つ終えたばかりであった。


「ちっ! 鬱陶しいほどに腕は立つっ。腕だけは立つのぅ、マーベリックめ……」


 草陰から離れた砦を睨み、苦々しく吐き捨てた。地面へ打ち付けた神器である大楯が、軽く周囲を揺るがす。


 急ぎ編成したこともあるのか、ラドーの部隊は昔馴染みの手によりほぼ壊滅的である。


 矢も引き連れた賊は穿つもマーベリックには掠りもしない。


 シメオンから奪い取ったシリウスの神血武器による『矢避けの加護』により、投擲物は無効化されてしまっていた。


 よって近接戦となるのだが、大剣の名手であるマーベリックはラドーと言えど一筋縄とはいかず苦戦を強いられている。


「ぬぐぐぐぐ……」


 苛立ちを露わにするラドーが、度合いを表すように右手の片手斧を回転させる。


「――ラドーさん、話が違うんじゃないかしら」

「し、シルヴィア殿っ……!!」


 緩やかに停止したドルフィンから飛び降りるなり、ラドーへ冷徹な眼差しで咎める。


「分かってくれんかっ! 身内から出た膿は身内のもんが始末せにゃならん!! ここは一つ恩を売ると思って任せちゃくれんか!!」

「国に仇為す者ならば身内などと言っている場合ではないでしょう。ここからはシリウス様のご命令通りに私に任せてもらうわ」

「ぬぐぅ……!!」


 左右の腰元に佩く神器の直剣を抜き、ラドーの返答を待たずして砦へ向かう。


「待て、俺と一緒にだ」

「……なら早く来なさい」


 ドルフィンを停車させたラストが走り、シルヴィアに合わせて駆けていく。


「…………」


 ………


 ……


 …



 砦は外観以上に廃れており、今にも崩落しそうなであった。


 だがそれが気にならない程に目を引くのが、辺りに散らばる死体の数である。凄惨な死体を一目すれば、どれだけの威力に斬り付けられたのか見て取れてしまう。


 肉はおろか骨さえも易々と斬り砕き、身体を二分されているものも多数見られる。


「っ…………」


 飛散する肉片や血溜まりを避けて中央広場らしき天井の突き抜けた場所へ出る。


「――こんばんは、お美しいお嬢さん。あなたも舞踏会への参加をご希望で?」

「マーベリック……」


 そこにいたのは傷だらけながらも不敵に笑う戦士であった。腰にはシメオンのものらしき白い弓まで携えている。


 未だ肉体には活力が迸り、闘争心などは尽きる気配もない。


「皆さん、一曲を終える事なく動かなくなってしまい、どうしたものかと頭を抱えていました」

「お喋りをする気分ではないわ」


 強い……一見してはっきりと認識できる想定以上のマーベリックの強さ。信じられなかったが、これならば九輝将の部隊が破れたとされるのも納得と言える。


 だからこそ、


「おや……お知りでない」

「…………いえ、事前に聞かせてもらっているわ」


 何かを見極めようとするマーベリックに冷めた目を向けて平坦に返した。


「この前には試すような真似をしたり、偉そうに言ってた癖して死にかけじゃないか」

「はっは、言いますねぇ〜。これだけの指揮騎士と騎士を倒せる人間など本当に一握りなんですよ?」


 遅れてやって来たラストが愉快げなマーベリックと会話を始める。


「……説明をもらっていなければこの男を相手にしていたのね。そう思うとゾッとする」

「褒め言葉と捉えておきます」


 疲労感を追い出すように深く溜め息を吐くマーベリック方面へ歩むラストが、シルヴィアに並んで振り向く。


「見ての通り、マーベリックは今もシリウスの駒だ」

「日々好きにやらせていただいております」

「裏でなにかを……こそこそやってるらしい」

「こそこそとやっております……」


 先日の街にてマーベリックを追いかけたラストは、実は待っていた彼と出会い予定の擦り合わせを行なっていたという。


 心なしか項垂れるマーベリックを目にしてシルヴィアが真の裏切り者へ相対する。


「……厳しい任務がより厳しくなったわね」


 振り返るシルヴィアの忌々しげな目が捉えたのは、


「…………」


 ……ラドーであった。


 残った手勢を連れ、三人を取り逃がすまいと出口を固め始める。


 シメオンを殺し、マーベリックへ罪を着せ、そして今もシルヴィアとラスト共々、彼を始末せんとしている。


「反乱軍に資金を援助してたのはシメオンではなくラドー達のようです。まだ仕組みまでは突き止められていませんが、この様子では間違いない。シメオンはシリウス様のヤードへの印象を悪くさせる計画、それだけの為に殺されたのでしょう」

「卑劣な……」

「殺害疑惑があるから匿ってやるなんて横柄な手紙で、このような辺境にまで呼び付けるなどあなたらしい」


 サングラスを外し、視界を広げて相対する。


「無駄じゃ、無駄。先にマーベリックを殺しておこうかと思ったが、来たのなら強引にでも事を収めるとしようぞ。のぅ?」

「――――確実に」


 ラドーの呼びかけに手勢に続いて、最後尾から姿を現したのは……。


「……ジェレマイア……」


 九輝将きっての技巧派であるジェレマイアであった。


 ジェレマイアもカニラ出身であり、ラドーと密にやり取りを行いヤード民で構成された反乱軍へ援助していた。ヤードへ下るべきシリウスの裁きを誘発する為に。


「……あなた達の何がシリウス様を裏切らせたの?」

「裏切るっ……!? 裏切っとりゃあせんわぁぁああ!!」


 何かの合図だろうか、盾で地面を二回叩きながら怒声を上げる。


「何がどうなっとるのか、儂が知りたいんじゃあ!!」

「…………あっはっは! なるほど、悪夢ですね!」


 この者が喜べば喜ぶだけ窮地である証。手を叩いて喜ぶマーベリックだけが、砦へ次々と跳躍する影を歓迎する。


 怒りに目を剥くラドーの自信に起因するものを目にして、シメオン隊の壊滅に合点がいく。


『…………』

『グルル……』


 十、二十を上回り尚も増える人狼型のビースト。驚異的な跳躍を見せて容易に砦の塀へ跳び乗り、広場中央に位置する三人を北側から圧迫する。


 強力な統率者という点から自然には有り得ない人狼型のみの大群と、ラドー隊ジェレマイア隊に挟まれる形となった。


「ヤードの畜生共は服従させる手筈じゃったのにっ! ある時より合併じゃと!? ヤードにこれだけの辛酸を嘗めさせられておきながら、目を曇らせておられるに決まっとる!!」

「《獣神》にまで魂を売ったのね。あなた達の行いで何人のカニラ民が亡くなっているのか、本当に理解できているの?」


 反乱軍に蹂躙された民を思うシルヴィアの問いにも、ラドー等に迷いはない。


「カニラの悲願、ヤードが受けるべき報いの為。仕方なし」


 突き動かしているのはヤードへの憎悪なのだから。戦場の最前線にいたこともあり、憎い顔は数知れず。その者等が生きている現状など認められない。


「白と黒に間など有りゃあせん!! お前らは家畜じゃあ!! カニラが《光神紋》を授かった瞬間よりそう運命付けられとったんじゃ!!」

「ヤードの連中にどれだけの屈辱と恥辱を与えられて来た事かっ!! 世代を超えて続く我等カニラの恨み辛みをなかった事になどっ、どうしてできようかっ!!」


 しんと静まる砦に響くラドーとジェレマイアの慟哭など聞く価値もなしと、シルヴィアが双剣を改めて握り締める。


「もういいわ、あなた達は反逆者であると確信したから」


 自白、そして取り囲む人狼型のビースト。ラドーとジェレマイアは最早、疑いの余地もなくグランキュリス……ひいてはシリウスに叛く者であった。


「……これならばシメオンでも歯が立たないわけです。シリウス様には申し訳ありませんが、お二方を逃して差し上げることもできそうにありません」


 武装した人狼型のみでさえこの場の九輝将全員の協力が好ましい数であるのに、追加して九輝将二武隊。


 それをラストも含めても三人で抗わなければならない。


「ラドーとジェレマイアだけは倒さなければならないわ。協力する気力くらいは残っているの?」

「えぇ、派手な散り様は理想的です」


 これだけの状況であれば生還は不可能。


 決死の覚悟は早々に決まり、残ったのは九輝将として国の害を取り除こうとする使命感。そのことに安堵し、誇りを胸に剣を握る。


 刹那主義のマーベリックは嬉々として死線に臨む。任務前よりそれとなく死の予感は察していた。後は存分に戦を楽しむだけだ。


「ふん、そこのヤードの娘がシリウス様が弟と呼ぶ男を殺せば、我が神を狂わせる目の曇りも晴れるだろうよ。ぶくぶく肥えさせたヤードの反乱軍も目に余る頃合いだしなぁ……」

「足手纏い一つ抱えて何とする。女の命ばかりは助けよう。投降せよ」


 手を差し伸べたつもりのジェレマイアだが、向けられる鋭利な剣先が答えであった。


「愚かなり、命以上に大切なものなどないというのに……」

「……終わったか?」


 じっとラドー等の話を聞いていたラストが言葉短く訊ねた。


 返る答えも待たずして、腕組みを解いて腰にある二振りの片刃剣を手に取る。


「シリウスが言った、“ある男を殺して欲しい”と……」

「…………」


 妙な迫力を放ちながら、静かなる殺意を滲ませる。


 能面を思わせる感情なき真顔で、ラドーは弱者の最後の囀りを聞く。


「反乱軍に協力し、シメオン隊を壊滅させ、昔馴染みのマーベリックに罪を着せ、悪巧みをしている者がいる。そしてそれはおそらく、カニラ側の誰か……ラドー辺りだろうってな」

「ああっ、畜生め!! ……流石はシリウス様、さして驚きゃせんが勘付きなさったか……」


 動揺の波が広がるも、可能性は承知の上。暫くするとまたラストへ向けられる眼差しは酷く冷めたものとなっていく。


「……覚悟の上。ならば朽ちる時までお諌めするのみ」

「証拠が掴めない以上、マーベリックを餌に現場を押さえて始末して欲しいと頼まれた。一人残らず……」


 どこからか失笑が生まれ、鼻を鳴らす者もちらほらと。


 いつになればラドーの合図がされるのだろうか。シメオンの時のように数秒と経たずに切り刻まれる様を、退屈に込み上げる欠伸を噛み殺して待つ。


 ふと……ラストが歩み出そうとする足を止めた。


「……慣例だったか? ならやるか」


 冷たく沈黙する中で独りごちにそう呟き、ラドー等全員に聞こえるように宣言した。


 辺境の砦で多くに見届けられながら、産声を上げる・・・・・・






 十二国の神達へ告げる……。






 誰もが知る『決まり文句』が告げられた。


「…………」

「…………」


 四年前に他ならぬラドーとジェレマイアの目の前で掲げられた文言である。


 しかし何故、今それをラストが口にしたのか誰にも理解できない。気がおかしくなってしまったと思う者が殆どであった。


「どうしたの……?」

「シリウスがやったんだから俺もやる」


 異変を憂慮するシルヴィアが背後から声をかけるも、ラストはさも当然と返答した。


 そして、


「十二国の神達へ告げるっ……」


 震撼の時、来たる。


 先程までと違い、明確な異常が発生していた。


 世にあるまじき赤いオーラが闇夜に浮かぶ。翳したラストの両手より赤い閃光が小さく断続的に弾け、重厚な双剣が宙へと浮かび上がっていく……。


 指先より命が吹き込まれるかの如く、双剣は次第に自由気ままに宙を漂い始めた。


「何だとっ!?」

「……なんだ……アレは……」


 打ち据えられたように身体が跳ね上がり、凍える戦慄がラドー達に走る。騒然とする中でも、その有り得ない可能性に即座に思い至る。


 人にあるまじき摂理を超えた力を持つ存在。


「…………」


 シルヴィアにとってそれは、つい先日に身を持って感じた気配であった。


「新たな神だ、礼儀がなってなくて悪いが……」


 ラストの瞳が蛇の如く縦に割れ、赤く煌めく。


 人間もビーストもなく一帯が押し潰れんばかりの神の威を受け、畏怖に竦み、恐怖に崩れ落ちる。


「……《悪神紋》ラスト・ハーディンが参戦する。陰ながらよろしくな……」

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