第15話、謎の組織、(主に反乱軍に)神血を売る
二日目、昼過ぎ頃……。
「ッ――――」
開くように右の片刃剣を払う。重量ある〈悪辣の刃〉が
「…………」
重く禍々しい〈悪辣の刃〉を手首と指先で回し、小枝を思わせるほどの軽やかさで手すさびに操る。身体の疲労は問題ない、少しでも無理をしておこう。
お陰ではっきりと〈
今回の標的がそこらのビーストならここらで少し観光でもと言いかねない俺の本性だが、流石に戦力が増加中となっているであろう敵部隊を思うとそうもいかない。
出発前のこと、シリウスにある質問をしてみた。
『……マーベリックってどのくらい強いんだ?』
シリウスは少しだけ悩み、こう答えた。
『今、鞄に入れた酒瓶が必要かどうかも話したいが…………マーベリックが本気になれば、私の『都市』を落とせるのではと思えてしまう』
不可侵である〈王国誕生〉の『都市』を落とすのだという。神血もないただの人間がだ。
「……まだまだ狩っておこう」
しかし幸か不幸か、目に付くビーストを狩って一日半。思い知らされるとはこのことだ。めちゃくちゃおるやん、この一言に尽きる。やはり国内のビーストは人為的な要因で確実に増えている。
ヤードは無意識下で《獣神紋》に惹き付けられていたものが、《獣神》によりそこで悪さしていろとばかりに止められて増加傾向となるのは以前から分かっていた。
だがシリウスや俺の影響で前から出没していたカニラ側に関しては、増えるのは……風の噂に聞く例の組織の影響という可能性が現実味を帯びて来た。
「…………」
視線鋭く、決意を新たに飛空車へ跨がる。
グランキュリスの為に、民の為に、俺ができることをしよう……。
………
……
…
「――帰れ、国軍にくれてやる飯はねぇ」
何この愚民、ぶん殴ってやろうか。
「……ここ飯屋だろ? お前のスキンヘッド見た時から愛想に期待はしてなかったけど、そこそこの飯は出てくると思ってたんだけどな。このクソスキンヘッドが」
「てめぇ、スキンヘッドになんの恨みがあんだ……?」
スキンヘッドじゃなくて、問題があるのはお前だ。
使命感から気合い十分であった今日の狩りを終え、へとへとになってやって来た街でこの仕打ちだ。
正直、疲れていなければ俺だってこんなカニラらしいスラム街みたいなとこで寝たくはない。ビースト対策の堀は掘ってはあるが、半分廃墟じゃないか。予定では山向こうのちゃんとした都市に泊まる筈だったんだ。
「何にしてもここにてめぇみてぇな兵士にくれてやる飯はねぇ! 帰れ!」
「……わけを話せ。何かあるんだろ? 俺だって誇り持ってシード生やってんだ。事情次第では生かしておいてやる」
「ふん、訳も何も悪党がのさばって…………ん? “生かしておいて、やる”……?」
「もういい、大体分かった」
要するに田舎だからと悪党が好き放題やってるというよく聞く話だろう。
ここの兵士も兵士で、さっき軍の施設に飛空車を預けた時にも何かだらしなかったもんな。酒飲んでたくらいだ。
「後はどんな悪事を働いているのかと、居場所と、飯と、冷たい飲み物と大凡の戦力だ。ほら、さっさと言え」
「合間に色々要求してない……?」
客も疎らな店内のカウンターを指で叩き、苛立ちを抑えて冷静に店主の話に耳を傾ける。
「あいつらぁっ……場所代だなんだと売り上げのほとんどを持っていくのみならず、街の綺麗どこを連れて行き、あまつさえ俺の娘――」
「お前個人の事情を掘り下げなくていい。お前というキャラクターには興味がない。次、居場所と飯と飲み物と戦力」
「えぇ……淡白……」
悪党である事が分かればいい。後は直接この目で確かめるだけだ。
「居場所はそこのブロックを超えた先の建物で……飯は時間がかかる。え〜、戦力はぁ……
店の開かれた出口から左に逸れた辺りを指差して、アバウトにも程がある情報で惑わせてくる。
「これだから素人は。こんな澱んだ街にそんな強さの悪党がいるわけないだろ」
「その悪党が更に力を持っちゃったから、ここはこんな陰鬱な空気になっちまったんだよ!!」
輝士が敵方に付いていたとしても、指揮輝士はレベルが違う。しかも部隊だなんて馬鹿げてる。ビースト退治くらいでなければこんな田舎になんて来ない。
「――悪党の親玉はビーストまで従えるようになったんだぞっ? どうしろってんだ」
「……ここに? ビーストを連れてる奴が?」
「おうよ」
「今? ここに?」
「おうともよ」
「…………早く言えよ」
軽く話を聞いてみれば無視できそうにない内容であったので、おっさんのほぼ屋台気味の店から出て少しだけ現場を盗み見ることにした。
ふと耳にした噂がある。《術神紋》を裏切ったマナズム連合のオカルト組織【ロックス】が、《獣神紋》の
《獣神紋》が中位の神であるにも関わらず、周辺諸国へ名を轟かす脅威となっているのはビーストを眷属に持ち、またその命令権を配下にも持たせられる点だ。
お陰で国軍も反乱軍に苦戦しているという話は聞いていた。
「……あんた、王都から来たんだろ? 助けを呼んで来てくれよ」
「…………」
震えて後を付いて来る気色の悪いスキンヘッドのおっさんを連れて、例の屋敷までやって来た。
暑苦しいと嫌気が差すもしかし、ふと気になる発言に眉を顰めることとなった。
「……なんで俺が王都から来たと思ったんだよ。そんなに近くはないだろ」
「あ? ついこの前にも王都からの部隊が通ったんだよ。あいつら、悪党共を無視して先の街へ行きやがった。あん時に捕まえてくれてりゃあ、こんな事にはならなかったんだ……」
「それはもしかしたらヤード出身の部隊だったのかもな。ここに泊まると翌日には冗談抜きで蕁麻疹が出る」
門からちらりと覗くと…………この街の建物は廃材を使って造られるものが多い中で、その大きなドーム状の建物は特別に目を引く立派さだ。
真新しく都市の賭博場を思わせる派手さで、明らかに周囲から浮いている。
「俺にゃ、カニラの奴に見えたけどなぁ……」
「カニラでも碌な手柄にならないとやりたくない奴が殆どだ。つまり俺は天使だ。それより本当に……その“ビッグ”ってのがビーストを飼えるようになる直前にも、怪しい奴は見なかったんだな?」
このおっさん、一人娘を助けてくれとしかはっきり言わないからあんまり信用してないけど、どうやら悪党が《獣神》の神血を口にしたのは最近らしい。
噂に聞く【ロックス】が関わっているのかもしれない。
「……街の人間は顔見知りばっかで、あんたら国軍くらいしか他所者は見てないって言ってんだろ。どっか他の街で飼われてたビーストを買って来たんだ、きっと」
「かもな」
それはない。《神紋章》……《祖なる者》と人間の天敵であるビーストを従えられる神は、《獣神紋》しか確認されていない。
ただこいつの言うように、近くの他の街で神血を買った可能性が今のところ最も高い。
「いや……一番あり得るのはお前の見間違いだな」
「ほ、本当だわ、アホ!!」
「思えばタイムリー過ぎる。そんな都合良く俺の道筋でビーストを従えてるなんて――」
疑う目付きで胡散臭い飯屋のおっさんを追求するも、悪党の本拠地前から上がる悲鳴がそれを遮る。
「お助けくださいっ! お慈悲をっ、お慈悲を!!」
「さっさと来いっ。さもねぇと、こいつの餌にしてしまうぞ!!」
背の低い小太りの男が、道端の人妻を連れ去ろうとしているではないか。
「本当だ……」
「だから言っただろ! どうすんだ!?」
派手な金色の服を着た小太りの男……ビッグっていうかスモールだけど、そいつの周りを固める大男達に混じり、豹型のビーストが一体だけ無感情に付き従っている。
個体によれば上級輝士隊派遣が見込まれる強さを誇る凶暴な種だ。街の者もおいそれと手を出せない筈だ。
「……何にしても、流石に見逃せないな」
「へっ……? お、おいっ、あんた! あんなゴツい奴等相手に一人でどうするだよ!」
こう見えてもシード生で既に兵士の枠組みではある。身なりを正して悪党共の元へ歩んでいく。
「ちょっといいか? 君等、人攫いとか碌でなしとか、あと諸々の犯罪の疑いがあるからち――――」
♢♢♢
「ひっ……!?」
「なんて、怪力なんだ……」
「……人間じゃねぇ……」
複数人の野次馬が、シード生を裏拳で撥ね飛ばしたビッグの護衛に愕然とする。
水面を跳ねていく小石を思わせて瓦礫に突っ込んだ兵士の死亡は疑いの余地もない。
同じ人間とは思えない怪物の腕力であった。
「ん〜? なんかあったん?」
「妙に気力のない兵士がビッグ様に反逆の疑いがあると」
「なに……? 無礼千万針千本じゃ〜ん」
「既に消しておきました」
「仕事が早いんだからぁ〜」
衣服の中に手を差し入れ、ビーストに怯える人妻の身体を無遠慮に弄るビッグが、ふと何かを思い付く。
「ならこいつはあげようかなぁ。僕ちんは微乳のリコちゃんがいるから。こいつデカ過ぎた」
「うっす、頂戴します」
拘りがあるビッグには、然程大きくない胸のサイズの人妻は不服そのものであったようだ。
しかし護衛にとっては容姿の整った人妻は垂涎もので、
「や、やめてっ……やめて!!」
「覚えておけ。嫌がる女の姿に興奮するのが男の……ん?」
肩を叩かれて振り向く二メートルを超える巨漢の顔に、拳が打ち込まれた。
「ッ、ギッ――――――――」
矢の如く打ち出された巨漢が転げ回り、拠点一階の壁を突き破る。
目を疑う戦慄の光景に、悲鳴もなく静寂に包まれた。砕け散った歯がぽつぽつと地面を打つ。
水を打った静けさ。
「……お前が男を語るな」
頭から血を流すシード生が落ち着きながらも怒りに染まるその表情を唖然とする護衛達へ向ける。
「さっきの殴りが自然に出てくるってことは、お前等……もう何人も殺してるな?」
血の滴る静かな鬼の形相で歩む兵士に、体躯の大きさが自慢の大男達がナイフや剣を取り出しながらも後退りする。
傭兵時代にヤード軍を相手に戦争をし、ビッグに大金で雇われている自分等にとっては、あまりに見慣れた光景であったのは事実だ。
「最近は血を流し過ぎてるってのに。…………――ッ!!」
「ゴァッ――――」
乱暴な前蹴りで、肥満気味の岩のような男が吹っ飛ぶ。まるで大砲のように拠点の扉を弾き飛ばして……。
力任せに殴り、蹴り、面白いように薙ぎ倒されていく筋骨隆々の巨漢。
「あ、あの兄ちゃん……何者なんだぁ?」
門から見守る飯屋の店主の視界は、たかが一兵士に殴られて飛んでいく屈強な護衛等を収め切れない。阿鼻叫喚のお祭り騒ぎはあまりに鮮烈で刺激的で、見る者の脳裏にこれでもなと焼け付いていく。
「うおぁっ……あぁ!!」
「おい、仲間を置いてどこ行くつもりだ」
「ぐひっ!?」
脱兎の如き逃走も、あえなく襟首を掴まれ、
「いぇっ――――」
気が遠のく程に勢いよく引き込まれ、そのまま投げ飛ばされてしまう。
「ひぃんっ!?」
体格差を無視して目の前を通り過ぎる物体に、店主は間の抜けた声で尻餅を突く。
「ふぅ…………っ!?」
取り巻きを一掃したラストが一息突いてすぐに、左の二の腕がぱっくりと裂かれた。
兵士の軍服ごと肉を紙切れのように裂き、ソレは執念を感じさせる目付きでラストの周りから隙を窺う。
「あ〜あ、僕ちんのミーコちゃんを怒らせちゃったねぇ。なんかいつもよりずっと燃えてるし、僕ちん知〜らない」
「うるさい、ガマガエル野郎」
「……ミーコちゃんっ、すぐ殺してやってもらえたりする!? そいつキラ〜いっ!!」
大金を叩いて買った一雫の神血により命を受け、豹型ビーストがその鎧もしくは甲殻の外装からは考えられない速度で走り出す。
「っ……!!」
『ウゥゥ…………』
辛うじて避けるもビーストの動きは俊敏にして躍動的で、隙を探り虚を入れながらラストへ絶え間なく襲いかかる。
「うっ……っ!? っ……も、もう見てられねぇよ……!」
今にもナイフより遥かに凶悪な爪で喉元を開かれそうなラストに、腰を抜かして逃げられない店主は目も開けられない。
「…………」
「ぐひっ! もう神への祈りかい? 諦めた奴を殺すのはつまらないんだよなぁ……」
無防備となった背中側にビーストが回り込むのを目にして、ビッグが懐からタバコを取り出した。
そして火を付ける取り巻きがいないことに気付き、渋顔となったと同時にビーストが跳躍する。
その場面で、少しの異変を察したのは影から覗く野次馬達であった。
「――――」
跳んだビーストと呼応するように、兵士もまた振り返り始める。タイミングも動きも知っているとでもいうのか、ビーストに爪を紙一重で躱しながら首を掴み取る。
『――グゥッ!! ……ギャウッ!?』
地面に強かに押し付け、腰元の剣の切っ先を外装の隙間から首に突き立て……押し込んだ。
びくりと二度だけ身体を強張らせ、ビーストが動きを止める。
「え…………うん? あぁ、そんな訳ないか……ウソウソ…………本当っ!?」
「……お前には訊きたい事があるからな。暫く寝てろ」
死骸となったビーストを前に現実を受け止められずにいたビッグの額を、疲労感を漂わせるラストの指が弾く。
♢♢♢
「……マズいな」
「はぁ!? ウチは味だけはいいって評判なんだぞ!?」
歓喜する街の奴等が率先して手伝ったお陰で、ビッグ等を軍に突き出すことができた。本来ならば……通常ならビッグを取り調べして少しでも情報を得ようというように繋がる。
ただ、とても残念な問題がある。
「飯の話じゃない。コレは……まぁ悪くはない。認めてやるよ」
腹が減り過ぎてパスタを二種類頼んでしまった。トマトとガーリックのスパゲッティと、なんか分からんオリーブのやつ。正直に言えば空腹だからというのもあるだろうが料理に一切の不満はない。
「だろ? ……だからさぁ、なんとかならないか!?」
「ならない。なるわけないだろ」
「そ、そうか……」
くるくると赤いソースの絡んだ麺をフォークで巻き取り、大きな一口で味わう。
「……帰って来た時にはしっかり言い含めておくんだな」
娘のリコがビッグの女になっていて、豪遊生活を送っていたようだ。初めてのセレブ生活で、悪党と一緒にいるのも悪くないと考えたようだ。
しかし情報を持っている可能性もあるから今すぐに帰らせる訳にはいかない。
「それより娘がこれ以上の悪人にならないように手を貸せ」
「旦那の手助けができるとは思わないぞ……?」
「俺を誰にも気付かれずに街の外へ案内できるか? 移動用の乗り物付きで」
「……………………」
「もういい、忘れろ」
問題なのは、ここの役人がビッグに飼い慣らされていることだ。
責任者の輝士を始め、どの程度かは不明ながら殆どがビッグに加担しているだろう。
「ビーストまで飼ってる奴がいるのに国に報告なしなのは、そういう事だ。規定に基づいて牢に入れろって言ったから俺がいる間は逃すことはないだろうけどな」
「お、おいおいおい……ビッグが出て来るってのか?」
反乱軍ではないようだが、釈放されたら懲りずに悪さをするだろうな。
「俺か街の奴があんたの仲間を呼んだ方がいいんじゃないのか……?」
「いや……」
最寄りの街は金持ちなビッグの手が伸びている可能性がある。丸め込まれていた場合は救援も無駄で、向かった者の命すら脅かされる。
「…………」
ビーストへの指示は先天的な適正とか慣れが必要らしい。だから才能や努力で大型にも命令できる奴がいる。
逃げたあいつがそうなればと考えると、始末しておくべきだったのかもしれない。
今の段階の豹型でも明確に脅威だった。
今しがた肌で痛感した。自分とは別に命令可能な『生きた兵器』をいくつも所持しているようなものだから強大なのも頷ける。
「旦那ぁ、そいつらも倒すってわけにはいかないのか? さっきみたいに腕っ節でボコスカ殴ってよぉ」
「無茶を言うな。証拠や理由もないのに武力を振るうのは兵士でも犯罪だ」
被害現場だったから強引に捕まえたが、判断を間違えただろうか。
その時…………フードを被った人影が店の中にいる俺を無粋に一目見て、ずかずかと踏み入り、太々しく俺の対面席へと腰を下ろした。
「…………」
「……すみませんけど深刻な議論の最中なんで相席は困ります。汚くて狭くて店主がコレなとこ恐縮なんですけどカウンターへどうぞ。俺もこの通り食事の真っ最中ですし」
店主も呆気に取られてるものだから俺が大人になって移動を促すも、しかし全くこれっぽっちも微動だにしない。
「……シリウス様の仰られた通りね」
「…………」
凛と響く耳障りのいい声音は、懐かしいと言うほど日が過ぎたわけではない。
思わず顔を顰めてしまう俺へ、フードを取ったシルヴィアがキツい眼光を向けてくる。
装いは上品な旅装ながら煌めく銀髪の映えるお洒落なもので、何よりその腰元には……白く美しい特別仕様の双剣があった。
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