第14話、ビースト狩りのお手本


「……ラスト、洗濯物は貯めるなといつも言っているだろう」


 定期的に行われる俺ん家の大掃除の中、エプロン姿のシリウスが説教面で言って来る。トマトの湯むきをし終わったから暇になったのだろうか。


 大人しく飯を作ってればいいものを……。


「貯めてんじゃない。汚れは俺の努力の証なんだから纏めて眺めて噛み締めてんだ」

「落としにくくなるだけだ。すぐに洗うように」

「…………」


 先日まで幻想国家イムアジンとの大規模な衝突があったというのに。何事もなかったかのように蹂躙して帰還し、数日経ったと思ったらこれだ。


 用件を伝えるついでに掃除を終わらせると言って急遽行われている。


 衣類が貯め込まれた洗濯籠を手に裏口から外へ。近くにある共同の洗浄箱に井戸から水をぶち込み、石鹸の粉を振って術式を起動する。量からいって二回に分けなければならない。


 洗濯を終え、干す作業へ。こんなに貯めるんじゃなかったと後悔するのも束の間に、壁一枚挟んだ室内のシリウスが窓を通して本題を切り出した。


「北西の都市にいるラドーからマーベリックの居場所が大凡判明しそうだとの報告があった。暫く帰れないだろうから隅々まで綺麗にしておくぞ」

「あの女は連れて行かない。一人でやる」

「却下に決まっているだろう。今のお前はまだ“勢力”を相手取るのは難しい。確実に勝てるよう戦力を備えておくに越したことはないんだ」

「はいはい」


 ま、でもシルヴィアは連れて行かないけどな。


 今はもう権能が使えるってのに、わざわざ面倒な思いをしてまで拾って向かう必要はない。


「どうせお前のことだから飛空艇ではなくて、小型の飛空車で行くんだろう?」

「当たり前だ。あんな高いとこ飛んでんのに、もし落ちたら死んじゃうだろ」


 なんの偶然なのか見上げれば、今まさに大空の高〜いところを巨大な飛空艇が飛んでいる。


「これまで使わせていなかったから言わなかったが、自身の権能については正確に把握しておけ。お前の場合は新しいものに関しても同様にだ」

「……それなら道中のビーストは俺の判断で討伐するぞ?」

「〈混沌育む無窮の器ケイオス〉に取り込むところや目に見えてしまう権能を、他の誰にも見られない前提でやれるなら構わない。今回は私が許可する」


 有り難い。ビーストは明確に俺達の敵だ。遠慮なく殺せるし、殺した分だけ強くなるなら俺にとって得しかない。


「明日の朝にでも出発するんだ。ラドーもすぐには居所を探れないだろうから、三日程度を見込んで北北西にある街へ向かってくれ」

「分かった」


 具沢山のトマトスープを混ぜる手を止め、窓から少しだけ覗いて釘が刺される。


「無茶はするな。死んでは元も子もない。作戦時にも危険を遠ざけ、何としても死だけは逃れろ」

「分かってる。俺ほど慢心から遠い人間はいない。調子に乗るってことを知らないからな」

「まったく、本当に分かっているのなら人狼型の時のようにはならないだろう」


 嘆息混じりに叱るシリウスだが、あれのお陰で分かったこともある。無駄ではない。



 〜次の日〜



 飛空車『ドルフィン』というのは、一人もしくは二人で乗るかなり速めな乗り物だ。


 馬みたいに跨いで、棒状の手綱みたいなの握って、前のめりになったら前進する。止まりたい時は仰け反るように後ろへ傾ける。


 これも《術神紋》の開発した術式と浮遊石が仕込まれて作られており、最も台数が多く新人の俺にも貸し出される。


「…………」


 絶対に壊すなよ、決して盗まれるなよ、飛ばし過ぎるなよ、急停止は危ないぞ、その他諸々を散々注意されて王都を出立して三時間くらい。


 荒野の上を僅かに浮いて、風の如く走り抜けていく。


(……案外、快適だな……)


 寝付きの蒸留酒や着替えの入ったリュックを背負い、ついでにグランキュリスの未来も背負って荒野を飛び行く。


「中々便利なのは認めよう……」


 馬よりは圧倒的に速く、しかも駆ける度に尻が打ち付けられるということもない。


 すい〜っと静かに過ぎていく。その分、気付かれにくいので安全には注意しろと言われた。あと、預けるのは各都市の軍が指定した置き場にだけだとも。


 術式を解読できるのは術神のみらしいが、浮遊石は普通に奪い取れるからと聞いている。


(……三日か、どっかで《混沌育む無窮の器ケイオス》を溜める機会が欲しい)


 いざ《祖なる者》の権能を使えるとなると、やはり胸が躍る。


 シリウスの《光神》みたいに召喚系で、しかも初めから十全に権能を発揮できる系統ではないが、二度目にして判明したこともある。


 人狼型なんてヤバいのを倒した甲斐があった。混沌を生成する為に吸い込むわけだが、ビーストの場合には強い弱いではなく数が重要であるようだ。


「……あぁ、やっぱ探せば居るもんだな」


 飛空車の速度を上げ、崖下の方を疾走する飛空列車イールに並走する。


 急に身体を起こすのは危険と聞いている。スポーンっといってしまうとか訳の分からないことを整備士の野郎は言っていたが。


 火食鳥ヒクイドリ型のビーストが六体、イールの周囲を駆け回っている。


 ダチョウなんかを彷彿とさせるフォルムで、神と人の敵である証とさえ言える造り物めいた模様の線が入った薄汚いベージュの身体。


 栄養になる訳でもないのにただ人間を殺す為に発生する呪いの生命体だ。


 しかしこの大きさならば、訓練された輝士であっても倒すのは非常に困難である。


 現にイールの連結部から刀を振り回して倒そうとする護衛任務中らしきシードの女学生はかなり苦戦していた。


 ……大変だなぁ。


「…………」


 飛空車ごと崖から跳び、斜面を急激に滑り降りる。



 ♢♢♢



「ち、ちょっと! ナデシコさん、早くやっつけてよ!!」

「お前輝士なんだろ!?」


 部隊のメンバーが、安全な列車内から叫ぶ。


 すぐそこには凶悪な嘴と強烈な蹴りで、多くの死傷者を生むことで有名な火食鳥型のビースト。目をギョロギョロとさせて、ナデシコ隊へと牽制している。


「か、刀では届かなくて……! イールも速いから落ちてしまいそうなんです……」

「はぁ!? ビビってるだけじゃないの!?」


 部隊の仲間が、隊長であるナデシコへと信じられない言葉をぶつける。


「すみません……」


 短い黒髪のお淑やかで上品な物腰をしたナデシコと、色々とルーズな隊員達は明らかに空気感が違っていた。


「う〜〜んっ、…………っ」


 イールから刀を伸ばして退かそうとするナデシコが、横合いが飛び出す影に気が付く。


 前方に回った飛空車から跳び上がった人影はイールを一度足場にしてビーストに乗っかる。


「こいつ等はお前等にはもったいない。俺がもらうぞ」

「ふぇ!?」


 すると剣をビーストの背に突き刺して強引に注意を逸らし、再び跳び上がって飛空車へ着地した。


『イィィーッ!!』


 当て逃げされたビースト達が殺到するも、飛空車ドルフィンはイールから遠ざかるように森の方へ加速していく。


「…………」

「今の、誰……?」


 ゴーグルを付け、双剣を操るそのシード生。しかし本部にあのようなビーストとイールを跳躍するような命知らずの曲芸ができる身体能力を持つ者がいただろうか。



 ♢♢♢



「前よし、後ろよし、というか周りに人影なし、キーもポケットに……全部よし」


 俺の顔が不真面目そうにでも見えたのか頼むから必ずやってくれと懇願された指差し確認をして、森へと歩み入る。


「――〈悪辣の刃ダリィス〉」


 こちらへ激怒して駆け込んで来る火食鳥型に手を翳す。


 数も個の質も強力といって差し支えない難敵にも正面から受けて立つと、自然と薄っすら笑みが浮かぶ。


 生み出された無骨な薄暗い色の片刃剣。半透明から間もなく明確にこの世に現れた。


 今か今かとその時を待つラストへと、ビーストは跳び蹴りを放った。


「さらばっ」

『クエッ!?』


 足元に赤い火花がチラつき、ラストが背後の崖上へ大きく跳び上がる。


「〈飛翔フライ〉」


 手に赤い光が奔り、〈悪辣の刃〉が真っ直ぐに射出された。


 放物線などなく矢の如く一直線でビーストの肩口を突き刺す。


『ギィアッ!?』

『ッ、ィイ……!?』


 禍々しい刃に肩を抉られたビーストは首ぷらぷらさせて転び、異変を察した仲間が俺へ驚愕の視線で見る。


(まともにやるわけないだろ。青いなぁ、ビースト達よ……)


 二つの剣を交互に射出しては突き刺して消し、また手元から射出するを繰り返す。


『クエーッ!!』

「バカめ、知恵で人間様に勝てると思うな。これがビースト狩りの極地、お手本だ。教材に乗せて欲しいくらいだな」


 卑怯者めと口々に罵るように地団駄を踏むビーストへ、無慈悲に双剣を無限に撃ち出す。


 全能感とでも言えば良いのか、まさに神の裁きを下して悦に浸る。憐れみさえ感じるラスト。


 すると、


『ッ…………』

『ッ、クエッ!!』


 合図を送った仲間に即座に応え、阿吽の呼吸で仲間を踏み台に一匹のビーストが高く跳躍した。


「ぉわっ!? くっ……!!」


 急いで剣を掴み、逆に見下ろすビーストと鋭い視線を交差させる。


『ッ――――』

「っ――――」


 刹那の一騎打ち。


 大木すら倒木させるビーストの蹴りと、ラストの薙ぎ払い。


『…………ク、エ……』

「はぁ……はぁ……。……はぁ、驚いた」


 焦りに焦ったラストの背後で、首がズレ落ちたビーストが力尽きた。


「……無駄だ。お前達の考えることなんて全てお見通しだ、ビースト風情が」

『イィィッ……!!』


 崖下のビースト等へ冷静沈着に告げると顔を顰める個体へ右の手を翳し、赤く細い稲妻を奔らせる。


 混沌を消費して神気を捻出し、より力強くあれと剣へ流す。


『ギッ……!!』

『ッ…………』


 再び作戦を実行しようと頷き合うビーストの気配を、学習能力のあるラストは鋭く見抜いた。


「そこっ、密談するな小賢しい……!!」


 すかさず油断せず、〈悪戯の御手〉で器から混沌を掬い上げて命じる。


(“切れ味を上げろ”……)


 すると同時に初めの刃が〈回転スピン〉し始め、大きく旋回し、倒れていたビーストの頭蓋を割る。


 槍を思わせる直線的であった軌跡は、今や飛燕の如く。


 翳したラストの手と同様に小さな赤い稲妻の散る双剣が、次々と旋回してビーストを狩っていく。


「――――ッ!!」

『グェ……』


 強く念じて双剣を引き戻し、残る一体の後頭部を斬り飛ばした刃を掴み取る。


「……ホントに慢心を知らないなぁ、俺は……」


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