第13話、喧嘩番長、本部シード最強と喧嘩する



 ディーノの目が腫れる程に冷たくあしらい、溜まらず駆け出したのを見送ったシルヴィアはラストを追って王城へやって来ていた。


 仕事がある。ラストは自宅を出発前にそう口にしていた。


 自分の任務に同行するラストは本来、マーベリックの行方に進展がない限り待機となる。


 ならば最も可能性の高い行く先は、清掃部だろう。


「…………? っ、これはこれはシルヴィア様っ!!」

「お仕事中に申し訳ないのだけど、少しいいかしら」

「私でよろしければもういくらでもっ、どこか汚れたとこでもありましたか……?」


 書類と睨み合っていた責任者であろう男が眼鏡を外して駆け寄る。揉み手をして明らかに怯えた様子であった。


「ここにラストが来なかった?」

「来ましたけど……あいつ、シルヴィア様にまで何かしやがったんですか?」

「いえ――――」

「すいませんっ、勘弁してやってください!」


 頭を深く下げ、元部下を擁護する。


「あいつは私等を庇って悪目立ちはしてましたけど、根はいい奴で私等の代わりに毎日毎日あんな重い荷車引いてくれてた奴なんですっ!」


 建物に隣り合わせに停めてある巨大な荷車を指差して尚も続ける。


「でもねっ、言わしてもらいますけどね! 輝士様方に部屋の掃除やら買い出しやらまで頼まれちゃ、こっちも困っちまうんですよ! ラストがいなきゃ私等はぶっ倒れてましたよ!」

「私は何も言っていないでしょう?」

「すみません……」


 シルヴィアの鋭い眼差しに、熱が入って来ていた男の頭も冷える。


「そう言えば、清掃部などは負傷した兵士や遺族を多く採用しているのだと聞いた事があるわね」

「そ、そうですけど……」

「ところでラストは?」

「あの重い荷車を今日も運んでくれるつもりだったようですけど、シリウス様から飛空する台車を新しく配給していただいたんで、それを伝えたら“馬車馬は用済みか、この外道。恥を知れ”っていつもみたいな言い過ぎなくらいの捨て台詞を残して帰ってしまいました……」


 それを聞くなり外へ出て、辺りを見回す。


「……自宅に……いや、あいつの家とは違う方角だったんで、どこに行ったかまでは分かりません」

「そう……」


 買い物辺りだろうか、指差す方角には輝士養成校があるくらいで他に思い当たるものがない。


 ふと年季の入った大きな台車に視線が行き、引いてみる。


「っ…………こんなものを運ぶなんて無茶じゃない」

「え、えぇ……だからラストが毎日引いてくれてたんです。あいつ怪力なんで、顔色一つ変えやせずに洗濯物まで乗せて軽々とね」


 空の台車にも関わらず、毎日鍛えて来たシルヴィアでさえピクリとも動かなかった。


「最初の頃から私は勤務しとったんですが、本当にあの頃はこいつを引くだけで四人がかりで…………シリウス様がラストを連れて来てくれていなかったら今頃どうなっていたか……」

「…………」



 ………


 ……


 …



 飛空艇ホエールの搭乗時間が差し迫る中、シルヴィアがラストが去ったという輝士養成校の方角へ歩む。


「…………っ」


 そこで目にしたものはシルヴィアでさえ、予想を超えるものであった。


「くそっ、このぉ……!!」

「だ、だれか助けてくれぇ!!」


 通りの街灯や木の出っ張りに制服の襟をかけて吊るされる複数のシード生。


 他の者等は街の真ん中で起こる大騒ぎを悲鳴混じりに固唾を飲んで見守る。


「――ふんっ!」

「甘い、ですが中々……!!」


 薙刀を巧みに振るうあの・・“イブキ・ゴールド”を前に、ベンチを振り回して互角に渡り合うラスト。風圧に突風が起きる程に豪快に、猛攻を見せるイブキと大立ち回りを繰り広げている。


「っ……命知らずですね」


 振るうイブキ自身や見ている側が恐ろしい程に刃物にも怯まず、互いに取り押さえようと苦戦しているようであった。


「セェイッ――――!!」

「……元気過ぎるだろ」


 縦に横に寒気のする風音を立てて回転し、薙刀の威力を高めつつ斬り付けた。清掃部の責任者が自慢げに言ったラストの怪力は、束ねた黒髪を靡かせる美女と見紛う美しきイブキを昂らせていた。


 咄嗟に側面に飛び退いたラストも、端の肘掛けから突き出して昏倒させようと徐々に力みが加わる。


「…………っ、……止まりなさい」


 呆気に取られていたシルヴィアだったが、はっと我に帰ると双剣を抜いてラストのベンチへ飛び乗る。


「っ……!! 邪魔をしないでください……!!」

「もう十分に楽しんだでしょう?」


 豪快に振るわれる薙刀を、シルヴィアは軽やかに躱し続ける。


「ッ……!!」


 より加速する薙刀も双剣を回転させつつ弾き、受け流してやり込む。


 そして上段からの強力な斬り下ろしを、クロスさせた双剣で受け止め……やがてシルヴィアの額目前で刃は停止した。


 大して力を入れていたようには見受けられないが、いとも容易くイブキの薙刀を制してしまった。


「……また驚くほどに強くなっているけれど、だからこそ周りを見なさい」

「…………熱くなっていた事は認めます」

「他にも認めて欲しいところはたくさんあるけれど…………まずは何があったのか教えて」


 普段通りの落ち着いた様子を取り戻したイブキから、ベンチを元に戻していたラストへ説明を促した。


「……昨日、絡んで来た奴等がまた来たから、オーナメント代わりに木に飾ってた。そうしたらそいつにバレて襲われた」

「なぜ絡んで来たシード生で通りを彩ろうと考え付いたのよ……」

「さぁな」


 近くに置いてあった武器携帯許可証を取り、ラストはさっさと踵を返した。


「待って――」

「待ってください。あなたの名前は?」


 シルヴィアを遮り、昂りを秘めたイブキが正面からラストの背を見つめて問いかけた。


「レンだ」

「ど、どうしてそんなにも即座に嘘を切り返せるの……?」


 あまりのマイペースぶりに困惑するシルヴィアだったが、イブキはその呟きにも気付かず倒さねばならない壁を見つけたとばかりに颯爽と振り向いた。


「ではレンさん、次に会う時は逃しはしません。お覚悟を……」

「あぁ、レンだからな。覚えておけよ」

「無論です。レン、絶対に忘れはしません」


 二人はお互いに示し合わせたように揃って正反対の方へ歩み始める。


「…………っ、ホエールの時間になってしまったじゃないっ」

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