第10話、シリウスとの晩餐


 クリードのみならず、懸命に働いている前線の輝士が募る不満を口にする。


「聞いたことありません? あいつ、適性もなく実力もないから輝士にも兵士にもなれずに清掃部に配属されたんですよ。なぁ?」

「ですね、勤務態度も本当に悪くて……注意なんてしようものなら殴り合いの喧嘩になる事もあるんですから」


 違和感がなかったから気が付かなかったが、確かにあまり態度は良くない。物怖じせず、無気力で、相手を揶揄ってばかり。


「…………」


 ララとレンも出会った際の場面を振り返っていた。


 素行を注意したところ、暴行を受けて喧嘩になったというような主張をしていた。


「嫉妬でしょうね。この前なんて、訓練に励む輝士に腐った水を飲ませようとしていましたしね」

「っ……本当なの?」

「自分の隊も訓練していたので確かですよ。そうだろ?」


 肩を竦めてほとほと困り果てたと嘆くクリードに、後輩も続く。


「やってましたね……。……その夜にビーストに殺されて、もしかしたらそれで体調悪くなってビーストに……って一瞬だけ考えちゃいましたよ」

「あの上等な双剣もシルヴィア様に取り入ろうと見た目で誤魔化しているだけですし、輝士になっても今みたいに適当に逃げて給金を受けるつもりなんですよ」

「だって倒せませんもんね。シリウス様に告げ口でもされたら怖いし……」


 ヤードやカニラという枠組みに比較的無関心なシルヴィアだが、育ちは紛れもなくヤードである。


 潔癖、誠実を尊ぶ文化で育った三人の胸の内には暗い感情が芽生えていた。


「そう言えば……俺達がラストとの予定がズレた日の朝に、飲み屋帰りのラストを見たってシード生がいて……」

「っ…………」


 思い起こされる申し訳なさそうに告げられたシリウスの言葉がシルヴィアの脳裏に蘇る。


『あ〜……ちょっとあいつは怪我をしているようだから、面会は明日にしよう。すまないな』


 証言したレンは下級生の選抜チームに所属したこともあり、本部で手合わせをした知人が数名いた。


 ラストやシルヴィアと合流前に挨拶がてら少し雑談をしていたのだった。


「…………あぁ、そうかもしれない! あの日、任務に赴く際にふらふら歩くラストを見ましたから!」

「ははっ、確かに見た。見ましたよ!」


 水を得た魚のように同調するクリード隊。


 今ではシルヴィアの目付きはこれまで以上に鋭く、明確な苛立ちを表していた。


「……雑談をしている暇はないわ。怪我人の手当ても含めて急いでもらえる?」

「っ、失礼しました!!」


 憤りを胸に、シルヴィア達はビースト掃討任務に取り掛かる。



 ………


 ……


 …



「――持ってみろ」

「は……?」

「いいから持ってみせろっ」


 苛立ちを露わにするララが、どこからか帰って来たラストへレイピアのグリップを差し出す。


「…………」

「……失望した。貴様は最低だ」

「…………」


 初めて触れる神血武器は適性の大小関係なく仄かな光を現す。


 ラストがレイピアを掴んだことによる変化は、無し。


 頭に血が登っていたララだが、落胆にむしろ頭が冷えた様子であった。静かにラストに見切りを付け、軽蔑の言葉を残してシルヴィア達の待つオルカへ乗り込む。


「…………」


 事情を何となく察したラストがニヤけるクリード隊の間を抜けてオルカへ乗るも、


「……少し見ない間にえらく嫌われたもんだ」


 車内の空気は張り詰め、明らかな嫌悪の情を向けられていた。


 踏み込む際に一身に蔑視の視線を一度向けられ、以降は視界にも入れられない。


「……なんか、言われたのか?」

「…………」

「分かった、黙っておく」


 二時間の間、三人で交わされる会話はあれどもラストはそこに存在しないかのような空気で王都まで帰還した。


 王城で別れ、ララとレンは再びシードの寮を借りに行き、ラストは帰宅。シルヴィアは城を守るセバスチャンへ報告に向かっていた。


 明日の午前には飛空艇ホエールに乗り、夜には元の都市へ着くだろう。


 既に思いは慣れ親しんだ都市にあり、クリード隊の調査報告があるまでは心穏やかに過ごせると胸を撫で下ろしていた。


 すると、


「――帰って来ていたのか、シルヴィア」

「シリウス様っ」


 予想だにしないシリウスの登場に、廊下に慌てて跪く。


 朝にイムアジンとの戦に出撃したとは思えない程に、何事もなく帰還してそこにいた。


「立つといい。ひょっとして報告か?」

「はい、セバスチャンに伝えることとなっています」

「……なら私が聞こう。私の屋敷で食事でも摂りながら話そうじゃないか」


 そう提案されれば異論はない。訊ねたいこともあった。


 付き従い訪れたシリウスの屋敷は思いの外小さく、ローキン家の十分の一程度のものであった。


 元々のカニラからの家族や使用人をそのまま連れて来ている為であると風の噂で耳にしたことがある。


「シエラ様、夜遅くに申し訳ありませんがお世話になります」

「わぁ……! 今日はシルヴィアさんとご一緒できるのですか? あと“シエラ”でお願いしますね?」


 シリウスの妻であるシエラ。メイド服姿で家事をこなし、木べらを手にシルヴィアの訪問を喜ぶ。


 落ち着く色合いをしたセミロングのベージュ髪を纏め、シルヴィアに対して【カニラの奇跡】と呼ばれるのも頷ける美しさで微笑む。


 初対面時からだ。無愛想な自分と違い、自然に笑うシエラは魅力的であるとシルヴィアでさえ感嘆し切りであった。


 今夜の晩餐は三人でとなる。


「え〜っと、お口に合いますか?」

「はい、とても。カニラの料理は私には味気なく感じることがあったのですが、シエラさんの料理はどれも満足感を得られるものばかりです」

「まぁ……! シリウス様、今のを聞きましたか?」


 名高い美食家でもない自分の賞賛が嬉しいのか、過剰な喜びを表すシエラにシリウスも困り顔で笑って応えた。


「それで、ラストはどうだった?」

「…………」


 早速であった。興味津々に、真っ先にシリウスが訊ねた。


 言葉を選び冷静にと心得、ナイフとフォークを置いて口にした。


「……輝士にするのは彼にとって良くないのではと」

「そうか?」

「私はそう感じました。もし輝士となったとしても、周りの事もあり任務遂行は厳しいでしょう」

「分かった。ならば仕方ないな」


 呆気なく会話が終わってしまう。


 あまりの呆気なさに、食事を再開するシリウスへ視線を向ける程である。


「…………シリウス様」

「なんだ?」

「一日でそれはあんまりです。私なら泣いてしまいますよ?」


 不自然なシエラとシリウスのやり取りを疑問に思うより前に、その変化は訪れた。


「これは私の決定だ。口を挟まないでくれ」


 温かな雰囲気を醸し出していた蝋燭の火が、シリウスの冷たい眼差しにより搔き消える。


 月夜の快晴であった空にも雷鳴も轟き、現状がどれだけ人の身が及ばない事態であるかを示している。


「ラッくんの事なのにですか?」

「そうだ」

「ラッくんのことなのにですかっ?」

「…………」

「ぷ〜っ……」

「……………………」

「ん〜〜っ…………!!」


 鼓動が止まりそうになるシリウスの眼光を受けて、頬を膨らませて真正面から睨み返すシエラ。


 シルヴィアなどは呼吸も満足にできていない。


「…………分かった。しかし今後、私は私で他の適任者を探す」

「ラッくんの気持ちが一番大切なんです」


 根負けしたシリウスにより緊迫の時間は唐突に終わり、先程と同じ穏やかな空気に包まれた。


「それで、シルヴィアは何故ラストが輝士に相応しくないと思う」

「……て、適性が無しである為――」

「実力は私が保証すると言った筈だ。私の言葉を疑ったわけだ。確かめもせずに」

「っ…………」


 頬杖を突き、普段と違う……先程垣間見せた冷たさを思わせる所作でこちらに対する。


「他にあの子の不満は?」

「…………輝士と度々、衝突があると」

「それには私にも責任があるな。端的に言えば、輝士は清掃員を小間使いのように認識してしまっていて、ラストは同僚を庇っていた」

「…………」

「詳しくは清掃部にでも訊いてみるといい。次……」


 話しながらもシリウスはシエラに何か指示をして一度離席させる。


「昨日は……二日酔いで動けなかったと……」

「誰がそんな事を……」

「覚束ない足取りで朝帰りしたところを目撃した者がいました」


 赤ワインを飲む手を止め、呆れたとばかりに再度グラスを傾けた。


「……その前夜、ラストの同僚が乗る馬車がビーストの群れに襲撃された」

「…………」

「ラストはその一報を受けてドルフィンで助けに向かったんだ」

「っ…………!!」


 予想だにしない答えに、食事などとうに忘れて絶句してしまう。


「同僚も輝士も殺され、ラストは一人で敵討ちをしていた」

「…………」

「あの時……私が転移した時には、大怪我をして自室で倒れていた。……流石に血だらけで気絶しているあいつと合わせる訳にはいかないからな」


 噂とは正反対の人物像であった。


「………………申し訳ありません。ヤードの文化に囚われて目が曇っていたようです」

「ヤード出身を言い訳にはできない。ヤードにだって、ラスト・・・のような者もいる」

「え…………今、なんと……」


 普段は全く見せない感情的なシリウスと視線を交差させ、それでも何故か引かずに訊き返す。


「ラストは、ヤード出身だ」

「…………」

「……ヤード出身で、ヤードの者達に両親を殺されている」


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