第9話、適性無し
闘技場があるらしき建物から、あろうことかビーストが街へと溢れていた。
輝士が懸命に倒すまで青年らしき死体を引き摺るものや、老人を食い殺して吠えるビースト。
「…………」
「マジかよ……ざけやがって!!」
腕から血を流す親の元で泣き叫ぶ子供を目にしたレンが、辛抱堪らず感情に任せて声を荒らげる。
胸を痛めるララの顔色も悪いものとなっている。
ヤードではこのような光景はあまり見られない。
ビーストは東にいる《獣神紋》に惹かれて“幻想国家イムアジン”に流れていってしまうのだ。
そのこともあって、ヤードは農作物に困らない。食糧も豊富で海にも面しており塩にも不自由することがなく、体を作る『食』という重要な要素がほぼ年中確立している。
つまり兵は精強で数も多い。出没率が数少ないビーストなども発見し次第に討伐されるのが主であった。
カニラに根付く怨恨は…………ヤードとの紛争とヤードとは無縁なビースト戦、この両方と戦って来て鬱積した感情に起因するところもあるのかもしれない。
「……状況を教えてもらえる?」
「かしこまりました」
眼差し険しいシルヴィアに問われ、クリードが詳細を語った。
それはシルヴィア到着の直前であったという。
………
……
…
カニラには傭兵団が今も存在する。
それはビースト相手だけでなく、以前はヤードの軍隊をも相手にしていた武闘派の集団だ。
中でもマーベリックから九輝将の弓を貰い受けたというナジム率いる傭兵団は飛ぶ鳥を落とす勢いで大金を稼ぎ、地下闘技場を買い取るまでに至っていた。
「お〜っ、いいねぇ……似合ってる」
「うふふ……」
中央のケージ内での狼型ビーストと腕自慢の傭兵が死闘を繰り広げる様に一瞥もくれず、ナジムは特別席で下着姿の女に夢中であった。
座るソファの傍らには白い弓が立てかけられ、ナジムの膝の上で淫らに踊る女のせいで今にも倒れそうだ。
「…………お、すまねぇな」
巻き煙草に火を付けようとするナジムに先んじて、そっとキャンドルが差し出される。
「いえいえ、最後に心ゆくまで味わうと良いでしょう」
「なっ!? ……ま、マーベリック!!」
キャンドル伝いのその男を目にした瞬間に、女を乱暴に押し退けて立ち上がる。
「こんにちは、ナジムさん。私のあげた弓で随分と好き勝手をされているらしいですねぇ〜」
サングラスにドレッドヘアをした肌黒い大男が、血液滲む大剣を担ぎ直す。周りには部下達が静かに暗殺されて無惨な姿を晒していた。
「ま、待てよっ、マーベリック! 金ならお前の分もあるって!」
「でもあなた、私を売ったじゃありませんか」
派手なスーツに口元には常に笑み。アクセサリーも程々に、ナジムのソファに大剣を突き立てる。
そして、――――持ち上げた。
「はぁ!? ま、待て待て待てっ、待てよ!!」
闘技場の騒々しさに、こちらに気付く者はいない。完全に絶対絶命である。
「うらぁ!!」
「あぁ、見逃してあげたのにこちらに気が付いてしまいましたか」
背後からの不意打ちも難なく避け、肘を打って鼻っ面を陥没させてしまう。当然に崩れ落ちる最後の部下。
実戦でこのマーベリックに勝てる人間などいない。野生的で天才的で、身体も天に恵まれて、それこそ九輝将を複数人でも用意なければ歯が立たない。
「……ん〜?」
「なっ……!?」
突如として、闘技場内の熱狂は悲鳴により掻き消される。
目を向ければ狼型や牛型のビーストが解き放たれ、人々を襲い回っていた。
「何しやがったっ、マーベリック」
「さて、何でしょうか」
煙草を拾い上げ、指で弾いてナジムの顔に投げ付ける。
「ぐぁっ、――――グォアッ!?」
続けて投げ付けられたソファに跳ね飛ばされ、再度蹴り飛ばされたソファに顔面を砕かれ、止めに大剣を左胸に突き込まれる。
「……あぁ、いけない。ケダモノの血で弓が汚れてしまう」
血が噴出して痙攣するナジムを微笑み見下ろしていたマーベリックが、弓を拾い上げる。
「それでは、お嬢さん。少しばかりお邪魔をしましたが、私はこれで」
「…………」
青い顔をして何度も頷く女へ丁寧にお辞儀をし、マーベリックが取り戻した弓を手にその場を後にした。
神血の加護も無しに、ビーストを問答無用に斬殺しながら……。
…………
……
…
騒ぎを察して突入したクリード隊が行った簡易的な調査から推測される事の顛末であった。
おそらくはマーベリックが追手である輝士隊に気付き、予め闘技場内のビーストの檻を破壊。解き放ち、混乱を利用して逃走したのだと。
「……本当にその数を、この短時間で?」
「はい、マーベリックは成し得ました」
シルヴィアでさえ耳を疑うマーベリックの強さであった。異常と言える。
ここのオーナーであるナジムの用心棒等を二十四人、大小様々なビーストを九体。聞いただけで背筋が震える数だ。
「外はご覧通り何とか駆逐しましたが、中に閉じ込めたものがまだ残っています。援軍の要請でもして確実に狩るのが良いでしょう」
「ではあなたはマーベリックを追ってもらえる? 建物内は私が受け持つから。それが最善でしょう」
「えっ、全てですか……?」
「えぇ、任せて」
事もなげに言い、シルヴィアが剣を抜く。
「先輩、俺等も行っていいっすか?」
「出撃の許可を願いますっ!!」
普段の言動からは想像できない熱血漢であるレンは、訊ねはすれどその手には既に弓を手にしていた。
小さな身体で姿勢良く敬礼するララもレイピアを抜くつもりが満々だ。
「……あくまで見学の予定だったのだけれどね。行きましょうか」
「お前が突入するなら俺は周りを見て来る。またな」
「…………」
シルヴィアの返事を待たずして、きょろきょろと周りを眺めていたラストはどこかへと歩いて行ってしまった。
「あぁ、仕方ないですよ。だってあいつ――――」
――適性無しですから……。
場の空気が凍り付く。
適性がないということは、神血による模倣が使えない。つまりビーストを倒せない。
マーベリックやアーデンのような特別な才能を持つ人物でもなければ、まともに傷を与えることすらできない。
「輝士にしてくれとシリウス様に頼んだみたいですけど、今みたいに逃げなきゃビーストに殺される。でも高い給金は欲しいし……あなたみたいな素晴らしい女性と縁なんて持てない」
「…………」
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