第8話、第二回グランキュリスVSイムアジン




 北東都市からオルカで僅か二時間余り。


 イムアジンとの国境は南に大きな山脈が聳える地形上、戦場となるのは北側。三年前の全面戦争と同じく、此度もまたここハザン平野が舞台となる。


「シルヴィアの補佐にクリード隊を付けた?」

「へ、へいっ。もしかして不都合がありましたでしょうか……」

「……抜擢の理由は?」


 最前線の砦内を重量感ある足音を立ててシリウスの後に続く大楯の九輝将ラドー。


 シリウスよりも少し背の高いながらも身体の横幅はアーデンよりも大きい。その手には守護者たるに相応しい白く分厚い大楯がある。


 自身の身の丈を超え、『都市』の城壁の如く聳え立つ。


「ここのところの討伐数がぴか一で、直近でも人狼型と犬っころのビーストを無傷で倒したってんで。アーデンからは好きな隊を選んでいいみたいなぁ……話もぉ……」


 浅慮や短絡的な言動で叱られることもあるラドーが、疑問を抱くシリウスの顔色を伺う。


 豪快、鉄壁でヤードとの戦争を勝ち抜いて来た猛者だが、シリウスを前にすればただの人間であった。


「…………」

「……変更、しやすか?」

「もう遅いだろう……。よく考えて発言しなさい」

「す、すいやせん……」


 髭面の肉厚な男が身を縮めて気落ちする。


「お前ももう持ち場に向かえ。すぐに開戦だ」

「へいっ!!」


 ラドーが不恰好な走りで壁外へ駆けていくのを見送り、城壁への階段を登る。


 やがて壁のへりに腰掛け、


「……さて、《獣神紋オウリオン》は予想通り不参加か」


 砦内ではなく壁外に出撃していた全ての輝士兵士が跪くのを目にする。


 向こう側……それほどには離れていない距離に大小様々な選りすぐりのビースト・・・・とイムアジン軍を前にして、昂る心を密かにこちらへ頭を下げていた。


「……“アグラルフォン”だけには気を付けねばな……」


 《神紋章》には眷属とも言うべき付き従えられる種がいるものがあった。シリウスの場合は、鷹や羊。


 ここに《獣神紋》が異質である所以がある。


 《獣神紋》は、《神紋章》の中でも唯一ビーストを従えられる。しかも神血により配下にも特定の型を隷属させる能力を与える事ができる。


 かつて『共存派』と『従属派』で天地を揺るがす熾烈な争いを繰り広げていた《祖なる者》。現代の《神紋章》も基本的には二手に分かれて睨み合うも、ビーストだけは共通の天敵である。


 それを従えるとあって、中位の神ながら同じ『従属派』の《神紋章》達でさえ脅威とする厄介さを持つこととなっていた。


『――ブルルルァアアーッ!!』

「威勢がいいな」


 従えるイムアジンの将が制止するも、四分の一あまり背丈が低い人間の声は届かない。命令に気が付かなければ神血と言えども意味がない。


 《神紋章》を目の前に興奮した牛頭型のビーストが怒号を上げ、統率する二百頭近い牛型の群れが駆け出す。


「っ、く、来るぞ……!!」

「ジェレマイア隊の方だ!!」


 流石に開戦の火蓋が切られたならば備えなければならない。立ち上がった輝士等が素早く剣や槍を構え始め、イムアジンの主力の一つである牛型の群れを注意深く見る。


 しかしその様はまるで二百の岩石の雪崩れで、砦さえ突き破ってしまうのではと思えてならない。


「始めるか……〈神装グリッター〉」


 何の気なしに呟くと、シリウスは右手にだけ手甲を出現させた。白と金の眩いガントレットを。


 そして高い城壁上から踏み出し、落下が始まるよりも前に光と消える。


 現れたのは群れの先頭を行く牛型の目前であった。


『ッ…………!?』

「――〈絶対直進の光玉ストレート〉」


 ガントレットに集う極光が放たれ、光玉が一直線に撃ち出された。


 輝きは徐々に光を取り込み疾走し、この世の何の影響も受け付ける事なく真っ直ぐに世界を行く。


 人間、ビースト、自然、理、何一つ関せず真っ直ぐに。


 弾き飛んだ牛型が次々と空を舞い、ついに牛頭型が己の半分余りはあろうかと言う光玉を正面から迎え打つ。


「……私の光が止まるとでも思っているのか?」


 遠くで悠然と眺めていたシリウスが嘆息混じりに口にした瞬間に、牛頭型が右斜め上空へ消え行く。


 牛型と牛頭型の倍以上ある重量の違いすら関係ない。一瞬の拮抗も許さず一息に直進し、イムアジン軍を半分に寸断してやっと光は霧散した。


 大地すら半円に抉り、瞬きの間に一軍を屠り、イムアジン軍とビーストは自然と沈黙する。


「私はいつでも誰とでも相手になろう。しかし……お前達の神はいつ出て来てくれるんだろうな」


 不敵に笑うシリウスに、遥か遠くのイムアジン全軍が後退りした。


 最高の神と名高い《光神紋》の片鱗を前にし、戦の敗北を否応なく確信してしまっていた。


「……アーデンはいつも通りにアグラルフォンだ! ジェレマイアはこのまま前進、ラドーと合流して将を殺せ!」


 後は、――――九輝将が暴れるのみ。


「おっしゃああああ!! 一歩も引くなよ!! 譲りも許しもしないっ、それがラドー隊じゃああ!!」


 ラドーが熊型の強烈な攻撃を防ぎ、盾ごと地面に沈む。更に膨れ上がる太腿で踏み出し、なんと二回りは違うであろう熊型を押し返していく。


「無情」


 閃光フラッシュの上位互換〈光の炸裂クラッシュ〉を常に発動させ、鞭を巧みに弾けさせる。


 長く揺れる白髪と髭を撫で、集団で襲う狐型が宙を舞う。


「…………」

「…………」


 唯一の接戦と言えるのは、グランキュリス最強のアーデンと……イムアジン最強のアグラルフォンの一騎打ち。


 アーデンの槍とアグラルフォンの矛が、誰の介入も許さない過激な一進一退の攻防を繰り広げたという。


 しかし結果は、夜を待たずして勝ち鬨が上がった。


 カニラ側から九輝将を招集したこともあり、一際強力な模倣を用いてイムアジンを圧倒。大勝利で凱旋することとなる。


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