第4話、シルヴィア・ローキン



 夜明けの時。


 朝露に濡れる若葉が美しく、今の森に昨夜起きた惨劇の気配など微塵も感じられない。


 選ばれたのはクリード隊。先行して偵察した後に四部隊を率いた駆逐作戦を実行する手筈となっている。


「…………何をしているんだよ、ラスト」

「クリード……」


 馬車を調査していたクリード隊の前に、ふらふらと覚束ない足取りのラストが現れる。上着は微かに土で汚れているだけだが、足には咬み傷が多数見られる。


「質問に答えるんだ」

「……同僚の安否を確かめに来ただけだ」


 冷ややかなクリード隊の視線も無視して……一度だけ立ち止まり、振り返り何かを考える素振りを見せるも、やがて端にあるドルフィンに乗り去ってしまう。


 取るに足らないとばかりに肩を竦めて、クリードを先頭に森の中へと慎重に歩み入る。


「……ここで何が、起こったんだ……」


 山が出来そうな数のビーストの死骸が、街道から少し入った森の中に散乱していた。


 岩石の如き外殻もそこら中に散見できる。


「どう、しますか? ありのままを報告するなら、着いた時には双方全滅となりますが……」

「…………いや、馬車を護衛していた輝士が頑張って倒したんだろう。残りを僕達で倒したことにしよう」

「え、しかし……」


 輝士は道の馬車近くで倒れていた。現場の状況から考えて、車内の人間は慈悲もなく森へ引きずられている。


 故におそらく輝士等は早々に殺されたという推察だったが、……どうやら真実は善戦した末の敗北であったようだ。


「誰かの手柄にしないとあんまりだろう? ラストが倒せる訳はないし、あいつが功績を挙げたところで意味を持たない。森の中のビーストは、今ここで私達が倒したことにしようじゃないか」

「…………」

「また隊の格が上がる。正義を為すには時に手段を選んでいられない時もあるんだよ」

「……はっ!!」


 他に名乗り出る者はいなかった。


 結果、迅速かつ柔軟な対応で人狼型と犬型を最小限の手間で討伐したクリード隊の功績は正式に認められることとなる。



 ♢♢♢



 ヤードとカニラの境目であった線上に、本部北部南部に一つずつ輝士を育成する施設が建てられている。


 一般的な教養と共にビーストや敵対勢力と戦う術を身に付ける為の『輝士養成校シード』と呼称されるその施設には、有望とされる者達が数多く在籍していた。


 中でも北部には、グランキュリスの期待を一身に受ける才媛が在籍していた。


「――それでは本日はここまでとします。皆さん、ご機嫌よう」


 壇上の厳格な女教官を中心に段々に上がって扇状に広がる教室で、午前のビースト関連の授業が終わりを迎えた。


「し、シルヴィアさん……?」

「……私に何か用かしら」


 はしゃぐ女生徒五名が、恐る恐る一人の学生へ話しかけた。


 武の名門にあり特別に秀で、【ヤードの奇跡】と称される美貌を持つ。その生徒はヤードの名門貴族であるというだけでなく、己が実力で歴代でも最も人気の高い者となっていた。


 “シルヴィア・ローキン”。


 白と青色の制服は彼女の銀髪に映え、他人に無関心ながら武に一途な彼女は輝士養成校中の羨望の的となっていた。


「宜しければ……その、お時間があればなんですけど……」

「お茶を、ご一緒にいかがでしょう……」


 前へ出た二人の女生徒の必死の誘いに、シルヴィアは冷淡にも思える淡々とした口調で返答する。


「ごめんなさい、今日は遠慮させてもらうわ」


 酷く冷たく、素気なくも思えるが、これが彼女の常であった。


 いつもながらの美しさに同性と言えども顔を赤くして見惚れてしまう。


 しかしどういったことだろうか。


 確かに冷徹にも思える彼女ではあるが、ヤード四大代表家として繋がりを重んじ、誘いは基本的に受けていた筈である。


「これから王都に向かわなければならないの」

「あの……何故かお訊ねしても?」

「私も詳しくは知らないわ。何か賞をいただけるのかもしれないわね」


 面倒そうに答えるも、嘘であった。本当はシリウス神からの呼び出しで、内容にも見当は付いている。


「あ、あなたっ、図々しいのではありません!? シルヴィアさんに失礼ですわ!!」

「いいのよ、でも他の方の場合には気を付けた方がいいでしょうね」


 無機質ながら感情的になって叱り付ける女生徒を宥めながらも、はしゃいで出過ぎた生徒にもそれとなく注意を促した。


「申し訳ありませんっ!」

「構わないけれど、あまり噂になるような事を憶測で広めないようにね」


 そう言うとシルヴィアの横目に否応なく頷く生徒達を一目して、荷物を手に教室を後にした。


「――シルヴィア」

「……ディーノ」


 追って来た上級の男子生徒……赤髪の幼馴染ディーノ・レミントンが、廊下を行くシルヴィアへ駆け寄る。


「どうしたもこうしたもない。本部に向かうそうじゃないか」

「……盗み聞きは止めなさい」

「それは謝る」


 シルヴィアの強気な目付きが一層厳しくなり、ディーノも堪らず謝罪した。


「けど……どういうことか、説明をもらわなければね」

「……どうしてあなたに説明する必要があるのかしら。いえ、言いたい事は分かるけれど、あなたには婚約者がいるじゃない」


 二人にはよくある問答だが、育ちからか無視という手段は避けてしまう。豊かな胸の下で腕を組み、探索混じりに決まり文句を言う。


「その問題ならもうすぐにでも解決するよ」


 婚約者を『問題』と呼ぶディーノに、終始無関心であったシルヴィアが柳眉を逆立てて視線を鋭くさせた。


「……よく分からないけれど、私の方はあなたに話せる内容ではないわ」

「そうか……カニラ絡みでないことを祈るよ」

「口には気を付けなさい。シリウス様もカニラ出身なのだから」


 グランキュリス国となり、《光神》シリウスの導きを得たヤードの民は喜びもあれど複雑な心境であった。


 シリウスがカニラ出身ということもあり、ヤード上位という立場が完全に入れ替わってしまった違和感は四年の時が経てども完全には拭えない。


「……助けが欲しい時はいつでも報せをくれ。シルヴィ程じゃないが、君に次ぐと言われる僕の剣術で必ず救い出してみせる」

「あなた、校内の武術大会では接戦の三位だったじゃない……」


 圧倒的な優勝を飾ったシルヴィア相手でなければ、歌劇の一幕を思わせるロマンある光景となっていただろう。


 ………


 ……


 …



 飛空艇『ホエール』第六便に乗り北部都市を後にしたシルヴィアは、次の日にはグランキュリス城へ到着していた。馬車が移動手段の主流であったこれまでとは比較にならない速度と快適さだ。


 何度となく目にしても圧倒される王都に見惚れる暇もなく、城内部へ通された彼女が現在いるのは『九輝将の間』である。


 九輝将クラウソラス……シリウスが〈王国誕生キングダム〉で創り出した九つの『都市』を護りし輝士達の王とも言うべき者達。彼等が集う会議の場だ。


「まぁ……予想はできていることと思う。以前に直接仄めかしてはいたが、君を新たな九輝将に任命しようと思っている」


 眩い朝日が射し込む巨大な円卓の最奥から、肘をつくシリウスが簡潔に告げた。


 少年の見た目なれど雄々しく、それでいて溢れるのが目に見えるようなカリスマ性を感じさせている。


 そして円卓の六席を埋めるのは、殺気にも似た圧迫感を放つ九輝将達。近々激突が予想されるイムアジンとの戦に臨むメンバーが主であった。


「私のような若輩者には身に余る光栄なれど、謹んでお受けいたします」

「頼む。気になっているだろうから、アーデンに説明させよう」


 何やら立ち上がったシリウスが最も近き右側の男性へ視線で命じた。背の高い筋肉質な男性は無言で首肯し、鷹のような鋭い眼差しをシルヴィアへ向けて話し始める。


「九輝将筆頭のアーデンだ。おそらく君は何故シードも卒業していない自分が、空きのない九輝将に任命されるのかと疑問を抱いているだろう」

「……時期九輝将の選定に名前が挙がっていると聞いてから、それほど時間が経っていませんので」

「あぁ、そうだ。率直に言うならば、シメオンが殺された。かなり手酷くな」

「っ…………」


 緊急的な招集ともあってその可能性も覚悟はしていたが、本当に九輝将が欠けた事実に沈着冷静なシルヴィアも内心で酷く驚く。


 しかも『――殺された・・・・』……。


 武術と神血武器を極めし超人の一角が殺害されたという。


「差し当たり、私やラドーがイムアジンとの戦いに赴く間に調査の続きを引き継いでもらいたい。可能であれば、解決まで進めてもらえると私達も安心できる」

「分かりました」


 暗に実力を不安視すると告げられるも、これには一切の動揺もなく返答した。


「アーデンは疑っているようだが、私は心配はしていない。だからこそ君に……その男を殺してもらいたい」


 白い円卓は大きく、視界を超えていつの間にか隣に槍を持つシリウスが立っていた。


「……何でしょうか」

「剣を抜いてもらっていいか?」

「仰せのままに……」


 ある男の説明を聞きたい気持ちはあるが、言われた通りに腰にある直剣寄りの刺剣を抜く。


「行くぞ?」

「ッ――――」


 卓越した技巧により槍が回り始め、シルヴィアの後退を余儀なくした。あわや槍の石突が顎を跳ね上げるところであった。


 ここ数年では覚えのない後退。常に紙一重の『見切り』とカウンターを得意とするシルヴィアが驚きに目を剥きもう片方・・・・の剣も抜き放つ。


「ほぅ……」

「やりますね、彼女」


 しかし九輝将の感心の的は……シリウスの初撃を武器も使わず凌いだシルヴィアの方にあった。


「相変わらず、いい目と勘をしているな」

「っ、っ……!!」


 高速で回る槍の合間を取って刺剣を寸止めで刺すも、明らかに回避されている。


 常人には一手たりとも差し込めぬ達人同士の見切りと技の応酬。


「これで最後だ。ッ――」


 回転を止め、神速の突きを放った。


「…………」


 白銀の髪を数本散らしながら前へ避けながら踏み出し、直剣を放てる構えで止まっていた。


「……見事」

「これでここにいる者達は納得した。暫くは九輝将予定のままだが、決まりだと思ってくれていい。ふっ、頼もしい限りだ」


 超人の集団である九輝将の中でも誰しもに最強と認めさせるアーデン・ロビンソンを始め、他の九輝将も拍手でシルヴィアの実力を認めた。


 槍を肩に担いだシリウスの言葉を締めとして、シルヴィアもやっと現実味を感じ始める。


「…………」

「権能ではありませんよ? あれはシリウス様の素の腕前です。びっくりすることに、槍でさえアーデンさんに勝ち越しているのだとか」

「薄々感じてはいたけれど、やはりそうなのね……」


 唯一の顔見知りであるヤード出身の“セバスチャン・レミントン”。カイゼル髭を撫でながら歩み寄り告げた信じ難い囁きにも、手を合わせた今のシルヴィアには合点がいく。


 これまでほぼ敵なしであった自分を相手にし、明らかに怪我をさせないよう加減をしながら槍を奮っていた。


「さて、シルヴィア。君がこれから追うことになる被疑者について話さそうか」

「シメオンを殺したとのことですが――」

「あぁ、違う。正確に言うなら殺されたのはシメオンだ」

「…………九輝将の部隊が壊滅させられたのですか?」

「そうだ」


 将を殺すだけならば超人と言えども何か手はあったのかもしれないが、隊を壊滅させるというのはあまりに荒唐無稽と言える。


 可能だとするならば、今ここにいる……アーデンくらいではないだろうか。


「“マーベリック・ステイル”…………ヤード民でも名前は聞いたことがあるだろう?」


 標的の名前を聞き、腑に落ちる。かつてはアーデンやラドー等と共にヤードの騎士達と戦を繰り広げた傭兵団の頭目であった。


「前々からヤード側の反乱軍が大きくなり過ぎているという話があって、どこからか資金援助があるのではと疑っていた。それがシメオンで、何らかのトラブルがあってマーベリックに殺されたのではと、そういう話になったわけだ」


 裏切ったというシメオンに思うところはあるが、今はそれよりもマーベリックだ。その強さはシリウスの折り紙付きで、アーデンと共に真っ先に九輝将に勧誘されるほどであった。最悪の危険度と言える。


 確かにマーベリックならば、シメオン隊を倒せてもおかしくはない。


「そこでだ。君に任務とは別にもう一つ、頼みたいことがある」

「何でしょうか。お話の雰囲気が変わったように見受けられますが」

「私の弟を君に頼みたい。任務に同行させて、頃合いを見て強引にでも輝士にしてやって欲しい」


 噂には聞いていた。まだグランキュリスとなる前にどこからか拾って来たその孤児を、シリウスは弟と呼び溺愛していると。


 しかしそのせいかその者は評判悪く、輝士やシード生から毛嫌いられている。


「実力は問題ない。優しい子だから、仲良くしてやってくれ。双方に取って利になるだろうし、気が合いそうなら……」

「……ご意志なら私に異論はありません」

「私の意志ではないさ。勘違いさせたなら謝る。恋仲となるのもどうかなというただの提案だ」


 弟に良縁をと世話を焼きたかったのか、こちらの隠れた怒気を察して苦笑いを浮かべて誤魔化した。


「何にせよ紹介しよう。少し待っていてくれ」

「っ…………」


 仄かな光の残滓を残して、シリウスの姿が搔き消える。


 周囲の九輝将と違い、覇気のような威圧感を全く感じなかっただけに、超常的能力を前にして改めて本物の《神紋章》なのだと畏怖の念が生まれた。


 そう感じたのも束の間に同じ場所に発光体が生まれ、シリウスが現れた。


「あ〜……ちょっとあいつは怪我をしているようだから、面会は明日にしよう。すまないな」

「滅相もありません。承りました」

「アーデン、オウリオンとの戦の準備を進めておいてくれ。セバスチャン、城の事は頼んだ」


 両者が深く頭を下げて了承し終えるのを待たずして再びその姿が消え去る。


「…………?」


 あのシリウスが若干ながら焦りを見せた気がするも、九輝将さえも覚えがない。気のせいだろう。

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