第5話     可愛いだろう?

「あ、あの。アス…ぃ?」

 顔が数センチに迫っているアスラに戸惑いつつも、視線がお互い外せないでいるが、内心タキはつくづくと思ってしまう。

『まじ、アス兄ぃ超イケメン過ぎる〜抱き付きたいわぁーー』

 同じように、その様子を見ていたテリーにクリスも何だ?というように、暫く2人を見ていたが、その何ともいえない異様な空気を破ったのが、クリスだった。

「お兄ちゃん。何そんなマジマジとタキを見てるのさ。男同士で気色悪いわ!」

 タキの横でも、テリーがうんうんと、頷いている。

「えっ?…ああああー。ごめん。なんかタキが別人に見えたから…つい……ww」

 笑いながら戻って行くと、クリスが座っているソファーの横に座り直した。

 タキとテリーは身体を温めるためムートンの敷物が引いてある暖炉の前に足を延ばして座った。

「あったけぇ〜本当に今日も寒いね。此処まで来るのに凍死しかけるかと思ったよ」

 タキは呆れて、テリーを見た。

「当り前だろう。幾ら家が近いとはいえ、そんな薄着で来るからだよ」

 クリスとアスラは驚いて、まさかと思った事を聞いてみた。

「まさかとは思うけど、その部屋着用の薄めのダウンだけで来たの?」

「まぁね。本当に近いからさ平気かなって思って、それに2階までダウンジャケット取りに行くにも、今これのせいで、下が見えないから段差が怖いんだよ」

 テリーは照れながら笑っている。

「んで、僕が取りに行こうかって聞いたら、悪いからいいって聞かないし。そのまま来た」

「テリーお前な!今の気温-10℃だよ。自殺行為だよ。でも、タキはしっかり着込んでたけど…」

「!ぼ、僕は…」

 一瞬タキは、ドキッと心臓が跳ねるのを必死で抑えた。

 なんて言えばいいか考えていたら、テリーが余計な一言を続けた。

「だってタキは、丁度電話がかかって来る少し前に、帰ってきたから」

「えっ!?まじっ…。リキママ家に来てて良かったな」

 先程、テリーにも言われた事をクリスにまで言われて、とぼけ笑いをする他なかった。

「それにしても、スクールバスからの先はどうしたの?山道一人で歩いてきたの?男でも一人歩きは危ないぞ」

「い、いや…と、途中で近所のおじさんが…運よく通りかかって、乗せてもらったんだ」

『おじさんじゃなくて、若いお兄さんだけどね』

 心の中で、苦笑い交じりに笑うしかできなかった。

 その言葉にテリーは、思い当たる節があったのか、納得したように、ああーと、声を出した。

「そっか!さっきのエンジン音と扉が閉まる音がそうだったんだ」

「えっ!?」

 タキは、焦りと驚きでテリーの方に視線を向けた。

「いやーなに。僕、暫く入院しただろう。その間に遅れていた勉強に追いつこうと思って、机に向かってたんだわ。その時に、外からその音がして、中々家の前からそのエンジン音が遠ざからないから、何かなって、覗こうかと思って席を立った時に、音が遠ざかっていって、その後に玄関が開いて…」

『あぶねぇぇエーーーー〜ギリだった』

 タキは、本当に心臓が破裂するんじゃないかと思うくらい驚いて、思わず不自然に見えない様に、そっと胸元に手を添えていた。

「そうなんだ。良かったなタキ」

 満面の笑顔で、喜んでくれているクリスに、猛烈に心が痛む。

「う うん。本当に運が良かったよHAHAHA」

「ところでテリー、腕の痛みはどうよ。石膏は何時取れるって?」

「う〜ん。もう少しかな?だいぶ痛みも治まってきてるし、来週の検査で、石膏取れるといいんだけどな、どうなるか…それにしても、激かゆい」

 それを聞いてクリスは、ソファーから立ち上がると、テリーの側に来てしゃがんできた。

 そして、首から吊っている痛々しく固定された腕に手を添えた。

「大変だな。早く治れ〜」

 テリーがまだ、入院中にタキとクリスそして、近所の友人とで、お見舞いに行った際に、石膏に皆で書いた寄せ書きをなぞる様に、クリスは治れ〜と念を込めながら、そっと優しく撫でてくれた。

 それを横で見ていたタキは、不意にアスラの姿が、視界の隅に入った。そのクリスを見つめている眼差しは、弟を見ている瞳の色ではない。いつもシュトラスが自分に見せている瞳の色…明らかに愛しい人を見つめる瞳だ。えっ?と思い自然に瞳がアスラに釘付けになっていた。タキの視線に気が付いたアスラの口元がフッといったように、含み笑いを向けると、言葉には出さなかったが、唇の動きが言葉を綴っていた。

 その唇の動きを読み取ると。

『可愛いだろう…お…』

 そこで、アスラの唇の動きが止まる。

『!!えっ…?…』

 まだ、撫でているクリスに再び視線を向けたが、アスぃがあの後の言葉の続きで何を言いかけたかったのか、気になってしょうがない。

『可愛いだろう…お……何だろう?…お…??』

 両足を抱え直すと、視線を暖炉の燃え盛る炎の動きを見つめていた。

 それからどれ程たった頃か、ダリエアが部屋に入ってきた。

「みんなもう出来るから、こっちへいらっしゃい」

 4人はそれぞれに立ち上がり、部屋を後にした。


 食事中たまに感じるアスラの視線が気になりつつも、空腹には勝てず、お皿に乘った料理に手を延ばす。グラタンも無事に全員に行き渡ったみたいで、ホッとした。


  そして、食事を終え、お茶を飲みながら、楽しい時間を過ごしていたが、パパからの帰宅するコールが着た事で、和やかな時間は終わりを告げ、帰りの支度をしていた。

「トーマスのおかずまで頂いちゃってありがとう。本当に迷惑かけちゃったわね。今度は家に来てね」

「いいのよ。今日は楽しかったわ。今度はゆっくりとランチにしましょう」

「ええ。そうね」

 リキータは嬉しそうだ。

「アス兄ぃそれにクリスお休み」

 二重扉の前で、別れの挨拶をしている時に、本当に部屋着用のダウンジャケット一枚の薄着なテリーを見てクリスは、マジかとあきれ顔である。

「本当バカだろう。こいつ」

「ああー。本当に馬鹿だな、僕のダウン貸してやるから、これ着て帰れよ。明日学校行くときに、返してくれればいいから」

「おおおお。サンキュー助かるよ」

 右腕だけを通して、後はすっぽりと収まってチャックを締めてくれた。

「お前大きいから、腕がこれでも余裕だな♡」

「ははは…。テリー小さくって可愛いな」

「可愛い言うなー」

「二人とも気をつけてな。お休み」

 アスラは、テリーの頬に普段一般にしているフランス式挨拶をしてきた。右の頬を合わせて離れたあと。次にタキの順番になった時、耳打ちで話してきた。

「やっぱり見間違いじゃねぇなタキ。先程から見てたけど、やけに色っぽくなった。テリーはまだ、子供してるのに…恋人でもできた?」

「えっ!えええーーそ。そんな奴!い、いないよ!」

『…えっ…奴?』

 タキは驚きの余り、つい声を張り上げてしまって、アスラ以外の周りにいた全員が驚いて、タキに視線を向けた。

「どうしたの?タキ。顔赤いよ」

「えっ?ああーーな、何でもない!!」

 明らかに、動揺が隠せない。自分で言った言葉のミスにも気づかない程に、それを楽しそうに見ているアスラにも、どう誤魔化したらいいのかも分からずにいると、不意にアスラから、ハグをされた。

「ごめんなタキ。少々行き過ぎた。あと、グラタン御馳走様。美味しかったよ」

「い、いやぁ〜…はい…」

「タキもテリーに劣らず、変な奴だな流石は兄弟」

 クリスにまで突っ込まれてしまう始末。これは早く帰るに限る。

 外側玄関を開けると、まだ降り続けている雪が、風に乗って踊り場まで吹き込んでくる。

「うぅ〜寒い、早く帰って、温かいココア飲みたい」

「そうね。急ぎましょう」

 3人は吹雪の中を、ひたすら歩いて帰ってきた。普通なら1分位で帰れる所を更にオーバーしてやっと着いたのだ。

「はぁ〜寒かった」

「じゃ、タキはシャワー浴びてきて、その間にココア入れておくわね」

「はーい」

「テリーはこっちで身体を拭きましょう」

「いつもすまんのぉ〰ケホケホ」

 と、テリーはふざけて老人言葉で遊んでいる。

「何言ってるのよ。もぉ~バカなんだから」

 母も楽しそうにしていた。そんな光景を見ていたタキは、こんな幸せな家庭を自分のせいで壊したくないと、つくづく思ってしまう。

 

 そしてその夜の事、タキは悪夢にうなされていた。

 瞳を開くと、目の前に黒に近いグレーぽい色をした綺麗な瞳に見つめられていた。

『タキ好きだ愛してる…お前の全てを俺にくれ…』

『やだ!シュトラスそんなこと言うな。僕はお前なんかとは…違う』

『好きだ愛してる…愛してるタキ…』

『僕は…嫌いだ!離れてくれ…』

 首筋から鎖骨にかけて、キスをしてくるシュトラスを引き離そうとするが、力が出ない。幾ら抵抗の言葉を発しても、シュトラスは一向に止めてはくれない。

『やだ。もう。止めて怖いんだ。自分がどんどんこの快楽を得る関係に溺れそうで、こんな事が、テリーやクリスに知られて、軽蔑されたら?パパママに知られて、絶望された目で見られたら?…僕は…僕はそれが怖い…バレるのが怖いんだよ…怖い!』

『俺と一緒に何処までも落ちよう。2人で…』

『やだ!!シュトラスもう。もうこれ以上嫌いにさせないで!…』

「う…いや……やめて……」

 タキの寝言で、テリーが目を擦りながら起きた。

「タキ……どうしたの……タ…キ?」

「シュトラス……やっ…あっ……嫌だ」

 テリーは、訳も分からず必死にタキを起こしにかかった。

「タキ起きろ!タキったら……タキ!!」

 タキは、寝汗をかきながら飛び起きた。

「はぁ……はぁ……はぁ」

 テリーは心配そうにタキを覗き込むと、タキの顔は真っ青になり、震えている。

「タキ大丈夫?随分うなされてたよ。一体どんな夢見たの?シュトラスって誰?」

 その一言で、タキは体を余計震わせた。

「僕、その名前言った?」

 確認するように聞いてみた。

「うん。言ったよシュトラスって、でも、一体どうしたの?」

「今のは忘れてくれ、シュトラスはただの……友達だから、気にしないで……御免な夜中に起こしちゃって」

「でも、友達なのにあんな…」

「大丈夫だから!テリーには、関係ない!!」

 少し強めの言葉を浴びせられて、少なからずショックを受けていたテリーが、その場に立ち尽くしていた。タキは、仕舞ったというように、テリーの方に顔を向けると、御免もう平気だからという顔をテリーに向けた。

「……タキ…困った事があったら、言ってよ力になるからさ」

「ありがとう…………テリー」

『でもお前に言っても無理だ。…しかしなぁ~あんなこと言われたから、夢にまで見るなんて、最悪だ…シュトラスの…アホ…』

 再び枕に顔を埋めると、そのままその後の夜は、悪夢を見ることなく朝が訪れた。

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