第3話 冗談でしょ?
スラットは、悔しそうにハンドルをバンバンと叩いて、欲求不満が溜まってるぞぉ!と、言いたげに、結構長い間叩いている。
「そんなこと言ったか?一言も言ってないぞ。俺の車が学校に行く途中で故障して、レッカー車に持って行って貰ったから、帰りデートに付き合って、そのまま代車を借りに、整備会社まで送ってくれとは言ったが、それ以外の言葉は覚えてねぇな。それにタキの身体はまだ俺しか知らない身体なんだ。お前ごときに抱かせるかよ」
『……あっ』
一瞬タキの表情が曇った。が、シュトラスには分からなかった様だ。
「それに別にいいじゃねぇかタキは、元々俺が目を付けて手を付けたんだ」
この二人の会話を聞いていたタキだが、まだ色々と自分に対して話してくるシュトラスにだんだん今までのストレスが溜まっていたのか、一気に苛立ちが爆発した時には、シュトラスの頬に平手打ちを決めていた。
打たれたシュトラスは、唖然とタキを見つめている。
過去何度ぶん殴ってやろうかと思ったことがあったが、ことごとくシュトラスに交わされてきたのだ。平手打ちを決めたタキでさえビックリしている。
事の経緯を見ていたスラットが“ヒュ〜”と、口笛を吹いて笑いながら言った。
「タキおめでとう。初めて決まって」
スラットの言葉に、我に返ったタキは、慌てて手を引っ込めた。
「ぶ、打たれて当然な事をしてきたんだからな、謝らないぞ。そ…それになんだよ、さっきから聞いてれば、僕はまるでシュトラスの恋人みたいじゃない。冗談じゃない」
タキは一気にまくし立てた。内心拳で殴れば良かったと後から後悔が積もるばかりだった。
シュトラスは打たれた頬に手を添え、ニヤリと口元を歪めると、タキの片足を素早く持ち上げると、体勢を崩させて後ろに転がせた。
「わ!なに?」
「おい、人がよそ見している時に打つ事はないだろう?俺がタキの方をちゃんと見ている時にやれよな、そしたら打たれなかったのによ。でも、今のはかなり効いたぜ」
そう言ったシュトラスは、タキにウィンクを1つ送った。
車内はエンジン音と砂利道を走る音だけに戻った。力なく身体を解放したままの姿で、荒い息を吐いている。そんな中いきなりシュトラスが、重い口を開いた。
「どうしても俺じゃダメか?タキ……好きだ…」
突然シュトラスが耳元で自分にしか聞こえないくらいの小さな声で呟いてきた。
「えっ……」
迷っているのか、次のセリフが出るまで、少しの間が開く。
「………大好きなんだ…俺だけの者になれ、なぁ…頼むよ愛してるんだ。俺の事好きになれない理由があるのか?お互い男だから?……強姦したから?……優しくするのは慣れてなかったけど、これからは色々考えて直すから…せめてその理由を教えてくれ。俺気がついた事が有るんだ。俺が抱いた事の他にも理由があるんだろう?なぁ…タキ……タキ」
シュトラスは、ぐったりしているタキの首筋に顔を埋め、強く背中越しにタキを抱きしめていた。強がってはいるが、こう見えても彼はまだ16歳まだまだ子供なのだ。
「……何で、今頃そんなこと言うの…」
「………だって、告白なんて、普通に恥ずかしいだろう…だからずっと言うつもりもなかった。でも不安なんだこのままの関係が、言わなきゃ口に出さなければ、何も変わらないっ…て」
ボソッと小さく答えたシュトラスに、一気に力が抜けていく。
今の『大好き…愛してる』の言葉で、寝耳に水。てっきり自分の身体だけが目的だと思っていたタキにしてみれば、思いもしなかったシュトラスの告白に心臓が破裂するんじゃないかと思えるほど驚いてしまった。勝手に反応して不覚にも頬を染めてしまって、動揺を隠せない。今シュトラスが、自分の顔を見ていない事に、少しホッとしてしまう。多分シュトラスも照れくさそうな、はにかんだ顔になっているだろう。
「……お前が恥ずかしがる玉かよ」
「しょうがないだろう。本気で惚れた奴には、めっちゃ弱いだよ俺は!第一何とも思ってない野郎に、こんな執着しねぇだろう普通…分かれよ!」
「そんなの分かるか💢」
逆に逆切れ気味になっているが、確かに何とも思ってない野郎に、こんな執着しないよね。っと、心の中で呟いていた。
一度目を閉じて、再び瞼を開いた時、まだ止みそうも無い雪景色をリアガラスから見ていたが、やがて重い口を開いた。
「もう…犯された事、気にしない様にしてたんだ。忘れようって…でもそんな事を思っていた最中……見られていたんだ……ホテルの廊下で…いきなりシュトラス額にキスをしてきた事あったでしょ?その後肩を抱き寄せられて部屋に入る所を、あの時一番嫌いな先生に見られていたんだ……何であそこに先生がいたのかなんて、知る由も無いけど次の日、その先生に呼び出されて、昨日の事は黙っててやるから抱かせろってね脅迫されたよ。…嫌だって言ったらあいつ、よりによってテリーでも構わないんだって言いやがった。僕のせいでテリーまで巻き込まれたら、僕はどうすればいい?」
そこまで言うとタキは泣くまいと口を震わせている。そこまで聞くと大体分かってしまう。
「それでそいつと……やったのか?」
シュトラスは冷静に聞いてくる。
「しょうがないでしょ!そうしなきゃテリーが!…テリーが……」
タキは、身体を丸めると、今度は当時の事を思い出したのか、声を出して泣き出した。
そんな震えているタキの身体を後ろから優しく包み込むように、抱きしめる。
「まだ、そいつとの関係は続いているのか?それにテリーってタキの……」
シュトラスは、タキに素朴な質問を聞いてみた。
「テリーは弟だ。シュトラスあいつだけには手を出すなよ。もし手を出したら、今度こそお前を…殺してやる」
タキの表情は伺えないが、最後の言葉には強い意思のこもった口調で放たれた。
『まぁ気持ちは分かる兄弟そろって、犯されたんじゃ救いようがないもんな。でもタキに弟がいたとはビックリだぜ、タキがこんなに可愛いじゃ、弟もさぞかし可愛いんだろうな』
横ではタキが、怠そうに起き上がると、乱された服を整えていた。幾ら車の中は暖房が利いて温かいとはいえ、外は雪ここノルウェーは兎に角寒いのだ。
「今日は…吹雪くかもしれないな」
そう呟く。そしてタキに先程のもう一つの答えを即した。
「……それは……」
その言葉の続きが出てこない。それは明らかにまだ関係を持っていることを示している。シュトラスはため息を一つ付いた。
『俺だけのタキのはずが…』
運転しながら、スラットはシュトラスの心情が分かるだけに、吹き出したいのを必死にこらえている。それに気が付いたシュトラスは、前の席の背もたれを思いっきり蹴り飛ばした。
「いてっ!」
その反動で、背中と後頭部に衝撃が伝わり、スラットは暫く痛む場所を文句を言いながら、擦っていた。
「……それで何回目だ?」
「……2回だ。何時も先生の気まぐれで、呼ばれて…」
『それが原因で俺に対して、風当りが良くなかったのか。良かったタキに嫌われてなかった』
シュトラスは心の中で泣き喜んだ挙句タキを抱きしめて、軽く数回キスを交わすが、タキはそれに反抗して、シュトラスの顔を押しのけた。
「バカ――!!勘違いしないで、あの事はもう気にしないって言っただけ。あんな事いつまでも引きずっていたらこの先、生きて行けないからね。どれだけ僕があの事は忘れようと、毎晩人知れず泣いて、思い出しては苦しんでとか、分からないでしょ。シュトラスの事なんか好きでも何でもない。シュトラスには悪いが、はっきり言って嫌いだ。大っ嫌いだ!シュトラスのせいでこっちは酷い目に合ってるんだから!!」
甘かったか、少しでも期待した自分が悲しいかった。
「もし今度そいつに誘われたら、電話しろよ。すぐ助けに行ってやる」
「えっ!大っ嫌いだって言っている相手に電話って…やだ……」
「……でも。それでもだ。大っ嫌いでも構わない。とにかく電話しろ!いいな」
タキは複雑な思いでいたが、それ以上は考えるまいと返事だけした。その時運転をしていたスラットが、間に入ってきた。
「タキ家に着いたよ。お袋さんに叱られたら御免な」
詫びを言われ、苦笑いの顔で返事を返し、車から降りた。その後ろからシュトラスも前の席に移るべく、外に出てきた。外はまだ止みそうにもない小雪が、タキとシュトラスに降り注ぐ。
「来週いつもの場所で待ってるから、この雪もデート日には止むといいな。あと車もか…直るかな」
「う〰ん」
最近は満天の星空が見えてた空も今は分厚い雲で覆われている。そんな憂鬱な空を見上げていたら、ふいにシュトラスの綺麗に伸びた長い指が、無造作に被っていたニット帽とマフラーに触れてきて、綺麗に直してくれた。
「…ありがとう」
此処は素直に、お礼でもしておこうかと思い、取りあえず口にした。
そのうち、その綺麗な指が徐々に下りてきて、両頬を包み込んできた。その温かい手の温もりと、綺麗な瞳の色に吸い込まれている間に、唇を重ねられてしまった。
暫くして、我に戻ったタキは、パニックって、バタバタと両手をばたつかせた。ううううううううっーーーーー〰…やっとシュトラスの胸元に手を当てると、身を引き離した。
「ぷはぁ〰な、何するんだよ。家の前で!それに、ご近所の人が見てたら…!!」
タキは、真っ赤な顔をして、必死で右手の甲で唇をぬぐった。
「家の前って、この山中の更に人口に造られた坂の上だろう。柵の奥に置いてある物置?の前に立ってれば、流石に視界では見えないと思うけどね。それにちゃんと回り確認してから、舌入れたし」
「そういう問題じゃ……」
シュトラスは、笑いながらタキの側を心残りそうに離れて、車の方に歩き出そうとしていたが、何を思ったのか、いきなりタキの方に振り返ると、
「タキ…できれば、正式に俺と…付き合ってくれないか?」
「はぁ?何言っ…」
「返事は何時でも良いよ。真剣に考えてくれると嬉しいな♡」
「だから何を!」
「それじゃ、また」
一方的にそれだけを伝えると、シュトラスを乗せた車は、再び走り出しタキの視界から完全に消えていった。残されたタキはといえば頭の中が真っ白だ。
「な、な、何で~こんな事になってる訳ーーー付き合うって冗談でしょ?シュトラスの…バカーー」
最後の言葉は、近所には聞こえない位の声で、声を張り上げていた。
その頃車内では…。
「おい。シュトラスどうした?顔真っ赤だぞ」
「うるさい!黙って運転してろよ」
こちらも慣れない言葉を連発しすぎたせいで、耳まで真っ赤になって、心臓がバクバクと高鳴っていた。
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