第27話 ※ここだけ少し長い(3500字)です!

 琴無望ことなしのぞむに対して緋能登夏鈴ひのとかりんが、親友を守るという依頼の成否を確認していた時。

 教室に姿を見せたのは、護衛対象だった弥生芽衣やよいめいその人だった。


 駆け寄ろうとした緋能登を制した弥生は、


 「ご、ごめんなさい!」


 深く、深く頭を下げて、謝罪の言葉を口にした。


 「私、みんなに好かれて、何でもできちゃう夏鈴ちゃんが羨ましくて、嫉妬してっ。逆恨みもして……呪ってたのっ!」

 「もういいよ、芽衣?」

 「ううん、良くない! 夏鈴ちゃんが捻挫したのも、霧島先輩が諦めたり、琴無くんが告白したりするように噂を流したのも――」


 琴無に対しても後ろめたさがあったために、弥生は彼が同席していても問題としていない。

 彼女は琴無が告白したことで、緋能登がトラウマを喚起したのだと思っていた。

 しかし、実際は、緋能登にとってより効果的な恐怖を与えた人物――竜胆隼人りんどうはやとが釣れていたのだが。


 「多分、ここ最近あったたくさんのおかしなことも、全部、全部、私の――」

 「芽衣!」


 緋能登は弥生の頭を胸に抱き、少し強引に黙らせる。

 それでも力なく抵抗する弥生に、語り聞かせるように。


 「もういいの。全部、知ってる。全部、分かったから」


 全部。緋能登が口にしたその言葉に一瞬、弥生ではなく琴無の体が震える。


 「芽衣は、謝ってくれた。元々は私のせいでもあるし、もういいよ」

 「でも、夏鈴ちゃん――」


 顔を上げた弥生の、そのうるんだ瞳を見つめ返して、彼女が欲しているものを探る。

 やがて、弥生から身を離した緋能登は


 「わかった。じゃあ……ていっ」

 「あぃたっ」


 軽い脳天への手刀という、罰を与えた。

 捻挫した自分を、同じように制して、思いやってくれた弥生の優しさを知っているから。

 そしてもう一度、優しく彼女を抱きしめる。


 「これで、この話はおしまい。いい?」


 懺悔を聞いた聖母のように微笑む。

 そして懺悔したものは彼女の胸の中で嗚咽をこぼす。


 またしても、琴無の体が震える。


「琴無くんも。これで全部おしまい。――いいよね?」


 曇りひとつない笑顔。


 なぜかその時、琴無は両親に言われたことを思い出していた。


『死んでもいい命はあっても、奪われていい命は、無い』


 果たして、全ての命を貴賎無く、あまねく思いやることなどできるだろうか。

 自分を恨み、苦しめ、あまつさえ泣きついた相手にすら手を伸ばして見せる緋能登。


 一切裏表のない純粋さ、優しさがこれほどまでに人間らしさを喪失させるなんて。

 しかも、そこには必ず大義名分があって否定できない分、純粋な悪よりもはるかにたちが悪い。


 信念を持って行動し、それに従って行動する限り、人間でいられると信じる琴無はもちろん――


 「いや、だから。お金、払ってね、緋能登さん?」


 善意だけでは終わらせず、代償を要求する。

 せめて心だけは、人間であるために。


 「――……残念。いい雰囲気だし、いけると思ったんだけどなぁ」


 ふと、最後にとぼけた様子で人間味を見せた彼女に心底安心する琴無。

 とはいえ、それすらも、どこか人間離れした緋能登夏鈴という少女の計算の上かもしれなかった。




 放課後、と言っても普段なら昼休みに当たる時間帯。

 昼食をとる時間も含め、部活まで少しあると言うので、琴無は緋能登に確認していた。


 余談だが、通常、土曜授業の日は日が暮れるまで、琴無は図書室で時間を潰している。

 午後のバイトが無い限り、照り付ける太陽の下、わざわざしんどい想いをして帰る必要は無い。

 そのため、今日もそうだが、昼食を持ってきていることが多かった。


 なお、弥生は体調がすぐれないこと、首筋のを理由に今日は部活を欠席し、帰っていた。

 緋能登と霧島きりしまに対する気まずさもあったのかもしれないと、琴無は考えている。


 閑話休題。


 「それで? どうして緋能登さんは、弥生さんだと?」


 パカリと開いたお弁当。

 ミートボールと飾り切りされたウィンナーがメインの、ごくありふれたお弁当だった。


 「消去法、かな」


 そう答える緋能登も似たようなもの。


 「「いただきます」」


 どちらも“家族”が作ってくれた、愛情のこもっている昼食に口を付ける。


 「みんなが嘘をついているかもしれない状況。証拠も無いだろうし、どれが本当なら、筋が通るのかなって」


 オカルト的な解決方法は、琴無にも緋能登にも共通していることだった。


 「決め手はやっぱり、先輩2人が言ったこと」

 「本当の事?」

 「そう。岸間きしま先輩が霧島先輩に相談していなかった。これが事実だとすれば、色々と納得できたから」


 その一言で、弥生が、岸間が呪いについて調べたことを知っていた理由――霧島先輩から聞いたということが嘘になる。結果、彼女が呪いについてネットで調べる理由が無くなった。

 霧島が庇っていた人物。彼に呪いについて相談するほど親密な関係を築くことのできる人物として、マネージャーである弥生であれば納得できる。

 そしてそんな親密な相談をしたのなら。

 秘密の共有、あるいは共犯者を望む弥生のその心理こそ弥生の動機――霧島を好いていること。

 実際に霧島も、自分への好意について語っていた。


 他にも、噂について話した先輩2人が、それを伝聞形で語ったこと。逆に親友である弥生がそれに触れなかったこと。

 等々、時折、昼食を口に運びながら、のんびりと語った。


 「証拠がない以上、あとは可能性の話でしょ? で、可能性が高いのが芽衣かなって」

 「霧島先輩はまだしも、岸間先輩には結構強い動機があるように、俺には見えたけど。逆に弥生さんには俺から見て、動機が無かったし、緋能登さんも考えてなかったっぽかったのに、どうして弥生さんを?」

 「それは、私が一番信じたかったから」


 信じたいからこそ、最初に疑った。

 トラウマを抱える彼女らしい返答だと、琴無は感じた。


 「逆に琴無くんは誰だと思ってたの?」

 「俺? 最初は竜胆かなって。でも告白の後、残った3人の中なら、弥生さんだろうなって」


 もともとクラスで一番黒いもやが濃かった弥生に最初に接触した琴無。

 出身中学を同じくするという弥生が呪っている人物だとするなら、緋能登のトラウマ――弱点を利用する可能性がある。

 そして、もし、以前は無かった緋能登の恋愛に関する噂が出てきたなら、もともと負の感情が溜まっていた弥生が犯人である可能性が高くなる。


 そして、噂は流れた。


 あとは、それらしい動機を探るだけだった。

 一応、霧島や岸間を調べておこうとは思っていたが、あくまでも念のため。

 だから彼は彼や彼女へ調査を積極的には行なわなかったのだが、久喜翔琉くきかけるの話を聞いてからは、岸間については少し怪しいと思っていた。


 実際彼女が呪いを行なったことを考えると、琴無が弥生に行き着くのはもう少し先になっていただろう。

 そして、その頃には丑の刻参りが完遂され、手遅れになっていた可能性も十分にあった。


 「でも、結局はどれも屁理屈! でも、だからこそ、オカルトは面白いんだけど!」


 そう言って笑う緋能登。

 屁理屈と言いつつも、会話の隅々に気を配る洞察力と記憶力。

 自分が死ぬ可能性もあったというのに、動じず、笑顔を浮かべて、誰彼構わず許し、愛する。


 まるで物語のヒロインのような彼女を。


 本当に化け物じみていると、自分も人外であるはずの琴無は震える。

 そんな彼をジィッと観察していた緋能登が、意を決した様子で話しかける。


 「琴無くん。ちょっと確認したいから、私の方、見て?」

 「ん、何?」


 そんな彼の瞳を真っ直ぐに見返す。

 少し茶色い、きれいな目だなと琴無が関心していた時。


 「うーん……。やっぱり。琴無くんは“特別”みたい。私を好きにならない琴無くんだから言うね? 実は私――」


 そう前置きして、彼女はとある事実を語った。


 確かに、違和感はあった。あまりに彼女の周りで、恋愛のいざこざが多すぎる。

 ある意味でこの一連の呪いの事件における最大の謎。

再三、彼女は言っていた。


 自分のせいだから、と。


 あるいは彼女は頻繁に、琴無と目を合わせようとしていた。

 自分への好意がわかるという、第六感のようなものもあるらしいし、オカルトだって簡単に信じて見せた。

 どれも、その事実を知っていれば、こじつけられること。


 彼女は、自分が人間でありながら不思議な力――人外の力を宿していると語ったのだ。


 その内容に驚きつつも納得し、安心する琴無。

 そして、ある意味で同じような存在である彼女を何も知らずに恐れていたことを後悔する。

 この世界には吸血鬼もいれば、幽霊もいることを知っている彼なら、思い当たるべきだっただろうと。


 こうして最大の謎が解決したところで、依頼は幕引きとなる。


 彼女が宿している人外の力とはそこにいるだけで、あるいは瞳を見てしまうだけで異性を魅了する、してしまう力。


 そう、今回の依頼人――緋能登夏鈴という少女は。






『淫魔』だった。

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