第21話
「琴無くん、犯人を助けてあげて欲しい」
「お金は言われてた額……ううん、それ以上でも払うから。お願い!」
緋能登が深々と頭を下げて、お願いする。
だが、緋能登を助けようとした時と今回とでは琴無の心境も大きく違う。
彼にとってリスクを負ってまで守るべき対象か否か。そして今回は――
「俺にはそもそも助けたいという意志が――」
「違うよ、琴無くん」
断わろうとしたところで、緋能登がそれを遮った。
「私を助けてくれた時、琴無くんは『仕事』をしてるって言ったよ? お金をもらって、人助けの仕事をしてるって。仕事なら、お金を受け取る以上、そこに琴無くんの意志は関係ない」
そう雄弁に語る緋能登。
だが、彼女の言が滅茶苦茶な理論であることを琴無は分かっている。
そもそも、まだお金を貰っていない。また、仕事をする側にも顧客を選ぶ権利がある。当人の意志を無視した働き方は、現代では取り締まりの対象ですらある。
しかし、緋能登の言葉とその瞳には、有無を言わせないすごみがあった。
「……依頼を受けるとしても、条件を付けさせて」
「いいよ、分かった。それで、条件って?」
「即答なんだ」
どんな条件なのかを聞く前に了承した緋能登。
無理難題を吹っ掛けられたりしたらどうするつもりだったのだろうと思いつつ、琴無は依頼を受ける条件を告げる。
「恐らく呪いは今日、それも今夜、その効力が発揮されると思う。でも、俺の身体は1つしかないから、全員を守ることはできない。だから、緋能登さんが言った人を、俺は守る。それが条件」
「――分かった」
ほんの少しだけ条件を吟味した緋能登だったが、すぐさま条件を飲む。
「おーけー。それじゃあ、緋能登さんの依頼、受けるよ」
「……え、条件ってそれだけ?!」
「それだけって……。緋能登さんに不利な条件だよ? 最悪、俺は何もせずにお金を貰うことになるから」
緋能登が間違えれば、彼女の知り合いは不幸な目に遭い、お金も取られる。
それが、単純計算で3分の2の確率。犯人が他にもいることを考えると、それより低い。
「それでも。琴無くん……クロア君がその人を守ってくれるなら」
「了解」
止まったままだった歩みを再度進めながら、琴無は
緋能登ほど記憶力が良くない琴無は都度、スマホにメモを取っている。それを毎晩、ノートに書きながら考えをまとめていた。
最後に、霊感が強い琴無にしか分からないだろう“呪い”についての情報を開示する。
「緋能登さんが足をくじいたときの呪いと、頭痛の原因になってた呪いは別種だと思う」
「何か違いがあるの?」
「最初、緋能登さんにかけられていた呪いの気配は足だけだった。けど、次会った時は呪いの気配が全身にあったんだ。つまり最初は緋能登さんの足を、後半は緋能登さんそのものを対象にしたものだったってこと」
呪いの効力は一度きり。
発揮されれば、気配は霧散する。緋能登が捻挫した時のものは、その効力から見ても、手のかかる丑の刻参りとは別の、もっと簡単な呪いだと考えられた。
余談だが、見ず知らずの人物の呪いであれば、琴無が介入するつもりは無い。
恨み、恨まれ、呪い、呪われ。学生に限らず、そういったことはよくある。
そういった痴情のもつれに他人である自分がが首を突っ込むのは野暮なことだろうと、彼は考えている。
今回はたまたま強い霊――竜胆の生霊――に憑かれた人を助け、お金を徴収しに行ってみれば、また呪われていた。その状況が不可解に思えて、ついでに解決しようとした。
先程の依頼を受けようと決めた時もそうだが、琴無にとって、知り合いである人物の困りごとを無視することが、人でなしのすることだと思えたのだ。
眷属になってなお人であろうとする彼が超えてはならないと思っている一線だった。
そういう意味では、緋能登は竜胆のおかげで呪いを解決できる琴無と出会うことができ、逆に、琴無からすれば竜胆のせいで、この面倒な事態に巻き込まれたと言うことができた。
閑話休題。
「以上。もし、緋能登さんが決められない場合は、俺の独断で決めた人を守るよ」
「色々教えてくれて、ありがとう。でも、ううん。私がまいた種だから、ちゃんと私が、決めないとね」
言いながら、小さく拳を握る緋能登。
かなり長く話していたこともあって、2人は学園の正門が見える場所まで来ていた。
「……一応、確認なんだけど、返った呪いも、呪いなんだよね?」
不意を突いて、緋能登から飛んできた質問の意図が分からず、素直に頷いた琴無。
しかし、すぐに彼女の意図に気付く。
緋能登は琴無が、呪いを視認できることを知っている。先ほどの質問はつまり、呪いが本人に返った以上、琴無には犯人が見ただけで特定可能になっていることを確認するためのものだったのだ。
「ふーん、そうなんだ。それで? もし、私が何も言わなかったら、琴無くん自身が守る人を決める、ね」
にやにやと、したり顔で言う緋能登に、
「……納得して、お金を貰うためだから」
琴無はそう言い訳するしかない。
それがなんとなく
「それを言うなら緋能登さんも。犯人、わかってるんじゃない?」
「どうして?」
「この依頼をしたからかな」
琴無からすれば、その事実だけで良かった。それだけで、およそ彼女が犯人だと見立てている人物が絞れてしまう。
「……そう、かも。でも、分からないこともあるよ? だから、聞きに行こうと思う」
「誰に、何を?」
「『何を』は色々だけど、『誰に』なら明確に答えられる」
「一応聞いてみても?」
ここで緋能登が口にする名前が、彼女が犯人だと思っている可能性が高い人物ということになる。
そう思って聞いた琴無の問いに、緋能登は短く、明確に答えた。
「決まってる。――岸間先輩に」
じゃ、朝練行ってくるね。
そう言って琴無と別れ、グラウンド方面へと歩き出す緋能登。
どうして?
どうして、言ってくれなかったの?
そんな彼女の内心を表すように。
その表情は、呪われていた時以上に苦しそうなものだった。
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