第20話

 翌朝。金曜日の早朝。

 琴無望ことなしのぞむは昨日と同じ交差点で緋能登夏鈴ひのとかりんを待っていた。

 会う度に大きくなる彼女の呪い。

 それはつまり、長期間にわたって行なわれる類の呪い、あるいは儀式を意味すると琴無は考えていた。


 そして、必要な期間が長くなるほど、また、手順が複雑になるほど、呪いはその効果を強くする。

 それが完遂された時、昨日話していたような『ヒヤッと』では済まされない出来事が緋能登の身に起きることだろう。


 「おはよ! 琴無くん!」


 昨日より幾分か元気な声で挨拶をしながら、緋能登がやってきた。


 「おはよう、緋能登さん。朝から元気そうだね――」


 言いながら彼女を見て、その変化に言葉を詰まらせる琴無。


 「そう! なんか肩が軽くって、頭痛も無かったの。だから危うく、寝坊するところだったよ」


 後ろでまとめた髪を揺らしながら、琴無に並んだ緋能登はそこでようやく、彼が自分の言葉を聞いていないことに気付いた。


 「どうしたの? 私、なんか変なところある?」


 制服のブレザーを確認しながら、怪訝な表情を浮かべる彼女に、気を取り直した琴無が語りかける。


 「緋能登さん。落ち着いて聞いて欲しいんだけど……」

 「あ、はい。なんでしょう?」


 空気を察して居ずまいを正し、傾聴する姿勢を取った緋能登に対して。

 やがて口を開いた琴無は、


 「呪いの気配が、無くなってる」

 「……え?」

 「つまり、緋能登さんを呪っている……呪っていた人を探す必要が、無くなったってこと」


 事件が解決しないまま、依頼が終了したことを伝えた。




 「ほんとに?! 良かったぁ……。これで、琴無くんに迷惑かけなくて済むんだね!」

 「……そこで俺のことを言うあたり、緋能登さんらしいね」


 こんな時でも他人のことを考えていたらしい緋能登のお人好しさに、感心する琴無。

 トラウマに抵触しない限り、案外、彼女は鋼のメンタルなのだろう。

 陸上という、自分との戦いを続けてきたからだろうか。

 逆に言えば、そんな彼女が屈するほど、中学時代の出来事が大きな恐怖だったということになる。


 「こうなると、お金は貰えないかな。俺、特に何もしてないし」

 「わたし的には、そう言ってくれるのはありがたいんだけど……」


 緋能登のためにも、ラフォリアのためにも。

 自分の手で事件を解決したかった琴無だったが、これでお金をもらうのは気が引けた。


 勝手に事件だと言い張って解決する素振りを見せながら、ある日突然、事件は解決したという。

 そのくせ、助けてやっただろうと金銭を要求する。

 そんなもの、三流以下の詐欺師の手口でしかなかった。


 「それより、何で突然、呪いが無くなったんだろう? 昨日あの後、変なことは無かったし……。呪いが、とか?」


 呪いが、呪っている当人に返る。

 オカルト好きの緋能登にとってそれは、簡単に思い当たることだった。


 「多分、呪いが失敗したんだと思う。手順を間違えたか、あるいは――」

 「誰かに見られた?」

 「そう。そのどっちかじゃないかな?」


 呪いの特徴として、呪っている姿を誰かに見られてはいけないというルールがある。


 「で、俺が思うに、だけど。今回使われた方法は多分、『丑の刻参り』かな」

 「有名なヤツ! でも、どうして?」

 「まず期間。長い時間をかけてかける方法で、なおかつ、学生たちが知っている……知ることが出来るくらい有名なものだから」


 呪いの方法を知るには、ネットを調べるのが手っ取り早い。

 もちろん琴無も各地の伝承も含め、そのあたりのことをある程度は調べている。

 生き字引とも言えるラフォリアが知る『魔術』や『まじない』についても、よく聞いていた。


 「いくつかの呪いを分けて行なったってことは無いの?」

 「あるにはあるけど、呪いは基本、その効力は1回限りだから。少しずつ呪いの気配が大きくなっていったってことは、まだきちんとした効力が発揮されてなかったってことだと思う」


 他人が聞けば一笑に付すだろうことを、いたって真面目に話す2人。


 「それに、毎朝呪いの気配が大きくなったってことは、夜に、継続して行なう類のものってこと」

 「で、丑の刻参り……。有名だもんね。呪いなんて、本当にする人、いるんだ」


 それほど緋能登さんを恨んでいるんだよ、とは言わない琴無。


 「私にかかってた呪いが返ったってことは、今度はその人に不幸なことがあるってことになるよね……」

 「そうだね。大抵は、最大の形になって」


 丑の刻参りが完遂された時かそれ以上の不幸が、呪っていた当人に降りかかるということ。

 死を願ったなら、死が。不幸を願ったなら、不幸が。恐怖を願ったなら、恐怖が、その当人に返ってくる。

 ハイリスクハイリターン。呪いとはそういうものだ。


 「琴無くんはその人は助けないの?」

 「誰かを不幸にしようとした人でしょ? 俺にとってはどうでもいい――『死んでもいい命』だから」


 先日の帰り道での話を引き合いに出してきた緋能登に、琴無も皮肉を返す。


 「お金にはなるんだろうけど、わざわざリスクを負って助けるつもりはないよ。俺は優しくないしね」

 「この前言ってた、信念ってやつかぁ……」


 自業自得。そう語った彼に、一定の納得を示した緋能登。

 しかし、今までのことを思い出して、ある事実に思い当たる。


 「ん? ということは、犯人候補だった霧島先輩とか、岸間先輩、ひょっとすると芽衣が不幸な目に合うってこと?」

 「そうだね。逆に言えば、近々何かしら災難にあった人が多分、緋能登さんを呪ってた犯人――」

 「それはダメ!」


 突然声を上げた緋能登に、何事かと立ち止まってしまう琴無。

 同様に立ち止まった彼女は、もう一度、同じ言葉を繰り返す。


 「それは、ダメだよ」

 「ダメって……。緋能登さんを呪おうとしてた人でしょ? 当然の報いだと、俺は思うけど?」


 琴無の言葉に首を振る緋能登。


 「違うの。その人が私を呪おうとしたのは、私のせいでもあるから……」


 そこで一度、小さく息を吐いた彼女は、決意を込めた眼差しで


 「琴無くん、を助けてあげて欲しい」


 自分を苦しめていた人を助けて欲しいと、そう言った。


 最初、琴無に依頼する時――自分の呪いを解決しようとする時はあれほど渋ったというのに。


 その緋能登の人の好さは霊的なものが見える琴無すらも、薄気味悪く思えるものだった。

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