第19話
深夜。
草木も眠る、丑三つ時。
その女子高校生は、学業を司るという神が祀られたN神社の境内を目指していた。
時間が時間。学業成就の願掛けに――というわけでは無い。
人の不幸を願う、お
別に、大きな不幸でなくてもいいのだ。
意趣返し。あるいは、お遊び、いたずら。
最近、学校ではよくそう言った噂を耳にしていた。
試しにスマホで調べてみれば、方法が出て来る、出て来る。
今回はそれらの中でも、手間と効力が程よいものを選んでみた。
ろうそくと和紙を使って相手を
対象の名前を書いた和紙をヒトの形にして丸めた後、ろうそくの中に閉じ込める。
あとはそれを燃やすだけ。
呪いを含め、そう言った儀式は神社や寺で行なうと効力が高まるらしい。
そのため、彼女が知っている中で一番大きく、霊験あらたかで、それでいて
しかし、いざ彼女が境内に行こうとしてみれば、想像以上に階段が長かったのだ。
周囲がうっそうとした木々に囲まれていて、不気味だからという、そんな心理状態のせいかもしれない。
少し後悔しつつ、さっさと用事を済ませてしまおうという一心で、階段を上る。
不自然なほど、風のない夜。
木々のざわめきすら聞こえない。
じめじめとして、どこか重い空気感は、炎天下、ぬるくなった学校のプールに身を沈めているような感覚に似ていた。
カーン、カーン――。
ふと、鋭敏になった耳がそんな音を捉えた。
硬いもの同士がぶつかるような、少し高い音。
こんな時間に、こんな場所で何をしているのか。
ひょっとすると、自分と同じようなことをしているのではないか?
あるいは、本物をしているのでは?
彼女は湧き上がる好奇心に従って、境内が見える階段から外れ、山の斜面を登っていく。
なるべく足音を立てないように、慎重に、慎重に。
カーン、カーンッ――。
徐々に大きくなる音。
膨らむ期待と好奇心。
と、そこで音が止んだ。
もう終わりか……。
それでも、どんな人物が、何を行なっていたのか女子高校生は気になった。
音がしていた方へ歩を進める。
たどり着いたそこは、もともと目指していた場所——神社の境内だった。
本殿の後ろ。
幹は木々を10
女子高校生が何気なく、ご神木とその頭上にある三日月を見上げた時。
カーンッ!
ひときわ大きな音が、境内に響いた。次いで、
『……――』
腹の底から這い出してきたような低い声。
女子高校生にはそれが、お経――ここは神社であるため、正確には
木を挟んだ反対側から聞こえてくる。
呪いではなく、神事だったのか……?
期待していたものではなかったことに落胆しつつもどこか安堵して、彼女が警戒心を捨てようとしたときだった。
『……ル、……ヤル』
お経だと思っていたその声が同じ言葉を繰り返していることに気付く。
不思議に思って今一度、耳を澄ます。
『ノロッテヤル……! ノロッテヤル……! ノロッテヤル……! ノロッテヤル!』
そこには、常人が出せるとは思えない、怨嗟に満ち満ちた声が、漂っていた。
不気味なことに、何人もの男女の声が重なって聞こえる。
本物。
それを認識した途端、本能が鳴らす警鐘を表すように、女子高校生の手足が震えだす。
それでも、なぜか、その儀式をしているモノを見ようとする心、身体は止まらない。
やがて、ソレが見えてきた。
最初の印象は、“白”。
全身を覆う真っ白な服。
ワンピースなのか、それとも上下が別なのか。
月明かりすら届かない、薄暗い木陰ではその詳細は分からない。
振り上げられた手には
頭には三角形の帽子のようなものを被り、円を描くようにろうそくが立てられていた。
しかし、顔がまだ見えない。
もう少し近くに……、どんな人が……。
近づいてみると、口に何かを咥えている事、また、首から鏡を下げていることは分かった。
そこで女子高校生は気付く。
音が、止んでいる。
見れば、白服のソレは手にした鈍器を振り下ろそうという状態で固まっていた。
その時になってようやく、彼女はソレに近づき過ぎたのだと理解した。
重苦しい静寂の中、ロウソクの火が揺れる。
白服の顔が一瞬だけ照らし出される。
服同様、真っ白な化粧が施された顔。
その目には白目が無い。
いや違う。顔を正面に向けたまま、目だけを女子高校生に向けているのだ。
化粧のせいで男女も年齢も曖昧。あるいは、人であるかどうかも――。
と、印象的な、紅を引いた唇が動く。
能面だったその口元に、真っ赤な三日月を描いて。
『ミタナ……?』
誰かに向けられていた怨嗟の声が、今度は女子高校生に向けられる。
『ミタナ、ミタナ、ミタナ……』
金槌を掲げたまま、ゆっくりと自分の方へ体を向けた白服。その手には
『ミタナァ……?』
そこまで確認して、その場から逃げ出す女子高校生。
手にしていた呪いの道具を投げ捨て、一心不乱に駆ける。
『
そう叫ぶ声が聞こえるが、白服は下駄のようなものを履いていたようだ。
カロコロと忍び寄ろうとする足音を置き去りにするのは、運動部に所属していた彼女にとって、そう難しくは無かった。
上る時以上に長く感じる階段を、転ばないように気を付けながら懸命に駆け下りる女子高校生。
転べばすぐそこに、アレがいるような気がした。
どうにか階段を下りてもそこは、頼りない街灯だけが照らす一本道。
記憶を頼りに、街の明かりがある方へと駆ける。
やがて、どうにか見覚えのある場所までやってきた彼女。
上がった息を整えながら、一度も転ばなかった自分を褒める。
恐る恐る振り向いてみても、白服が折ってきている様子はない。
けれども。
少し冷静さを取り戻してきたその学生の頭は、
見られた、見られた、見られた!
明らかに異常な白服の“何か”に顔を見られたことで一杯になる。
人を呪わば穴二つ。
ある女子高校生を呪おうとした学生は逆に、“何か”に追われる恐怖に震えることになる。
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