第18話

 放課後。少しずつ日があかく染まる頃。

 琴無望ことなしのぞむは、部活を終えた緋能登夏鈴ひのとかりんと今日も帰路を共にしていた。


 「緋能登夏鈴の、今日の『呪いかも?』のコーナー!」

 「何それ……」


 道すがら、緋能登の一言で突如始まった謎の企画。

 企画主を琴無は冷めた目で見つつも、聞いておくことにする。

 こうして軽く話すことで、呪いについて思い詰め過ぎないようにしようという彼女なりの努力だと考えたのだ。


 「1つ! 今日もハクが吠えた」

 「ハクって、緋能登さんの近所の犬だっけ? そう言えば今朝、吠えてたような……」

 「いつも可愛い顔なのに、最近は怖い顔ばっかり。そのせいで可愛さ成分が足りない……」


 動物は人間と違ったモノが見えているという。ハクという犬も、緋能登を取り巻く嫌な気配を感じ取っているのかもしれない。


 「もう1つ。歴史の小テスト、解答欄が途中からズレてた」

 「それは緋能登さんのせい……」


 彼女を寝不足にしている頭痛が呪いの影響であれば、それに起因している物事もまた、呪いのせいだと言って良いのだろう。

 緋能登が時間内にそれを書き直せたのか気になるところだが、琴無は黙って次を待つ。

 この調子なら、と安心していた彼だったが、やはりそう簡単にはいかないようだった。


 「――1つ。朝練の後、更衣室のロッカーを開けたら片目しかない女の人の顔があった、気がする」

 「それは、まあ、俺でも怖い」


 緋能登が『見た』というのは本当だろうと、彼女の言に琴無はうなずく。

 呪われるということは、“あちら側”や“向こう側”と呼ばれる世界に無理やり近づかされるということでもある。

 突如、霊的な存在が見えるようになる。

 周囲に言っても、信じてもらえない。ともすれば、頭がおかしくなったと敬遠される。

 そうして呪われた人たちは孤立し、精神に異常をきたしたり、自死したりするのだ。


 「……1つ。放課後の部活の時、バーが顔スレスレに落ちてきた」

 「……」

 「普通ならあり得ないはずなのに、真っ二つに折れて、その後もよくわからない軌道で飛んできて」


 感覚を少しでも取り戻すために、部員たちが高跳びを練習しているそばでストレッチをしていた緋能登の目の前に落ちてきたバー。

 よくしなり、そう簡単に折れないように設計されている高跳びのバーが折れ、尖った先端が柔軟をしていた緋能登の目の前に刺さったのだ。

 もし前屈でもしていれば、大きなケガにつながっていただろう。


 「これが誰か……人の仕業ならいいんだけどなぁ」


 そこに実在する人間が居るのなら。

 緋能登は自分1人で、この問題に当たっていた。


 だが、以前も、そして今日も。おかしなこと、あり得ないことが起きている。

 もう自分自身ではどうにもできない。

 そう思った結果、彼女はある意味で仕方なく、琴無の手を取ったのだった。


 「誰かの仕業なら、って……。それはそれで怖いでしょ」

 「幽霊より怖いのは、ってやつ? さすが琴無くん、オカルトをわかってるねぇ」


 事もなげに笑っている緋能登の精神はどうなのか。

 琴無が観察していると、


 「そうだ、放課後と言えば」


 思い出したように声を上げた緋能登。


 「霧島先輩にも、呪いについて聞いてみたんだ」

 「……え?」


 彼女の行動力とその度胸に、琴無が絶句する。

 そんな彼にかまわず、情報交換も兼ねて、緋能登は覚えている限りのことを話し始めた。




 放課後の部活。高跳びのバーが降ってきた少し前。

 400mと800mを専門にしている霧島健きりしまけん

 彼が休憩していたころを見計らって、緋能登は声をかけた。


 「先輩」

 「緋能登か。どうした?」


 そう対応する霧島は、いつも通り。

 振ってからしばらくはこうして話すこともできなかったことを思い出す。

 疑うなどして、また気まずい関係に戻りたくない。

 そんな緋能登の想いが、彼女の中で事件解決をかしていた。


 「昨日も聞きましたが、呪いについて知ってること、教えてください」


 まっすぐ。

 眼鏡の奥にある霧島の瞳を見て、尋ねる。

 その視線から逃げるように顔をそむけた霧島。


 「そのことなら前も言っただろう? 知っていることは何も――」

 「お願いします!」


 はぐらかそうとする彼に、頭を下げて必死で食い下がる緋能登。

 自分に恋心を抱いていた人物に『お願い事』をすることがどれほど酷なことか。

 どれほど卑怯なことをしているのか。

 そのどちらも、彼女は分かっている。


 しかし、それ以上に、緋能登は早くこの疑心暗鬼の状況から抜け出したかった。

 たとえ彼が自分を呪っている人物だとしても。

 真正面からもう一度話し合って、関係を修復したいと思っていたのだった。


 そんな緋能登の熱意にほだされる形で。

 小さくため息をついた霧島は、


 「……当事者の緋能登に言うのもなんだが、俺の周りにお前を呪うって言ってた奴がいたんだ。それも、俺のせいで」

 「霧島先輩のせい? どういうことですか?」

 「だから、その、なんだ。理由が俺を好きだからって話だ。で、俺を振ったお前に不幸を、らしい」


 最初は眉唾物だと静観していた霧島。

 しかし、緋能登のケガを見てそのことを思い出し、止めなかった自分のせいだと負い目を感じていたようだ。

 霧島に初めて呪いについて聞いた時の妙な間の正体はそれだろうと、緋能登は推測した。


 「逆恨み、ですか。その人は、って、岸間きしま先輩ですよね?」

 「……悪い。緋能登の頼みでも、さすがにそれは言えない。本人のプライバシーもあるからな」


 そう言われてしまうとこれ以上、霧島に対して“自分が”何かを聞くことはできない緋能登。


 「わかりました。むしろ、話してくれてありがとうございます!」

 「いいんだ。俺こそ、変な誤解をさせていたのなら謝る。悪かった」




 以上の内容をかいつまんで説明した緋能登。

 加えて、昼休みの弥生芽衣やよいめいとのやり取りについても語る。


 依頼してくれた日のこともあって、彼女の記憶力については信頼している琴無。

 バイアスも考慮しながら聞くことも忘れない。

 それでも現状、


 「琴無くんに話してみて整理したら、私の中ではもう、決まったようなものなんだけど……?」

 「岸間時子きしまときこ先輩、だよね? まあ、そうなる、のかなぁ」


 そう考えるのが妥当だった。




 この日の翌日。

 事件が目的を同じくしたまま、その動機が変わることになることを、2人が知るはずも無かった。

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