第17話

 琴無望ことなしのぞむ久喜翔琉くきかけると中庭で昼食をとっていた頃。

 緋能登夏鈴ひのとかりんも彼女なりに、呪いについて探ろうとしていた。




 「ねぇ、聞いてる、夏鈴ちゃん?」

 「あ――何、芽衣?」


 机を挟んで緋能登の前に座る弥生芽衣やよいめいが、彼女の顔を覗き込む。


 「足の調子はどうって話。夏鈴ちゃんこそ、考え事?」


 そう言って心配してくれる親友を、琴無が疑っている。


 そんな状況がなんとなく嫌で、緋能登は自分の机を漁る。

 やがて見つけたそれを、彼女に示した。


 「芽衣、ちょっと聞きたいんだけど……」

 「お、相談事? 何々? って、これ、私があげた練習メニュー……?」


 緋能登が弥生に示したのは、資料の入ったクリアファイル。

 それは先日、緋能登が弥生を疑うきっかけになったものでもあった。


 「これ、ここなんだけど……」


 そう言って緋能登が指さしたのは検索タブ。


 「えっと、どこ……? ――あ」


 指をさされた場所を見て、短く息を漏らした弥生。そこには『呪い』『都市伝説』とあった。


 「これ、どういうことかな? 芽衣、オカルトとか好きだったっけ?」


 これを初めて見た時にも思ったこと。

 自分の趣味に合わせようとしてくれているのではないか。

 そんな希望も込めた緋能登の詰問に、


 「ごめん……」


 目を逸らした弥生は短く、それでも確かに、謝罪の言葉を口にした。




 「なんで……。どうして、謝るの?」


 弥生の態度に、言葉を詰まらせながらも真意を問いただす緋能登。

 自分を呪っていたのは、弥生だったのか。

 そんな緋能登の絶望は、


 「――だって、岸間きしま先輩が、そういうことしようとしてるって聞いたから……」


 続く弥生の言葉によって、良い意味で裏切られた。


 「え?」

 「夏鈴ちゃんを助けられないかなって……」


 苦笑する弥生。

 彼女が言った言葉は、緋能登が立てていたもう1つの仮説を肯定するものだった。


 自分のために、弥生が呪いについて調べてくれている。


 最初にそれを考えた時は弥生が、緋能登が呪われていることを知らないはずだと切り捨てた。

 しかし、もし、弥生がそのことを知っていたのなら。


 少しでも私のために役に立てないかって考えた芽衣が、調べてくれた……?


 「でも、どうして呪いなんか信じるの……?」

 「あはは……夏鈴ちゃんがそれ言う?」


 普通なら、単なる冗談だと切り捨ててもおかしくない。

 緋能登もオカルト好きとはいえ、クロアの姿を見ていなければ、琴無のオカルトな話を鵜呑みにはしなかった。

 “普通”の人である弥生がどうして呪いを信じるのか。


 「えっと、夏鈴ちゃんが捻挫したから、かな」

 「私の捻挫?」

 「うん、そう。陸部陸上部で足の大切さを知ってる夏鈴ちゃんが、大会前に捻挫した。呪いの話を聞いて、それだもん。もしかして、って」


 だから捻挫のついでに調べてみた。

 そう語る弥生。


 「まあでも結局、どんな呪いかがわからないと、対処法もわからないみたい。それに、冷静に考えたらやっぱり、現実味無いし――」


 そう付け加える彼女の言葉を遮って。

 緋能登は愛しさ余って弥生の肩を抱きしめた。


 黒髪の尻尾と、赤髪のさらさらとしたロブが揺れる。


 「……夏鈴ちゃん?」

 「ごめん、芽衣。私、変な勘違いしてた」

 「どういう……」


 緋能登は困惑する親友をひとしきり堪能して、身を離す。

 そして、正面から見つめ合う形になって、


 「琴無くんに芽衣は違うって言っとく!」

 「え、何でそこで琴無くん?」

 「いいのっ! さすが芽衣、大好きっ!」

 「うーん、何が何だか分からない……」


 困惑する弥生をもう一度抱きしめる緋能登だった。




 「それより! 岸間先輩から何か変なことされてない? それが心配で、最近ちょっと寝不足なんだよ? 夏鈴ちゃんとおんなじで」


 緋能登を引きはがし、頭痛のせいで出来ている彼女のクマを指摘しながら不満を漏らす弥生。


 「大丈夫だよ?」

 「ほんとかなぁ? 夏鈴ちゃん、そういうの相談するタイプじゃないから」


 確かに化粧でごまかされているが、よく見れば弥生の目の下にもクマがあった。

 本気で心配しているらしい親友をこれ以上困らせるまいと、緋能登は先日、岸間と会った時のことを話す。


 その途中。

 話しながら、そう言えば、と。

 岸間が簡単にオカルトの話を信じたことを思い出した緋能登。


 彼女が自分を呪っているのだとしたら、それは当然だろう。

 むしろ、オカルトを信じているからこそ、呪いという手段に手を出したのだと、1人納得する。


 しかし、同時に、言葉にできない違和感も覚えることになった。




 緋能登の話を聞き終えた弥生は、


 「夏鈴ちゃん、肝座りすぎでしょ……」


 呆れた顔になっていた。


 「なんで?」

 「普通、告白してきた人の彼女とイチイチでご飯なんて行けないって。しかも、先輩でしょ?」

 「ちゃんと話さないとって思って……」


 話しながら、食べていた昼ごはんを片付ける。

 緋能登は彼女を溺愛する母親が作った弁当、弥生はコンビニで買ったおにぎりとパックジュースのミルクティー。


 「それに、話せばどうにかなる。なった、って思ったんだけどなぁ……」


 呪いが続いているということは、岸間とはわかり合えていないということになる。

 そうして残念そうに机に伏した緋能登の後頭部を、弥生はただただ冷ややかな目で見つめる。


 「そういうとこだよ、夏鈴ちゃん……」


 口にしたストローを伝うミルクティー。

 有名企業が長い時間をかけて研鑽しただろう、甘ったるいそれのように。

 様々なものが入り混じった言葉。

 そんな親友の言葉を聞き流しつつ、緋能登はふと、


 「そう言えば、さ」

 「ん、どうしたの?」

 「芽衣、岸間先輩が呪いについて調べてるって話、誰から聞いたの?」


 噂の出所など、分からないことが普通。

 昨夜、そう言っていた琴無。

 しかし、それは、出所を探らない理由にはならないと緋能登は思っていた。


 そこに事件解決に結びつく可能性――ひいては、琴無を巻き込んでいるこの状況を解決する糸口があるのなら。


 そんな緋能登の問いに少し逡巡する様子を見せる弥生。


 「……まあ、夏鈴ちゃん自身がどう言おうと、夏鈴ちゃん、困ってるみたいだし」


 困ってるとは、捻挫の件か、あるいは目元のクマの件か。

 いずれにしても、そんなことない、そう緋能登が否定しようと口を開いたとき。


 「霧島先輩だよ」


 弥生は、緋能登にとって最後の容疑者にあたる人物の名前を口にした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る