第16話

 琴無望ことなしのぞむ緋能登夏鈴ひのとかりんと登校しながら情報を整理した、その日の昼休み。


 「よう、琴無! 昼飯、いっしょに食べようぜ」


 琴無はクラスメイトの久喜翔琉くきかけるに、昼食も誘われていた。

 細身で高身長。茶色く染めた髪は部活の時に邪魔にならないよう、短く整えられている。

 彼と琴無は今年の春からという、まだ短い付き合いだった。


 この時、琴無はこの昼休みで霧島きりしまを一目見ておこうと思っていた。

 そのため、折角の誘いだが断ろうと、


 「久喜……。今日は――」


 そこまで言って、やめる。

 ふと、思いついたことがあったのだ。


 「そう言えば久喜って、先輩たちと仲いいよね?」

 「ああ、そうだな。それがどうした?」

 「岸間きしま先輩って、知ってる?」


 緋能登の周囲で彼女を恨んでいる可能性がある生徒は、霧島健きりしまけん岸間時子きしまときこ弥生芽衣やよいめいの3人。

 そのうち、霧島及び弥生については最悪、部活を共にする緋能登に情報を集めてもらうことが出来る。

 しかし、岸間についてはこれといった接点がない。探すにしても、彼女の容姿や所属する部活など、手掛かりのようなものが欲しかった。


 そのため、サッカー部関係で先輩の多くと接点を持つ久喜から、何らかのヒントや情報が得られないか。

 そう考えて、久喜にダメもとで聞いてみたのだ。


 よって、


 「岸間先輩って……あの、きれいな先輩だろ?」


 久喜が岸間を知っていたのは本当にただの偶然だった。


 「……え、知ってるの?」

 「先輩が言ってたのを、ちょっと聞いた。でも、結構有名人っぱいから、運動部系の、特に男子は知ってるんじゃね?」

 「そうなんだ。――昼ごはん、久喜さえ良かったら、一緒に食べよう」

 「いいぜ! 俺から誘ったしな!」


 当初の予定を変更し、情報収集も兼ねて、今日は久喜との親交を深めることにする琴無だった。




 『天気もいいし、折角だから中庭で食おうぜ』


 と言った久喜くきと連れ立って、校舎に近い日陰の芝生に腰を下ろした2人。

 今日は自分で作った弁当を食べながら、琴無が久喜から聞いた岸間時子という人物像をまとめると、文武両道ということになる。

 成績は1学年300人以上いるここ私立御伽話しりつおとぎわ学園で、常に上位。

 春季大会で引退したものの、所属していたバレーボール部ではエースだったとか。


 性格は勝気で負けず嫌い。

 そのせいで時折、チームメイトと衝突することもあったらしい。


 「きれいな人にありがちな、気難しい性格なのかもな」

 「どうだろ。大抵そういう話は、その人に嫉妬した誰かの作り話だったりするけど……」


 そう言って、真剣な顔で表面的な情報を集める琴無を、ちらと見た久喜。

 体育でペアを組んでから仲良くなった琴無望という友人。

 久喜から見た彼の第一印象は、良い奴。

 見た目で少し敬遠されがちな久喜と、何の偏見もなく普通に接する。

 特段、目立つような人物ではないが、根暗とも違う、どこか落ち着いた雰囲気を持つ男子生徒。


 加えて、たまに体育で見かける彼の身体能力は高い。それこそ、並みの運動部と同じか、それ以上。

 久喜は琴無が、学外の運動系サークルや組織に所属していると睨んでいる。少なくともただの帰宅部ではないだろうと見立てていた。


 そんな友人が、どうやらトゲのついた高嶺の花に手を伸ばそうとしている。

 そう思った久喜は購買部で買ったハムカツサンドを食べながら、琴無に忠告することにするのだった。


 「それより、琴無。岸間先輩には彼氏がいるらしいから、望み薄だぞ」

 「え、彼氏? もう……?」

 「いや、もう、も何も当然と言えば当然だろ? 美人を放っておく男子なんてそうそういないだろ?」

 「いや、そうかもだけど……」


 久喜の忠告から、新たな情報を掴む琴無。

 彼が知る限り、緋能登に告白するために岸間が霧島と別れたのは1か月ほど前。

 それから今日まで、という短時間で、岸間は新しい彼氏を見繕ったことになる。


 「彼氏、霧島先輩じゃないよね?」

 「さすがに名前とかの詳しいことは知らん。けど、岸間先輩の歴代の彼氏、全員ハイスペックらしいぞ?」


 この話が本当なら、霧島に対する岸間の執着は、それほどでもないということ。

 であれば彼女に、緋能登を呪うほど恨む動機は無い。

 霧島先輩への当てつけで付き合っている可能性も無視できない。

 その場合はむしろ、強い未練が残ってるってことになる。


 「――だから、な? やめとけ。琴無のスペックがどうこうって話じゃなくて、恋人居る人にアタックするって倫理的に良くないだろ?」


 人によってはチャラいと評価されそうな外見ながら、誠実なことを言う久喜。


 そんな友人を快く思いつつも、彼の勘違いを琴無はあえて訂正しない。

 否定して「じゃあなんで?」などと聞かれれば、言葉に詰まるからだ。

 少し感罪悪感を覚えつつ、フルーツ牛乳のパックジュースを傾ける友人に言う。


 「だね。岸間先輩のことは残念だけど、それには同意。今は久喜の言う通りにしとく」

 「そうしとけ。俺の友人が良識人で良かった」


 代わりにという訳でもないが、


 「そうだ、5限の古典さ――」


 情報収集を切り上げて、そこからは“普通”の会話に花を咲かせる。

 かけがえのない高校生活。

 琴無がこの時間で、久喜との親交を深めようというのも本心だった。


 人は1人では生きていけない。


 両親が死んだあの日、琴無が思い知らされたこと。

 どれだけ孤高を気取っても、1人の時間が気楽で楽しいと言っても。

 前提として、そばには必ず誰かがいる――いたのだ。

 かつては家族が。今はラフォリアという主人が。


 眷属として、吸血鬼になった琴無。

 彼はもう、本当の意味での普通の人間の生活というものを送ることが出来ない。

 1年前と同じこと――人間らしいことをしてみても、所詮それは人間が謳歌する”日常”というものの模倣に過ぎないのだ。


 だからこそ琴無は人間を模して、人間のように思う。

 人の日常の尊さを、彼らとはまた違った目線で知っている彼だからこそ、思える。


 誰か――今回で言えば、依頼者である緋能登の大切な日常を奪おうとする者には報いがあるべきだと。

 少なくとも、その者の命は琴無が言うところの、死んでもいい命に該当した。


 そして、誰かを死んでもいい――見捨てて良いと言い切る自分は。

 昨夜、緋能登が言った「優しい人」などでは無いことを改めて自覚する、琴無だった。

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