第15話

 緋能登夏鈴ひのとかりん琴無望ことなしのぞむに依頼することを決めた、明くる日の早朝。


 いつもより家を出た琴無は、昨日、緋能登と別れた交差点で彼女を待っていた。

 登校中の、主にオカルト的な事象から彼女を守ること。ついでに、効率的に情報交換をするため。

 彼は昨日のうちに、朝練に向かうという緋能登と一緒に登校する約束をしていた。


 「おはよ、琴無くん。朝早くから、ありがとね……」


 やがてやってきた緋能登の全身を包む黒いもやは、やはり、昨日別れた時より濃く、大きくなっている。


 加えて、


 「おはよう、緋能登さん。顔色悪いけど、何かあった?」

 「あはは……、やっぱりバレちゃったかー」


 その顔色が明らかに悪かった。


 「最近、頭痛がひどくて……。そのせいで、今日はあんまり寝てないんだ……」


 早速、琴無の知らない情報が出てくる。

 改めて彼女自身の協力を得られたことを安堵しつつ、彼は情報を整理していく。


 「頭痛はいつから? 神社で会った日?」

 「ううん、その次の日から。お医者さんに診てもらったけど、悪いところは無かったって……。やっぱり、琴無くんの言う呪いのせい?」

 「病気じゃないなら、可能性は高そうかも」


 信号が青になるのを待って、歩き出す。


 「呪い……」


 噛みしめるように呟いた緋能登に、琴無は一応、聞いてみることにした。


 「自分を恨んでそうな人、誰か心当たり無い?」

 「うーん。あるとしたら……やっぱり、霧島きりしま先輩か、岸間きしま先輩、だと思う」


 霧島先輩こと霧島健きりしまけんは緋能登が告白を断った相手。逆恨み、という線では十分じゅうぶんにあり得た。

 なお、竜胆の一件で、琴無は霧島に話を聞くことも、ましてや会うことすらできていなかった。


 「霧島先輩の名前は知ってるけど、岸間先輩って誰?」

 「先輩の元カノさん。私に告白するために別れたらしくて……」


 岸間時子きしまときこ。緋能登のせいで霧島と別れることになったと彼女が思っているのであれば、間違いなく呪う動機になりだろうと、琴無は推測する。


 「それ以外だと……昨日の件で、竜胆りんどうくん、とか?」


 昨日、彼の告白を断った緋能登。霧島と同じ理論で、竜胆隼人りんどうはやとにも可能性があると語る。


 「どうしてそう思う感じ?」

 「昨日、謝ってくれたからうやむやにしたけど、カッター持ってきてたし……」


 確かにそこの異常性については、琴無も同意できる。今となっては、どこまでが竜胆自身の意思で、どこからが憑き物せいなのかわからない。


 「もしかして、前に何かで怒らせちゃって。私に呪いをかけたけど、思ったほどじゃなくて。直接、怖がらせようとした、みたいな……? 実際、すごく怖かったし」


 そう言われると、確かに。

 中学時代から同じで、緋能登のトラウマを知る竜胆が彼女を怖がらせるために呼びつけた、という見方もできる。

 そして振られた腹いせに、呪いを強めた結果が、今朝の頭痛。


 「確かに、あり得る。昨日も思ったけど、緋能登さんって結構頭いい?」

 「それって、私が陸上バカって言ってるのかな、琴無くん?」

 「あー……、そう聞こえたなら、ごめん」


 緋能登の笑顔が恐ろしくて、素直に謝ることしかできない琴無。

 それはそれとして。


 「それより。俺は呪い以外にも人の悪意とかが見えてて。だから、竜胆はシロだと思う」


 一般人であればにわかに受け入れられないだろうオカルト的な理屈を、


 「そうなんだ!」


 いつかのようにあっさりと受け入れる緋能登。


 「前も聞いた気がするけど、俺が言ったこと、すぐに受け入れられる感じ?」

 「え? だって琴無くん、霊感強いんでしょ? 実際、琴無くんは神社でお化け倒しちゃったし。それに――」


 そこで一息入れた彼女は、血色が少し良くなった顔で、


 「オカルトに屁理屈はあっても、理屈は無いらしいし。私が見て、納得できれば、信じる!」


 にかっと笑う。


 妙なところで理屈をすっ飛ばす。

 そんな緋能登夏鈴という人物が分からず混乱する琴無をよそに、彼女は話をまとめる。


 「ということは、霧島先輩か、岸間先輩のどっちかが可能性大ってことになるのか。もちろん、どこかで怒らせちゃった別の子ってこともあるけど……」


 おとがいに手を当てて考える彼女はそれこそ、探偵のように琴無には見えた。

 女子にしては高い身長、すらりと長い手足。程よく焼けた肌に、人懐っこく明け透けな性格と笑顔。そして意外な聡明さ。

 彼女がモテる理由がなんとなく見えてきた琴無。


 「まあそのせいで、こんなことになってるんだけど……」

 「え、どういう意味?」

 「なんでもない。さっき俺が言ったことを信じてくれるなら、1つ聞きたいことがあるんだけど?」

 「なに?」


 彼女が、琴無が人の悪意を見られるということを信じるのであれば。

 もう1人、緋能登の近くにいて、“容疑者”になりうる人物について聞いておかなくてはならない。


 「弥生やよいさんって、どんな人?」


 緋能登の親友にして、陸上部のマネージャー――弥生芽衣やよいめいについて。


 「え、芽衣? 普通に、良い子だよ? 頼りになるし、優しいし――」


 言いながら、緋能登の脳裏に浮かんだのは、昨日の朝練風景。

 彼女から貰ったリハビリについて書かれたスクリーンショットの資料。

 その上方――検索タブにあった『呪い』『都市伝説』という単語。


 「もしかして芽衣も、琴無くん的には怪しいの?」

 「まあ、うん。少なくとも、何か悩んでるんじゃない? 良くない感情は、だいぶ溜まってる」

 「そんな風には見えないけど……。でも、だとしたら納得かも」

 「どういうこと?」


 琴無にそう聞かれ、緋能登は朝練でのことを話した。


 いつしか通っている私立御伽話しりつおとぎわ学園の正門。


 「うーん、緋能登さんじゃなくて誰か別の人を呪った可能性もある。おまじないについて調べた可能性も。誰かを呪おうとするとき、絶対にそこには動機があるから」

 「動機……。そう言う意味では芽衣よりも、先輩たちの方が可能性はある……のかな?」

 「そうかも。これから朝練でしょ? 気を付けて」


 対象の不幸を願う“呪い”。

 最初に緋能登を助けた日は、主に足を中心に呪いの気配があったと琴無は記憶している。

 しかし、今や緋能登の全身を呪いの気配が包んでいる。

 もう呪いがどんな形で効力を発揮するのか、琴無には分からない。

 事件解決を急ぐとともに、そのときまで緋能登の精神が耐えてくれることを祈る琴無だった。

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