第14話

 竜胆隼人りんどうはやとから噂の出どころについて聞いた、琴無望ことなしのぞむ緋能登夏鈴ひのとかりん

 話を聞き終える頃には空が暗み始めていたため、緋能登は同じ地元民だという琴無に、家まで送ってほしいとお願いしたのだった。




 その道中。


 「結局、出どころは分からなかったね」

 「まあ噂ってそんなもんだから。で、竜胆の中では霧島きりしま先輩か、俺しか候補がいなかったみたいだけど……」


 そこで緋能登は、竜胆に聞けなかったことを琴無本人に聞くことにした。


 「なんでそこで琴無くんが出てきたんだろ?」

 「――この前、緋能登さん、帰りの挨拶してくれたでしょ? それを、たまたま見てたみたい」

 「それだけ?!」


 本当は病院までつけて行ったときのあれこれが理由だろうが、そこには触れない。

 緋能登のトラウマに触れる可能性があったからだ。

 代わりに、琴無は考えていたそれっぽい話をつらつらと話す。


 しかし、緋能登もハイそうですか、とはいかない様子。


 「……でも、あの時、ホームルームの後、そんなに時間経ってなかったよね?」


 担任によって、放課後のホームルームの長さには多少のズレがある。


 「いくらうちの担任のホームルームが長いって言っても……それこそ、自分のクラスのが終わってすぐ、うちを見に来た、くらいじゃないと――」

 「俺と竜胆、1年の時、同じクラスで友達だったから。会いに来てくれたんだ。実際、あの後、少し話してから帰ったし」


 あの日を含めた数日間、毎日、竜胆は緋能登の動向を探るためにクラスを張っていたと琴無は考えている。

 それはもう、ストーキングと呼ばれるもの。


 これ以上このことに踏み込んで、その事実に気づいてくれるな。そんな琴無の想いが通じたわけではないだろうが、


 「なるほど……。確かにさっき、焚きつけた、みたいな話もしてたもんね」


 ひとまず緋能登は、納得の色を示した。




 と、気付けばあの、N神社の足元にある一本道。


 「それにしても、今回の事といい、琴無くんには助けてもらってばっかり……」


 クロアとして現れた琴無の姿を思い出しながら言う緋能登。


 「いや、前は呪いが見えたし、今回も俺が仕組んだみたいなものだから――」

 「ねぇ」


 否定しようとした琴無の言葉を遮り、改めて彼に向き直った緋能登が、切り出す。


 「聞いてもいい? どうして、人助けしてるの?」


 日が暮れた以上、もう少し待って、部活をしていた友達と帰る選択肢も緋能登にはあった。

 それでも彼女が今回、琴無と帰路を共にしたのは、彼の言う”人助け”の理由をきちんと聞いておきたかったからだった。


 「……前にも言ったけど、お金のため。俺、去年、両親が死んだから、何かと入用で」

 「……そっか。なんか、ごめん。でも――」


 これ以上踏み込むなという琴無の意図を汲みつつ。ここであえて踏み込めるのが緋能登夏鈴という少女だった。


 「でも、それだけじゃないよね? だって、あの時、お金について、琴無くんは譲歩したでしょ?」


 捻挫をした後、最初の登校日。

 教室で彼と話した時、緋能登はお金について話すものだと思っていた。

 しかし、あの時、琴無望という人物は


 『お金はまた今度でいいんだけど』


 金の話を先送りにして、呪いについて真っ先に打ち明けたのだ。

 間違いなく緋能登自身を心配して。


 「……実は、緋能登さんのことが好きで——」

 「それも、嘘。それくらい私にだってわかるよ?」


 言い逃れしようとする琴無を真正面から見据えて、緋能登は逃がさない。


 「仕事って言ったってことは、私以外にも助けた人が居るってこと。つまり、“私”じゃなくてもいい。どうして“誰か”を助けるのか。私はそこを聞いてるの」


 緋能登の人を信じたいという性格から来る思いと、トラウマのせいでどこかで人を疑ってしまう心。

 その両方が相まって、時折、彼女は周囲が驚くような考察をする。

 そして、妥当性を求めようとするその姿勢は、琴無が今もしている探偵の真似事とよく似ていた。


 ひょっとすると自分よりも探偵らしいのではないかと思うほど、言葉の端々はしばしを捉えている緋能登に、じりじりと追い詰められていく琴無。


 しばらく沈黙が続いたが、


 「はぁ……」


 やがて、別に意地を張ることでもないと、ため息をついた彼。


 「緋能登さんが納得してくれるかは、分からないんだけど」


 そう前置きをして、


 「『死んでもいい命はあっても、奪われていい命は、無い』。両親の信念? 教え? みたいなものがあって」


 自身の信念を語った。


 琴無は、命は皆、平等だと思っている。というより、信じている。

 しかし、人が人である以上――そこに感情がある以上、誰かを愛したり、慈しんだり。あるいは、恨んだり、憎んだり。

 その人の中での“誰か”の命の価値は、変わってくる。


 「それで、えっと、命の使い方はその人が決めるべき、ってことなんだけど……。感覚の話だから、説明するの、難しいな……」


 琴無の言ったこの信念に、偽りはない。

 この考えがあったからこそ、死にていで公園に倒れていたラフォリアを助けたのだから。


 「……とりあえず、そういうこと。ごめん、今日はこの辺で許してくれない?」


 うまく説明できないことを謝る琴無。

 苦笑する彼の言葉が本心だと悟った緋能登は、


 「……分かった。とりあえず、琴無くんが、お金よりも人助けを大切にできる優しい人ってことは!」


 彼女はそう、結論づけた。


 「いや、お金も大切なんだけど……」

 「はいはい、分かってるよー?」


 見透かしたような態度の緋能登に、意趣返しの意味も込めて、


 「それより。そろそろ俺に依頼して欲しいな。今ならお値段据え置き」


 あえてお金について触れつつ、琴無はお願いする。

 彼女の協力があるか無いかで、動きやすさも、集まる情報も大きく変わる。


 「……あんな怖い思いさせておいて、お金取るんだ、琴無くん?」


 怖い思い、とは竜胆の件。琴無が自分のせいだと言っていたことを引き合いに、


 この流れなら、減額くらい……!


 密かに画策していた策士・緋能登。


 「それはそれ。謝ったでしょ? 俺にも生活があるから」


 が、あえなく失敗した。


 いつしか、人々の営みが夜道を照らす、そんな住宅街。

 温もりある光を背に、ポニーテールを踊らせた緋能登は、


 「わかった。じゃあ、よろしくね、クロアくん?」


 ようやく、琴無に依頼することを決めたのだった。

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