第10話

 昼休み。

 弁当を食べながら、琴無望ことなしのぞむ緋能登夏鈴ひのとかりんの様子を伺っていた。


 今、彼女はクラスメイトの女子生徒数人と談笑している。

 普通に見ればいつもと変わらない日常風景だが、琴無からすれば少し違って見えた。


 足はもう大丈夫そうだけど、呪いも、もやも大きくなってる……。


 昨日、彼女が病院に行くまでは見送った琴無。

 しかし、その後、彼は緋能登を好いている竜胆隼人りんどうはやとと話し、そのままバイトへと向かった。


 よって、彼女のその後については知らない。

 それでも、昨日の今日で大きくなっている靄を見れば。


 病院の後か、今朝か、もしくはその両方で、緋能登に何かがあったことは容易に想像できた。


 と、懐に入れていたスマホが震える。

 見ればアプリの通知が溜まるその一番上に、竜胆からの連絡を示すものがあった。


 『昨日の話の続き。どうすればいいと思う?』


 という一文。

 十中八九、緋能登への想いをどうするべきか、という話だった。


 どう返すべきか少し考えて、


 『ケガのせいで今、緋能登さん、落ち込んでるっぽい』


 という一文を打った琴無はすかさず、


 『支えになってくれる人がいれば、喜んでくれるんじゃ?』


 と付け加える。

 すぐに既読がつき、


 『なるほど』


 と返ってきた。


 『チャンスかも』

 『というと?』

 『傷心中は、告白が成功しやすいらしい』


 我ながらクズのような発言だと自嘲しつつ、琴無は事件の根本的な解決に取り組む。


 そもそも、今回の緋能登への呪いについて。

 彼にはある程度、犯人に目星がついていた。


 それもそのはず。

 吸血鬼の眷属になって以来、琴無には人の負の感情が靄として見えるのだから。


 よって、緋能登が生霊いきりょうに襲われて以来、彼が行なっているのは怪しい人物――靄が濃い人物――をしらみつぶしにする作業だった。


 しかし、琴無にしか見えないものを根拠にしても、現実的には何ら意味がない。

 オカルト的ではない、現実的な理由付けをするための証拠を、彼は集めていた。


 琴無が探偵ではなく、探偵の真似事だと自認している理由もそこにある。

 本物の探偵であれば、確かな推理と、時に優秀な助手の力を借りながら、犯人を特定する。

 しかし、琴無が行なっているのは“つじつま合わせ”。


 ある程度犯人の目星がついたうえで、もっともらしい現実的な答えを探している。

 ズルを自覚しているからこそ、彼は自分の行ないが探偵の真似事でしかないと理解していた。




 また、今回。

 呪っている人物を特定して終わりでは無いと琴無は考えていた。

 現状、緋能登を取り巻く人間関係は非常に危うい。


 たとえ、今、彼女を呪っている人物Xを特定し、やめさせたとしても。

 第二、第三のXが出て来ては意味がない。

 むしろそうして長引くほどに、緋能登の精神は擦り減り、いずれは――。


 そうなる前に。


 琴無は少し焦っていた。


 『どうせなら、正式に、彼氏彼女になれば?』

 『いや、この距離感が良いって言うか』

 『緋能登さん、モテるみたいだし。このままだと』


 あえて一度区切り、


 『告白してくる誰かと付き合ってみようってなるかも』

 『俺のこと、好きなのに?』

 『竜胆以上に好きな人が出来るかもってこと』


 そこで通知が止む。


 返信を待つ間、ラフォリアが作ったオムライスをほおばる。

 ケチャップでハートが描かれたりはしていない。

 それでも、卵が半熟では無かったり、べたついていないおかずは、1つ1つを冷ましてから入れていたり。

 衛生やいろどりが考えられたお弁当には、眷属を想う主の愛情が見て取れた。




 『俺、緋能登に告白するわ』


 そんな文章が、竜胆から送られてきたのは、弁当を食べ終わろうかという時だった。

 琴無の狙いに竜胆がはまった形。

 竜胆の中には失敗するビジョンが無いのだから、この結論に至る可能性は高かった。

 万が一、上手くいったならいったで、彼の偏愛が恋愛に変わるだけ。


 『そっか。今日する感じ?』


 むしろ、琴無にとって重要なのはここから。

 竜胆は昨日、怪しいもの――恐らくカッター――をポケットに入れたまま、自分と接触してきた。

 失敗した時に逆上して、緋能登に危害を加える可能性も十二分にある。

 そして、今。こうして、竜胆をあおった者として、無事に収める責任があることを琴無はきちんと自覚していた。


 『ケガをしてる今が良いってことだろ?』

 『まあね』


 今日、バイトが無い琴無にとっては都合がいい。

 緋能登を見失わないように気を付ければ、最悪の事態にも対処できる。


 『じゃあ善は急げってことで』

 『で応援してる』


 スタンプが送られてきたのを最後に、琴無は竜胆との会話を切る。


 「ごちそうさまでした」


 作ってくれた主人への感謝を述べた彼は、きたる放課後に向けて準備を整え始めるのだった。





 沈み始めた太陽が、少しずつ朱色を含み始める時刻。

 いつものように、早めに部活を切り上げた緋能登は、とある人物からの呼び出しに応えていた。


 背の低い生垣やベンチ、噴水がある校舎の中庭。

 その噴水の前で、その人物は待っていた。


 「それで、竜胆くん、話って?」

 「ああ、えっと……」


 うつむいたまま自分を見ることなく、顔を赤くする竜胆。

 同じ中学出身で学園に入ってからクラスは違うものの。

 緋能登は彼に親しみを覚えていた。


 が、この感じ。

 それは、彼女が尊敬している霧島が先月、纏っていた空気感。

 自分に好意を持ってくれる人物の、有難くも気持ちの悪い空気感だった。


 「ひ、緋能登って、俺の事、覚えてるな?!」

 「もちろん! 竜胆隼人くん。中学の時は相談に乗ってくれて、ありがと」

 「良かった、覚えててくれたのか……!」


 そこでようやく顔を上げ、緋能登を見据えた竜胆。

 が、何も言わない。

 続く沈黙。


 「えっと、暗くなる前に帰らないといけないんだけど――」

 「ひ、緋能登!」


 困惑するように言った緋能登を遮り、竜胆が上ずった声を上げた。


 「――は、はい」


 突然の大声に思わずビクッとなる緋能登の身体。

 逃げ出したくなる気持ちをこらえ、それでも、できる限りの誠意をもって応じる。

 しかし、内心では、続くだろう言葉を、角が立たないよう丁重に断る方法ばかりを考えていた。


 だから。


 「ひ、緋能登って、俺の事好き、だよな?!」

 「ごめんなさいっ! ……って、え?」


 両思いだと信じて疑わない竜胆から告げられた言葉は、緋能登にとって予想外のものだった。

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