第8話
琴無は、主人である白髪の真祖吸血鬼ラフォリアが作ったトーストと目玉焼きを、自分が淹れたコーヒーとセットで頂きつつ。
今日も、緋能登にかけられた呪いについて考えていた。
彼女への呪いは少しずつ、強力なものになっている。
つまり今も、誰かが彼女への恨みを加速させていることの証拠だった。
琴無が知る限り、誰かを呪い殺すことはそう簡単ではない。
そういった強力な呪いには、大掛かりな仕掛けや儀式、時には生贄なども必要になるのだが、幸い、それらに対して感じる強烈な“嫌な感じ”は今のところ感じられない。
それでもそこに心がある限り。
小さな不幸や恐怖に耐えきれなくなって、自死することも考えられる。
それが、多感な年ごろの女子高校生ならなおさら。
自分も同じく多感な年ごろであることを棚に上げて、黙々と考え事をする琴無に、食事を終えたラフォリアが憤慨の声を漏らした。
「ノゾム、ご飯に集中して」
食べながら考え事をするな。
そんな主人の指摘に「してる、してる」と
が、彼の嘘をラフォリアは簡単に見抜いた。
「嘘。手、止まってる。料理にも食材にも、料理をした私にも失礼」
「……また、日本人みたいなことを」
「これでも日本で暮らした時間は、長いから。……パン冷めちゃったけど、温め直す?」
「いいよ、ありがとう」
主人の教えだ。
彼女に従い、琴無は考え事を一旦やめて、朝食を済ませることにした。
南北に細長いN市は中央の少し北寄りに駅があり、そこから少し南に下った場所に
駅を中心に商店が軒を連ねて商店街を形成し、北部にはビジネス街、西部と南部には住宅街が、東部には病院や大型商業施設などがある。
なお、琴無がラフォリアと暮らしている2階建ての一軒家はN市南東部、緋能登が住んでいるマンションが南西部。
どちらも、学校からは徒歩圏内の住宅街にあった。
「行ってきます。それから、お休み、ラフォリア」
「ふわ……。ん、気を付けて」
あくびをするラフォリアに見送られ、朝日が昇って間もないうちに登校する琴無。
途中、公園に植えられた桜の木が葉をつけている様を見ながら、彼は感慨にふける。
両親がこの世を去って、また、その後すぐにこの公園でラフォリアという新たな家族と出会って、かれこれ、もうすぐ1年が経つのかと。
両親の長い妊活の末、ようやく生まれた一人っ子の琴無。
当然のように愛されたが、幸か不幸か、甘やかされることはなく、ごくごく普通に育てられていた。
それが、約一年前。
高校入学を機に、4月からバイトを始めた彼は初任給で、両親に近場だが温泉旅行をプレゼントした。
その温泉に向かう途中だった。
彼の両親は、交通事故であっけなく死んでしまった。
親戚の人たちの手も借りて、執り行われた葬儀の帰り道。
とうに日も暮れていたが、琴無はまだ真新しい学校の制服を着たまま公園のベンチで、ただ座っていた。
家に帰れば、誰もいないこと――両親が死んでしまったことを感じてしまうから。
柄にもなく本気で、自分が世界で一番不幸だと思っていた彼の前に、憔悴した外国人風の少女が現れたのは、その時だった。
その少女こそ、吸血鬼の真祖、ラフォリアだった。
彼女を助ける過程で吸血鬼の眷属になって以来、琴無は幽霊や妖怪といった怪異が見え、触ることが出来るようになった。
また、呪いや人の負の感情が黒い
彼の両親が残してくれた保険金などを親戚たちとも相談しながらやり繰りしつつ、ラフォリアを養うためにバイトも続けているし、探偵の真似事も始めた。
目まぐるしい1年だったが、新たな知見を得られたという意味では、充実した1年でもあったと、彼は考える。
そして、琴無がそう思えるようになったのは間違いなく、後悔に沈んでいた彼のそばに、ずっとラフォリアがいてくれたおかげに違いなかった。
一方、その頃。
自室のベッドで眠っていた緋能登は、激しい頭痛で目を覚ますことになった。
心臓か脈打つたび、脳が圧迫されるような痛みが彼女を襲う。
過去、海水浴で友人たちと行なった「ぐるぐるバット」をした後のように渦を巻く視界、回転する世界。
三半規管が上げる悲鳴は嘔吐感に変わり、口を押えて懸命にそれをこらえる緋能登。
当然、ベッドから立ち上がることなどできようはずがない。
それどころか、起き上がることすらもできずに
数分経った頃には頭痛が収まり、視界が戻る。
すかさずベッドから飛び降りた彼女はそのまま、トイレに駆け込むのだった。
「また……?」
洗面所で口をゆすぎながら、考える緋能登。
実は昨日も、同じような目覚め方をしていた。
病気を疑って、昨日、足のついでに簡単な検査を受けたが、異常は無いと言われた。
もし続くようなら、時間とお金をかけた精密検査も勧められたが……。
「呪い……」
洗面台の鏡に映る顔色の悪い自分を見て、呟く緋能登。
『緋能登さん、呪われてるみたいなんだ』
彼女は先日、クラスメイトでもある不思議な男子生徒、
他人の不幸を願う呪いは有名だ。
ひょっとすると、それが関係しているかもしれないと緋能登は疑っていた。
でも、誰が……?
自分を恨む可能性のある人物など、限られているだろう。
そう考えて真っ先に浮かんだのが、1か月ほど前に告白を断った霧島だった。
伸び悩んでいた時も含め、自分の相談に親身になってくれた彼を疑うのは違うだろうと首を振る。
それでも、告白の後しばらく、どこか無理をしているような、憔悴したような様子を見せていた彼の姿が、今も緋能登の中から消えない。
振った後、話す機会もめっきり減ってしまっていた。
緋能登は、トラウマがあるから、という自分だけの理由で断ってしまったという負い目を、勝手に感じていたのだった。
「くよくよしない! 悩むくらいなら、行動する!」
濡れた手でパチンと頬を叩いて、気を取り直す彼女。
そして、決める。
今日部活で霧島本人に直接、話を聞くことにしようと。
そうして彼女はいらぬ心配をかけないよう薄く化粧で顔色をごまかして、家族の待つリビングへと向かった。
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