第6話

 琴無望ことなしのぞむが、陸上部のマネージャーで、緋能登夏鈴ひのとかりんとは中学からの付き合いだという弥生芽衣やよいめいと話した、その日の放課後。


 帰宅や部活に向かうクラスメイト達に混じって、緋能登と弥生が話していた。


 「夏鈴ちゃん、今日病院だっけ?」

 「うん、そう。おととい病院の先生から聞いた話だと、多分、明日には部活に戻れると思う」

 「そうなんだ? 安心したよ。大会も近いし、なるべく早い方がいいもんね」

 「まぁね。でも、まだ練習とかはできないと思うけど」

 「ストレッチとか、筋トレとか、夏鈴ちゃんでもできそうなこと調べとく」

 「ん、いっつもありがとう、芽衣。大好き!」


 そうして教室を出て行こうとした緋能登が、足を止める。


 「どうしたの?」


 不思議に思って尋ねる弥生に一言断って、彼女は帰り支度をする琴無に声をかけた。


 「それじゃあ、琴無くん。またね!」


 そう言って小さく手を振る。

 昨日、緋能登は琴無に


 『本当に危なくなったら頼っちゃうかもしれない』


 と言っていた。

 つまり、先の挨拶は、彼女が言外に「大丈夫だよ」と言っているのだと、琴無は受け取った。


 「――了解。気を付けて」


 自分のことでこれ以上、琴無を巻き込みたくないという緋能登の配慮を受け取り、短く返す琴無。

 彼のその答えに満足そうに笑った緋能登はポニーテールをひるがえし、弥生とともに教室を出て行く。


 「え、なになに夏鈴ちゃん、琴無くんと仲良かったっけ?」

 「こけそうになったところを助けてもらって――」


 そんな会話をしながら。




 そうは言ったものの、結局、緋能登が学校から徒歩圏内にある、N市で一番大きい病院に入っていくまで見守った琴無。


 「さて……」


 小さく息を吐いた彼は、人気ひとけのない場所を探す。

 ふと思い当たったのは、先日、緋能登と会った神社。

 ここからは少し遠いが、ちょうどいいだろうと思い、歩き出す。


 カチ、カチ、カチ。

 彼の背後からは奇妙な音が追いかけて来ていた。




 20分ほど歩き、神社の境内へ続く階段が見えてくる。

 日も傾き始め、街灯が明かりを灯し始めた頃。


 「おい、お前!」


 琴無は、背後から近づいて来た何者かに声をかけられた。


 「え、俺?」


 知らなかった風を装って、振り向いたことなしの視線の先には、学園の制服を着た1人の男子高校生がいた。


 「……竜胆りんどうだっけ。部活はどうしたの? テニス部だったと思うけど」


 彼とは1年の時、同じクラスだった琴無。

 しかし、記憶の中にいる竜胆と今の彼では、どこか雰囲気が違う気がしていた。

 切羽詰まったような、余裕のない、陰気な印象。

 特に、目の下にある大きなクマが印象的だった。


 「最近ちゃんと寝てる? どう見ても、寝不足――」

 「お前、緋能登と付き合ってるのか?」


 問いかけというには勢いのある、詰問。

 カチ、カチという音が竜胆から聞こえてくる。

 もっと言うと、手を入れたままもぞもぞと動く、彼のズボンのポケットから。


 その中にあるだろう物を警戒しつつ、琴無は竜胆に相対する。


 「どうしてそう思う感じ?」

 「さっき、仲良さそうに話してただろ! それに、あいつを病院までつけてただろうが!」

 「ああー……なるほど」


 明らかに気が立っている竜胆りんどうを刺激しないよう、気を付ける。


 「大丈夫。ほら、緋能登さん、優しいから。陰キャの俺を心配して、話しかけてくれただけ」

 「じゃあなんで、あいつのあとをつける必要があんだよ?!」

 「病院に用があっただけ。教室で緋能登さんに一緒に行こうって言ったら、断られたし。めちゃくちゃ気まずかった……。分かる? その気まずさ」

 「そ、そうだったのか。なんか、悪い……」


 琴無はひとまず自分を貶め、相手が優位な位置にいることを示して、心に余裕を作ってあげる。

 ポケットから音が聞こえなくなったことに一安心して、琴無は世間話を持ち掛けた。


 「……もしかして、竜胆って緋能登さんのことが好きなの?」

 「え、まあな。中学も一緒で、その時からずっと。緋能登も、多分、俺の事好きだと思うんだ」


 そう話す竜胆の物腰は、琴無のよく知るものに近い。

 内容は少し、怪しいものだが。


 「……それはまた、なんで?」

 「なんていうかさ。俺と話すとき、なんかよそよそしかったんだよ。でも、必死で笑顔作ってくれててさ」

 「それは――」

 「それにさ。中学んとき、あいつ、木下ってやつにストーカーされてさ。落ち込ん出たから勇気づけてやったこともあるんだ。俺的に、それがきっかけだと思う」


 聞いてもいないことを話す彼に、琴無は黙って話を聞くことにする。


 「普段は明るいのにさ、泣いてたんだよ。それが何かわかんないけど、可愛くてさ。こう、俺が守らなきゃ、みたいに思ってさ。それから、ずっと好きなんだよ。分かるか? ちょっとずつ、俺と話す度に笑顔を見せくれるようになってさ。ああ、力になれたんだって。それにさ、最近、イケメンの先輩に告白されたけど断ったらしくてさ。やっぱり俺の事、好きだからだと思うんだよ。琴無もそう思うだろ?」


 長々と想いを語り、同意を求めるように聞いた竜胆。

 もちろん、琴無はうなずく。


 「そうじゃないかな。今の話聞いたら、俺もそう思う」

 「だろ?! お前、わかってるな!」


 今なら大丈夫だろうと判断し、琴無は確信をついてみる。


 「ケガが心配だったから緋能登さんの後をつけてたのか」

 「そうなんだよ、大会近いらしいから心配で……あ? ……なんでそれを?!」

 「いや、だって、結果的には緋能登さんの後をつけるようになった俺を見てたってことは、そういうことでしょ」

 「それは、そう、か」


 私立御伽話しりつおとぎわ学園は決して偏差値の低い学校ではない。

 スポーツ推薦組も少なくないが、それでも、最低限の地頭はあった。


 琴無が聞いたところでは、竜胆もスポーツ推薦組だったはず。


 「――で、部活はどうしたの?」


 そんな彼が、部活をサボれるとはとても思えない。

 ある程度予想を付けたうえでの、琴無の質問。


 「ああ、部活な。辞めたよ。去年の冬に」

 「……ケガとか?」

 「まあな。よくある話だ」


 ようやく、竜胆の変貌ぶりを理解した琴無。

 推薦で入って、ケガで部活を引退。

 鬱屈とした感情が溜まっていることも容易に想像できる。

 加えてそこに、想い人がイケメンに告白されたという噂を聞いたのならば。


 しても、何ら不思議ではなかった。

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