第4話
クロアが
放課後、2人は
救急搬送されてすぐ、病院で目を覚ました緋能登。
軽い貧血と診断されたが、念のため、翌日まで検査入院をすることになった。
検査の結果、恐怖のせいで捻挫していたことを忘れ、全力疾走してしまったために、足の状態が悪化していることが発覚。
数日間、陸上部に参加することを禁じられた。
それでも、その翌日となる今日から松葉杖とともに学校へ登校することは許された緋能登。
授業が終わり、そそくさと帰ろうとしていた彼女を、
5月。
まだ日が暮れるには早く、教室にはちらほら生徒が残っている。
そんな中、琴無と緋能登は適当な椅子に腰掛けて話す。
「で、琴無くん、話って、ナニカナ……?」
夏服の白と少し日に焼けた肌、ポニーテールが彼女の快活さを表しているようだった。
しかし、目を泳がせながら聞く緋能登にいつもの快活さは無い。
一応、その顔は愛想のいい笑顔だ。愛想笑いとも言う。
「わかってるでしょ? おとといの話」
「あー……そう言えば、髪、どうしたの? 染め直したとか?」
「そんなとこ。で、そんなことより、緋能登さ――」
「ごめん、助けてくれてありがとうだけど、今はお金、払えない!」
切り出した琴無の言葉を遮るように、観念した緋能登が深々と頭を下げる。
彼女は、琴無が一昨日の夜に言った額――3万円を取りたてに来たと思っていたのだ。
しかし、残念ながら、琴無がしたいのはお金の話ではない。
「ああ、お金はまた今度でいいんだけど――」
「諦めてはくれないんだ……」
ラフォリアとの生活があるため、彼の中にお金を諦める選択肢は無い。
「おととい、何があったか覚えてる?」
「あ、うん。変な奴に追いかけられて……あれ、なんだったんだろ?」
あの日、間違いなく何かに追われていたこと。
そして、その何かが、髪を白く染め、クロアと名乗った目の前の彼――琴無によって消滅させられたこと。
お金も要求された。
その後のことが多少、記憶がおぼろげだが、気を失った自分が病院で目を覚ましたことから、琴無が救急車を呼んでくれたことぐらいは緋能登も予想できた。
神妙な面持ちの緋能登に、琴無が説明をする。
「緋能登さんを追っていたのは、生霊……お化けなんだ」
「お、お化け……でも、琴無くんが倒したんじゃないの?」
「そう。もうあれが襲ってくることは無いんだけど……」
「……けど?」
琴無はそこで言い淀む。
緋能登を呪っている誰かがいると伝える。
それはつまり、身近な誰かが彼女を強く恨み、貶めようとしている事実を伝える行為でもあった。
けれども、こうなった以上、話すとこに決める。
「緋能登さん、呪われてるみたいなんだ」
「私が、呪われてる……?」
「そう。最近、不幸なこと、ヒヤッとしたことに心当たり、無い?」
琴無にそう聞かれて緋能登が思い出すのは、あの日、朝から感じていた些細な変化。
そう言えば今朝も、松葉杖を自転車がかすめ、危うく転んでしまうところだった。
「そう言われると、ある、かも……」
「で、呪われてる限り、緋能登さんはこれからも危険な目に遭うことになる」
「そんな……」
「もっと言うと、さらに悪化する可能性の方が高い。人の負の感情は、どんどん強くなることが多いから」
琴無はあえて緋能登に恐怖を覚えさせる。
そうすることで『依頼』として、緋能登を守ることが出来る。
ついでに、お金ももらえる。
「今は『危ない!』とかケガ程度で済んでるけど、最悪、命の危険すらあるんだ」
霊だの呪いだのという文言が並ぶ自分の説明を、一般人の緋能登はにわかに信じられないだろう、という琴無の予想はしかし、
「そうなんだ……。それで? 私はどうすればいいの?」
簡単に頷いた緋能登本人によって裏切られた。
「……え?」
「だから、私はどうすればいいの? その、私を呪ってる誰かを探せばいい感じ?」
あっけらかんとした様子で聞いてくる緋能登に、逆に驚かされる形になった琴無。
彼は知らないが、ストーカー被害のせいで、目に見えない物への恐怖を克服しようと、深層心理で思うようになった緋能登。
以来、彼女はもともと好きだった噂や都市伝説などのオカルトに、より興味を持つようになっていた。
彼女にとって、霊や呪いはある意味、身近なもの。
オカルトを信じられるというよりは、信じたい、面白そうという意味合いが大きかった。
そんな彼女も、この前は、トラウマのせいで好奇心より恐怖心の方が勝って、文字通り泣きを見たが。
「えっと、お化けとか、呪いとか……。すぐに信じられる感じ?」
「むしろ、どうして、琴無くんは、そんなことがわかるの? あっ! もしかして、霊感が強いとか?! そう思うと髪を白くしてたのとかも、実は何か意味があるとか?!」
矢継ぎ早に聞いてくる緋能登。
神社で震えていた人物とは同じだとは思えない、嬉々とした様子で霊や呪いについて聞いてくるその様子に、思わず琴無は笑ってしまう。
「泣いてたみたいだから心配してたけど、元気そうで良かった」
「あ、あれは、別に幽霊が怖かったとかじゃなくて……。いや、怖かったけど……」
泣き顔を見られたことが、急に恥ずかしくなった緋能登。誤魔化すように、早口になってしまう。
日も傾き始めたため、琴無は本題に入ることにする。
「それで、緋能登さん」
「な、何?」
「俺に緋能登さんを守るよう、依頼してくれない? そうすれば、クロアとして、呪いとか解決する手助けができると思う」
「あー、そういう……」
琴無が仕事で人助けをしていると言っていたことを思い出した緋能登が、クロアという名前が仕事の時に使う、言わばハンドルネームのようなものだということ理解する。
「もし……。例えば今日、下校する時に霊が来ても、琴無くんが守ってくれるってことだ」
「そう。もちろん仕事だから、お金は貰うけど、この前の含めて3万でいいから」
「なるほど、なるほど。お金は、まあ、置いておいて。じゃあ、謹んで――」
金額には納得いかない様子だったが、居住まいを正した緋能登。
髪の毛の尻尾を躍らせながら勢いよく、琴無に頭を下げた。
「お断りします!」
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