第3話
「……
「良かった。落ち着いた?」
座ったまま、少し腫らした目で自分を見つめる
「髪、どうしたの? それにな、まえ……」
「え、緋能登さん?!」
緊張が解けると同時に安心感と疲労が一気に緋能登を襲う。
そのまま気を失った彼女は、参道に倒れてしまった。
「どうしようか……」
呼吸していることだけを確認し、クロアは途方に暮れる。
夜の人気のない神社に緋能登を放置するのも気が引ける。
今の彼なら、緋能登1人を抱えて移動することは容易にできた。
でも緋能登さんは恐らく男に抵抗がありそうだし、俺が触って良いのかな……?
と、考えていた彼の懐にあったスマホが震える。
誰かと思えば、同居人からだった。
「どうしたの、ラフォリア?」
返答はない。
が、クロアも彼女をよく知っている。
待つこと、少し。
『ご飯』
幼い声で、短く返答があった。
その言葉で、そういえば晩ごはんの準備中だったことを思い出したクロア。
同時に、最良の手段を思いついた。
「あー……すぐ帰るよ」
『待ってる』
同居人との通話を切り、今度は別のところへ電話をかける。
思えば、簡単なことだった。
今の事態に必ず対処してくれて、頼りになる人々が待っているはずの電話番号。
「すみません。N神社で人が倒れてて」
彼が助けを求めるために押したその番号は「119」。
同級生の女子を自宅まで運ぶほど、彼は甲斐性があるわけでも、お人好しでも無かった。
「ただいま」
「お帰り。ごはん、ノゾムの番」
時刻は夜9時。
N神社や
170㎝のクロアに対し、彼女――ラフォリアの背丈は120㎝ちょっと。
病的に白い肌。
鼻筋の通った愛らしくも整った顔立ちに、眠そうな瞼。その奥にある紅い瞳が光る。
腰よりもさらに長い真っ白は、クロアと同じ色。
むしろクロアが、彼女と同じ髪色だった。
「ごめん。すぐ作るから、ゲームでもして、待ってて」
「ん、そうする」
ここでクロアはようやく、
『クロア』は仕事をするときの名前としてラフォリアがつけてくれた偽名だった。
由来は「伝説」を表す英語“folklore”。
去年の初夏。
両親を交通事故で無くした琴無は、同じ時期にラフォリアと出会い、2人で暮らし始めた。
この暮らしが始まった理由こそ、彼が『クロア』でいなければならない理由であり、仕事をして稼がなければならない理由でもあった。
「「いただきます」」
湯気が上がる白ご飯、レバニラ炒め、白みその味噌汁と納豆。
それが今日の琴無家の夕飯だった。
「仕事、どうだった?」
琴無に言いながら慣れた手つきで箸を使いこなし、ラフォリアがレバニラを小皿にとる。
が、きれいにニラを避けながら盛られたそれはもはや、『レバー炒め』だった。
「同級生が生霊に襲われてた。だから、倒した」
自分の分も取りつつ、ラフォリアの小皿にしっかりとニラを追加する琴無。
そうして、ただの『レバー炒め』だったラフォリアの小皿に改めて『レバニラ炒め』が完成する。
「むぅ」
とむくれるラフォリア。
彼女が食べられないのではなく、単なる好き嫌いでニラを避けていることを知っている琴無は容赦しない。
「……いくら貰えた?」
せめてもの反抗として、ラフォリアはニラを半分ほど琴無に返す。
それを見越していた琴無は最初から、半分にすることで適量になるように盛っているので、問題ない。
琴無はラフォリアが食べ始めたのを確認し、食事と会話を続ける。
「まだ、徴収できてないんだ……」
「タダ働き?」
「いや、絶対にいくらかは貰わないと。じゃないと俺たち2人の生活費が無くなるし」
琴無が今後も、悠々自適なニート生活を送るラフォリアを養うとなると両親が残したお金だけでは足りない。
稼ぐ必要がある。
それも、できるだけ割のいい仕事を。
それ故に、琴無は『クロア』として。
幽霊をはじめとした怪異や呪いが見える自身の特性を生かし、それらにまつわる依頼を個人的に引き受け、解決する、探偵の真似事をすることにしたのだった。
「……緋能登さん、大丈夫かな」
ふと食事の手を止め、考える。
救急隊が駆けつけるまでは神社の本殿の屋根から見守っていた琴無。
恐らく貧血だろうとは思っているが、万一、倒れた時に頭でも打っていたら大事になっているかもしれない。
「依頼人?」
「ああ、うん。依頼人になるかもしれない人、だけど」
「……女?」
「そう。ついでに、確か陸上部の、スポーツ推薦で
そんな人気者を、生霊になるほど強く恨んだり、羨んだりする人がいる。
さらには、呪う者までいる。
一体彼女の身に何が起きているのか。
生霊による実害があった以上、彼女も自分に依頼してくれるかもしれない。
そして、もし、そうなったとき。
相手は他人に呪いを、それもかなり強力なものをかけるような人物だ。
最悪、実力行使が必要になるかもしれない。
「ラフォリア、また、力を借りることになるかも。大丈夫?」
「ノゾムがそれを、望むなら。でも、できるだけ危ないことはしないで」
「……わかった。心配してくれてありがとう、ラフォリア」
「ん。ノゾムは私の、眷属だから……。部下を心配するのは上司の役目」
小さく笑った唇からは、鋭く伸びた牙がのぞいている。
ラフォリアと琴無。
2人は伝説上の存在――吸血鬼の主従だった。
「それより、ラフォリア、興奮してるの?」
「っ?!」
吸血鬼は興奮すると犬歯が伸びて牙になる。
そのまま対象の柔肌を傷つけ、効率的に血を吸うことが出来るように。
琴無の指摘に顔を赤くし、普段は眠そうな目を見開くラフォリア。
すぐに口元を手で隠した彼女は、その状態で言い訳する。
「私、人の血、苦手」
「それは知ってるけど……。実際、伸びてるし」
「伸びてない」
「あ、もしかして俺の血がまた――」
「黙れ、主人命令。もう、知らない」
「……お許し下さい、真祖ラフォリア」
乱暴な口調でムキになる愛らしい主人をなだめる眷属。
2人は人間の家族と同じように、今日も温かな晩ごはんを囲むのだった。
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