第44話 さよなら

 アルカシラ王国の庭を取り囲むようにして、魔王軍がずらりと空に浮かんでいた。体にルビーをはめ込んだ魔王軍は、賤しく笑って地上を見下ろす。

 一方、アイリス護衛メンバーと騎士団は、アイリスを守るようにその回りを取り囲んでいた。

 両者睨みあいの状態で数刻が過ぎた。

 一方が動けば、すかさず一方も動く。そんな緊張状態の中、魔王軍の中心に君臨していたプラチナブロンドの男がゆっくりと地上に降り立った。とたんにサラが魔法を放つ。


「ライザーレビン!」


 強烈な稲妻が男を襲う。一方、男は片手を空中に伸ばすと、円状の数式を空間に展開した。それがサラの攻撃を弾く。


「無詠唱だと!?」


 悔しげにサラが男を睨み付ける。そんなサラを一瞥して、男がゆっくりと口を開いた。


「俺はおまえらが魔王と呼ぶ者だ。アイリスをもらいにきた」

「させん!」

「アイリス、下がるっス!」

「あんたがアイリスの力を狙ってるのは知ってんのよ! させないから!」


 魔王の言葉に、サラ、レオ、ミナが口々に反論する。そんな彼らに魔王は溜め息を吐くと、再び口を開いた。



「……アイリスを、『嫁』としてもらいにきたといっている」

「「「はぁ!?」」」


 瞬間。あまりに間抜けな声が響き渡った。

 気にせず、魔王が言葉を続けた。


「俺はできればおまえらを殺したくない。アイリスが悲しむからな。アイリスとの交際を認めてくれるなら、俺は牙はむかない」


 その言葉に、地上ではどよめきや混乱の声が四方八方から寄越された。ざわざわと周りが落ち着きをなくす中、ただその男だけが堂々とした面で地面に立っていた。その目は、いくつもの楯に塞がれた奥の、一人の少女に向けられる。

 魔王とアイリスの目が合ったーー。

 その瞬間、メンバーたちに守られていたアイリスが叫ぶ。


「皆さん! わ、私、あの人が好きなんです!」

「! なっ、アイリス!? どういうことだ!」


 驚いたようにアイリスの方を振り向いたサラが、その肩を強く掴んだ。いつもの優しい対応からは考えられないほど、その手には力がこもっている。一瞬苦痛に顔を歪めたアイリスだったが、すぐに目に力を入れてサラを見返した。 

 強い眼差しのブルーサファイアの瞳と、怒りに炎を燃やした赤い目がかち合う。


「おい。アイリス。冗談はよせ。なんのためにいままで訓練を積んできたと思う!? なんのためにおまえを守り通したと思う!?」

「! わかっています! 私、皆さんと出会えて幸せでした! でも、それ以上に、サタン様のことがすきなんです!」


 アイリスが魔王の名を呼んだ瞬間。

 パチンという乾いた音がアイリスの頬から鳴った。

 サラがアイリスを叩いたのだ。


「アイリス! サタン様が人間王様のご兄弟に当たることを知っての侮辱か!? サタン様は、重病の末、他界されたのだぞ?」

「っ。それは……」


 アイリスが言葉に詰まったときだった。それまで姿を現さなかった人間王と、その他の王がこぞって姿を見せたのだ。


「その通り。サタンはもうおらぬ」


 イザークの目が、アイリスに寄越される。その目には怒りと軽蔑の色が滲み出ていた。よりによってアイリスに裏切られたのだ。人間王が光を閉ざした目でアイリスを睨み付ける。だが、そんな人間王の発言を、低い声が否定した。


「いや。俺は生きている」

「!? 何者だ、貴様!」

「俺は、第二皇子、サタン・ゼバルトだった者だ。その身分はもう捨てたがな」

「嘘を申すな! あいつはーー」

「重篤と見せかけて始末したはずだ、と言うつもりか?」

「!」

「知ってるだろう? 吸血鬼の血が流れる俺が異分子として消される手立てだったのを。俺もこんなきたねーとこから去りたかったからよぉ、おまえらが裏で健気にせっせと準備していたシナリオを利用してやったんだよ」

「なら、貴様は本当にーー」


 イザークの困惑した目がサタンに寄越される。それをサタンは鼻で笑って、腹違いの弟から目を反らした。

 すかさず、サラの厳しい目がアイリスに向けられる。


「なら、アイリスは最初から魔王の正体を知っていて、私たちの護衛を受け入れたのか?」

「それは違います! 私が魔王がサタンさんだと知ったのは昨晩です! 昨日、はじめて……私は……皆さんのいままでの活動を全部否定することになることを知ったんです」


 真っ直ぐなアイリスの言葉に、ミナ、レオ、サラの目が揺れた。ひどい混乱と悲しみ、そして失望ーー。ぐじゃぐじゃに混じった感情を整理できないかのように、ミナが泣き出した。


「まって。アイリスが裏切ったんじゃなくてよかったっ! ……で、でも、アイリスがそいつ取るてことは裏切るてこと? ……あ、あれ? ま、まって? アイリスは敵なの?」

「ミナ……アイリスはきっと知らなかったんス。いま、苦しいんスよ……俺たちと恋人の間で……悩んでるっス!」


 なんとかミナを落ち着かせようとするレオだったが、レオ自身も受け止めきれないのか、その目は不安と動揺で激しく空を彷徨っていた。

 頭を抱えだしたメンバーに、アイリスの胸が張り裂けそうなくらいに痛む。まだ、嫌われ、拒絶された方がましだと思うくらい、メンバーの優しさがアイリスをひどく傷つけた。


「知っていた知らなかったはどうでもいい! アイリスが魔王軍側につくということは、立派な裏切だ!」

「人間王殿の言う通りだ。アイリスが向こうにつけば、パワーバランスは崩れる。向こうが有利になる。それくらいの影響力を持っていることを忘れたわけじゃないだろ? なぁ、アイリス?」


 すかさず獣人王の鋭い眼光がアイリスに注がれる。その後ろで、竜人王やレイも同意を示していた。


「彼らとの争いはどう足掻いても避けられませんねぇ」

「そんな……ああ、アイリス。正気になって……」


 アイリスを逃さんとする王たちに、葛藤を見せながらもアイリスを再び囲いだすメンバーたち。

 どうやら、竜人王の言うように、争いは避けられないようだった。


「なら、しかたない。殺る」


 サタンの声をトリガーに、次々と魔王軍側が攻撃を仕掛け出す。それにキドラたちも応戦していった。

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