第43話 恋心 ②
アイリスは生まれたときから特別だった。
アイリスが関わった人や物事は全ていい結果を残し、さらには天候までアイリスの存在に左右されるのだ。女神やら、幸運の女王やらと称賛され、いつからかアイリスは重警護の対象とされていた。
そんなアイリスを狙う輩も少なからずはいた。だが、誰かがアイリスに刃を向ければ、地が怒り、空が怒り、海が怒り、精霊や妖精も怒りを表すのだ。いつからか、アイリスは国の守り神と呼ばれるようになった。
そうなると、アイリスに同じ目線で話しかけてくる者はいなくなる。皆がアイリスを恐れ、見物の対象にした。
孤独を感じずにはいられなかったアイリスだったが、一人だけアイリスに気軽に話しかけてくれる存在がいた。所々にオレンジの入った金髪をした、目のきれいな男の子だった。
『よぉ、天使!』
男の子はアイリスをそう呼んだ。化け物の血が混じった男の子は回りから悪魔と呼ばるようで、対極にいるアイリスをあえて天使と呼んでいたのだ。
『悪魔さん、今日も来てくれたんですね』
『俺っていま重症らしいぜ? 不治の病ってやつ?』
『そんなっ!』
『いや、そーゆー設定ってやつ』
男の子の難しい物言いに、アイリスはきょとんと目を丸くして、ただ男の子の顔を見つめた。
『かわいい顔すんなよ』
『え!』
さらに目を見開くアイリスに、男の子はゲラゲラと笑った。男の子は、なによりもアイリスをからかうのが好きだったのだ。
『なぁ、知ってるか? 皆俺のことが嫌いなんだぜ?』
『嘘! ……私は好きだから、皆てのは嘘!』
『ははは……なぁ、なんで俺が巷では重症を負ってることになってるか知ってるか?』
『?』
『くそ親父が後継者争いを利用して俺を始末したからだ。まぁ、実際は始末したことにしてやったんだがな。暗殺計画が練られてたときによぉ、軟禁されてた俺の頭にたまたま、
『……悪魔さん』
『俺の命を救ってくれたおめーは天使かァ? それとも俺に残酷な真実を突きつけたおめーは悪魔かァ?』
『? ……私、悪魔がいいです。そしたら、悪魔さんと一緒』
『ははっ。そうだな。どうでもいいよな。どうでも。俺、おまえがいればいいわ』
『私もです!』
そうアイリスが訴えれば、男の子は優しくその頭を撫でた。そして、その日を最後に、男の子は姿を消したのだ。
喪失感に苛なまれるアイリスだったが、運命のイタズラか、アイリスはその日から第三皇子との接触が増えた。シークと呼ばれる男は、成長するにつれ、あの少年の面影を表していく。恋心とは違うがそれにも似たような感情を、アイリスはシークに抱いていたのだ。
だが、そんなシークは、ある日アイリスを拒絶した。人間王の言伝を伝えにきたアイリスを勘違いしたのか、シークはアイリスに軽蔑の視線を寄越したのだ。
あの少年によく似たシークに睨まれ、アイリスの心は泣き叫ばずにはいられなかった。アイリスの力はいつだって本人には発揮されないのだ。
もし、自分の力を自分に使えるとしたらーー。
願わくは、あの少年と再開できますようにーー。
それがアイリスの願いだった。
◇
「やはり、力を自己のために使おうとした罰は当たるのですね」
アイリスが部屋のベッドに腰掛けてそう呟いた。その目は、窓に向けられている。
夜空に輝く月の光を反射して、窓辺に腰掛ける男の髪がキラキラと光っていた。
「なに、会いたくなかったかァ?」
「会いたかったですよ。こんな形じゃなければ」
アイリスの答えに、男はなるほどな、と苦笑いを溢した。
「二度ほどか……。シークの姿を借りておまえの仲間とやらを見たけどよぉ……」
「!」
「なんなんだあいつら」
「っ……」
「めちゃくちゃ仲間想いじゃねーか。あんな絆ごっこをやる奴らに敵として排除されんだ、俺は」
「…………」
「俺がやつらの接着剤になるわけよ。ものとものをつなぐために、圧迫され、踏み潰されるアレにな」
耐えらず、アイリスがベッドから立ち上がる。その目には涙が浮かんでいた。
「なーんで好きになったやつが国の女神かなァ」
「……なんで好きになった人が魔王なんだってのは、私のセリフですっ……!」
「ただ恋愛してるだけなのにァ、俺ら」
アイリスが窓辺に近づいていけば、男はアイリスの体をぎゅっと抱き締めた。
「俺は、あの時の気持ち変わってねぇ」
「私もーー」
「俺はおまえすらいりゃ、他はいらねぇ。己を慕う部下だろうが、己に全てを賭けている仲間だろうが、捨てられる」
「私はーー……私は、最愛な人も大切な仲間も捨てられませんっ……」
「だよな。だから、明日わざわざ決闘なんてしなければならないんだからなァ」
男の言葉に、アイリスの目から涙が零れた。
アイリスがどちらにもいい顔をするため、明日、両方が傷つこうとしているのだ。明日の戦いは、まぎれもなくアイリスが火の種なのだ。
「まぁまぁ、いいさ。おめーは天使だろ? 天使が酷な決断やらされて堕天使になっちまったらいけねーもんなぁ?」
「ごめんなさい。……っ。ごめんなさ……」
その夜は、アイリスの泣く声だけか、静かに響いていた。
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