第41話 現実逃避 ③

 あれから、訓練は中心され、キドラへの構い倒し作成が実行された。

 シークは必要以上にキドラに付き纏ったし、ミナやレオはいつも以上にキドラへ話しかけた。アイリスも一生懸命キドラに話しかけるが、構い倒し作成に入っているシークに邪魔されていた。

 キドラが記憶を失って二日目。いまだに記憶は戻らなかった。


「キドラ、一発ギャグしまーす! えー。 俺が話しかけたときのキドラ。『うっとおしい』」


 シークがキドラの真似をしてみせる。だが、ミナがゲラゲラ笑っただけで、キドラは真顔でシークを見つめていた。


「じゃあ、ミナのまね~」

「え」

「『お姉ちゃんなんか知らない! 嘘嘘! 嫌いにならないで! 別になんとも思ってないんだからね!』」

「あんたぶっ叩かれたいわけ?」

「『別にぶっ叩かれたいなんて思ってないんだからね!』」

「いつまで私を続けてんのよ!」


 もはや、目的を忘れてギャーギャと騒ぎ出すメンバーたち。だが、そのめちゃくちゃさは確実にキドラに刺激を与えていた。

 再び、シークがレオの真似を披露する。すかさずレオに軽蔑されたシークが泣き真似をしだしたときだった。

 シークのスマホが音を奏でた。


「あれ。人間王からだ。やな予感~」


 しぶしぶシークが通話を取る。案の定、機体越しに怒り狂った声が聞こえてきた。


『おい。貴様余計なことをしているようだな。記憶を失ったならむしろ好都合だ。戦うことだけ植え付けろ!』

「……お言葉ですが、人間王さま」


 シークが溜め息を吐いて、反論をしかけたとき、その手をアイリスが掴んだ。


「え。アイリス?」

『アイリスだと? どうした? なにがあった?』

「人間王さま。私は、自由に感情晒せないキドラさんなんかに護衛されたくありません!」

『アイリス。だが、人は信用できんのだぞ』

「私の回りにいる人を、信用できないとおっしゃらないでください。私の力を見くびらないでください!」

『なっ! しかし、アイリス………』


 相当勇気を出したのだろう。ほぼ半泣きのアイリスの手から、スマホをシークが奪い取った。


「イザーク」

『おい、シーク! 貴様、余を呼び捨てにするなど謀叛か?』

「人間王ではなく、俺の弟に言っている。いつまでも甘えるな。一人の少女を囲い込み、その回りを縛り付けるのを第二妃様がご覧になったらどう思いなさるか考えろ」

『なにをいう! 余のマミーは、貴様ら人間の汚い欲で苦しんだのだ!』

「イザーク。俺は第二妃様ともよく話をさせてもらった」

『なっ! 余のマミーだぞ!』

「第二妃様はおっしゃった。イザークには器の狭いやつにはなってほしくないと」

『マミー!? マミーがそう言ったのか? 他にはなんと言っていた? 余を愛しているとかか?』

「おっと。電話越しに独り言失礼しました。人間王さま。ではまた」

『まっ……』


 プーッ……ツー


 電話を切ったシークが、改めてキドラを見つめる。きょとんとやり取りを眺めていたキドラと目が合うと、シークはニヤリと笑った。


「やっぱり強力なのはこれかな?」


 とたんに、シークが衣服を脱ぎ捨てる。

 瞬間、女性陣の叫び声が響き渡り、キドラの脳が覚醒した。

 美しい記憶に汚い強烈な記憶が勝利した瞬間だった。






           ◇








 あれから、シークは頬に赤い手形をつけ、キドラの部屋のベッドに腰掛けていた。異常がないかの確認のためであったが、キドラはさっそくシークを追い出したくてたまらなかった。


「あのさ、キドラ」

「お。帰ってくれるか」

「違う。あのさ、知ってるかもだけど、俺、王族なんだ。一応」

「……人間の王族はろくなやつがいないのか」

「あはは、同感」


 シークが乾いた笑みを漏らす。そんなシークを怪訝そうにキドラが見つめていた。


「権力使って頑張ったんだよ。だからさ、もう、無理矢理感情消さなくていいよ」

「はーー?」

「アイリスを好きでもいいんだよ、てこと」

「なにを……俺は任務関連以外でアイリスには興味がない」

「嘘つくなよ、自分に」

「! 俺は、アイリスなど好きではない!」


 改めて胸の内を言葉にすると、キドラは胸がぎゅっと縮まるような錯覚に陥った。ないはずのそこが痛むのは、脳内物質のバグに他ならない。あるいは前時代の人々の感覚を、ミラーニューロンが記憶しているか。

 いずれにせろ、それは「バグ」に違いない、とそうキドラは自身に言い聞かせた。


「今さ、キドラの感情測定てどんな感じ?」


 シークがキドラを覚めた目で見ながら、そう尋ねる。だが、感情分析はとうに出ていた。「不安」。すなわち、未知なる感情に騙されようとなったことへの不安だ。だが、もう解決したのだ。今はバグを起こしている脳も明日にはすっかり元に戻っているはずだ。


「何度でも言おう。俺は誰も愛さない。誰にも好意は持たない。アイリスを愛してはいない」

「………」

「アイリスはただの任務相手だ。オーバーにいってもただの仲間だ」

「………」


 自分はアイリスを好きなんじゃない。そうひたすらキドラが脳内で繰り返し呟いていた。

 それでも何も言わないシークにキドラは不安な気持ちが隠せなかった。


「………うーん。もし、俺がアイリスが好きだといったらどうする?」

「申し訳ないが、俺は恋愛はよくわからない。だが、まあ、アイリスの表情の変化を検索にかけることくらいなら容易い。助けてやる」

「……うん。キドラさ」

「なんだ?」

「俺、昔アイリスに好意寄せられていたんだよね。前ちらっと言ったよね」

「……は?」


 キドラが目の前の男を思わず見つめる。今まで史上、最も理解に苦しむ一言だった。


「どういうことだ?」  

「別にアイリスから告白されたわけではないけど、俺さ、相手からの好意、わかるんだよね」

「それは……おまえの妄想だろ」

「いや? 人間の直感って……特に経験によって鍛えられた直感はまれにデータより当たるよ。アイリスは、俺を好きだったみたいだよ? 昔、俺は一人だったアイリスによく声をかけていたから」


 キドラがシークの方を見やると、シークは何とも言えない表情をしていた。


「よかったな……昔アイリスがシークを好きだったというなら、可能性はあるんじゃないか……」

「でも、今のアイリスは俺を好きじゃないよ」

「……それは分かないだろう」

「いいや。過去にひどいことを言って遠ざけたんだ。正直、その時は回りから告白されることが多かったから、アイリスに好意をもたれることにもうんざりしてさ。アイリスに呼び出しされたとき、また、告白かと思って、つい『俺が優しくするのは君がかわいそうだからだよ。勘違いしないでね』て言ってしまったんだよ。まあ、アイリスは人間王から頼まれた伝言を俺に言いたかっただけだけどーっ!」


 気づいたら、キドラはシークを殴り飛ばしていた。


「それで今さら好きだ? 調子いいな。自分の都合でアイリスを傷つけておいてよく言えるもんだ」

「俺だって、後悔してるよ……」


 震えたシークの声に、キドラはその本音を見た気がした。キドラにそれ以上、言えることは何もなかった。


「………。悪かった」

「いいや。辺り前だよ。好きな子を傷つけたやつだもの。そりゃ殴るさ」

「……!」

「いい加減認めろよ。俺もあの時逃げてさ、殴られたけど、今度は俺がキドラを殴る番にはなりたくない」

「俺は………」

「データじゃなくて自分を信じたらどう?」

「俺の脳をデータ化したやつも、俺も、どっちも俺なんだが」

「……たしかにねぇ」


 シークがぷっと吹き出した。そんな男を見ながらキドラも考える。

 データには現れなかった自分の深い部分。

 そんな不確かな自分の受け止め方なんて今までキドラは学ばんでこなかった。

 でも、シークという男を見て、その過去の過ちを知って、キドラは人間がいかに矛盾したやつかを今知っているのだ。

 理解に矛盾する直感を信じるなら。


「俺は……」

「素直になれ。今のおまえ人間王そっくりだぜ」

「やめてくれ! 俺はアイリスが好きさ!」

「あははははは! 雰囲気変わったね! やっと認めた?」


 シークが笑いながらキドラの肩を叩く。


「インターネットにはつながっていないというのに……。全く恐ろしい男だ」

「じゃあ、俺たち、ライバルだねー!」


 シークが意地悪く笑う。

 それに、こいつにだけは負けたくないと、闘心を燃やすキドラだった。

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