第40話 現実逃避 ②

「「記憶喪失ぅ?」」


 すっとんきょうな声が研究所に響き渡る。それもそのはず。あの後、運ばれてきたキドラを診察したジェルキドだったが、なんとその診察結果が記憶喪失だったのだ。

 驚きを隠せないメンバーにジェルキドが困ったように眉を寄せた。事は最悪な事態に向かっていたのだ。


「テクノロジーの進歩により、たいていは念じればなんでも可能になったんじゃ。さらには、ネットと脳が繋がっている以上、記憶の容量を開けるためにネットに記憶を移したり、記録したりなんかもできる。そして、感情がデータ化される以上は、感情を意図的に操るのも可能じゃ」

「うわぁ。改めて引くよ~」

「だが。それらは皆脳に相当な負担をかける。だから、うまく使い分けないといけないのじゃが……」

『ご主人は、ここに来てから、いらない感情をずっと

消してきたにゃ! ……いや、いらない感情とかないにゃ。けど、おまえらがご主人に機械であることを望んだからご主人はそれに応えてきたにゃ!!』


 もはや噛みつく勢いで言葉を吐くロキに、アイリスをはじめ、メンバーたちはなんともいえない表情でキドラに目をやった。キドラはいくつものコードに繋がれ目を閉じたままである。


「私……キドラに機械になってほしいわけないわ……」

「なんだかんだ、シークさんといるときは人間らしかったスよ? そんなキドラさんは嫌いじゃないっス。 やっかいな人対処してくれるっスし」

「てか、キドラに機械であるのを望むのは人間王っしょ~」


 シークの呟きに、そういえば、というようにミナが口を開いた。


「なんで人間王さまは人間不振なの?」

「それは~」

「シーク」


 そのまま語りだしたシークをすかさずサラが止める。だが、シークはへらりと笑うと再び口を開いた。


「いや、元といえば、のせいでキドラがこうなったんだから~隠すわけにはいかないよ」

「!」


 サラの目が気まずげにシークから逸らされる。それを合図に、シークは語りだした。




            ◇




 シーク・ゼバルトには腹違いの兄弟が7人いた。その誰もが王位継承権の持ち主だ。シークは第三番目の王位継承候補者で、シークが王座に就くことを期待する声も多かった。それゆえ、シークは他の兄弟たちからは敵視されるはめになったのだ。

 そんなある日。7人のうち4人が暗殺される事件が起こったのだ。当然王宮は疑心暗鬼や恐怖が渦巻く地獄と化した。

 だから、シークはさっさと王位継承権を放棄することにしたのだ。そもそも権力に関心がないシークは、無関心な肩書きのせいで己の青春が奪われるなど耐えられようがなかった。

 ところが、いくらシークが玉座争奪戦を降りると公言しようが、疑心暗鬼に満ちた宮殿ではそれもすぐに疑われ、しまいにはシークの謀叛説すら噂されるようになった。そこでシークは3歳にして、王族という肩書きごと捨てて平民として生きていくことを決断したのだ。

 だが、7人中4人も子を失った皇帝は、易々跡継ぎ候補を逃すなどできなかった。そこで、表面上は王位継承権を放棄して侯爵家の養子になったことにして、籍は第三皇子に残したままにしたのだ。

 表面上は自由を得たシークは、それからは自由気ままな生活を楽しんでいた。

 そんなある日だった。


「シーク様、どうか戻ってきてください!」


 かつての宰領がそう言って、シークに泣きついてきたのだ。というのも、王位継承者として残された皇子二人のうち、一人が意識不明の重体だというのだ。必然的に残された一人の皇子が玉座に就くことが決まった。しかし、その第5皇子こと、イザーク・ゼバルトは、我が儘皇子として有名な暴君だったのである。


「え。むり~」


 当然、シークの返事はこうだ。

 だが、宰領も引かなかった。


「なんですか、その話し方! いや、そうじゃなくて……お願いですから戻ってきてください!」

「むり~」

「皇子ぃぃぃぃ~。別に王になれとは言いません。あきらめました。ですから、せめてあのアホ皇子をサポートする役を引き受けていただきたいのです」

「むり~」

「皇子っ! 表面上一般貴族にしていましたがもう無理矢理皇子に戻しましたので! このまま黙っていますと、アホ皇子は勘違いするかもしれませんぞ! それより、サポート役に撤するのを明言したがいいと思います!」

「ねぇ……まじむりなんだけど~」


 もはやそれは脅しだった。

 シークは嫌嫌ながらも、王宮に戻らざるを得なかったのだ。

 王宮に戻ってからは地獄だった。なぜなら、イザークは、端からシークを拒絶したのだ。それはもう、シークの姿を見れば、警備隊に摘まみ出させるほどだった。その頃からイザークの人間不振は重症だったのだ。


「しかたありません。アホ……ゴホン。イザーク皇子の母親は、他の王妃たちの嫌がらせで病に伏せたのですから。マザコンのイザーク皇子は、それからは他の王妃の子息、すなわち兄弟に嫌がらせをしまくり、挙げ句の果てには4人暗殺の黒幕だと噂され蔑まれたのですから。自業自得なところがまぁ結構ありますが、あの方も好きでひねくれたわけではないのでしょう」


 というのが宰領の言葉だ。

 とにかく、その頃からイザーク皇子には嫌われていたシークだったが、さらに拍車をかけるように、支持率は一回地位を捨てたシークが上回ってしまっていたのだ。さらなる不穏な気配が王宮に出始めたときだった。雨の数百年降らなかった砂漠地に雨が降ったという噂が広まっていった。

 そして、驚くことに、人のいないその荒れ地に赤ん坊の姿があったのだという。その赤ん坊こそアイリスだった。

 それからアイリスが女神として王宮に保護されてからは、幸運なことが引き続いて起こった。

 アイリスが成長するにつれ、荒れた地に雨が継続して降るようになり、結果として荒れ地は人が住めるところへと変わっていった。人間の土地を拡大させたイザークは王として称賛されるようになったのである。

 そして、さらにアイリスがもたらした幸運がサラとの出会いだった。アイリスが無邪気に駆けていった先で、罠に捕らわれた獣人の少女を見つけたのだ。当然イザークは無視したが、アイリスがあまりにもサラを気に入ったのと、シークの助言もあって、イザークはサラを保護した。そしてサラこそ、まさに後の獣人王の血縁者だったのである。

 傷が癒えるのを確認してからサラを獣人の国へ返したイザークだったが、サラは助けてくれたイザークを慕うようになった。結果として、獣人の国からの厚い信頼をイザークは得たのだ。

 だからこそ、イザークはアイリスを手放すのを恐れるようになった。元の人間不振の性格も合わさって、イザークはアイリスの力を利用しようとする輩を極度に警戒するようになった。結果として、皮肉なことに、さらにイザークの人間不振は悪化したのだった。




            ◇





 シークの回想が終わると、ロキは不満そうに感想を漏らした。


『人間王こそ強制的にテクノロジーで感情を操作したがいいにゃ』

「同感~」


 すぐにイザーク、もとい人間王の悪口で盛り上がる一人と一匹をサラがキッと睨み付ける。それに肩をすくめながら、シークがキドラに視線をやった。


「人間王の人間不振がなかなか拭えないように、人の感情って簡単にはかわんねーわけ。それを無理矢理操作するから……キドラのやつ~」


 すかさずジェルキドも深い溜め息を吐いた。


「感情というのはホルモンや自律神経が関わる複雑なものじゃ。あまりにテクノロジーに頼り過ぎると、脳がうまく感情を処理できなくなる。だから、ある時ある感情を削除したら、他のシーンでもその感情が抑制されてしまうことがあるんじゃ。最悪のパターン、感情の喪失もありうる」

「どうしたらいいのよ!」

「確かに、今日のキドラさん、人形みたいだったっス」


 ミナとレオが頭を抱える。アイリスも、なにかできることはないか、とジェルキドに問うた。


「感情は記憶とも関連が強い。ゆえに、過度に感情操作を行ったキドラは記憶を失ったんじゃ。つまり、記憶を呼び覚ますには、いろんな感情を呼び起こすしかないのじゃ」


 ジェルキドの言葉にメンバーが顔を見合わせる。

 そして、彼らは力強く頷くのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る