第38話 驚愕と真実 

 アイリス護衛メンバーたちの間では、いくぶんか関係の変化が起きていた。

 最初はシークが一方的にトークを展開するばかりだったのが、次第にシークのちょっかいに各々が反応するようになっていたのだ。

 たったいま、シークの餌食になっていたのはミナだった。


「ねー、ミナってあだ名ほしくない? 例えばミナミナリンとかどう?」

「何よそれ……」

「ミナっちとかミナリンとかはありふれてるからねぇ」

「なんかミナミナリンて胃腸薬にありそうな名前でいやなんだけど!」

「ええ? 俺はドーピングドリンクのイメージだった……あ」

「なんなのよあんたああああ!」

「ミナ、反応したらダメっスよ」

「レオはレオちぃとか?」

「ぶん殴っていいっスよね?」


 ごく自然に、レオもシークの領域に引き込まれかけたときだった。

 メンバーが携帯しているスマホが激しく振動した。電話のようだった。

 差出人はサラだ。緊急時以外めったに連絡を寄越さないサラからの着信に、一同緊張した面持ちで通話を取ったときだった。

 電話越しに、サラの緊迫した声が聞こえてきた。


『敵襲だ! キドラはアイリスの元へ! 他は私のところへ急げ!』

          

 次の瞬間、一同は弾かれたように走り出していた。





           ◇






 キドラが急いでアイリスの元へ向かう。位置情報を照合した結果、アイリスは研究所にいることがわかり、キドラは半ば安堵しながら全速力で駆けていった。

 すぐにキドラが研究所に到着する。中では、アイリスを守るようにジェルキドとロキがその横に張り付いていた。


「博士! 敵襲っていったい!?」

「落ち着け。いまの時点で分かっていることは二つじゃ。……王宮の監視カメラが全て切られていること。そして、魔王軍を名乗る連中が王宮の頭上に現れたことじゃ」

「監禁カメラが全て? 敵はいったい?」


 そう言いながら、はっとしたようにキドラが顔を上げた。

 アイリスを除く面々が警戒したように研究所の壁を注視したときだ。

 壁に亀裂が入り、数秒後、その壁が派手に飛び散った。


「アイリス! 離れるなよ!」


 キドラがアイリスの手をぎゅっと握って、そのままアイリスを後ろに隠す。

 埃の舞う中、壁の向こうから黒い影が現れた。


「おまえは……あのときの吸血鬼か?」

「だいっせーかいデース!」


 真っ黒い羽で体を覆っていた男がその羽を広げると、金髪の髪を後ろで結んだ男がニヤリと笑みを溢していた。


「アイリスには手を出させない」

「今日はハンドガールには用はありまセーン!」

「ハンドガール? ……アイリスのことか?」

「プリンセスと思ったらハンドをブンするガールだった衝撃は忘れまセーン!」


 そう言って吸血鬼がアイリスに微笑む。それに顔を真っ赤にしながらアイリスが下を向いた。一方、ロキとジェルキドは意味深なやり取りに不思議そうに顔を見合わせていた。


「今日はあのお方が宣戦布告に訪れるというので、ワタシはユーたちにあることを教えてやりにキマシター」 

「あることだと?」

「ええ。ユーたちのところのオレンジイカレヤローのことデース」

「シークか」『シークかにゃ』


 キドラとロキの声が重なる。すかさず、キドラが口を開いた。


「それなら結構だ。宣戦布告とやらの方に向かえ」

「いやいやいやいや、ユーのフレンドデスヨネ?」

『耳が腐るから結構にゃ』

「どんだけ嫌われてんデスカーあの人……まぁ、いいデース。これを見たら、ユーたちも分かりマス」


 そう言って、吸血鬼が空間に画像を映し出した。

 アルカシラではまだ実現できていない技術を使いこなす男に、キドラが驚いたときだった。


ー混乱してマスカ?


「!!」


 吸血鬼が「脳内」からキドラに話しかけた。


ーワタシ、吸血鬼。吸血鬼は賢い。こんなん朝飯前デース

ーおまえ……もうテクノロジーを解明したのか?

ーイエース。そもそもAIドラゴン弄ったのワタシデース!

ーなんだと!?

ーあの眠った子はワタシの身代わりデース! あれ、もしや気づきませんデシタカー?


 キドラがキッと吸血鬼を睨み付けたときだった。吸血鬼がにこりと笑って指差した先、画面の先で、ミナが吹き飛ばされる様子が映った。

 アイリスがそれを見て悲鳴を上げる。


「彼、相当怒ってマシタからネ!」


 「彼」。そう言って吸血鬼が指差すのは、先日ソムニウムを脅してサラに化けた男だった。

 その男に向かってサラが殴りかかる。

 だが、サラの攻撃は男を纏う電子の膜によって弾かれていた。


「今回は宣戦布告だから争うつもりはないんデスガネー」

「いったいなんのつもりじゃ?」


 ジェルキドが男に問いかける。それには答えず、吸血鬼は黙って画面を見つめていた。





            ◇





「宣戦布告に来た。この国に生きるアイリスを必ずもらいにくる。日にちは一週間後だ」


 サラの元へ向かったシークたちが目撃したのは、そう宣言する宙に浮いた黒づくめの男と、その回りを取り囲む魔物の集団だった。

 サラやベルド、さらには騎士団員たちが魔物たちをキッと睨み付ける。その中には、先日ミナを襲った男もいた。

 

「おい! サラ、今が絶好の機会だ! こいつらを殺れ!」


 急いで駆けつけてきた人間王が、空に浮かぶ魔物を指差しそう叫んだ。

 それにいち早く反応したのはサラではなく、魔物の中心にいる男だった。


「言っただろ。今日は宣戦布告だ、と。おまえらが手を出さねばこちらも何もするつもりはない」

「構わぬ! 殺れ! サラ! ボケッとするな!」

「!」


 人間王に急かされ、サラがすかさず電撃を空に放った。だが、その攻撃は、魔物たちを囲う膜に吸収されていった。


「カァァァァ! 主のゆうこと無視するとかあり得ネェナァァ! 先に手を出したのはてめーらだぜ!」


 瞬間、ピンク髪の男がミナを蹴り飛ばしたのだ。悲鳴を上げて、ミナが吹き飛んでいく。慌ててレオがミナの元へ駆けよっていった。


「こないだのお返しだぁぁ! ありがたく受け取れよォォ!」


 ゲラゲラと男が笑う。それにサラが完全に怒って殴りかかるも、またもや電子の膜がそれを遮った。


「主のゆー通り、今日はこれ以上はなんもしねぇよ! さっきのはやられたからやり返しただけだぜぇ? ノーカンなぁ?」

「貴様っ!!」


 サラが男を睨み付けるも、男は全く気にした様子は見せずに集団の中へ戻っていった。

 再び、集団のトップが口を開く。


「人間王とはいわない。王族の一人が宣戦布告を受諾すれば俺たちは大人しく帰ろう。だが、もし、俺たちの要求を拒めば、今ここにいる者は皆殺しだ」


 男が声に脅しを混ぜれば、とたんに辺りに緊張が走った。だが、人間王は譲るつもりはないようだ。再びサラに向かって叫ぶ。


「構わぬ! 殺れぇぇ!」


 それにサラの体が動きかけたときだった。


「承知した。おまえらの要求を飲もう!」


 覇気を纏った低い声が辺りに響いた。

 その声の主を認識したとたん、ミナとレオの顔が大きく見開かれる。

 その主こそ、シークだった。


「第三皇子が言うんだ。交渉成立だな」


 空中で、黒づくめの男がそう言ってサラたちに背を向け立ち去っていく。それに続いて他の魔物たちもぞろぞろと姿を消していった。

 唖然と取り残された地上の者たちの意識は、怒り狂った人間王の怒鳴り声によって現実に戻された。


「貴様! 今さらなんのつもりだ! 今さら王の座が欲しくなったか!」

「陛下。俺は言ったはずです。権力には興味ないと」

「なら先ほどのはなんだ!」

「陛下が判断を間違いになられたからです」


 いつものへらへらとした態度はどこやら、真面目な顔つきで人間王をまっすぐ見据えるシークと、そんなシークに怒りをぶつける人間王。

 ベルドとサラを除いて、辺りは困惑の色が広がっていた。





            ◇





「というわけデース。ネタバラシは以上デース!」


 そう言って、吸血鬼は、まるで悪戯が成功した子供のようにピースサインをしてみせた。

 だが、キドラは画面の先で起こった展開を消化できずにいた。

 なぜか、人間王に代わって宣戦布告を受け取れたシーク。

 なぜか、人間王の失態を咎めても問題のないシーク。 

 それが何を意味するのかなんて、簡単だ。だが、キドラはその答えを受け入れられずにいた。


「シークさんて第三皇子だったんですね……」


 びっくりした様子のアイリスに、吸血鬼は嬉しそうに話しかけた。


「ねー! サプライズデスヨネ! ……でも、あいつはなぜユーたちに黙っていたんデショウ?」

「え? それは……簡単に公表できることじゃないから……」

「オー! 仏のような回答! いやしかーし、信頼する仲間に内緒にシマスカ?」

「! やめてください! シークさんにも事情が!」

「いやいや。関係ナイデス! 仲間ならちゃんと説明シマス! あいつは、ユーたちを騙してタンデス! 日頃存外な扱いを受けてもヘラヘラペラペラしていられたのも、ユーたちを見下していたからーー」

「やめろ!」


 ダンッとキドラが壁を殴る。一気に壁中にヒビが入り、壁はその形と機能を喪失した。


「怖いデース。帰りマース」


 半ば顔をひきつらせながら、吸血鬼が背を丸めて帰っていく。

 それを引き留める者はいなかった。

 そんな吸血鬼を視界の端に映しながら、キドラの内心はひどく渦を巻いていた。

 ー裏切られた 

 ー失望

 ー憤慨

 いろんな思考や感情がキドラの脳を揺らす。


「キドラさん?」


 アイリスが心配そうにキドラを見つめたときだった。

 キドラがふっと笑う。


「俺らしくない」


 そう言って、キドラは初めて感じた感情を残さず「削除」した。

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