第36話 疑いと対策 ①

「キドラって兄弟とかいたの?」


 訓練前の朝食時、シークがキドラに興味深そうにそう尋ねた。ミナとサラも気になるのか顔を上げる。


「兄弟? いないな」

「あ、そんな感じしてた~。でも、急にできたらどうするぅ~?」

「兄弟が急にできるわけないだろ。何を言っている」

「いやいやいや、わかんないじゃん? 新たに恋がなんちゃらで新たな生命が誕生したりあるかもじゃん?」

「ない。俺たちはサイボーグだぞ。サイボーグ化が始まったのが2035年。そして大人からサイボーグ化を始めたから赤ん坊は2037年で最後だ。そいつらも成長したらサイボーグになるだろうしな」

「何それこわ!!」


 肌を擦りながらシークが信じられないと首を横に降った。


「キドラって赤ちゃんとか子供とか見たことない感じっスか?」  

「資料でならある」


 レオの質問に、なんとも的外れな回答をよこしたキドラにシークが「信じられない……」とつぶやいた。


「しかたないだろ。もう死という概念がなくなったんだ。生も必然的にそうなるだろ」

  

 なにせ、キドラの世界ではサイボーグ化により老化や死の概念がなくなった。不老不死の体を手に入れたのにわざわざ死を選ぶ人間がどこにいようか。

 結果として、人間は死の廃止と引き換えに生をも失ったのだ。


「もはやそれ意識もった人形じゃん! え、キドラってそんなとこからやってきたの!?」

「……人から遠い存在を望んだのはおまえたちだろう。」


 そうキドラがいうと、周囲は気まずそうに沈黙に包まれた。そんな中、サラだけもの言いたげにキドラを何度か見つめると、意を決したように口を開いた。


「……ちょうど私の従兄弟が子供を授かってな。従兄弟に子供のことで呼ばれているんだ。だが、私は結構スケジュールを動かしているから都合がつきそうになくてな……。キドラ、代わりにいかないか……?」

「なんで俺なんだ?」

「最近国王さまがキドラは人間らしくなってきたのではないかと心配していてな……。赤ん坊抱えて無表情のキドラの写真でも送ってやれば安心なさるかなと。」


 サラの言葉にキドラを除くメンバーがピシッと固まった。サラの言いようは、暗にキドラが赤ん坊に対して何の感情も抱かない人物であることを仄めかしているのだ。

 キドラが怒るのを気にしてハラハラしていた彼らだったが、当の本人はさすが感情に興味を割かない人間らしく、淡々と承諾を告げた。


「わかった。あの頑固おやじに疑われたままだと面倒だからな」

「頑固おやじって国王さまじゃあるまいな!?」


 忠誠心の高いサラがキドラに鋭い指摘を入れたのを止めたのはシークだった。



            ◇



 結局、キドラは2日後にサラの従兄弟のところへ向かうことになった。

 そして、キドラに同行することになったのがアイリスだ。どうやら、従兄弟が国の女神であるアイリスに赤ん坊の手を握って欲しいとの要望を通したらしかった。


「やはりおまえらは下らないジンクスを信じるんだな」


 従兄弟の要望を聞いたとき、キドラは真から馬鹿馬鹿しいと思った。

 ただ手を握られたからといって何かが変わるわけないだろう、と半信半疑なキドラだったが、従兄弟の要望はどうやら力づくで通されたようだ。従兄弟が権力者側の人間であることをキドラは薄々感じ取っていた。

 しかし、アイリスの口から告げられた新たな情報にキドラは今回の旅が実に厄介なものであることを悟った。なぜならアイリスは言ったのである。サラの従兄弟は獣人王の弟である、と。


「今から断れないだろうか」

「キドラさんもう腹をくくりましょうよ……。私、てっきりキドラさんならサラさんと獣人王さまが血縁者だと気づいてるかと思っていました」


 アイリスの言葉に、キドラがうっと詰まった。まさに、キドラが後悔していることそのままなのである。 

 実を言うと、調べようと思えば、二人の画像を比較投影して骨格の類似を数値化したり、皮膚の指紋からDNA鑑定を行えばすぐに二人の関係性はわかる。

 だが、それらの機能はキドラ側が使うことを意識してからはじめて使えるようになるのだ。

 キドラは獣人王とサラを調べようとも思わなかった。それほどキドラは他人に興味がなかったのだ。


「今思えばちょくちょく重なるところはあったな。髪色、猫の耳、顔の造形、あらゆる視覚情報が一致するからな」


 溜め息混じりにキドラが言う。その内心は、過去の自分の堕落さをひどく呪っていた。もし、キドラが彼らと知り合った時点で問題事を避けていなかったら、今のこの状況は避けられていたはずなのだ。


「だが、そうだとしたらなぜサラは人間王の従者をしている?」


 キドラが疑問に思ったことを問えば、アイリスが一瞬迷いを見せてから口を開いた。


「国民が知っている範囲で話しますね。知っての通り、人間王さまは人間不振な方です。なので、側に置く人でさえ非常に厳選して少人数なんです。今人間王さまの護衛もとい側近を勤めるのは3名。サラさん。ベルドさん。そしてもう一人、魔道師のマナさんです。なぜその3名かはいろいろ諸説があるのですが、サラさんの場合は、獣人王さまが人間王さまに直々にお墨付きを与えたからだと言われています。他の王の中で人間王さまが一番親しいのは獣人王さまですから。ここまでが国民が知っている理由です」

「そうか……」

「もっと詳しく知りたかったらサラさんご本人や従兄弟さんにーー」

「いや別に結構だ。特に知りたくない」


 キドラが拒否すると、アイリスがキドラを不満そうな顔で見つめていた。

 そんなアイリスを無視し、キドラは迎えの者がやってくるのを待っていた。サラによれば、宮殿の人間王の治める区域に獣人の王自ら現れるらしい。

 待つことはすなわち効率のいい時間設定ができていないためだと考えるキドラにとっては、待たされることにフラストレーションがかなりたまっていた。

 そんなキドラを心配するかのように、アイリスがキドラに声をかける。


「キドラさん、大丈夫ですか?」

「気にするな」

「……あの、一つお伺いしてもいいですか?」

「なんだ」

「シークさんて、恋人とかいらっしゃるんですか?」


 とたんにキドラの思考が停止する。

 「どういう意味だ」とキドラが困惑を口にしようとしたときだった。突然、辺りに突風が巻き起こった。

 激しい風に目を瞑るアイリスとは別に、キドラのテクノロジーでできた眼はしっかりとその発生源を捉えた。

 突風が巻き起こった中心には、赤い髪を後ろでくくった勇壮な男が立っていたのだ。キドラはその男に見覚えがあった。


「獣人王か。激しい登場の仕方だな」

「キドラ、久しいな」

「アイリスがいるから気合いでもいれてきたか?」

「ふむ。おまえ……」

「なんだ?」

「シークに似てきたなア。よく一緒にいるからか?」

「え」


 キドラが完全に固まってしまった。ショックで言葉を失っているキドラには構わず、獣人王はアイリスに向き合うと紳士らしく一礼をしてみせた。


「これはこれは女神こと、アイリス殿。お初にお目にかかります」

「顔上げてください~」


 一種族の王に頭を下げられて慌てるアイリスを見ながら獣人王は笑って言った。


「アイリスもそう思うだろ?」

「え……あ……お二人とも面白いところとか……あ! 違いますっ! 間違えました! えっと……お二人とも優しいところ……え! これもだめなんですか? お二人とも……お二人ともお強いところとか……あの……性質が似てるーー……あ違います! なんていうか……パッと見は似てないんですが……あの……へへっ」


 キドラの反応を見ながら言葉を選んでいたアイリスもあきらめたようだ。最後には笑って誤魔化していた。


「さて、俺もおまえらも忙しい身だ。アイリスのご加護を授かったらすぐ仕事に戻る。とりあえずは俺たちの統治区域にこい。俺は風属性だ。おまえらを抱えて一飛びしてやる」


 そう言ってアイリスとキドラの腰に獣人王が手を回したとき、キドラは正気に戻るとバッと獣人王から距離を取った。


「魔法だか知らないが結構! 地図を示してくれ。俺は自力で向かう。テクノロジーか魔法かどっちが優れているか勝負しろ!」

「こーゆとこがにてんだよ(ボソッ)」

「あまり言わないでください!(コソッ)」

「聞こえてるんだが」


 再び、似ている発言に元気をなくしたキドラに、獣人王が地図が載ったタブレットを渡す。


「ほら。記憶しろ。勝負してやる」


 勝負という言葉を聞いて闘争心に火が着いたのか、キドラがタブレットを受けとる。すぐに情報をインプットして、キドラはタブレットを返した。


「記憶した。いざ勝負!!」


 同時に爆発型の突風と、飛行機雲型の突風が巻き起こり、3人の姿がそこから消え去っていた。






 結果ーー

 獣人地区のシンボルであるライオンの石像のところに、獣人王とアイリスがキドラの到着を待っていた。ライオンの口から流れ出る水にアイリスが感動し、獣人王が説明していた。


「獣の王は従来ライオンだったからなァ。俺が初のライオン型以外の王なんだ。近々、猫の像も作られるさ」

「それは楽しみですね! それにしてもキドラさん遅いですね」

「俺は獣人の王だぜ? 負けてたまるかよ」

「知ってますか? キドラさんって、目にも見えない早さで走るんですよ?」

「ハハッ……実はなァ、あの地図古いんだわ」

「え!」

「あの地図ができてから7回、工事やら開拓やら行ってるからなァ。おっと、内緒だぜ?」

「えぇ……」


 そんな獣人王やアイリスを見て、住民が二人を囲む形で和を作っては、盛り上がっていた。なにせ、獣人の世界のトップと人間の少女が中慎ましく語り合っているのだ。興味を惹かないわけがない。

 だが、ヴェルドがたらちまち睨みを効かせれば、野生の勘が働く彼らは、顔を青ざめては、いそいそと身を翻していった。さすが、獣人の王とでもいうべきか。

 二人が到着してから2分後ーー。


 ビュンッー!!!


 群衆をくぐり抜けて、二人の前で何かがピタッと止まった。


「遅かったなァ?」

「くそっっっっ!!!!」


 ニヤニヤ笑いながら獣人王が、ようやく到着したキドラを迎えた。


「まあまあそんなに悔しがるなよ。魔法に勝とうなんちゃ思ったのが悪りぃんだぜ。何せ魔法は体内から発するものだ。体との相性が高まるほど無敵になる。無理やりとってつけた機械の力には勝つに決まってんだろ?」

「次は負けない!!」


 いまだ強がるキドラに笑いながら、獣人王がアイリスとキドラを肩に担いだ。


「さ、次はいよいよ本命だぜ。弟のとこまでいくから落ちるなよ」

「おろせ!」


 キドラの声を合図に、獣人王は再び突風を残して一飛びした。

 2秒後、キドラとアイリスは獣人王に担がれたまま、豪勢な部屋の一室にいた。

 ポカンと口を開けたアイリスとキドラに、ヴェルドが得意気に鼻をならす。そして、すぐにヴェルドたちに気づいた部屋の主が獣人王に近づいていった。赤い髪を短く切り揃えた男で、その顔は獣人王と似ていて、獣人王よりかは少しだけ背丈は短かかった。


「兄さま。ご苦労様です。そちらが噂のアイリス殿にキドラ殿。はじめまして。ヴィーンと申します。こちらが妻のレナ。わざわざ遠いところ、ありがとうございます」


 ヴィーンが紹介すると、妻のレナもアイリスたちにお辞儀をしてみせた。

 担がれたままのアイリスが、そのまま頭を下げ返す。そこでやっと獣人王はアイリスを床に下ろした。

 キドラは担いだままだ。


「は、はじめまして。アイリスと申します。お招きありがとうございます!」

「とんでもない! ……そちらは……? キドラ殿?」


 未だに固まったままのキドラを見て声をかけようとした弟を獣人王が遮った。


「気にするな。プライドがバッキバッキになっただけだ。本来の目的はアイリスの加護だろ。さっさと握ってもらえ。キドラに関しては赤ん坊を抱いて何も感じてない表示を撮れればいいらしい」


 兄に言われた通り、ヴィーンとレナが赤い髪の赤ん坊をアイリスに差し出した。赤いふわふわの小さな耳が頭でピョコピョコと揺れているさまは愛らしい。

 赤ん坊の手をアイリスが優しく包み込んだ。


「ありがとうございますっ! この子、キサカというの」

「キサカちゃんにご加護がありますように」


 アイリスが赤ん坊に笑いかけると、赤ん坊がニコッと笑い返した。

 そんな我が子を見て、夫妻が感動に包まれたときー。


「おい、キドラにそいつを抱かせろ。おい、キドラ起きろ」


 獣人王が、キドラを無理やり覚醒させ、その腕に赤ん坊を突きつけた。


「落とすなよ」

「なんで俺が」

「いったろ。人間王がおまえを疑っていると。証拠写真取れたらそれでいい。さっさとしろ」

「だいたい写真なんかで疑いが晴れるのか?」


 キドラの疑問に獣人王がため息をはいた。


「人間王は他の王たちと仲が悪いというわけではたい。だが、あんな性格だ。仲良くできるのは数が知れている。俺はたまたま人間王とは仲良くやっている方だ。そしてサラーー。俺の従兄弟は、人間王から厚い信頼を受けている。俺とサラが写真突きつけておまえは機械人間だと言えば納得するだろ」


 そう言われれば、キドラも納得するしかない。獣人王に促され、しぶしぶキドラが赤ん坊を受け取った。


「おい。どうだ?」

「何がだ」

「初の赤ん坊なんだろ? 感想あるか?」

「別に」


カシャッ!


「お! いい写真撮れたぞ」


 そういうと、獣人王はキドラから赤ん坊を取り上げると弟夫妻へと返した。当然、夫妻はポカーンとして我が子を受け取っていた。



            ◇



「本当に何も感じなかったんですか? 可愛いとも?」

「何を期待してるんだ……全く。………まあ、だが……」

「だが?」


 アイリスがその続きを期待したようにキドラに聞き返す。


「ただ、弱そうだと思った」


 その言葉にガクリとアイリスが頭を項垂れた。

 以外にも笑い飛ばしたのは獣人王だった。


「ガッハッハ! 確かにな、赤ん坊は弱々しくて見てられねぇ」

「テクノロジーを纏ったら安全になる」

「いいや。赤ん坊は今は弱い。だが、いずれ絶対強くなるぞ。機械に負けないくらいな。なぜなら俺の姪だからな!」


 獣人王が豪快に笑うと、再びアイリスとキドラを担いだ。


「では、帰るぜ!」


 そういうや否や、二人を担いだ獣人王は、再び風を巻き起こしながらその場から消えていった。再び屈辱を受けながら、キドラは黙って担がれらていた。

 一方、その内心は、ひどく困惑をしていた。

 アイリスに述べたキドラの感想は嘘偽りはない。だが、ほんの少しだけ、キドラは擽っさを感じたのだ。名をつけるなら庇護欲。それはキドラが今まで感じたことがない感情で、回りからも期待されていない感情だった。

 むしろ、キドラがその感情を抱いてはいけないのだ。

 この日はじめて、キドラは感情操作によって赤子への優しい感情を「削除」した。



           ◇


 キドラとアイリスが宮殿に戻れば、さっそくシークが二人へ詰めよっていった。その顔は期待に染まっている。


「ねぇねぇ、赤ん坊どうだった? かわいかった?」

「はい、可愛かったです!」

「キドラはー?」

「怖かった」

「え?」

「ん?  あぁ、脆くてな。危なっかしい。赤ん坊は金属スーツを身に付けたがいいと思う」

「どゆこと?」


 真顔で聞き返すシークに、アイリスが「無視してください」と返す。それにシークが苦笑いで答えていた。


「それにしても、獣人王にスピードで負けたのは悔しい」


 たまらずキドラが苦言を漏らせば、その愚痴に面白そうにシークが反応した。


「ああ見えて、いつも姪っ子に泣かれるらしいよ。キドラが育児機能を体にインプットしたら、獣人王を下克上できんじゃない?」


 シークがニヤニヤと笑いながら言えば、キドラが真面目に聞き返した。


「育児機能入れたら強くなるか?」

「うん(嘘)。育児式戦闘スタイルとかいいかもね~!」

「育児式戦闘スタイル? なんだそれは」

「ミルクだよーて炎を敵の口に突っ込むとか?」

「ミルクだよーのとこいらないだろ。後半だけでよくないか?」

「うーん。それだと面白みがなあ。ねんねだよーていって顔面地面に打ち付けるとか?」

「だからわざわざ言う必要はあるのか?」

「ほら、言われた方は戦意喪失すると思うよ~」

「頭脳戦か……なるほど」


 育児にひっかけてどう闘うかを話し出した二人を見ていたアイリスの顔が次第に研ぎ澄まされていった。赤ん坊の話題から戦闘スタイルになる時点で、シークもキドラもほぼ同類である。

 それから、アイリスはひたすら仏の顔で二人のトークを聞き流したのだった。

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