第35話 姉妹 ②
「おまえ……自分が何したかわかってんの?」
ミナを連れ出したサラは今、宮殿の廊下でミナを叱っていた。
「ったくおまえのせいで……」
「お姉ちゃん………」
「あ?」
「……ごめんなさい! 許して!」
ミナがぎゅっとサラに抱きついた。
「ストレスとか、嫉妬とか、いろいろなことで頭が真っ白になっちゃって……お願い、許して?」
抱きついたままミナがサラにそう懇願すれば、サラは諦めたように溜め息を吐いた。そのまま、サラがミナを抱きしめ返す。
「ったく……」
「よかった! 仲直りできてっ!」
「ふっ……また仲良し姉妹に戻りましょーーーーて、んなわけあるか!!!」
サラがミナを地面に投げ倒した。
「え……?」
「騙されるかよ。おまえ気づいてんな? ったく小賢しい真似しやがってぇぇぇ!」
そう言うやいなや、サラは背中に手を回して、先ほどミナが抱きついた部分をビリッとぶち破った。破れた布を前に持ってきて、サラがまじまじとそれを見る。そこには、小さなシール型の発信器が貼り付けられていた。
「あ? これはあ? 今流行りのぉ? テクノロジィ? イコールジーピーエスッッッ! カアアアアアアアッ! 小賢しい! 小賢しい! 健気だなぁぁぁあああ!」
サラの姿をしたそれがミナの頭を髪ごとガッと掴んだ。ガタガタと震えながらもミナは姉の姿をした何かから目を逸らさなかった。
「せぇっかくよぉ、皆をおねむりぃ~ドリームインザ目覚めましぇぇぇんしてから招待してやろうと思ったのによぉぉぉ! 台無しナッシングじゃねええかああああ!ーーーーまあいいやてめえ人質な」
サラの姿をしたそれは無表情でミナを引いて立ち上がらせると、ミナを肩に担いだ。そして、そのまま高く飛び上がろうとしたときだった。
「サラ殿? それに……ミナ殿?」
たまたま廊下を歩いていたベルドが、不思議そうに二人を見つめていた。たちまち、偽サラの顔が歪んでいく。
「あー……こいつはそこそこ強そうだな。めんどくせぇ」
「ん? すまない。よく聞こえなかった。もう一度言ってくれ」
「あー。実は妹が怪我してしまったみたいで……ちょっと失礼するよぉ」
「それは大変だ!! 俺も付き添おう!」
「いや必要ねぇ……よなぁ?」
それが恐ろしく冷たい声でミナの耳に呟いた。
「っ! お姉ちゃんごめんなさい! 許して! ごめんなさい! お姉ちゃん!!」
「あ? 頭おかしくなったかあ?」
「……姉妹喧嘩だったのか?」
「あー、うん。だから部外者はサヨナラー「お姉ちゃんどうしたら許してくれる? 私、歌うわ! お姉ちゃんの好きな歌!! ラ~ラ~ラ~ララ!」
「てめえ! もしやまた小賢しいまねかぁ!? ん? ハチ? ちげぇか? 歌っただけかぁ? 本当に頭がおかしくなったかよ?」
それが肩越しにミナをまじまじと覗き込んだときだった。突然ミナの体が光る。次の瞬間、ミナを担いでいたそれは光によって大きく吹き飛んだ。光に包まれたミナだけがふわっと空に浮き、そして静かに着地した。
「ぐわっっっっっ!!」
それが電柱にぶち当たる。うめき声が漏れ、慌てたようにベルドがそれに駆け寄って行った。
「サラ殿っ!! ……いや、貴殿は誰だ!?」
「あーあああああ! めんどくせぇええ!」
サラの姿をしたそれがゆらりと起き上がりミナとベルドを睨み付ける。残酷な眼差しにミナとベルドの背筋がゾクリと震えた。
そのときだった。
「ミナ! 大丈夫か!!」
「ミナ~!!」
バタバタと複数人の足音が聞こえてくる。すかさずミナたちのいるところに、サラとシーク、そしてレオが姿を現した。
「なっ! てめえ! もう!」
サラを見たとたん後退りをするそれの頭をサラが鷲掴む。そして掴む力にぐっと力を入れれば、それからうめき声が漏れ出た。
「おい、お前。よくも私の妹を怖い目にあわせてボロボロにしてくれたな? 貴様のその腐った頭を本当にぶっ潰して発酵させてキドラのいる世界の発酵食品にしてやろうかああん? もちろん貴様の腐った味は人類様獣人様エルフ様その他全種族様の毒だから廃棄処分からの埋め立て焼却フルコースだおらああああ! 私の妹傷つけたんだから覚悟はできてんな? おらあああ!」
ガンガンガンガンッ!
サラがするどい眼光で一息にそれに言葉をぶつけると、すかさずものすごい勢いでそれを柱にぶつけた。
「え……あれ誰っスか?」
「私のお姉ちゃん!」
「ものっすごい毒舌吐きながら人を金づちにしてるのはだれ~?」
「私のお姉ちゃん!」
「「…………」」
ガンガンッ!
いまだに鈍い音がするのを、さすがに止めたがいいと思ったのだろう。ベルドがサラに声をかける。
「……そろそろ止めたが…いいのでは……」
「団長」
「は、はい!」
「おまえ弟いたよな。あと部下も弟みたいなもんだよな?」
「はい」
「そんな彼らがよぉ、気づいたら顔面に傷作って血を流してんだ。どうする? しかも、ミナの私と違って可愛い顔はな、天の贈り物なんだよ……それを傷つけられたんだ!!!!」
「ご、ご自由に……気が済むまでどうぞ「だよなぁ?」
「ざけんN「まだしゃべる余裕あんのか、ああ? そうだよなぁ。そうだよなぁ。面の皮厚いからよぉ、ミナの可愛い顔が傷つくのが分からなかったんだよな? ならよぉ、てめえのその汚い面が薄くなるまで打ち付けて平らにしてやるからよぉ、覚悟せい!」
サラが再びそれの顔面を打ち付けようとしたときだ。
「うっ…うわあああああああああああああああん!」
「な、ミナ?」
「やめてよぉ! 自分のこと可愛くないとか言わないでよぉおお! それにお姉ちゃんの顔したそいつを例えお姉ちゃんでも傷つけないで! お姉ちゃん痛め付けないで!」
ミナが泣き出したとき、サラの顔をしたそれは、徐々にその仮面が崩れていった。ピンクと緑の頭に、鋭く尖った耳にはじゃらじゃらとピアスが飾られている。気絶しかけていたそれの口からは鋭い牙が除いていたが、数本すでに欠けてしまっていた。
その顔はボロボロだ。
「ってぇ……なんなんだよてめぇらあああ。上のやつが下のやつを奴隷にするのが兄弟ってもんだろぉぉ? 気持ちわりぃぃうぇええ」
「おまえまだ腐った魂が残ってるようだな。金属は叩けば叩くほど変形するらしいぞ。おまえも叩いて叩いて叩きまくって性格整形してやるから面貸せ」
「おまえ怖いってぇええええ!」
「兄弟姉妹はお互いに助け合うもんだろ。てめえは糞みたいな兄弟しかいねぇのか? ああ?」
「し、知らねぇ……怖いぃっ!」
男がサラから距離を取る。その拍子に男が再び頭を柱に打ち付けた。痛みでもがく男の腕をサラが引っ張ったとき、その腕にルビーが埋め込まれているのが露になった。
「てめえ魔王軍の……」
「捕まってたまるかああああ!」
男は最後の力を振り絞ったようで、何やら呪文を唱え始める。どうやら逃げるつもりのようだ。そうはさせるか、とサラが男に伸ばすよりも先に、それは黒い靄を放ちながら姿を消してしまった。
「ちっ! まだ力残ってやがったか。くそっ! 逃がした!」
サラが舌打ちする。苛立たしげに男が消えた先を睨み付けているサラにミナが抱きついた。
「お姉ちゃん……私役に立った?」
「!」
「私いつも役に立てないから、今回お姉ちゃんが偽物だって気づいたときに皆守らなきゃ……ってぇ……! でもダメダメで……すぐにくじけそうになって…………グス……取り直してあじとを暴くために発信器つけたらそれもダメでぇぇえ……うわあああああああん!」
涙でぐしゃぐしゃになりながら言葉を紡ぐミナを、妹を、サラがぎゅっと抱き締めた。
「おまえはよくやった。いや、よくやってる。すまない……ッ!ごめ……ん……なぁッ!」
妹を抱き締めながら、サラが妹をアイリスの話し相手に任命したときのことを思い出していた。
元々サラとミナは、体格から能力まで生まれたときから違っていた。身長や能力に恵まれたサラと、サラとは違い、一族の中でも小柄でドジなミナは、正反対の姉妹だった。最初こそ努力でカバーしようとしていたミナだったが、いつからか、諦めたように笑うようになった。
ずっと姉の姿を追いかけて、でも実力がつかなかったがゆえに姉と同じ道を諦めた妹のことをサラはずっと気にしていたのだ。
そんなとき、アイリスの護衛探しが始まった。結局、人間不振の国王は異世界から呼び寄せることを決定したが、むしろチャンスだとサラは思った。人でないものがアイリスを守るとして、その心は誰が守るのか、とかそんなめちゃくちゃな理由を口走った。普段ならあり得ない失言を進んで口にしたのだ。なぜなら、戦闘が不得意でもミナの優しさは誰にも負けないのだ。サラは託す思いで、アイリスの話し相手という枠を無理やり設けて妹を推薦したのだ。
たいして強くはないからアイリスの話し相手としてその側にいさせても問題ない、という理由で承諾されたときは歯がゆい気持ちがあった。それでも同じく下に従兄弟を持つメリビスと精神的に助け合いながら、妹が、従兄弟が、アイリス護衛の名誉に関われることを喜んでいた。
だが、それはサラの自己満に過ぎなかった。
ミナはサラのせいでずっと傷ついてきたのだ。
妹にかける言葉すら見つからない。サラはただ腕の中の小さな存在を抱き締めるしか手段がなかった。
サラがミナを抱き締める力を強めたときだった。アイリスがそっとミナの前に膝をついた。
「ミナさん。食事のときから異変に気づいて、私たちを危険から遠ざけてくれたのでしょう? ありがとう」
「違……私は……役に」
「立っていますよ。私こんなんだから、あまり親しくなれる人がいません。だから、ミナさんやレオさんと話すのはとっても楽しいんです。私も……普通に笑って過ごしていいんだって……すっごく救われてます。私はただ守ってもらうばかりで、皆が私を守る理由である力でさえ、皆に使ってあげられない」
「違う! アイリスも守ってくれたよ! アイリスのくれたブレスレットがね、光ったの! 私、助けてって叫ぶのすら怖くて……遠回りなSOSしか出せなかったのに! 気づいてくれた!」
アイリスが渡したブレスレットには身代わりの魔法がかけられていた。救いを求める声に反応して魔法が発動する仕組みだ。
「それにしても、よくモールス信号使えたっスね。ミナ、覚えるの嫌がってたっスよね」
「キドラがね、最低限『逃げろ』と『危険』と『助けて』だけは覚えておけって言ってたから……! テーブルで逃げろを使って、ブレスレットに助けてを使ったの!」
ミナが笑いながらそう言うと、サラとアイリスがミナを抱き締めた。
◇
「結局、サラもどきはなんだったんかね~」
「それは……ソムニウムよ」
ミナが遠慮がちに言えば、柱の影からソムニウムがびくびくと体を揺らして現れた。
「約束破ったの~?」
シークがにこりと笑えば、ソムニウムはびくっと体を揺らした。
「違っ! うっ! われもしたくなかった!! 脅されたから仕方なかったんだ!!」
ソムニウムは涙を流しながらシークにすがった。
「シーク様ぁ」
「私も、ミナが泣いていたから慌てて近づいていってな……すぐにミナじゃないことに気づいたんだが後ろからガツンとやられてな……。目覚めたらロープに縛られてポイだ」
サラが事情を説明すれば、皆ああ、と頷いた。国内きっての実力者サラが簡単にやられたのも、幻術にかけられていたからだ。ようやく皆が納得したとき、シークの顔がゆっくりと魔物に向けられた。その目は笑っていない。
「ソ~ムちゃぁん?」
再びびくっと体を壊すソムニウムを見て、ミナがため息を吐いた。
「まあ、脅されてたってのは本当よ。そいつが本当に力を使っていたなら、私、お姉ちゃんの偽物に気づけなかった可能性があるもの。訓練後なのに傷のないお姉ちゃんを見せたのは気づいて欲しかったんでしょ。そいつもあの魔王の手下に操られてSOSを出してたのよ」
ミナの言葉にソムニウムが頷いた。
「博士のとこから仕事に派遣された帰りにわれ拐われた。あやつ、自分を赤女みたいに見せろ言った! われ、シーク様裏切りたくなかったからあやつに気づかれないよう必死に抵抗した!」
「まあ、皆気づいてなかったの? 今回は私のお手柄ね!」
得意気に言うミナの頭を後からやってきたキドラが小突いた。
「俺も協力しただろ」
「分かってるわよ」
キドラの言葉にミナが口を尖らせた。
というのも、数十分前ーー。
姉が訓練の傷を負っていないことに気づいたミナは、いじけたふりをして信号を送ったのだが、ミナは妙なリズムに気づかれないか緊張していた。そんなとき、ミナが何か信号を送ろうとしていることに気付いたキドラが、ミナが自然にテーブルを叩けるよう流れを作ったのだ。
結果、ミナは『逃げて』『危険だ』と伝えて料理を床に落とした。料理を食べてはいけないことを悟ったキドラは怒ったふりをして料理を全部落としたのだ。
そして、サラがミナを連れ去るときに、キドラはサラを視覚のレンズを通して認証スキャンを行った。そして、それが偽物であることにキドラは気付いたのだ。そこでようやく、視覚に幻術がかけられていることに気付いたのだった。
その後、キドラはミナがしたようにテーブルを叩く。
-・・-・ ・--・- -・--・ ---・-
すなわち、『モールス』。
それにシークははっとしたようだ。
続いてまたテーブルを叩く。
-・ ---・- -・-- -・--・
『タスケル』
そこでようやくレオとアイリスもその意図に気付いたのだった。まずはサラを捜索することにしたキドラたちだったが、案外サラはすんなり見つかった。厨房横の収納スペースにぐるぐる巻きにして放置されていたのだ。きっと厨房も幻術にかけられていたのだろう。キドラたちは至急サラを解放し、ミナを探しに向かったのだった。
そして、今、全ての幻術が解かれた。
「まあ、でも本日のVIPはミナだな。」
サラがそう言うのに反対するものは誰もいなかった。
◇
数日前、モールス信号を拒否したミナにキドラは最低限二つは覚えるよう促した。
一つが、
ー-・-・ ・--・- ・・・-
『逃げろ』『危険』だ。
それを何度も紙に書かされながら、ミナがキドラになんでそういう意味になるかを訪ねた。
「おまえは説明したら頭が絶対停止する。覚えろ。たかが二つだろ」
「ふーん。最初のー-・-・が『に』? いや、『き』?」
「いや、『シ』だ」
「はぁ? 2つめは?」
「『ー』だ。」
「3つめは……?」
「もういいから覚えろ! 対応関係とか考えるな。普通にSOSでモールスを打ったらモールスに詳しい敵にはすぐに気づかれるだろう? だから、これはいわば特殊な暗号なんだ。俺たちだけわかる暗号だ」
実はモールス信号は文字にすると『シーク』だ。
それは『逃げろ』『危ない』を意味する。
「あと一つは、---・・だ」
「どういう意味?」
「『助けて』だ。こっちは簡単だろうが」
「ふーん……」
ミナは特に深く追及することはなく、ひたすら紙に記号を書いて覚えた。だから知らない。『8』には、『キドラ、博士、ロキ、アイリス、ミナ、シーク、レオ、サラ』のメンバーの数と、『助けを求めるときはメンバーに』という意味があることを。
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