第34話 姉妹 ①

 その日のアルカシラは雨だった。いつも天井が開かれているドーム型の訓練所は、ガラス制の自動ドアによって閉ざされていた。キドラたちが来る前は魔法道具によって防水魔法の膜を張っていたという天井も、いまやすっかりテクノロジーに取って変わられた。テクノロジーの天井は訓練所を雨から守っていたが、ガラスは張り付いた水滴でくもり、訓練所は外を完全に遮断していた。

 そのため、誰一人として、その天井に潜む影には気づかなかった。


「あの方を倒すぅぅぅ? はああああああっっ! ふざけんなや! 貴様らはどれだけ強いんでちゅかー? …………ちょっと味見させろよなぁ」


 不気味に男が舌なめずりをしていた。 


      


           ◇





「すっかり雨も当たり前になったよねぇ」


 訓練の休憩中、シークがぼそりと呟いた。興味深かそうにキドラがシークに問う。


「雨が当たり前とはどういう意味だ?」

「おー! キドラもちゃんと人に尋ねるということを覚えてきたねぇ」

「やっぱり調べる」

「ご、ごめんて。まあ、言い伝えによるとねぇ、4年間雨が降らなかった時期があるんだってぇ。国は食料難から紛争にもなりかけ危機的だったんだって。ところが、なんと、アイリスがこの世に生を受けると同時に、雨が振りだしたらしい!」

「ただの異常気象だろ」

「ええっ……!」

「不思議な現象はだいたい異常気象だ。俺たちの国でも、温暖化によって海面温度が上がった結果異常な現象が次々起こったときがある」

「だとしても! 異常な気象が落ち着いたのはー「テクノロジーのおかげ」なわけないでしょ!」


 シークが怒りぎみにキドラにツッコんだ。ロマンがないと嘆きながらシークはキドラを見つめる。


「いい? 国が豊かなのはアイリスのおかげなの~!」

「私がどうしましたか?」


 アイリスがひょこっとシークとキドラの後ろから声をかける。生体反応の通知を受け取っていたキドラとは違い、シークは驚いたようだ。


「うわっ、アイリス! いや~アイリスの力ってすごいねて話だよ」

「いいえ、そんなことありません。この前ジェルキドさんが捕らえられたとき、私は祈る以外何もできませんでした」


 アイリスが切なそうに、申し訳なさそうに下を向くと、レオたちも話に入ってきた。


「いや、ハッキング相手が戦闘力ないやつで俺正直助かったっス」

「きっとアイリスのおかげね!」


 すぐにアイリスがそれを否定すると、訓練再開の号令がかけられた。



            ◇



「アイリス、ミナ、レオは体力をつける基礎練習を再開しろ! 今回からミナとレオには魔法で妨害をしかけるから避けながら筋トレだ! シークは私と実践!

キドラは全部だ!」

「全部だと?」

「筋トレしながらランニングしながら妨害魔法とシークから逃げながら私を倒せ!」


 サラの指示通り、アイリスは訓練所を走り出し、ミナとレオは筋トレをしながら魔法を避ける。ところどころ魔法を避けきらなかったミナがレオを巻き添えにして、二人とも傷だらけになっていた。

 シークはサラと一対一で闘いながら時折キドラに攻撃をしかける。国立っての実力者サラと対峙するシークはどうしても守りに入ってしまう。結果、隙をみてキドラに攻撃をしかけた瞬間、シークもサラから打撃を受けていた。

 キドラは、腕立て伏せをしながらアイリスの後に続いてランニングコースを周回し、時折向かってくる槍型の炎を避け、はたまた時には突風に耐え、次の瞬間シークから放たれるいくつかの炎を避け、再び魔法道具の攻撃を躱しては、サラに一撃を与える機会を伺っていた。

 訓練が終わる頃には、アイリスとキドラを除いてメンバーは皆傷だらけになっていた。


「く……あんたまた無傷?」

「あんな無茶苦茶なメニューでよく無事でいられるっスね……」

「いや、俺も情けないことにいくつか傷を負ってしまった」

「え、どこ~!?」


 シークを始め、ミナやレオもキドラの体を覗き込む。なぜかシークは嬉しそうだ。サイコパスだろうか。


「ここだ」

「え、どこ?」


 キドラがここだと指差す場所をシークたちが注視する。キドラが指すのは左腕の上腕二頭筋のあたりだ。首をかしげながらシークが再び問えば、キドラが再び同じ部分を指差した。

 そこには、よく見れば1m程度の、それはそれは小さな傷が金属の表面にできていた。


「な?」

「「な?じゃねぇ!!」」


 ミナとシークの声が重なった。


「おい! 何ぐだぐだしている! アフターケアのストレッチをしないと明日筋肉痛になってもしらんぞ!」


 サラの怒鳴り声で再びシークたちがストレッチを開始した。

 いつものように、訓練の時間は平和に過ぎていった。


           ◇


 奇妙な事が起きたのは、食事の時間だった。その日も、いつものように、シークがいろんな人に絡んでいた。


「お! キドラもしかしてボディ交換してきた~? ピカピカじゃん~!」

「何言ってんの? まだ傷が残ってるじゃない」

「え?」

「ミナのいう通りだ。潤滑さを整えるためにオイルを塗ってきただけだ」

「ええ! ミナ傷見えるの? ミジンコみたいに小さいくせに回りの苛立ちはめっちゃ煽るあの傷が!?」

「私、獣人よ! 当たり前じゃない!」


 静かに笑うアイリスと興味なさそうなレオに、今度はシークが狙いを定めたときだった。


「本当に騒がしいな、おまえら」


 服を着替えたサラが扉を開けて、席に着いた。


「ったく……もっと引き締めろよ」


 ミナの前に座ったサラが妹に軽くチョップをかました。


「ミナも」

「! ご、ごめんなさ……! いや、この馬鹿のせいよ!」


 姉に叱られたせいか涙目になりながら、ミナがシークを睨む。


「え、おれ?」

「だいたいいつもあんたのせいで怒られるのよ! あー! イライラするわ!」

「え、ヒス?」

「料理も遅いし! あーもー!!」


 ミナがテーブルをツーツーとなぞる。完全に手遊びを始めたかと思えば今度はダンッとテーブルを殴る。そして今度はまたテーブルをツーとなぞっては次の瞬間にはまたダンッとテーブルを殴っていた。


「手遊びが途中で荒くなるのは、精神が異常なときらしい」


ダンッ!


「うるっさいわねいまイライラしてんの!」


ツーツー


「おい……拗ねんな、めんどくさい」


ダンッ!ツー


「子供は遊びにはこだわりがあるようだ。邪魔したらきれる」

「ちょ、煽らないで~!」


ダンッダンッダンッツー


「ほらぁぁあ!」

「ミナ、悪かった」


 キドラが謝れば、ミナは頬をムクッと膨らませてキドラを睨み付けた。


 ちょうどその時、タイミングよく料理が運ばれてきたようだ。


「さぁ、食べようか」

「これ、お姉ちゃんのオーダーよね?」

「ん? よく分かったな」

「いらない!」

「ミナ?」

「だってコックさん、お姉ちゃんのこと好きなんでしょ? そんなやつがお姉ちゃんの頼み聞いて作ったやつなんていらない!」


 そう言って、ミナが料理をガシャーンとはねやった。回りも呆気にとられてミナを見つめている。


「まさかミナのシスコンがこれ程まで捻れているとはねぇ……」


 シークすら引きぎみにミナを見つめていた。完全にミナは拗ねたようだ。再び手遊びを始めた。ツーツーとテーブルを人差し指でなぞりながら、皆に背を向けるミナについにサラがきれた。


「ミナ! なんてことするんだ!」


ダンッ


「うるさいうるさいうるさいうるさい!!!!」


 勢いよくテーブルを叩いて立ち上がったミナの頬をサラがひっぱたいた。


 そのときだ。


ガチャーン!!ガタッ!ガチャン!


 テーブルの上の料理が全て落とされた。キドラの仕業だった。


「いい加減にしろ! もううんざりだ! 毎日毎日馬鹿みたいなままごとに付き合ってきてやったが次は姉妹喧嘩だと!? 馬鹿馬鹿しい! やはり俺はおまえらみたいな前時代的な遅れた人間とは気が合わない! もういい加減にしろ!!」


 キドラが一気に叫ぶとあたりはシーンと静まり返っていた。


「ミナ、おまえの幼稚な行動の結果がこれだ!」

「ふん! キドラが勝手にしたんじゃない」

「おまえ! こっちにこい!!」


 ミナがキドラの腕をひっ掴んで部屋から出ていった。






 二人が出ていってからキドラは、ガタッと椅子に座り直した。


「説明よろしくぅ~」


タンットントンタンットン トンタンッタンットンタンッ タンットンタンッタンットン タンッタンッタンットンタンッ


「いやいやいやキドラまで貧乏ゆすりしないでよ~」


タンットン タンッタンッタンットンタンッ タンットンタンッタンッ タンットンタンッタンットン


「……そういう感じぃ?」

「最悪っスね」

「私も……言葉が出ないです……」


 なんともいえない空気の中、キドラたちはそれぞれ立ち上がった。もう食事を取る雰囲気ではなかった。

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