第33話 暴走と亀裂 ②

 告発人ーー。

 人間王の言葉に、辺りはなんとも言えない緊張感に包まれていた。


「貴様らもよく知っている人物よ」

「何……?」


 意味深な人間王のセリフにキドラが警戒したときだ。インフラ整備後、会議室に取り付けられたモニターがパッとついた。その場にいた者たちがモニターに釘付けになる。そこには、エルフの森から中継をつなぐメリビスの姿があった。


「メリビス……」


 キドラの脳内でセロトニンが急激に下がっていく。

セロトニンは幸せホルモンとの別名がある。すなわち、セロトニンが下がるということは、キドラがショックを受けたということだ。知らず知らずのうちにメリビスを信頼していたキドラはまさに「裏切られた」ような気持ちになっていた。


「久しぶりね、キドラ。いつもレオと仲良くしてくれてありがとう」

「そんなことどうでもいい! なぜ博士を、ロキを裏切った!?」

「裏切る? 裏切ってなんかいないわ。私は正しいことをしたまでよ」

「告発など裏切りじゃないというならなんだ! ドラゴンが暴走した責任を博士に取らせるつもりか? 博士は故意にそう仕組んだんじゃないんだぞ!」

「責任とかそんなレベルじゃないわ。いい? AIは機械だけれど、完全に人の意志が入っていないということはないわ。だってAIをプログラムする者がいるんですもの。いわば、AIが人を襲ったということは、プログラミングした人がAIに生物を襲ってもいいと教えたのよ」


 モニター越しからメリビスの冷たい声が返された。その表情も軽蔑の色が混じっている。キドラが悔しさを感じずにはいられない一方、場違いにも呑気な声がどこからか発せられた。反論したのは囚われの身である龍人王だ。


「ちょっと反論しますね。私は確かにコードを書きましたが、決して他種族を襲うなんてプログラムは入れてませんよ」

「では、あなたはAIが勝手にそう思考し判断したというのかしら? あなたが嘘をついていないことを証明するよりはるかに、AIが思考をもちえないことの方が自明の論じゃない?」

「あ。論破されましたね~」

「竜人王どの!?」『あ、あきらめるにゃよ!』


 博士とロキの戸惑いの声が重なった。言葉にこそしなかったが、キドラも内心ひどくあきれていた。いったい、なんのために発言したのか。一発で匙を投げるくらいなら、何も言わない方がよかったのではないか。同じ不満をテクノロジー組みが共有する傍ら、もはや竜人王、博士、ロキは罪人として有罪の方向に傾きつつあった。

 そのときだった。


『にゃ?』


 ロキが悲鳴をあげた後、ロキの人工眼がカチカチと明け閉めを繰り返しては、警告音が激しく鳴り響いた。再び、辺りに緊張が走る。ロキは不可解な動きを数回繰り返すと、ついにはその目にerrorという表示が浮かび上がった。


「ロキ!」


 キドラがひどく心配したように、ロキを見つめたときだった。


『アー我々ハコノ猫ヲノットッタ。でいいっスか?』

『ちゃんとやりなさいよ!』


 ロキの口からやり取りのようなものが聞こえてきた。竜人王がそれをキラキラとした目で見つめていた。


『アートニカク、我々ノ名ハ……なんだっけ?』

『決めてないわよ』

『アー……我々ハ、ハッカー集団漆黒ノ翼『ださっ!』……デアル』

『何なのよ、その話し方!』

『もういいっスかね。とにかく、俺たちはこの猫を乗っ取った。恐れ多くも重役会議に参加させてもらう。っス』

『キャラ設定ゆるゆるじゃない!』


 いまだ、ロキの口を通して行われるやり取りに会議室はシーンと静まり返っていた。最初に口を開いたのは、メリビスだった。


「……レオちゃん?」

『ウッワァ何イッテルカワカラネェ』

「レオちゃん! 何をしてるのよ!! こんなことして! 今は大事な会議中なのよ。……ダメじゃない」

『ダメダメなのはメリビスっスよね』

「え!?」

『わかってるっスか。今ハッキングしてるんスよ。ほら、あんたダメダメだ』

「な、何を言って………」

『ハッキング』

「え?」

『ハッキングの可能性があるだろ。プログラマーが命令していなかったとしても、ハッカーが不正にアクセスして操作したら当然機体はその操作通りになるっス。せいぜい、竜人王サマたちの罪は、セキュリティを怠ったことくらいっス。真の犯人こそ罪に問われるべきじゃないっスか?』


 レオの言葉に、ざわざわと会議室が再び騒がしくなり始めた。


『ドラゴンをハッキングしたやつはもう特定したっス』

「なんだと! 一体どこのどいつだ!」


 レオの言葉にヴェルドが音を立てて椅子から立ち上がった。


『サーバー経由で居場所を特定したんスけど……俺たちが向かったときに、そいつはコールドスリープの魔法を自らにかけて眠ったっスよ。氷属性だったみたいっス』

「勝手に突撃したのか!? 馬鹿者!!」

「危ないじゃない、レオちゃん!」


 立場を忘れたサラと、心配で怒り狂ったメリビスの声が重なった。


『だ、大丈夫っスよ。アイリスは安全な部屋にいるし、シークもついてるっスから。それに、だいたい俺みたいなオンライン上で戦うスタイルのやつは実践はダメダメっスから……』

『それあんただけじゃないの? それとも陰の勘?』

『うるさいっスよ。で、話戻すと……真犯人は今眠ってるっス』

「氷の中は見えないのか? 姿形が分かればデータでどこのどいつかわかるだろ?」


 人間の王がすかさずツッコめば、ロキの口が再び開かれた。


『それが、突撃と同時に魔法が発動して……そいつの体を包んだんスけど、色が……氷の色が赤……いや濃ゆめの赤で……中身が見えないんス』

「「「「!!!」」」」


 レオの言葉に、各王たちが顔を見合わせた。


「赤……ですって?」

『うっス。普通の氷魔法だったら透明っス。明らかにあれは正常な魔法じゃない……それに確か魔王軍側は体に赤い結晶を入れてるっス。そういうことっスね』


 レオの言葉に重い沈黙が走った。

 それはすなわち、魔法軍の動きの活発化を意味していた。



           ◇



「いやー助かりました」


 無事、罪人のラベルを逃れた竜人王がキドラに礼を言った。


「俺じゃない」

「ええ。けど、彼らは可哀想に重鎮会議への不正アクセスの罪を負うことになってしまいました。それに。メリビス女王と冷戦状態ですよ、今。問題ばかりで頭が痛いです」

「……そうだな」

「私は身分だけは高い身ですので、私用では彼らに気軽に話しかけられません。代わりに謝罪と感謝を伝えてくれたら助かります」

「どういう意味だ?」

「はい? 最初からまた話せと?」

「俺はデータで示されない感情を汲み取れない。身分だけ? だけとはなんだ?」

「あはははは!」


 とたんに竜人王が笑い出す。何か刺さる部分があったらしい。


「あなたおかしい人ですね。まあ、そうですね。前も言いましたが私はじゃんけんで負けた身です。名ばかりの王。だからみな、私を『竜人王』と呼ぶんです。まあ、中には『王』と呼ばれたくてあえて名をなのらない人間もいますけど」

「あの男はじゃんけんじゃないのか?」

「あははははは! まさか! 気に入りました。あなたには本名を伝えましょう」

「いや、大丈夫だ」


 いくら脳に貯蔵しないとはいえ、記憶の要領は開けておきたいからな、とキドラが拒否した。それに構わず、竜人王がキドラに耳打ちした。


「率直な感想、似合わない」

「どちらの意味でしょう? 一応名前の一部は娘から取ってるんですが」

「娘がいるのか? てか逆ではないか?」

「いいえ。それでいいんです」


 そう言って去っていった竜人王を見ながら、また無駄な記憶を得てしまったと、キドラは一人頭を抱えていた。

 そして、自称高性能AIを誇りにしてきたロキが乗っ取られ事件に完全にヘソを曲げてしまったのを、キドラが必死に宥めることになるのはまた別の話である。

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