第32話 暴走と亀裂

 その日、キドラがいつも通り訓練所を訪れると、サラを除いたメンバーがすでに集まっていた。 


「おは「おい、お前ら訓練の前に話がある」……」 

 

 シークの挨拶を遮ってキドラが全体に呼び掛ける。

シークがひくひくと顔をひきつらせながら、キドラの肩を叩いた。


「俺の挨拶を遮るほど重要案件なのかなぁ?」 

「ああ。ところでサラはどこだ?」 

「お姉ちゃんはさっき、国王さまからチャットで呼び出されたわよ」


 ミナが説明する。インフラ整備以降、何かとスマホやタブレットが使われるようになり、アルカシラの住民はちゃっかりテクノロジーを使いこなしていた。徐々に住みやすくなるアルカシラにキドラは上機嫌だ。だが、シークはぞんざいに扱われたことに不機嫌なようだった。いつものことなのに、だ。


「で、本当に俺のモーニングコールを遮る価値があるんだろうねぇ?」

「ああ。おまえのおはようよりもっぱら価値がある。俺の国の表現に言わせたら月とすっぽんだ。さっそく本題だ。お前らに暗号を使えるようになってもらう」

「暗号!? 何それ! 面白そ~」


 「暗号」という響きの魅力はシークの不機嫌さを上回ったようだ。ワクワクしたようにシークが聞き返せば、ミナやアイリスも興味を引かれたように顔をキドラに向けた。唯一レオだけが思い当たることがあったようだ。


「それって……モールス信号とかっスすか……?」

「ああ。俺や博士、ロキは脳内通話が使えるから必要ないが、お前らは使えないだろう。そこで昔の人間が使っていたモールス信号を思い出した。今から教えるから使えるようになれ」


 そう言うやいなやキドラが空間にスクリーンを写し出した。記号の羅列が並び、その横には文字が記されている。モールス信号を表にしたものだった。


「いいか。モールス信号は短点と長点を組み合わせた非常に簡潔な記号だ。記号と対応する文字を表にしたから今すぐ覚えろ」


 「今すぐ覚えろ」に反応したのはミナだ。


「はぁ? 無理に決まってんでしょ? エルフならともかく、こんなのパッと見て覚えるなんて無理よ!」

「なるほど~なんとなく分かったよ」

「え、あんたわかったの!?」


 信じられないものを見るようにミナがシークを見る。シークは笑って言った。


「言語覚えるのとまんま一緒じゃん~」

「ま、まあ、シークさんみたいにはいかなくても毎日勉強したら使えるようになりますよ! 私もがんばります……! ミナさんも……ね?」

「嫌っっ!」

「ええっ!?」

「嫌! 嫌! 勉強嫌いだもーん」


 ミナが全力でモールス信号を覚えるのを拒否する。アイリスが必死に励ますが、勉強というキーワードにさらに拒絶反応が出てしまったようだ。可哀想なものを見るような目で見つめるキドラに気づいたミナが怒りを顕にしたときだった。


「緊急事態だ! 今日の訓練は中心だ!」


 緊迫した声とともにサラが訓練所に現れた。緊急事態という言葉に、先に集まっていたメンバーも心配そうにサラを見つめていた。


「お、お姉ちゃん! 緊急事態ってどうしたの?」

「竜人王とジェルキド殿が裁判にかけられるらしい! 国王さまがこれから緊急会議を開かれる。私も参加するから訓練は中止だ」


 驚きで固まるメンバーの中、キドラだけがものすごい勢いでサラに食ってかかった。


「なぜ博士が!! あの竜人王なら何か仕出かしそうだが博士が裁判にかけられるいわれはないはずだ!」

「この前町でドラゴンが暴れただろう。後から監視カメラを確認したところ、あれはドラゴンではなかった。正確にはドラゴン型のロボットだった。ロボットの政策に関わった竜人王とジェルキド殿に罪が課せられたようだ」

「そんな……! 博士は一言もそんなことおっしゃらなかった!」

「ちっ! とりあえずお前も会議への参加が認められているから参加しろ!」


 慌立たしく訓練所を去っていくサラをキドラが追いかける。心配そうに去っていった二人を残ったメンバーが心配そうに見つめていた。


           ◇

 

 キドラが会議室へ向かえば、手首を拘束された竜人王とジェルキド、そしてロキが床に座らされ、彼らを囲むように各種族の王が椅子に座っていた。


「博士っ!! ロキっ! 貴様ら! なんてことを!」

「まあまあ、落ちつけ、機械坊主」

「おまえはっ!」


 キドラを制したのは赤髪の王だ。キドラが記憶メモリをオンにすれば、たちまち【ヴェルド・クロード。獣人の王。】といった情報が現れた。その下には、最初に対面した日付が現れ、キドラがヴェルドとは顔見知りであることを物語っていた。人に興味のないキドラらしく、脳内で記憶データにアクセスしてはじめて、キドラは男を思い出した。


「人間の王を馬鹿にしてたやつか……」

「その言い方には語弊がありまくるな」


 肩をすくめるヴェルドを、妖精の女王、レイが宥める。


「関係者が囚われているのです……。キドラさんのお気持ちが痛い程伝わってきます……。どうかお手柔らかにしてさしあげて」

「わかってる。ったく……」


 罰が悪そうにヴェルドが顔を歪めれば、人間の王がようやく口を開いた。


「まずは状況確認から始めるぞ。余が掴んだ情報によると、竜人王はドラゴンのロボットを開発していたようだな。そして、じじいは、その協力をした。間違いないか」


 チラッと人間の王がジェルキドたちをみやると、ジェルキドと竜人王が頷いた。


「そうです。私は、竜州のPR活動のために確かにドラゴン型AIを開発する計画をしてましたよ。なにせ、神だか怪獣だか知りませんが、ドラゴンが恐ろしく気高い存在という認識が強すぎましてね……。そんなある日、『そうだー! 少しでもドラゴンのことが理解しやすいようにドラゴン型のロボットを作ろうー!』と思い当たりましてね……。ジェルキド殿に協力していただいていました」


 茶番劇を混ぜながら竜人王が説明すると、ジェルキドも間違いないと頷いていた。


「じゃあ、なぜ最初に計画を公表しなかったのだ? 後から聞いたらまるで今考えた言い訳のようだ。じじいも、竜人の王も、こそこそとする必要なかったよな?」


 意地悪く笑う人間の王の回りをレイが不安そうに飛び跳ねる。サラも複雑な表情のまま何も言わなかった。竜人王が再び口を開く。


「計画に思い当たってから考えましてね。『あ! 竜人王さま面白いこと考えなさったーわーい、楽しみだー』となるのと、『竜人王さまいまお忙しい? なぜだ!』、数日後、『竜人王さまなんて素晴らしいサプライズをしかけてくださったんだー』となるのはどっちがいいと思います? 私は後者と思いましてね……まぁ、失敗しちゃいましたが」


 真顔で、ところどころに劇を入れながら語る竜人王からは「危機感」というものが感じられない。


「おまえ……危機感あるのか?」


 さすがにおかしいと思ったのか、ヴェルドがそう問えば、竜人王は真顔で頷いた。


「ありますよ? あれ、おかしいですね。私がまさか危機感ないなんて……そんな状況に見えますか?」

『あーもー! おまえの真顔はギャグかシリアスかわからないにゃ! 話が進まないから博士かミィーに話させてくれにゃ!』


 ロキが思わず口を開けば、レイがロキの方に飛んで行って、くるくるとその回りを飛び回った。


「猫ちゃん、お願い~」

「レイ。あまり罪人に近づくな。万が一、一種の女王に何かあったらまたややこしい事態になる」


 レイを咎めたヴェルドにいい顔をしなかったのはキドラだった。


「まるでロキが罪人みたいな言い方だな」

『ご主人~ほんとにゃ! ひどいにゃ』

「落ち着けおまえら。わしから説明してもいいでしょうか、王さま」

「ダメだ。おまえらは罪人なんだから口を慎め。テクノロジーの知識はおまえだけじゃなくて、告発人も知っておる。そうだろ、告発人よ」


 人間王がそう言って、ニヤリと意地悪く笑った。

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