第30話 進化 or 維持
「サイボーグ化したいじゃと?」
ジェルキドが怪訝そうにそう問い返すと、研究室に姿を見せていたミナとレオが揃って首を縦にふった。
「私、全然強くなれないんだもん!」
「俺も……俺も今のままじゃ嫌っス! キドラさんが強いのは知ってるっスけど、シークさんさえ最近強くなってきてて、このままじゃ俺たちアイリス護衛メンバーにいらなくなるっス!」
必死の形相で訴えかける二人に、ジェルキドもなんとも言えない気持ちでレオたちを見つめ返していた。
サイボーグ化をこの世界でも押し進める計画はジェルキドにもあった。だが、この世界では、何らかの理由によって体の一部を失った者のみ、サイボーグ化を適用するつもりだ。正直、ジェルキドはミナやレオをサイボーグ化する必要性を全く感じなかった。
「気持ちは分からんではないが……おまえらは非戦闘要員じゃろ? アイリスを物理的に守らなくとも、その心の支えになってあげたら十分じゃないかのう?」
ジェルキドが考え直すように二人に言えば、ミナは唇をぎゅっと噛んで俯いた。だが、レオは納得しなかったよだ。
「キドラさんを見てればテクノロジーがどんだけ素晴らしいかはよくわかるっス。それに、テクノロジーをどんどん取り入れるのは、あんたら賛成じゃないんスか?」
「キドラは……若くしてサイボーグ化した上にあの性格じゃ……。テクノロジーを盲信しておるのは、あやつのおった世界の影響じゃ。レオ……、おまえにはああはなってほしくはない」
「え、それ、キドラをめちゃくちゃディスってない?」
ミナのツッコミにジェルキドが慌てて首を横にふった。
「言葉とは難しいな。別にあやつを貶してるわけじゃないんだが……」
「俺はキドラさんみたいになりたいんス! 性格はちょっと遠慮するっスけど、あの強さは憧れるっス!……仮に、例え副作用でキドラさんの性格がインプットされるとしても耐えるっスから、サイボーグ化してくれないっスか?」
「まあ、シーク性よりましよね。私も耐えるわ!」
ミナも便乗すると、ジェルキドは困ったように口を結んだ。二人はどうしてもサイボーグ化して強さを得たいようだ。だが、問題はいくつもある。一つに、サイボーグ化によって力が均一化されてしまえば、種族間の現在のパワーバランスは崩れてしまう。肉体の力と頭脳の明晰さがバランスよく種族間に分散されているが故に、今ほどよいバランスを保っているのだ。二人をサイボーグ化してしまえば、健常者のサイボーグ化を実質認めてしまうことになる。最悪な結果にならないとも限らないのだ。そして、2つめに、サイボーグ化は全ての対象によい影響をもたらすとも限らない。サイボーグ化することは生身の部分を捨てること故、柔軟さが失われるというデメリットも拭いきれないのだ。
「おまえらがサイボーグ化の相性がいいとも限らんぞ」
「いいの! キドラみたいに使いこなせなくてもきっと今よりはましになるはずよ!」
強い意志を持って頷く二人にジェルキドも折れるしかなかった。
「全く……サイボーグ化適用に適当な理由をつけなければならんのじゃが……」
「訓練で負傷したとでも言えばいいわよ!」
「すぐにはできん。準備できたら連絡するから待っとくんじゃ」
ジェルキドの言葉に、ミナとレオはしぶしぶ研究室を後にした。
◇
「本日の訓練は再び鬼ごっこだ!」
サラの口から訓練内容が告げられた。
「この前はキドラ対その他だったが、今回は変えようと思う。まず逃げる側だが、レオとミナだ。追う側はキドラとシーク。そして、アイリスも入ってみるか?」
「楽しそうなのでよろしくお願いします!」
アイリスが言うと、サラが頷いた。
「レオちは小さいから捕まえにくいんだよね~」
「喧嘩売ってるっスか??」
「え、誉めたじゃん」
シークの言葉は、ナチュラルにレオの自尊心を傷つけたようだ。真っ黒いオーラを宿したレオが、魔法で地面の土を浮かせると、すかさずそれをシークに向ける。慌ててサラの後ろにシークが避難したとき、そこにはないはずの声が上空からかけられた。
「なんやら楽しそうですね。せっかくです。遊んでくれませんかね?」
涼しげな声だった。
キドラたちが上を見上げれば、そこにはドラゴンの子供を抱えた竜人王がプカプカと空中に浮いていた。
基本的に空上を移動するには魔法道具が必要となるが、魔力量が多い者はまれに自力で浮遊魔法を行使する。魔法道具に頼らずに属性以外の魔法を使うことは、すなわち高等な魔法を使える選ばれた者であることを意味していた。それですら敬意の対象であるが、さらに男は一種族のトップときた。竜人王を見るや否や、キドラを除いたメンバーはその場に跪くと即、頭を下げた。
キドラだけがただ空に浮かぶ男を眺めている。
「おい! キドラぁ! 何をしている!」
頭を下げたまま、サラがすかさずキドラを叱るが、当の本人は知らん顔だ。
「馬鹿! 竜人王どのだぞ! 頭を垂れろ!」
「土下座などそんな前時代のさらに前時代的なことができるか!」
サラが「無礼者!」と怒鳴りかけたとき、それまで静観していた竜人王が口を開いた。
「気にしませんよ。それより、キドラとシーク。約束通り子ドラゴンの遊び相手になってもらいますよ?」
「断る。俺たちは今から訓練だ。おまえが遊んでやれ」
「私にはやることがあるんです。だからといって遊ばないわけにはいきません。何にせよ、ドラゴン自ら子と遊ぶよう言ってきたのですから」
竜人王がそう言って無理やり子ドラゴンをキドラの胸に押し付けた。
「おやおや。懐いてますね」
「どこがだ。今そっちから押し付けたよな」
「おや、遊んでほしいみたいです。」
「おい「ピギィ!!!」………」
満更でもなさそうに子ドラゴンが嬉しそうにキドラに顔を寄せた。それを見てサラの決心が固まった。
「キドラとシークはドラゴンどのの相手をしろ。アイリスはジェルキドどののところへ戻れ。ミナ、レオは休憩だ」
キドラが迷惑そうにサラと竜人王を見つめていた。
◇
最初に、ミナとレオはアイリスと一緒にジェルキドのところに向かった。ジェルキドを見るや否や、サイボーグ化をせがむ二人に、ジェルキドが「まだじゃ!」とすかさず言い返す。ジェルキドは何かと忙しい。サイボーグ化の準備はまだ手すらつけられていなかった。しぶしぶ研究室を後にしたミナたちは、困ったように廊下で足を止めた。
「今からどうする?」
「そうっスね~」
「こういうとき困るわよねぇ。自由だと何するかわからなくなっちゃう」
『AIサポートを利用するかにゃ?』
やることを決めかねているミナたちにロキが声をかけた。ちょうど、外から研究室へと戻る途中だったみたいだ。
「何スかそれ?」
『AIは人々の判断のお手伝いをするにゃ』
「へぇ。何があるかしら?」
『暇なときにオススメなことの検索結果を示すにゃ。映画鑑賞、読書、料理、ゲームが検索上位にゃ』
「料理とかミナできないスよね」
「何よ! 別にできないわけないんだから……お腹空いたわね……」
レオが物言いいたげな目でミナを見やる。だが、レオがミナをからかう前にアイリスが同意すると、レオはミナに何も言うことはなかった。
「アイリス何が食べたい?」
「えーっと、パンとか、ですかね?」
「いいわね! レオ、パン買いに行くわよ!」
「ええっ……」
「アイリスが町に行くとお姉ちゃん怒るからアイリスは……ごめんね……ここで待ってて」
ミナが申し訳なさそうに言えば、アイリスは「分かってます」と苦笑いを返した。
「キドラさんやシークさんにも買ってきてくれますか?」
アイリスが問うと、ミナはしぶしぶ頷いた。
「あいつらの選ぶのに悩みたくないから猫は来なさい」
『めちゃくちゃ横柄にゃ……』
こうして、ミナとレオはロキをお供に、町のパン屋へと向かっていったのだった。
◇
ミナたちが向かうのは町でも評判のパン屋だ。たぬきとたぬき獣人が営む手作りパン屋の味のよさは王宮でも噂になっていた。
ミナは憧れのパン屋へ出向けることに非常にワクワクが隠せなかったようだ。道中、レオにパン屋の噂話を聞かせていたくらいだ。
パン屋からは焼きたてのパンの薫りが漂っては道行く者の嗅覚を刺激し、そんなパン屋から袋を抱えてでてきたお客は皆幸せそうな顔をしているという。そして扉を開けば、食欲を誘う美しいパンの数々が、キラキラと輝きを放って並べられている。その惚れ惚れする光景に、いつしかそこのパンは「宝石パン」と呼ばれるようになったという。そんな噂だった。
だがーー。ミナが想像していたパンの香ばしい香りや、客で賑あう暖かな店舗は目的地にはなかった。
あるのは焦げ臭い匂い。悲鳴。泣き声。そして立ち上る煙と炎だ。
「な、な、な、何があったのよ」
『店の監視カメラと接続するにゃ。10倍速で再生するにゃね』
そう言って監視カメラの映像をロキが空間に示す。10倍速で再生された映像には、緑のドラゴンが暴れているところ、人々がそれを見て騒いでいるところが記録されていた。ドラゴンはしばらく空を旋回していたようだが、数分後火を吹いて去っていったようだ。安堵の声が漏れ出るのもつかの間、空気中に吐き出された炎が風に煽られ、そして店に火が着火した。
ロキがカメラの映像を見せ、ようやく事態を把握したミナとレオが顔を真っ青にした。
「おい! 誰か水属性いないか!」
群衆の一人が問えば当たりはざわざわと騒がしくなった。
「一般人の魔法であの炎が消せるかよ!」
「消火隊に連絡しろ!」
「中に子供がいるのっ!!!!」
悲惨な声が飛び交う中、最後の一人の言葉にミナとレオがはっと店を見た。燃え上がる炎の中に子供がいるという。
「た、助けなきゃ」
「でも、どうするっスか。俺の土もミナの風も、あの大きさの炎に対抗するには魔力が足りないっス。中に入るには火はでかすぎるっス……」
「ど、どうしたらいいのよー!!」
『AIサポートを利用するかにゃ?』
「それお願い!」
『似たような事例と照らし合わしたら最適な選択は火の中には入らないことにゃ。戻ってしまったり、助けようと入ったが故に残念な結果になった事例はたくさんにゃ。消火隊に連絡して待機するにゃ』
ロキの言葉にレオが頷いた。
「そうっスよね。助けに入ったがいいか迷ってたスから、ビシッと言ってもらえてちょっと安心したっス」
「そ、そうなのね……」
『人々の判断を助けるのがAIの役割にゃ!』
ロキが誇らしげに答えたとき、ゴオッとものすごい音を立てて入り口の炎が爆発した。
「危なかったスね」
レオの安堵する声にミナも頷いた。
「ミーッッ!!」
痛ましい悲しい声がミナの耳に届いた。獣人の耳は人族よりも敏感に音を拾う。確かにミナは助けを求める声を拾ったのだ。
「ミナ……?」
様子のおかしいミナを心配してレオが声をかける。
その声はミナの震えた声に書き消された。
「何が護衛よ……アイリスも守れなくて……小さな命すら守れなくて……!! 嫌よ!」
ミナが走り出す。燃え広がる炎に向かってミナが突っ走る。
「ミナ! 危ないっス!!」
レオの悲痛な声には振り向かず、ミナは建物へ目掛けて一直線に向かっていった。
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