第29話 愛と執着 ⑧

 結局、男はテクノロジー開発の権利を剥奪された。  

 ドワーフは種族間同盟に加盟していない。すなわち、ドワーフのトップはいないのだ。たいていは種族の王と裁判官長が話し合って下した判決が言い渡されるが、種族の王がいない場合、決定権は人間の王にあった。したがって人間王が定めた判決が最終決定だ。  

 しかし、判決のため裁判所に呼ばれたドワーフの男は、それに納得できなかった。


「そんな! 王! どうかどうかそれだけは!」

「実験のために王宮の騎士を不正に利用した罰だ」

「そんな! わしは! わしは、有名にならなければならない! 有名にならなければ、娘に見つけてもらえない!」

「お主の娘はもうおらんだろ」

「王でも許しませんぞ! 王でもぉ! 許じま……ううっ!」

「無礼者!!」


 裁判官長がドワーフの男を咎めたとき、傍聴人席から一人の男が立ち上がった。痩せたドワーフの青年だった。


「発言の許可をいただけないでしょうか」

「却下。事前の申請がないゆえ認められない。静粛に」


 裁判官長が拒否を言い渡すと、以外にもそれを止めたのは人間の王だった。


「まあ、よいではないか。何か意味があるのだろう。お主、発言を許可する」

「王!」

「気になるだろ。あの青年はなんだったんだ、て余が眠れなくなったらどうするのだ」

「王~!」


 裁判官長が情けない声を出しているうちに、ドワーフの青年が被告人のドワーフの男に近づいていった。

   

「私は、ドワンゴ……そちらのドワーフの元同僚の者でございます。ドワンゴは、町で有名な鍛冶屋で、家具屋をも経営する実業家でした。ええ、私は元社員で部下でございました。社長の運営するお店は、仕事が丁寧だと古い客から評判のよかった………。しかし、他の種族が大手ショップを展開してから客は激減。会社は倒産。我々は社長と離ればなれになった」

「そやつの背景を聞いて何になる? 余がお主の発言を許したのは面白い話を期待したからだぞ」

「どうか、もう少しだけ話させてくだされ。社長と離ればなれになったあと、我々はまた社長のお店を復活することを夢見て必死に取り組んで参りました。しかし、ある日風の噂で社長がIT事業に着手されたと伺ったのです。………ああ、社長もまた古きを捨て新しい流行を取るのだと、我々は悲しかった」


 青年は、元上司だというドワーフの男を見つめていた。


「社員はもう我々のことなど頭にないのだと、我々が覚悟を決めたとき、ある少女が我々の元に連絡をよこしたのです」

  

 そう言って青年は、ドワンゴにタブレット端末を渡した。


「ミュール……これは……」  

「ドワンゴ社長! あなたの娘さんからですよ! 今のあなたは自分の存在など見えてないから、ほとぼりが覚めたら渡してほしいと」


 男がタブレットを受けとると、そこには少女からのビデオレターがあった。


「記憶魔法は一部の魔法使いしか使えません。一般の魔法では到底使えないしろものです。でも、テクノロジーは等しく皆に配布されています。そこに、娘さんの思いが映っています」


 ドワンゴはタブレットを受け取ったまま、固まってしまった。そんなドワンゴを後押しするかのように、ミュールと呼ばれた男が再生ボタンを押すと、動画が動き出した。


『お父様! 見えてるのかしら? 私よ? ほんとうにこの小さな穴の向こうから私が見えてるのかしら? まあ、いいわ』

「! アリスっ! み、みえてるぞ!」


 画面の向こうに向かって、男が小さな声で呟いた。


『お父様いまも研究室におられるのですか? 私がこんな風になっていますのに! ……まぁ、仕事一生懸命な姿もかっこいいですけど………。うぅ……すみませんね、涙が。うっ……。私、知ってますわ。没落貴族なんて馬鹿にされた私のためにお父様が必死になっていらっしゃること! でも……私は、お父様が国一の有名な博士にならなくても、名声を得られなくとも、そばにいてくれたらそれでいいの、本当は。むしろ、私のそばに……いてほしい』

『アリスさんっ!』

『あら、まあまあ。ふふ。あの小さな穴が私の声を記録するなんて半信半疑ですの。だからつい愚痴ってしまったわ。ふっ。あら。なぜ、あなたが泣いていますの? うっ……ふふ。ズズッ。』

『アリスさん、本心を語られてください。小さな穴を信用して、ドワンゴ社長に!』

『ううっ……わああああああん! 会いたい、会いたいですぅぅぅ!』

『ううっ……アリス様っ!』


 画面はひたすら涙を流すアリスと、その従者が映っていた。


「アリス……アリス!! ああ……アリス!!」


 ドワンゴが画面にしがみつくようにして泣いた。

 そんなドワンゴに向かって、ミュールが遠慮がちに口を開く。


「ドワンゴ社長の作るものは素晴らしいものでした。客が手に取ったらいつも、ああ暖かい、と。そう言って笑顔になるような素晴らしいものでした。テクノロジーとやらが出てくるまでは。しかし、テクノロジーに出会ってから社長は変わってしまわれた。研究成果ばかりに執着されるようになった。私はテクノロジーが憎いですよ。これもぐちゃぐちゃに分解してやりたい!」


 そういって部下がタブレットを投げつける仕草をした。「こんなもの!」と男がタブレットを持った腕を振りかざせば、当たりから悲鳴が零れる。だが、男がタブレットから手を話すことはなく、すぐに手を引っ込めたーーかと思えば再びタブレットを投げやるように動く。


「こんなもの!」

「ああっ!」


 再び男は動きを止めた。そして再びーー


「こんなもの!」

「ああっ!」


 緊張と興奮が張りつめた空気を作り上げる。男が再びタブレットを持ち上げると、辺りから悲鳴が零れ出た。だが、男はタブレットを投げつけることはせず、それを持ったまま元上司の方へ向かっていった。


「けど、娘さんの声をあなたに届けるのもテクノロジーなんですね。何て皮肉だ」


 部下が今度はタブレットを抱きしめた。


「わしは会社を廃業させてしまってから……完全に自信をなくしていた。それでもなんとか会社を復活しようとしていたんだ。……娘が泣いている姿を見るまでは」  

「社長…………」

「娘はいつも病室にいた。だが、わしの作ったものを見たらいつも喜んでいたな……。それが嬉しかった。だが、会社が倒産してからは娘は笑わなくなった。そりゃそうだろう。社長令嬢でなくなったんだからな」

「社長、それは違います! 映像には続きがあるんです。ただ、社長には見せたくなかった……」

「見せてくれ」


 暗い顔のまま元部下の男がタブレットの再生ボタンを押した。そして、そのままタブレットを社長に渡した。


『お父様。会社が潰れたのは私が後を継げない体に生まれてしまったせい。ごめんなさい』

「!! そ、そんな……」

『来世では絶対絶対頑張りますから!! どうか、お父様が夢を諦めませんように』

「っ……うぅ……」

『私はお父様の作る作品を愛してます』


 そこで、ビデオレターが止まった。


「これで全部でございます」

「あああ、ああああああ!」


 裁判場には、男の叫び声が響き渡っていたーー。





「いや、余の存在忘れて好き勝手しすぎ! 揃って役職クビにするぞ!」

「「「申し訳ございませんでした。王!」」」


 そしてまた、別の謝罪が響いていた。


           ◇


 裁判に出席しなかったベルドは、王宮の研究所で、テクノロジーから裁判の様子を視聴していた。虚ろなめでベルトが口を開く。


「俺は、思い続ければ届くと、そう思っていた……」 

「機械と人間の違いはどれだけ科学が発達しようと、結局わからずじまいじゃ。人間のようなアンドロイドが作られても、本当に人間と違いがないのかは誰も証明できておらん。だが、確実に違うのは、わしらは無意識下で相手の気持ちを理解できることじゃ。無意識下でな。わしらも心の仕組みはわかってはおらん。だから、AIはいつまでたっても心をプログラミングされることはできんのじゃ。だが、もし学習を人間の経験と同じ扱いにしていいなら、AIは無意識下で、プログラミング者にもわからんところで、おまえの愛を感じ取っていたかもしれん。わしにはわからん。いや、人間にはわからん。おまえさんたちしかわからんよ」

「俺は、ううっアイとはいつか通じあっていたと思う。っうう!」


 泣きながら、ベルドが言った。

 ちょうどそのとき、研究所のドアがノックされた。


「博士、俺です」

「ああ、キドラか、入れ」


 キドラが研究所内に入ると、ベルドが気まずそうに顔を背けた。


「先日は世話になったな。だが……すまない。俺は今情けない姿をしているから見ないでくれ」 

「別に興味ないから気にしなくて大丈夫だ」

「…………」

「それより、ほらこれ。おまえの恋人の敵とやらから送られてきた」


 そう言ってキドラがベルドにタブレット端末を手渡した。

 不思議そうにベルドがタブレットを開くと、ビデオレターが再生された。犯罪者が収容される更正館に、ドワーフの男が写っていた。


『この度は本当に申し訳なかった。おまえさんの心をみやみに傷つけてしまった。本当に申し訳ない。…………わしは……わしはある目的のためにアイを作った。アイは作品にすぎなかった。……わしは急ぎすぎたのだ。だからアイを不良品だ失敗作だと言ってしまったが……アイはゆっくりだがおまえさんに心を開きはじめていたのだろうな……あれは作品じゃない。わしの二人目の娘だ! ………わしはここでしばらく頭を冷やす。…………わしはおまえの舅として何もしてやれなかったな。だから、一つだけ娘たちのことをおまえさんに話す。家族としてな。実はなアイには双子の姉がいたんだ。顔はそっくりなんだが、性格は違ったな。おまえさんはアイの方でよかったな…………『そろそろ時間です。』あい、わかった。最後に、おまえの義姉の名はアリスだ』


 そこでビデオは切れていた。

 再び自称情けないという顔をしだしたベルドに、キドラが提案した。


「あれは機会だ。データさえあれば生き返らせることもできるが」

「いや……いい」 

「何?」 

「俺は、アイは人間として生きたかったと思うんだ。だから……いいんだ。アイは一人しかいないしな」

「本当に本当におまえらはわからん」


 そう言うキドラにジェルキドが笑った。


「キドラはまだわからんじゃろな」

「博士! で、でも、テクノロジーを適応すれば悲しい別れなど経験しなくてすみます! それにも関わらず、こいつはいいと……わかりませんよ」

「ふふ、キドラ殿には早かったか?」

「全くわからん。ドマドヒズムなのか……?」

「違うぞ!?」


 完全にそっぽを向いたキドラを見て、うっすらベルドも笑顔を取り戻しつつあった。

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