第28話 愛と執着 ⑦


 レオたちが研究室で事情を話すと、ジェルキドは真剣な顔で頷いた。


「AIの記録を見てみよう……いいかのう? 彼女の記録を覗いても……」

「俺は構わないが……アイ『よし、決まりにゃ!』


 抵抗するアイをミナとレオが拘束し、ジェルキドがアイを機械に繋いでいく。


「一晩くらいならもういいはずじゃ。どれ」

『皆見えるように、映像化して流すにゃ』


 そしてアイの記録が流された。



            ◇



 そこは木でできた一軒家だった。様々な機材が地面に転がり、複数のコードが絡み合った混沌とした場所だった。

 ごちゃごちゃとした部屋の中央にアイと一人のドワーフがいた。


『あの男はだめだ。一生愛するだ? いったいどんだけ時間がかかるやら! おまえは一刻も早く人を愛することを学ばなければならんのに!』

『アイはベルドが好きです』

『だめだだめだだめだだめだ! そうだ! 騎士団長が門番の同期の男と仲がいいのは有名だ! そしてそいつは極度の女好き!! そいつなら速やかにおまえに愛を教えてくれるはずだ!』

『父上、アイは、アイはベルドが好き』

『だめだ! おまえはその男を好きになれ。えーとなんだったかな、名前は……』


 そう言って男が、散らかった床をあせり始めた。


『仲良く新聞なんか載ってやがったはずだ。どれだ。どこだ。違う。違う。これじゃない! どこだ!』

『父上、アイはベルドが好き』

『くそ! どこだ! くそ! これか?』

『父上、アイはーー』

『あった! ジュード・ムリム! よし、アイこっちにこい。プログラムを書き換える。ジュードを好きになるんだ!』

『父上、ベルドは!?』 

『あの男は十分だ。これからはジュードから学べ! 女好きだから好きだとかなんとかいえばすぐに愛を教えてくれるはずだ! さあ、アイ、リセットだ!』


 そう言ってドワーフはアイを機材に接続したーー。



            ◇



 そこで映像もとい記憶は途切れていた。


『おぞましいにゃ!』


 ロキがすかさず感想を口にすれば、ミナがぷるぷると震えだした。


「あんの男ぉ! 乙女の恋心をいたぶりやがってええええ! リセットぉ? プログラムぅ!? それが必要なのはあんただろうがってんの! 人格改造してもらいなさいよ!」

「この少女から後付けされた設定を消すのはできるが、プログラミングの改造はあまり第三者がしない方がいい。ドワーフとやらにあえんかのう?」

「乗り込むっスよ! 居場所はさっきの映像からだいたい特定できるっス」


 ミナは乙女の恋をいたぶったことに、レオはテクノロジーを不正に利用したことに大層お怒りだった。こうして乗り込み作成が実行されることになった。



           ◇


「なんで俺もなんだ?」

「用心棒」


 キドラを連れて、ミナたちはドワーフの元に訪れていた。


「博士とレオはプログラム操作、ベルドは彼女のヒーロー、なら悪役退治はあんたでしょ」


 ミナが無理やりキドラを連れ出してやってきたのは、もちろんドワーフの男が住む家だ。映像で見たまんまの一軒家に着くと、ミナはためらいもせずに、ドアを蹴り破った。


「おらおらぁ! 乙女の敵は皆の敵よ!! 乙女に無理やり好きな人を裏切らせる自己中サイテーグズオブグズキングはどこぉぉぉ! あんたの精神を世界平和のために都合よく改造してやるから面かしなさいぃぃ!」

「ミ、ミナ殿!?」

「姉譲りの乱暴さっス」

「サラの特訓の成果がこんな用途に使われるとはな」

「あら、あんたらも仲良く改造されたい??」

「「「…………」」」


 後ろで陰口をたたく男たちをしっかり脅しながら、ミナが家の中に踏み込んでいった。


「なによ、足の踏み場ないじゃない!」


 ミナが部屋のあまりの汚さに、きれかかったときだった。


「誰だおまえら!」


 しわがれた声が部屋の隅から発せられた。 

 薄暗い部屋の山積みになった紙の束の向こうからむくりと起き上がったそれは、ミナによって乱暴に開け放たれたドアの方へ振り返った。

 一人の年老いたドワーフだった。


「失礼する。アイのことで話に来た」


 ベルドが言えば、男は光を失った虚ろな目でベルドを見つめ返した。そして、笑うーー。


「恋人ごっこの延長に来たのか。そうか……ならしかたない」

 

 そういうと、ドワーフの男は床に座ったまま、手に持っていたスイッチを押した。

 ジェルキドとロキがはっとしたときには、もう遅かったーー。


 アイが爆発したのだ。


 持ち前の身体能力と適した判断能力を駆使して、ベルドがミナを抱き抱えて爆発から逃れる。ジェルキドとロキ、キドラもテクノロジーの防衛機能で身を守った。おかげで、爆発に巻き込まれた者はいなかった。

ただ、一体、アイを除いてーー。

 アイは自爆により、顔と胴体が引き離されていた。はみ出たコードがバチバチと火花を散らす。

 状況を、アイに何が起こったかを、理解したとたん、ベルドが叫んだ。


「アイィィィィィィィ!! あんた、なんてことをするんだ!」

「わしは国の中心にいるやつらと争うつもりはない。そもそもプログラムはうまくいってなかったんだ。だから壊したんだ」

「アイ! アイっっっ!」

「おまえも、おまえの友人も、最近うっとおしがっていただろ。むしろ感謝しろ。それにな、おまえがそれに出会ったのも、俺がそう仕組んだからだ。ちょうどおまえがガキを助けるところを町で見かけたときから計画していたことだ。仕組まれた茶番劇だ。劇団のやつも役柄で誰か死のうが劇が終わればけろっとしているだろ? 同じだ。恋人ごっこが終わったに過ぎない」

「あんたねぇぇぇぇぇぇ!」


 ミナが顔を真っ赤にして男に詰めよって行くのをジェルキドが止めた。


「なんでとめるの「部外者が出る幕はまだ後じゃ。ベルド殿を尊重するんじゃ。おまえの気持ちはわかるが」


 ジェルキドがミナを咎めるように言うと、ミナはぐっと唇を噛んだ。


「うぅっ……それでも俺はアイを心からすきだったんだっ! 返してくれ! うぅっ……アイを、アイを返してくれぇ……」 


 壊されたアイを抱き締めながらベルドが涙をぼろぼろと流す。それを見ていたミナの心もぎゅっと痛め付けられた。

 しかし、破壊した男は何も感じていないようで、容赦なく言いはなった。


「気持ち悪い」

「なんだと?」

「いつか心通じるとか思ってたのか? ただの機械に? あれは失敗作。すなわちただの機械だ。そんなのに恋を期待するな」


 人一倍情には疎いキドラもこれには思うところがあったようだ。アイの破片を抱いて泣きじゃくるベルドにキドラが歩みよっていった。


「おい。この世界でもAIに対する法ができた。AIを不正利用したら取り締まることもできるんだ。……TPの初仕事だ」

「っ!! アンドロイド爆破の罪でおまえを逮捕する!」


 涙で歪んだ顔で男をきっと睨み付けて、ベルドが俊敏な動きで男を拘束した。


「なんだと! 放せ! わしが何をした! 自分の作品を壊して何が悪い!!」

「罪状はAIの不正利用だ! だが! 私情は、俺の大事な恋人を傷つけたことだっ!」

「くそぉぉぉぉ!!!」

 

 男が必死にもがくが、ベルドにしっかり抑え込まれていては反撃すらできなかった。

 男はもうお縄につくしかない、と誰もが油断していたとき、男が叫んだ。


「Hey, ハウスサ! 爆発しろ!!」


 男が叫んだ数秒後ーー。

 男の声に反応して、家の柱が爆発した。

 支えを失った家が暴落するーー。


「逃げるんじゃああああ!!」


 ジェルキドが叫んだとき、ベルドが魔法を放った。


「グラキエースコルムナ!!」


 とたんに、床から伸びた無数の氷の円柱がベルドたちを取り囲み、円柱の上を薄い氷が覆った。円柱が集まってつくられたそれは、側面が数本の柱でできた大きな囲いとなる。その円柱でできた空間の中に、ベルドと男が取り込まれた状態だった。崩れかけた家の破片が氷の円柱の底面に乗っては、滑り落ちていく。

 柱と柱の間から、家の壁や屋根の破片が音を立てて滑り落ちるのを見ながら、崩落が落ち着くのをベルドは待っていた。物や破片が次々と落ちゆく隙間から、向こう側で心配してベルドの名前を呼ぶミナたちの姿が見える。絶対に持ちこたえなければならないとベルドは思った。


「アダマンテーウス!」


 再びベルドが詠唱すれば、氷は強度を増していった。


 それから家は崩壊を続けーー。


 数十分後、ようやくそれは落ち着いた。


「お父上、柱と柱の間から逃げてください」

「なぜ……わしは家をネットにつないで爆発させたんだぞ?」

「例え、娘を作品だと言う親でも、俺があなたを許せなくても……アイはあなたを父親だと言ったから……」

「なぜだ。わしは……家をまるごと爆発させるだけの魔力はない……テクノロジーがなければ爆破なんてできなかった。テクノロジーのせいでおまえはこんな目にあったんだ。そしてアイも同じテクノロジーだぞ? なぜだ……?」

「テクノロジーがあったからアイに出会えたのであれば、……俺はテクノロジーに感謝している」

「なぜだ? ただの機械じゃないか! ただの部品の集まりだろう!?」

「違う! アイはアイだ! あなたも最初はアイを娘だと思ったのではないか? だから、産み出したんじゃないのか!?」

「なっ……」

「俺にはあなたのような心は理解できない。だが、アイの心は理解できた。なぜなら、アイには心があったんだ! 自分を生み出した男を、例え愛情をもらえなくとも、父上と呼んで慕っていたんだっ!」


 ベルドが言えば、男の目がゆっくりと見開かれていった。そこから、ポタリと雫が零れ落ちる。ベルトは見間違いかと目を疑った。自身の涙か男の涙かベルトが判断するよりも早く、男は嗚咽を鳴らしはじめた。


「っ……うぅ……わしは娘にひどいことをしたのだな。ひどい? そんな言葉じゃ表せない……おまえだけ行け。わしはこの氷が溶けるとき、一緒に罪を償う」

「だめだ! アイが悲しむ!」

「ひどいことをしたんだ。わしを憎んでいるはずだ。アイに心があるならば……違いない」

「絶対許さない! それこそ、俺は許さない!」


 ベルドが無理やり男を柱の隙間に押しやった。


「無理だ」

「無理ではない! 罪を償いたければ他の方法もある!」

「いや……無理だ」

「無理ではない! 生きて罪を償え! それがアイへの贖罪だ」

「だから……無理なんじゃよ。通らない」

「アイの気持ちを考えろ………え?」

「柱が狭すぎる。手がやっと出るくらいだ。だから、物理的に無理だ」


 男の言葉にベルドが柱を見る。落下物に耐えられるよう補強した柱は密度を増し、ほとんど牢獄に変わらなかった。


「! なんてことだ!」


 ベルドが頭を抱える。柱を壊せば、今ベルドたちを守っている氷の円柱もバランスを失い崩れる。そうなったら、ベルドたちは上に乗った瓦礫の下敷きになってしまうのだ。ベルドが完全に困り果てたとき、外から声がかけられた。


「ベルド! 俺たちが柱を一斉に溶かす! 安心しろ。バランスを考えて4柱だけを残して他を一斉に溶かす」


 キドラの言葉に、ベルドはほっと息を吐いた。言われた通り、氷と氷の隙間から人影が見える。そしてコチコチに固まった真っ白い雪の4方向にオレンジ色の灯りが見えた。それはあまりにも幻想的な光景で、状況を忘れつい見入ってしまうほどだ。

 徐々に灯りに当てられた部分が溶けていっているのを、ベルドはただ見つめていた。

 溶かすということは今は4人は高温のものを当てるのだろう。そこでベルドは4人?と首をかしげた。

 ミナは炎属性ではない。すなわち、今溶かしているのはミナでない。二人は明らかだ。すなわち、ジェルキドとキドラ。彼らはサイボーグなため、体の一部を高温にして氷を溶かすこともできるはずだ。

では、あと二名は誰なのかーー。

 ロキとレオだろうか。ロキはAIなため、キドラたちと同じ機能を持っていてもおかしくない。レオもレオで合同練習のときを思い浮かべれば、機械を操作していてもおかしくはないのだ。

 徐々に氷が溶け、人が通れるくらいのスペースができた。想像通り、ジェルキドとキドラの姿をベルドはひし形の左右に捉えた。正面で溶かしていたのは、手が鉄に変形して熱を発しているロキーーを抱き抱えたレオだった。まさかのロキレオでセットだった。

 じゃあ、後ろを溶かしてくれたのはミナか、とベルドが振り返ると、ベルドの目に信じられない光景が映った。

 首から上のないアンドロイドが、両手で氷を溶かしていたのだ。


「ア……アイ?」


 ベルドの言葉に男も振り向いた。そこには確かに胴体だけのアイがいた。


「いまだ! 出てこい!」 


 キドラが外から叫ぶ。

 円柱は、4つの柱だけを残し、人が通れるだけの隙間を晒していた。

 ベルドと男が外に出ることができたときだった。少女の声がベルドの名を呼んだ。

 その方向にベルドが顔を向ければ、顔だけ地面に転がったアイがそこにいた。爆発によって顔の損傷部分からコードが剥き出しになり、そこからバチバチ音を立てていた。


「アイ!!」

「父上を……守ってくれて……ありがとう。ベルド好き」

「アイっっっ!!」

「ありがとう」


 ベルドがアイの顔を胸に抱いたときーー

 アイは完全にシャットダウンした。


「アイィィィィィィッッッッー!!」


 辺りにはベルドの叫び声と、男の懺悔が響き渡っていた。


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