第27話 愛と執着 ⑥
翌日。
訓練前、ベルドはアイを連れて町の劇団公演を見にきていた。アイとの関係性を心配した団員たちから半ば強制的に気晴らしに送り出されたのだ。
二人が訪れたのは「アニマル」という名の劇団で、人族、獣人族、ドワーフ族、妖精族からなる人気の演劇集団だった。そこは部下たちお墨付きのデートスポットだったりする。
劇場の座席に腰掛けながら、ベルドはアイと開演を待っていた。緊張するベルトを感知したのか、アイが口を開く。
「大丈夫? 心拍数が以上値を示している」
「大丈夫だ。ありがとう。緊張しているだけだ。ふむ、アイは何が好きなんだ?」
「アイ、『アニマル』は好き」
「ふっ。やはりおまえも『好き』という感情は分かるのだな」
「ベルも好き」
「ありがとう。俺もだ。ところでなぜアイは『アニマル』が好きなんだ? 確かに人気はあるが」
「ドワーフ族」
「ん? 確かにキャストにいるが……」
「アイの父さまはドワーフ」
アイのカミングアウトにベルドは驚いた。アイは今まで自分をプログラミングした存在を明かさなかったのだ。自分のことを話してくれたことに驚きながらもベルドは嬉しい気持ちになった。
「ドワーフはモノづくりが得意。でもある時、他の種族もモノづくりに携わり出してドワーフの仕事は奪われた。もちろん技術はドワーフの方が上。だが、新しいデザインや見た目だけが評価されるようになってから他の種族の作品の方が売れた。ドワーフの個性は埋もれた」
「それは……確かこの公演のストーリーだったな……?」
「父さまと一緒」
「劇の物語と父上の物語がということか?」
「だから父さま『アニマル』『これ』好き。父さま来てる。ベルド、父さまに挨拶して」
「父上が……ん? えっ!? っ……ああ! お、お会いする?? いいのか!?」
急に親への挨拶を薦められたベルドが驚いていると、アイがベルドの腕を掴んで立ち上がった。ベルドもそのまま立ち上がると、アイはそのまま4つ前の列の一番左の席にベルトを連れていった。突然の展開に冷や汗をかきながらも、ベルトは自分を認めてもらえるよう意思を固めると、アイの目の前に座る人物の方へと目をやった。そこには、帽子を深くかぶったドワーフの姿があった。
「お父上! はじめまして。こんなところで申し訳ない。私は王宮騎士団の団長を務めています、ベル・ド・ワイルドと申します。娘さんとはーー」
「よい。知っておる」
ベルドの言葉は遮られた。
「おまえはそれにいろいろ教えてくれたようだな、感謝する」
「いえ、とんでもない! 俺こそーー」
「おまえはそれに真実の愛を学ばせるにどれくらいかかる?」
「? 私は、アイさんとは末永く一緒にいるつもりです。AIだろうがそれは関係ない! 時間をかけてゆっくりと愛を育んでいきたい。そうしたらアイさんもきっと人を愛することを知るはずです」
「なるほど、な。おまえはまるでそれを人間のように語るな」
「? アイはアイですよ? 例え、機械でも俺にとっては大事な恋人、お父上にとっては大事な娘さん、ですよね」
「はっ。何をいう。わしはそれを娘だと思ったことはないわ。ただの作品だ」
「お父上!!」
ビーッッッッ
『まもなく公演が始まります。回りのお客様のご迷惑になるようなことはお控えください!』
ベルドの声に重なるよう、開幕の合図が流れた。とたんに周囲が静まり返り、つっ立ったままのベルトたちの方へ怪訝な目が向けられる。幸い、劇場内は暗いからよかったものの、騒ぎを起こせばベルトが立場ある者であることはたちまち知れ渡るだろう。ベルドはぐっと堪えて、劇が終わるまで待つことにした。
楽しみにしていた劇には集中できず、ベルドはアイの父親が言った言葉の意味を考えていた。
ーおまえはまるでそれを人間のように語るな。
いったいそれはどういう意味だろうか、そんな疑問と嫌悪感がベルドを襲う。それに、「作品」という言葉も、ベルドの中で引っ掛かっていた。
ベルトのモヤモヤした気持ちは、役者のドワーフの名演技によってさらに高まっていった。仕事を奪われたドワーフの恨みを役者はリアルに再現していく。その「怒り」が「苦しみ」が「悲痛さ」が、なぜだかアイの産みの親と重なってしかたがなかった。
柄にもなく、早く終わってほしいなんて、普段のベルトなら役者に失礼だと嗜めることを、ベルトは願わずにはいられなかった。
ビーーーーッ
『ありがとうございました!』
長い待ち時間が終わり、ようやく劇が閉幕した。すかさずベルドがアイの父親の姿を探す。
「お父上! さっきの話は!」
だが、ベルドが先ほどアイの父親と会った場所に向かったときには、ドワーフの姿はそこにはなかった。
「アイ……」
「どうした、ベルド」
「楽しかったか?」
「はい。よいデータが取れました。ベルド、ありがとう」
「そうか。なら、よかった」
ベルドが安心したように微笑んだ。
アイの父親に聞きたいことを聞けなかったことは残念だったが、アイが楽しめたなら、ベルドは今はそれで十分だった。
帰ろうかとベルドが言おうとしたとき、アイが口を開いた。
「今日は父上から帰ってくるようメールがあったから、王宮には帰らない」
「わかった。おまえは城から出るのとは違い入るのは俺と一緒のときしかできないから、明日門に迎えに来る。とりあえず今日はありがとう。送らせてくれ」
「わかった。でも送りはいらない、ほら」
アイがベルドに端末を見せる。アイのアンドロイドの手首と繋がれた端末をベルドが覗き込めば、そこには父親からのメールの受信画面が開かれていた。
ー劇場前で待っている。今日は一緒に帰宅してくれ。ー
そうメッセージがあった。結局、ベルドは劇場の入り口でアイと別れ、不安を抱えながら一人宮殿に向かっていった。
◇
翌日ー。
ベルドは門の入り口へと向かっていった。アイを迎えに行くためだ。
ベルドが門のところへ到着すれば、そこにはアイの姿があった。そして門番の男とアイが何やら揉めているのがベルドの目にはいった。
「どうした!」
「ベルド! おい、おまえからも言ってやれ!」
ベルドの問いに答えたのは、アイではなく門番の男だった。そしてその男は、ベルドの親友である男だ。
「ジュード……久しぶりだな。いや違う! 何があったんだ?」
「この子さ、おまえの彼女だろ?」
そう言って男はアイを指差した。
「なんか好意伝えられてんだけど。いや無理だって」
「何をいっ「ジュードさん、好き。付き合って」
信じられない、とベルドがアイの方を凝視した。
なぜなら、彼女はベルドの彼女だ。
なぜなら、彼女は昨日ベルドとデートに行った。
正真正銘ベルドの恋人だったから。
「アイ、何を言って……!」
「ベルドはもういい。ジュードさん好き」
言葉を失う友を見て、男は大きなため息をはいた。
「勘弁してくれよ。俺、友達の彼女奪う趣味はねぇ」
「ジュードさ「ベルド。俺は確かに女好きだが、友達の幸せ奪ってまで女欲しくねぇよ。さっさと連れていくか追い返すか決めてくれ」
「!! すまない」
自身に背を向ける友人を見て、ベルトはいたたまれない気持ちになった。ベルトはぐっと唇を噛んで、アイの手を取ると王宮の中へと進んでいった。
◇
昨日に続いてなかなか訓練に現れないベルドを、部下たちは再び心配していた。今度はちゃんと遅れる報告が入っていたが、いつまでたっても現れないベルドに団員たちがまた泣きべそを書き始めた。それにミナがイライラした結果、ベルドを探しに部下数名とミナ、レオが部屋へと様子を伺いに行くことになった。
ミナたちがベルドの部屋の前に着いたとき、中から言い争う声が聞こえてきた。
「アイ、いったい何があったんだ?」
「ベルドはもういらない」
「俺がだめなところがあったら言ってくれ!」
「ジュードに会いに行く。どいて」
「待ってくれ。あいつはいいやつだ。不誠実なことはあいつにしないでくれ。それより、理由を教えてくれないか。何かあったのか?」
「やだ! ベルド! いらない! ジュード! ほしい!」
「いい加減にしないか! なんでわかってくれないんだ!!」
ベルドがアイに問いただすのと、ドアが勢いよく開かれるのは同時だった。
「もう無理ッスよ。普通こんなに真っ直ぐ感情を向けられたら、『罪悪感』『後悔』『悲しみ』とかいろいろ感じるはずッス。普通の人間なら」
「私もお姉ちゃんに叱られたら、胸がこう締め付けられて、もうお姉ちゃん悲しませたらダメだってなるの! そんなの機械にはわからないわよ」
ベルドを弁護するように、ミナとレオが口を開いた。
「ミナ殿……レオ殿………」
「勝手に聞いてすいませんっス」
「で、でも! サイテーよ、その女!」
ミナとレオがきっとアイを睨み付けた。そんな二人にベルドは冷静さを取り戻し、すかさず二人に頭を下げた。
「俺のためにありがとう。だが……アイも混乱しているのかもしれない。俺が……気持ちを焦りすぎたんだ……時間をかけて学習させたら、アイも分かってくれるのではないだろうか……」
弱々しく、だが、目に力を入れて、そう答えるベルドに「いや無理ッスよ」とは、さすがのレオも言えなかった。
「あくまでアイを信じたいんスね。……もしかしたら何かエラーがあったのかもっス。博士とロキのところに確認にいくっスよ……」
レオの言葉に、ベルドは力なく頷いた。
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