第26話 愛と執着 ⑤
ベルドがキドラたちに頭を下げ、アイの手を握って去っていくと、キドラたちは食事に向かうことになった。
「機械って『叱られた』てことは理解できるわけ?」
そういえば、という風にシークがキドラの方を振り向いてそう尋ねた。キドラが怪訝そうな顔をシークに返せば、シークはそのまま続けた。
「いやさ~ベルドめちゃくちゃ心からアイに訴えかけてたじゃない? それをさ、俺は『うわぁ~青春だな~ヒューヒュー』て感じで眺めていたんだけどね~」
「………………」
「あれでまじで機械が理解できていなかったらさ、無機物にひたすら訴えかけてたわけじゃ~ん」
「………何がいいたい?」
「いや……そう思ったらなんかめちゃくちゃシュールだよねぇ~じわじわウケてきたんだけど~」
「おまえの方が心がないんじゃないか? ドン引きだ」
心からの軽蔑をキドラが示す。いつもはキドラの脳内物質から感情が測定され、その信号によってキドラの顔が動かされるのだが、今回はキドラ自ら脳に「軽蔑」を表現するよう命令した。すなわち、正真正銘、「軽蔑」の顔の正解が今のキドラだった。
「え! めちゃくちゃドン引きじゃん! いや~……ね? ベルドとは俺そんなに親しくないからさ~。いや~でもちょっと不謹慎だったかなぁ。まさかキドラに指摘されるとは」
気まずそうに笑って誤魔化すシークを押し退け、レオがキドラに続きを促した。レオはもはやすっかりAIオタクだった。
「AIは自分が取った行動が良いか悪いかは数値で受け取るっスよね。それって、叱られたことを理解した、て言って問題ないっスか?」
レオの問いにキドラが少し考え込んだ。AIも学習するものであるため、当然マイナスを学ぶということは行っている。ただ、学習したことのフィードバックはコンピューターが理解できる数値で示されなければならないため、良い行いをしたら1を、間違った行動をしたら-1が与えられる。そしてそのフィードバックを行うのが、プログラミング者があらかじめ設定した「目的関数」だ。その目的関数からAIが「人を追いかけ回したこと」を-1と受け取れば、それは行為とその善悪が結び付いたということになる。
「目的関数はあらかじめ設定されたものだが、人間にも同じような仕組みがある。レオはブラックコーヒーは飲めないだろう?」
「飲めるっス」
「赤ん坊も当然苦いものを口にしたら吐き出すが、それは苦いものの接種を抑えるために脳から不快感を与える物質が分泌されるからだ。脳内分泌物質とAIの目的関数を同じくくりでみるなら、AIは人間とは変わらないなことになる」
「こら、キドラ! レオたんは大人ぶってるんだから、説明の仕方考えないと~!」
レオの顔がぎょっとするくらい黒く染まっていく。内心腹立たしさを感じながら、それでも知的探求心の方が上回ったのだろう。怒りを含んだ声になりつつも、レオが続きを促した。
「だが、人間の学習は機械のようなプラスマイナスの二値ほど単純じゃないはずだろう? 俺は感情をデータ化して把握しているが、最初シークを見たときは『拒絶』『恐怖』『気持ち悪さ』『吐き気』がデータ化された。一つの現象に対して得る学習が多すぎる」
「なるほど……「え? そうだったの!? めちゃくちゃリアルじゃん。え! まじで思ってた?」
シークを無視して、それに、とキドラが口を開いた。
「アイリスをつけまわしたら-の評価されたAIがそれをどのように学習したかはわからん」
問題は「人を追いかけること」の分類だ。一概に人を追いかけるとしても、状況によってはそれが必要なときと不適切なときがある。その使い分けまでをコンピューターが学習したとは思えなかったのだ。
「確かに……じゃあ、シークさんのゲス発想通りかもしれないッスね……」
「あんたら誰かを貶しながらじゃないと話せない病なの?」
アイのことをあれやこれやと語る男たちを黙って眺めていた女性陣を代表して、ミナの呆れた声が投げられた。
◇
翌日。前日と変わらず予定は合同任務のはずだが、ベルドはいつまで立っても現れなかった。団員が心配そうに、上司の到着を待ちながらその身を案じていた。「団長……」「団長……」と数名の口から心配の声が漏れ出ると、アイリスがキドラに目配せをした。
「……なんだ」
「かわいそうですよね、皆さん」
「心配しすぎだ。上司コンプレックスか。ただの寝坊か迷子だろ」
「違いますよぉ! 団長はいつも訓練の30分前にはいます! 寝坊なわけないです」
「団長は合同訓練楽しみにしすぎて1時間前には訓練所にきて自主トレしてるんすよ~!」
キドラの声が聞こえたのか、数名が反論する。
「キドラさん。何とかできませんか? テクノロジーでベルドさんを探したり……?」
「なんでわざわざやつを探さねばならないんだ!」
「「「「お願いします!」」」」
団員が団結して、キドラにバッと頭を下げる。だが、キドラがそれに首を縦に降ることはなかった。
「断る……」
「「「キドラ殿!!」」」
「おい……」
「「「どうかお力をお貸しください!」」」
「やめろ……」
なかなか首を縦にふらないキドラを見て、団員のうちの一人が声を張り上げた。
「キドラ殿に誠意を込めて例のかけ声いくぞ!!!」
「「「イエッサー!!」」」
どんどんキドラの顔が不安に染まっていく。
その後ろでシークはすでに笑いの準備ができていた。
「神様アイリスさまぁぁぁー?」
「「「キドラさまぁぁぁ!!」」」
「この度はぁぁー?」
「「「あっそれ~!」」」
「誠意を込めてぇぇー?」
「「「あっそれ~!」」」
「我々の願いを叶えたりぃ!!」
「やめろ!!降参だ!」
キドラの叫び声にシークの大爆笑が響き渡った。
「あっはははははwいっひひひwwwさすが! あーひっひっひwwwやばい! ウケんだけどwwww」
「やはり、シーク殿が考案されたかけ声の効果は抜群だったな!」
「さすがっす!」
興奮しきった団員たちと、始終真顔でやり取りを眺めていたメンバーに囲まれ、キドラはげっそりとした表情で、頭上に画面を表示した。
「はぁ……国全体の監視カメラだ。あいつの体格にまつわる情報と照らし合わせて、あいつが映った監視カメラの映像をピックアップする……はぁ。これでいいか? 満足か?」
キドラが示した画面に感嘆の声を上げながら、団員が画面に釘付けになった。
キドラが該当するデータを取捨選択していく。
だいぶ候補が絞られたとき、団員の一人が声を張り上げた。
「あ! 団長だ!」
一人が叫べば、他もそれに注目していく。そこには確かにベルドが写し出されていた。その顔は深刻そうだ。
『つかまえろー!!』
画面の向こうから、人間の王の声が聞こえてきた。
『余のペットぉぉぉ!!!』
画面に見切れて青い何かが孟スピードで動くのが映った。
『待て! 帰ってこい!』
続いて、ベルドの叫び声も聞こえてくる。
『魔法は使うなよ! 余のペットは傷つけるなよ!』
『承知しました!! ……っ! だめだ! 全然捕まらないっ……!』
青い何かを必死に捕まえようとベルドが踠くが、すばしっこいそれはなかなかベルドの手に収まらないようだ。それどころか、まるでおちょくるかのようにベルドと国王の回りを旋回しては高く舞い上がっていった。
それがベルドの顔目掛けて突進したとき、『つかまえろー! いまだ!』と国王が叫んだ。
しかし、ベルドはそれを避けてかわした。
『何やっとんじゃぁぁぁぁあ! 今ちょうど貴様の目がキャッチしそうだったのにぃぃい!』
『お言葉ですが、あの速度のままぶつかれば俺の目はもちろん、あのこも無事ではすみません! くちばしが折れる速度でした!!』
『ならよし!! さっそく捕まえろ!』
そして、再び、ベルドが青い飛行物を捉えようと動きだした。
そんな光景を画面越しに見ながら、団員たちは自分たちの上司を応援していた。さながらスポーツ観戦だ。
そしてサラが呟いた。
「あれ訓練にいいな。取り入れるか。」
そして、見る側とは違い、捕まえる側はハードだ。高速で飛び回るそれを傷つけないように、ベルドは必死に追いかけていた。
ついにそれは飽きたのか、進路を変えて廊下をまっすぐ突っ走っていった。もちろん人にあたったら危険だ。顔色を変えて、ベルドがその後を追った。
それが突き当たりの廊下まで飛んだとき、廊下の角から人影が現れたことで、それは速度を急に緩めた。
その角からアイが現れる。
『アイ!! いいところに! 頼む! そいつを捕まえてくれ!』
しかし、ベルドの頼みはむなしく、アイは微動だにしなかった。
結果それは逃げるわけでーー。
『アイ~!』
情けない声を出して、ベルドがアイに駆け寄っていった。
『私はちゃんと捕まえませんでした』
『アイ、一緒にあれを追ってくれないか?』
すかさずベルドがお願いすれば、アイは首をふった。
『追いかけません。捕まえません。付け回しません。投げつけません。睨みません』
なら仕方がないない、とベルドがアイの横を通り抜けて、逃げた生物を追おうとすれば、それより早くアイがしゃがんでベルドの足を掴んだ。
バッターーーーン!
当然、ものすごい音を立ててベルドが顔面から床にダイブする。
『恋人の約束は一方通行ではだめ。ベルドも守って。私以外を追いかけない。捕まえない。付け回さない。投げない。睨まない。わかった?』
『い、いまそれどころじゃ……!』
『余のペットぉぉぉぉ!』
『ほら、頼む今はーー』
『追いかけない。捕まえない。付け回さない。投げない。睨まない。分かっタ?』
膠着した状況に、飛行物の勝利が確定しだしたときだった。
『あーせからしいせからしいにゃー! 研究室にまで届いてるにゃ!!』
『ロ、ロキ殿! それを捕まえてくれ!』
『にゃ? それとは130m先を秒速10mで移動しているあの飛行物体かにゃ? あれは……スキャン完了。愛玩生物チョタン。好物は甘味。なるほどにゃ。ミィーの体からおまえの好きな香り出してやるからおいでにゃー』
そう言うやいなや、ロキのお腹から網目状の穴が現れた。
そして、そこから放たれる香りに逃げ回っていたそれが近づいたとき、ロキはそれを捕まえた。
『人工香料に誘われるとかおまえ本当に好物なのにゃ~』
ロキが捕まえたそれを国王に渡すと、国王は大層喜んだ。
『でかした!! 一瞬猫にやられると思った……あー焦った』
そう言うと、国王はゆっくりと踵を返していった。
どうやら解決したようだと画面越しにキドラたちは
ほっとしていた。たが、自分たちの団長が活躍しなかったことに、団員たちは不満そうで、すっかり落ち込んでしまっていた。
結局、ベルドと合流した一行は士気の上がらないまま訓練に励み、サラの叱責する声がいつも以上に響いていた。
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