第24話 愛と執着 ③

 翌日。キドラが訓練に向かうと、ベルドの恋人の話でもちきりだった。


「おまえら、よく他人の恋だのなんだので盛り上がれるな」


 キドラがあきれたように言うと、団員たちがむっとしたようにキドラに返した。


「やっと団長に幸せがきたんだぜ! ワクワクするにきまってるだろ!」

「一に訓練二に仕事三に訓練四に仕事エンドレスの隊長にやっっっっと春がきたんだ!」

「全く興味が湧かない」

「まあまあ、うちのこ、まだ恋愛を理解するには早いから~」


 キドラに怒りのオーラを送る団員をすかさずシークがフォローする。それに馬鹿にされたと思ったのか、キドラがシークに怒りのオーラをよこした。


「え。どっちにしろ、どっちかが怒る運命なの? ……いや、どんな運命やねん!」


 シークが一人のりツッコミをし出したとき、本日の話題の主役がやってきた。


「遅くなってすまない!」

「いや、まだ訓練開始5分前っす! 隊長!」

「それより、例の話聞かせてください!」


 隊長が来るやいなや団員たちがその回りを囲み出した。


「れ、例の話?」 

「隊長の彼女についてですよ、やだな~!」


 団員の言葉にベルドがぎょっとした。


「もう知ってるのか! 早いな……」

「キドラの仲間に情報屋がいるみたいです。それより、話を!」

「ああ。まあ、隠すこともないからな。実は、恋人ができたんだ!」

「「「知ってます!! ネクスト!!」」」

「お、おう……」


 こうしてベルドが話し出した。


            ◇


 事の発端は1週間続くストーカー被害にベルドが悩まされていることだった。騎士団団長ともなると回りの評価も高い上に、ベルドの男前な風貌は常に熱狂的なファンを絶やさなかった。

 ベルドは王宮騎士団に所属していることもあり、王宮の中の騎士団寮を生活のベースとしている。そんな彼の寮に匿名のラブレターが届くようになったのだ。王宮には関係者しか入れないため、考えられるのは王宮の誰か。あるいは外の者ならそれは王宮への侵入者を意味する。ほったらかしにしていては王宮の治安が良くないと思ったベルドは、さっそく王宮の監視カメラをチェックした。

 監視カメラに写っていたのは王宮に使える専属の使用人がベルドの寮の部屋に手紙を入れているところだった。使用人ともなれば掃除や給仕のついでに、怪しまれずに手紙を入れられるはずだとベルドは一人納得した。

 さっそく次の日、ベルドは隠れて使用人が手紙を入れるのを待ち伏せていた。そして、使用人が行動に起こしたとき、ベルドは捕まえたのである。

 騎士団は基本的に男性が所属している。サラのような騎士団にも所属せず国王の護衛をする女性はまれに見るレアケースだ。すなわち、寮にも男が集まるはずで、当然使用人も男である。

 だが、ベルドは恋愛は自由だという考えの持ち主だった。別に本人同士が納得していればどんな形の恋愛でもいいではないかと。

 そう、あくまでも本人同士が納得していればだ。

 一方が不愉快だったらそれはアウトだ。だから、ベルド的にはこれはアウト事例だった。

 男をつかまえ、ベルドはさっそく言う。

 なぜなら、早いうちがいいからだ。


「すまない」

「え?」

「俺は、おまえをそういう風には見れない」

「へ? ……あ。あ! あ、ああ! ち、違います! やめてください! 俺はそんな気ないです!」

「ん? なぜ立場が逆転してるんだ? そんな気ないのは俺だぞ?」

「ちがっ! そんな気持ちはありませんて!」

「だから、そんな気持ちがないのは俺だ!」

「ちがっ「頼む。落ち着いてくれ。おそらく今俺たちははたから見たらさぞ滑稽なやり取りをしていることだろう。ちゃんと説明してくれ」

「だ、団長様は俺……私が手紙の主と思ってらっしゃるんですよね?」

「ああ」

「違うんです! 俺は頼まれたんです!」


 男の言葉にベルドは眉を寄せた。


「頼まれた? 誰に……?」

「し、知らないです。バイトだったんで……」

「バイトだと?」

「も、申し訳ありません!! 小銭欲しさに、メールに送られていたメッセージの依頼を受けてしまいました!」


 男はそう言ってメールの画面をベルドに見せた。そこには、【アルバイト募集 団長様に思いを伝えるキューピッド 300ヴォル】と書いてあった。アルバイト内容としては、夜明け前の丑の刻に門外の壁に手紙を置いておくため、それを騎士団長に届けてほしいとのことだった。つまり、差出人は王宮の関係者ではない。怪しさ満点のバイトだった。


「怪しいものを鵜呑みにするな!」


 すかさずベルドは男をひどく叱り、もう怪しいバイトに手を出さないことを約束させたのだった。

 だが、怪しい者をただ怪しいと流せないのが騎士団だ。王宮に蔓延る不安要素は確実に排除しなければならない。王宮で最もテクノロジーに詳しいという研究所をベルドは訪れた。


『これは迷惑メールというよりかはストーカーメールにゃ。ん~。博士ちょっとハッキングしていいかにゃ?』

「どうしても治安維持に必要ならな……」

『めちゃくちゃ必要だからちょっとハッキングするにゃ。ふむ。おそらくバイトはそいつだけじゃないみたいにゃ。使用人17名のうち全員に一斉送信されてるにゃ。目的はなににゃ。ん? サーバーは……王宮の外にゃ!?』

「ふむ。そこまでわかったら仮説が出せるな。おそらくベルド殿に手紙を送るようメールしたのは町の外の人間じゃ。それはつまり身分が低い者。身分違いの思いを手段を使わず伝えたかったんじゃないのかのぅ?そしてバイト代300ヴォルというのはきっと嘘じゃな。詐欺罪に不正アクセス罪。犯罪をやらかすくらいじゃ。そうとう差出人はベルド殿に入れ込んでおるな。どうじゃ、確率は」

『類似事件件数30。十分にあり得るにゃ』

「まだ仮説だがどうする? 国の捜査状を出してもらうか?」


 ジェルキドの言葉にベルドは首をふった。


「俺はめったに町にはいかない。だから心当たりがある……。当たっていれば、その子はまだ子供だ。王宮から指名手配されたと噂が広まれば少女のその後が大変だ。話をつけてこよう」 


 ベルドは自ら事件を解決することを決めたのだ。

 心当たりとは、ベルドが年に数回の町の下見に出かけたときに、いじめられていたとある少女を助けたことである。少女はお礼を、と聞かなかったが、ベルドは立場上それを断った。

 ベルドはその少女ではないかと思ったのだ。

 案の定、ベルドが町に下りれば、王国騎士団団長の出現に見物に出てきていた町の住人に混じって、見覚えのある少女がベルドを見つめていた。

 そこでベルドはこの先のことを考えていなかったことに気づいたのだ。

 そうーー。

 脳筋なベルドは後先考えずに飛び出してきたのだった。町に出たはいいものの、身分上、下手に少女に話かけられない。それに自分の行動で少女を傷つけるかもしれないのだ。

 ベルドがどうしようか迷っているときだ。横から腕を引かれたのだ。ベルドがそちらを見れば、そこには人間とは思えないほど目を引く、金髪青目のそれはそれは美しい女性がいた。

 女性はベルドの手を引くと、その耳元で言ったのだ。


「お助けします。話をあわせてください」


 と。ベルドがわけがわからない状態を引きずっている間にも、国の花形と女性の距離が近いことに、町はざわざわと騒がしくなっていた。そんな中女性が口を開く。


「町の皆さん、はじめまして。私、ベルドさまの恋人のアイと申します」


 女性の言葉にベルドはもちろん、町中がパニックになった。そんな中、女性が空に画面を映し、そこにキラキラと輝くプラネタリウムを展開した。

 町の住民がそれに釘つけになる。


「本日はお日柄もよくーー。いえ、間違えました。マイナス1。本日は幸運にも曇り模様です。皆さんの脳内伝達物質の乱れを感知しました。ゆえに一度、プラネタリウムで呼吸を整えてください」


 破天荒な女性の言動に町中がポカーンとしていた。


「私はベルドさまの将来を見据えて、ベルドさまの恋愛をサポートするAIです」


 AIて例の?とまた騒がしくなると、今度は画面上にライオンの威嚇動画が流れた。 


「静粛に。さもないと、ライオンが出てきます」


 とたんに当たりは静まり返る。


「実はベルドさまは四方八方から求婚の話が絶えず非常に疲弊されているのです。そこで、国はAIがベルドさまの恋人になれるのかを実験的に試みることで、ベルドさまの奪い合いの解消とベルドさまの恋愛成就をなし得るかを実験しているのです」


「ベルドさまの奪い合い」のところで笑いが起こる。もはや、エンタメと化した状況の中、一人の少女が叫んだ。


「ベルドさまは私のだ! 泥棒猫が!! おのれぇぇぇ!」


 シーンと静まり返る中、アイは続けた。


「それは不可能。ベルドさまは皆に等しくあることを選ばれた。そこでAIがベルドさまの恋人になれるか検証中なのです。なお、ベルドさまに不用意に近づくものは国からお咎めがございますのでご注意ください」


 アイが淡々と述べれば、当たりは悲鳴に包まれた。だが、「機械ならまだ……」との諦めから妥協にいたる声がちらほらと出始めた。機械であるということは相当大きい要素であったようだ。回りは完全に納得のムードが漂っていた。誰かが祝福の拍手をすれば、たちまちそれは伝染していく。先ほど取り乱した少女はすぐに泣き出すと、踵を返して走り去っていった。

 結果、アイというAIのおかげで、ベルドはスムーズにストーカー問題を解決できたのだ。国の実験だと言われれば、一市民が王宮所属の人間に容易く手を出せるわけはないのだから。

 その後、ベルドは王宮と町の境目にアイを連れていき、礼を述べた。

 それに対してアイは淡々と述べたのだ。


「私は、あなた様が困っているだろうと推測しました。困った人はほっとけません。だから助けました。気にしないで。私は今帰る場所がない放浪AI。私は私の言葉に責任を持たねばなりません。ベルドさんの恋人のふりします。ですが、私は帰りません」

「ちょっと整理させてくれ。……君は俺を助けてくれた。人助け。それはわかった。ありがとう。そして、君は自分の言葉に責任を取るため、俺の恋人のふりをしてくれるんだな? そして、君は帰る場所がない。なら、俺についてこないか? 俺の恋人として。どのみち、王宮の名を出したからには事後承認を得ないと、君が罪に問われかねない。俺を助けてくれた君を、ひどい目に会わせたくない」


 ベルドがアイに提案すれば、アイは承諾した。

 そこで、さっそくベルドは少女を王宮で保護するよう王にお願いに行ったのだった。最初はお咎めを覚悟していたベルドだが、以外にも王の反応はよかった。


「おまえに春ねぇ。余は賛成だ。でも見知らぬAIはウイルスがなんたら言うからなぁ。でも、おまえの春ねぇ。後者がめちゃくちゃ興味ある。ゆえにいいよ」


 王は楽しそうにニヤニヤ笑っていた。


「ただ、おまえが四六時中見張ること。訓練時は博士のところに預けとけ。女だが……AIならもう寮に連れていってもいいだろ。団長室は他と結構離れてるし」


 そういうわけで、ベルドはアイを寮に連れて帰った のだ。

 それから、ベルドは一晩中アイと話を交わした。最初はAI特有の賢さにベルドは感心していた。自分とは違い、アイは頭がよく機転が利く。そこにベルドはひどく惹かれたのだ。そして、困っている人を助ける、という心構えにもーー。

 そこで、ベルドは提案したのだ。

 恋人のふりではなく、実際に付き合ってみないか、と。

 それにアイは頷いた。それはすなわち、ベルドの初の彼女の誕生だったーー。

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