第23話 愛と執着 ②
「最初はミナとマルクスだ! ルールはどちらかがギブアップするか、私が勝敗を判断したら即終了! いいな?」
対戦日当日ーー。
サラに言われて、ミナとマルクスと呼ばれた男が訓練所の真ん中に向かい合っていた。
マルクスと呼ばれた男は、鼻から口にかけてカーブ上の傷がある強面の男だ。その長身は200mを越えていた。
素直に言おう。
「お姉ちゃん、これはあんまりじゃない? ひどいわ!」
ミナが50cm以上も上を見上げて、真顔で言った。
「しかたないだろう。アミダで決めたんだから」
「実力差っっ! レベルでちゃんと決めてよ!」
ミナが憤慨する。だが、すぐに得意気な顔になって、横にいたロキを指差した。
「でも、まあ、いいわ。こっちにはロキがいるのよ! ロキと一緒に戦うんだから楽勝よ! ね、ロキ!」
『やっぱり辞退していいかにゃ?』
「はぁぁ?? ダメっ! 同じ猫型でしょ!? 見捨てるの?」
『だって、相手見てみるにゃ。肉体の強度は、ボディビルダー世界選手権チャンピオンとほぼ同格とのスキャン結果にゃ。そして圧力推定370km。猫とか関係なしにぶっ潰されそうにゃ』
ロキが死んだ魚の目をしながら対戦相手を眺めた。
鋭い眼光やピクリとも動かない男からは、無慈悲な印象が伝わってくる。猫だから女だからといったことは通用しなさそうだ。ミナが顔を青ざめていく。
すると、男の口が開かれた。小さなか細い声だった。
「猫だ……かわいい……」
「『いやギャップ!!』」
ミナとロキの声が重なった。そして、二人の心情も一緒だった。すなわち、二人は、見た目ほど男が乱暴的ではない可能性を見出だしていたのだ。
ミナとロキが顔を見合せて頷く。
そして、試合開始の合図が鳴ったーー。
ミナとロキは完全に油断していた。声やしぐさから、男は見た目ほどパワフルではないだろうと油断していたのだ。
しかし、すぐに直感の大事さを知ることになる。印象は一番最初であっていたのだ。
試合開始と同時に、マルクスが腕をグーの形に握り、高いところからミナたちがいる地面に振りかざした。ガッコン!と鋭い音と同時に地面に穴が開く。それを見て、ミナとロキは顔を青ざめた。
マルクスはハンデとして、魔法は使わないと言った。言ったが、魔法を使わないでこの威力はもはや人間技ではない。
ミナが完全にすくんでいると、再び拳が振り落とされた。
「アドサーゲル!」
先ほどマルクスが砕いた地面を利用して、ミナが風魔法で瓦礫をマルクスに投げつけた。
向かってくるそれをマルクスは空中で叩き割る。
「『あらま』」
ミナとロキの声が重なった。
『じゃないにゃ!』
「どうしたらいいのぉ!! 無理ゲーじゃない!」
『とにかく、あいつのスピードはミナの5倍にゃ。攻撃より避けること優先にゃ。猫は内側にも外側にも前肢を動かせるにゃ。ミナも両手両足でやるにゃ』
いうや否や、マルクスが再びミナに拳を振りかざした。真正面からきたそれを背中を反って避けるミナに、ロキが叫んだ。
『いまにゃ! 右足を外側に!』
マルクスの攻撃を避けブリッジ状態だったミナだったが、ロキの指示になかば条件反射で体がぐにゃっと動いていた。足がマルクスの又にヒットする。マルクスはびっくりしてミナから飛び退いた。
「い、いたたた……この体勢からどうすんのよぉぉ!」
『猫は体を180度回転できるにゃ。そのブリッジから180回転して、人間フリスビーになるにゃ!』
「人の体だからって調子のるんじゃないわよぉぉ! このサイコパスAIがああああ!」
ブリッジしたまま叫ぶミナのお腹目掛けて拳が振り落とされる。
サラがマルクスに止めるよう言おうとし、マルクスもそのつもりでいたとき、ミナの体が180どころか360度横に回転し、マルクスを撥ね飛ばした。
『うっわあ! ひゅーひゅー! テンション漠上がりにゃ!』
「私の体が! やばいんだけど!」
体を強張らせながらミナが起き上がったとき、マルクスも立ち上がった。
その顔はガチである。目には炎が燃えていた。
「『え』」
「無理無理無理無理! ロキどーするのぉ!?」
『無理いうなにゃ。猫は戦闘特化よりかわいさ特化にゃ生物にゃ! あんな化け物とは戦えないにゃ。猫らしく爪で引っ掻いたらどうにゃ?』
「急に投げやりはやめてよ!」
『なら、本来の猫らしくかわいさアピールするかにゃ? ミナ……はたぶん無理だにゃ。半分人間だし』
「はあああ!!??」
そうこう言う間にもマルクスの拳が風を纒いミナに襲いかかった。
「きゃああああああああ!」
ミナが頭を抱えてしゃがみこむ。
だが、ミナの頭にマルクスの拳が届く前に、バシッという音が訓練所に響いた。ミナとマルクスの間にサラが入り、受け止めたのだ。
「うっ……うっわああああああああん! お姉ちゃ、怖かったよぉぉ!」
ギャン泣きするミナに正気を取り戻したマルクスがおろおろとし出す。
「勝負あり!」
サラが声を張り上げた。
「第1試合はーーミナの勝ちだ。」
サラの言葉に辺りがざわざわと騒がしくなった。
「マルクス、貴様は魔法は使わないという約束だったな? だが、それを忘れて使おうとしただろ。だから、貴様の敗けだ。言ったことも守れずに、国が守れるか? ああ?」
サラの言葉にマルクスが頷いた。
「非戦闘要因て聞いてて油断していた僕が悪い……ミナごめんなさい。ミナ強い……」
「あんた僕っこなのぉぉぉ!?」
ミナが泣きながらツッコんでいた。
◇
「二回戦はレオとトルドーだ」
サラのコールでレオとトルドーと呼ばれた男が中心に立った。男は緑色のおかっぱ髪の前髪を長く伸ばした、マルメガネをかけたおとなしそうな男だった。
「きみは……魔法使うのかい?」
ゆったりとした口調でトルドーが問う。
「魔法は……たぶん使っても勝てないっス」
「ふ~ん。ま、どっちでもいいけど」
「でも、実力差を埋めるために、こっちはテクノロジーを使わせてもらうっス」
「まあ、なんでもいいよ……さっさと終わらせよ」
男が余裕そうにあくびを溢した。
「うそでしょ?」
そう唖然とするのは、先ほどまで余裕そうにしていた男だ。
レオはテクノロジーの使用許可を貰うと、訓練所を後にした。そして、数秒後、大型のロボットに乗ってやって来たのだ。操縦席で機体を操作しながらーー。
ロボットは二本足でドスドスと重い音を立てながらトルドーの前まで歩み寄って行った。
引き気味でサラが試合開始を合図する。
「メカ丸1号、いくっスよ! まずは、多鉄砲乱射っス!!」
そう言って、レオが操縦席のレバーを操作すると、ロボットの腹部分から銃口が4つ現れた。
「発射!」
「ちっ! 本気ださなあかんやん!」
先ほどまで眠そうにしていたトルドーの目が開かれる。切れ長の目が真剣な眼差しに変わった。
ダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンッッ!
銃が乱発射される。それを避けながらトルドーが魔法を放った。
「乱射しすぎやろっ! ……っ! ウラム!」
訓練所の出入口から大量の砂利が吸い寄せられるかのように集まり、メカマルの発射口に入り込む。発射口がつまり、銃が使えなくなった瞬間、すぐさまドルドが魔法で反撃を仕掛けた。
「スカンデーレ!!」
地面が割れ、隆起する。割れた地面からは土が顔を覗かせ、再び盛り上がっていった。
レオの乗ったロボットがバランスを壊して倒れかける。ロボットのアーム部分がなんとかバランスを取ったが、ロボットは傾いたままで、レオが苛立たしげに舌打ちした。
「俺と同じ土属性っスね……俺と違って使いこなしている。本当に才能ってのは厄介っス。けど!! 俺にはテクノロジーがあるっス! テクノロジーが無能を越える瞬間を見せてやるっス!」
レオがスイッチを押すと大量の水が四方八方に放たれた。
「土に水分吸わせて重くしてやるっス!」
「てめえ、ざけんなや。さっさと終わらせよゆうたやないか。腹立つな。受けてやんよ」
スイッチが入り、目が充血したトルドーが、魔法を唱え、割れた地面から植物がにょきにょきと表れた。
「土属性らしくやってやんよぉ!」
植物がロボットに向かって延びていく。レオはすぐにスイッチを切り替え、延びて向かってくる植物を切り落とした。
「伐採かよ!」
誰かがツッコむと、トルドーが笑った。
「ほんまや、自然破壊やめいや」
「あんたこそ自然破壊真っ最中っスよね!」
「そろそろ終わりやああああ!」
「こちらこそっス!」
植物が木に変化し、ロボットがノコギリを機体の腕部分に出したとき、サラの強制終了の声が響き渡った。
「終了だ! 自然に悪すぎるからいますぐやめろ!」
だが、完全に入り込んだレオとトルドーにはサラの声が聞こえていないようだった。
「いくっスよ!」
「いくぜぇぇぇ!」
「「いくなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」」
サラがロボットを、ベルドがトルドーを蹴り飛ばす。
「馬鹿ども! 両者失格だボケ!」
二人に強制終了を言い渡したサラは心底お怒りだった。
◇
「次はシークと……はぁ。ガリメロな」
サラが疲れたきった表情でコールした。なお、割れた地面はそのままだ。ハンデを背負ったままシークとガリメロの対戦が始まった。
ガリメロと呼ばれた男は、黒の髪をシンメトリーに揃えた神経質そうな男だった。
「はじめに言っておきましょう。私は不潔なもの、非効率的なもの、非現実的なもの、無駄の順で嫌いです」
「へぇへぇ」
「私は、珍しく二つの属性を持っています。あなたみたいな野蛮な方に当てられるかな?」
「風と雷とかぁ?」
「なっ! な、な、ななななななななぜ?」
男の声が上ずった。
「勘」
「私あなたが苦手です」
シークが唇をへの口にして肩をすくめる。
「なんですか、その顔!」
「真面目な人って俺が苦手みたいだよ。てことはさ、きみ真面目タイプ? しかも、ガチガチに型にはまるタイプっしょ」
「私はあなたみたいな人に分析されるのは反吐が出るほど嫌いです!!」
ガリメロが雷魔法の技を唱えながら、突風を巻き起こした。
「教科書によると、『雷魔法は消費が激しいからむやみに使わないようにしましょう。』とあります。ということは、きみ、絶対使わないね?」
シークがガリメロの真後ろでそう呟いた。
ビクッとガリメロの肩が揺れる。ガリメロは雷魔法の技を唱えるふりをしながら、風魔法を放ったのだ。詠唱しない分威力は落ちるが、雷魔法の対処を準備していた相手は当然困惑する。まさにそれがガリメロの魂胆だったのだ。だが、シークはそれすら読んでいた。
魔法が誰もいないところに放たれる。無駄を嫌うガリメロが顔をみるみるうちに赤く染めていった。完全にカンカンに怒っていた。
「あなたああああ!!」
ガリメロがひどく顔を歪めて怒り狂う中、シークが笑って、炎魔法を唱える。
「フランマ~……」
「ひっ!」
「なんちゃって~! おかえし!」
そう言って、シークはガリメロの額を人差し指で小突いた。
「鼻くそつき」
「ギャアアアアアアア!」
汚いものNGなんでしょ、とシークが言う前にガリメロは白目を向いて気絶した。
「今のところ、サラチームが優勢だな」
ベルドが言うと、ミナが苦々しげに笑った。
「まあ、だいたいずるなんだけどね。じゃないと勝てないから……」
「うむ。これは対戦ではあるが、俺たちは常に実践を想定している。実践では勝てればいいじゃないか。だから、ずるいとかそういのはないから心配するな」
ベルドが爽やかに笑っていた。
◇
「キドラは化け物だからな。キドラ vs 私&団長だ」
最後はキドラの番だった。対戦相手はサラとベルドだ。国のトップの共闘ということもあって、周りは歓声に包まれていた。
「始め!」
掛け声と同時にサラが仕掛ける。魔法は使わず、高速回し蹴りがキドラに向けられた。その後ろからベルドも足を振り上げる。前後両サイドから仕掛けられたキドラが、サラとベルドの頭上高くに飛び上がった。二人の足が交差するーー。
キドラはそのまま空中に留まって、手だけ胴体から切り離して二人目掛けて発射した。二人が避ける際に、キドラも地面に着地する。そしてそのまま加速してより近いサラに向かって蹴りを入れた。サラが避けると同時に、ベルドが剣を抜いてキドラにかかる。キドラは先ほど離脱して戻ってきた手を刀状に変形し、ベルドの剣とサラの剣を受け止めた。
武術に関してはほぼ互角だった。
「魔法を使う! キドラはテクノロジーを使え!」
いうや否やサラが魔法を放つ。それを避けず、キドラが左手で受け止めた。
「馬鹿なっ!」
「雷もうまく電力調整できたら貴重な充電源だ。雷生成は科学技術でも難しいからありがたくいただく」
キドラの左手が電力を放ち、バチバチと火花を散らす。それを纒ったまま、サラの方から180度横に回転しベルドの方を向くと、勢いをつけたままキドラがベルドの顔に手を繰り出した。
そして忘れてはならない。キドラは新幹線より早く移動できるのだーー。
ベルドが気づいたときには、キドラの顔が正面にあり、そしてキドラの電気を纒った左手が首すれすれで止められていた。
「実践なら、これを首に当てて気絶させる。どうする? 続けるか?」
「っ! 降参だ」
ベルドがギブアップを示した。サラも一人ではどうしようもないと思ったのか両手を上に挙げていた。
◇
「いや、まじもんの化け物かよ」
誰がそう言ったかーー。
一同、キドラの強さに完全に言葉を失っていた。
「僕たちも……テクノロジー纒えば強くなれるかな」
「いや、あんたそれ、キドラの言葉でいうなら鬼に金棒じゃない!」
「いや……でも憧れるよね」
マルクスのぼやきにミナがすかさずツッコむ。トルドーは憧れたように金属の体を観察していた。ガリメロはいまだに気絶中だ。
戦った相手と観戦していた騎士団のメンバーたちは、揃ってキドラを称賛していた。だが、彼らにとっては隊長が最強の認識だ。キドラに関してはもはや異次元からきた化け物という認識になっていた。
テクノロジーを導入したいという男たちに対してキドラはそれを進めることはなかった。以前ならば、テクノロジー信者のキドラは迷わず進めていただろうが、魔法を使う生身の者たちをキドラは憎からず思っていたのだ。テクノロジーで強くなれるかと問う男に、キドラは曖昧に返事をした。
「さあな。相性がよければ強くなるんじゃないか? まあ、悪かったら弱くなるだろうが。俺としてはおまえたちから更なる発達のヒントを得たいから、そのまま戦ってほしいがな」
キドラの言葉に皆黙った。適応問題がある以上、自らの体を捨て去る勇気はなかなかないようだ。
「魔法を使うやつもいれば、ロボット操縦するやつもいる。うまく使いこなして戦えるなら手段はなんでもいいのかもな。まあ、なにはともあれ、俺たちはキドラとその仲間たちを認める」
ベルドが言うと、皆も納得したようで、神妙な趣で頷いていた。だが、全て吹っ切れたわけではないようでーー。
「あーあ、結局職失うのかなー」
仲間とキドラたちの対戦を眺めていた団員たちの嘆きを聞いて、ベルドは複雑そうに顔を暗くしていた。
そんなベルドを見て、キドラが口を開く。
「俺たちの世界にはTPという組織がある。テクノロジーポリス。すなわちテクノロジーの治安を守る組織だ。こっちではまだ見かけてはいないが、テクノロジーが発展する以上はTPが必要なんじゃないか?」
キドラの言い分に、団員たちの顔がみるみるうちに明るくなっていった。
「キドラ殿! TPについていろいろご教示願いたい!」
ベルドの言葉に、余計なことをしてしまったとキドラが顔をしかめた。だが、嫌がる割には脳内でストレスホルモンの急激な増加は通知されていない。またバグだろうか、とキドラが不可解な現象に眉を寄せていた。
こうしてアルカシラにも初のTPが誕生した。
◇
それ以降、キドラたちは騎士団の団員たちとよく合同訓練を行っては、関係を築いていった。話すことといえば主に実践の話だが、団長への尊敬の厚い彼らはまれに団長の話をしたがる。ミナはそれにルンルンとしてのっかかるが、ぶっちゃけキドラたちは対して興味はなかった。
「ミナは……団長が好きなの~?」
トルドーの問いに、ミナが慌てて否定する。
「べ、別に好きじゃないわよ! ただ尊敬してるだけよ!」
「好きじゃ~ん……。でも団長のそっち方面の話聞かないなぁ」
「団長はストイックだからな」
「団長の嫁さんの顔見ないと俺らも結婚できねぇよなあ」
打ち解けた団員たちとミナたちが談笑していたときだった。
「速報っス! ベルドさんに彼女ができたっス!」
適当に話を聞き流しながらパソコンを弄っていたレオが言った。
とたんーー。
訓練所には団員とミナの発狂あるいは歓声が響き渡っていた。
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