第22話 愛と執着 ①
訓練の時間、いつも最初に訓練所にやってくるのはキドラかシークだ。続いてミナとレオがやってきて、最後にアイリスとサラが一緒にやってくる。
アイリスを一人で向かわせるわけにはいかないが、年頃の女の子を男性陣に任せるのも体裁が良くない。必然的にサラがアイリスを連れてくるのだが、なにせんサラは忙しい。よって、たいてい最後にやってくるのがサラとアイリスになるのだ。
その日も、キドラが訓練所に向かえば、アイリスとサラを除いた面々が揃っていた。
シークになんやら構われてうざそうに顔を歪ませていたミナとレオが、キドラがやって来たのを見るや否や顔を輝かせる。「相棒よ!」「相棒っス!」と言いながらシークを差し出されたキドラが、ストレスホルモンであるコルチゾールの上昇を感知したとき、訓練所にサラが現れた。
いつもはサラの横にはアイリスがいるのだが、その日サラと一緒にやって来たのはアイリスだけではなかった。サラとアイリスの後ろに見慣れない男が立っていたのだ。
サラも女性にしては長身の部類に入るが、その男が後ろに立つとサラが小さく見えるほど男は体格に恵まれていた。キドラの金属とはまた違う柔やかな金髪を短く駆ったオッドアイの凛々しい男で、推定身長190ーー。明らかに放つオーラが普通のそれとは違っていた。
「紹介する。アルカシラ王国騎士団第一部隊隊長及び総団長のベル・ド・ワイルドだ」
サラが紹介すると、男は礼をして見せた。それすら美しい動作だった。
それに興奮したのはミナだ。珍しく素直に、男に対してキラキラとした目を向けていた。
「あの団長さんなの!? すごい! 初めて間近で見たわ!」
「そんなにすごいやつなのか?」
キドラの問いにミナがブンブンと頭を縦にふった。
「団長のベルドさんは、お姉ちゃんと同じ人間王さまの側近の護衛なの! 国王さまの側近になれるのは、武術に長けているだけじゃなくて、国トップレベルの強さを持っていて、プラス国王さまが信頼置いて直々に任命した人じゃないとなれないの! だから国で3名しかいないのよ! それだけでもすごいのに騎士団の団長! めちゃくちゃ強いんだから!」
ミナが得意気に一気に話す。どうやら相当男のファンのようだった。
レオがミナの変わりようにドン引きしている中、キドラが「騎士団」をネットで検索する。アルカシラ王国最大のインターネット百科事典「アルページィア」によると、
『騎士団とは王宮やそこに住まう為政者やその関係者を護衛する組織。王国関係者の生命・身体・財産の保護及び犯罪の防止・取り締まりを目的にする最高職の一つで、政治を行う王族、法を司る裁判所に次いで、特殊な職。護衛機関の中で、王宮への出入口を守る門番や国民を守る見廻り隊とは別格の扱いを受ける。それぞれの種族の区域に種族王の宮殿があるため、騎士団はそれぞれの種族に配置されているが、国の頂点に立つ人間王の住まう王宮の騎士団である第一部隊は相当優れた者でないと入れないとされている。』
らしい。
改めてアルカシラの常識をインプットしたキドラは、ミナの興奮の理由を理解した。それほど強いとされているのならぜひ手合わせを願いたい、とキドラが対戦を申し込もうとしたときだった。それより早くミナがサラに話しかけた。
「お姉ちゃん!! 騎士団長さまを連れて来てどうしたの!? まさか特訓してもらえるの??」
「ああ。そうだ。おまえらの手合わせをしてくれるそうだ」
ミナの問いにサラが頷くと、アイリスを除いたメンバーから歓声の声が上がった。
「すっごぉい! 騎士団てめちゃくちゃハードな組織で休みないのよね? それなのに私たちに指導してくれるなんてもしかして案外騎士団って暇なの? なんちゃって!」
「ミナ冗談よすっスよ。騎士団が暇なわけないっス!」
「ミナも冗談言えたんだぁ。そうそう、ありえないって~。寝ても覚めても護衛特訓護衛特訓護衛特訓の彼らだよ~。暇なわけないでしょー!」
ミナの冗談にレオやシークが笑った。
すかさずサラが言う。
「ああ。そうだ。暇になったんだ」
「「「え」」」
「実はなアイリス護衛はもともと騎士団の仕事だったんだ。だが、結局国王さまがキドラたちを喚んだだろ? だから騎士団の仕事が減ったんだよ。まあ、騎士団は遠征に行く以外は、基本的に特訓を行いながら王宮のパトロールを行っていた。が、テクノロジー導入によりパトロールの負担も減ったからな。暇だ。仕事が奪われて暇らしい」
そうだろ?とサラが問うと、男は頷いた。
「「「………………………………………」」」
「てなわけでだ。暇な彼らが特訓に参加したいらしい」
「ああ。今回は団長として挨拶にきただけだ。皆、明日から頼む」
「いいな? よくしてやってくれ。」
サラが言うと、男も再びうなずいた。
「じゃあ、明日からなーー「いやいやいや!」……?どうした?」
「どうした?じゃないわよ、お姉ちゃん! ……嫌!」
「はぁ?」
「嫌よ!!」
「俺も無理っス!」
「お、俺も~」
ミナの全否定にレオとシークも頷いた。
「なんでだ?」
不思議そうに首を傾けるサラにミナが言う。
「私たちのせいで仕事失ったのよね!? 私そんな相手と訓練なんて嫌よ! どんな気持ちで取り組んだらいいのよ! 私そんなに器用じゃないし、シークやキドラみたいに無神経でもないから!!」
「めちゃくちゃ怨まれてそうで嫌っス」
「気まずいしね~」
さっそく拒否を示した3名に、サラが困ったように肩をすくめた。
「気にしすぎじゃないか? こいつはそんなこと気にしてないだろ。なぁ?」
「ああ。今は気にしていない」
「「「…………………(今は?)」」」
「確かに最初はあまりの理不尽さに納得がいかなかった。今まで必死に特訓してきて国に仕えてきたが、急に騎士団の仕事を休むよう王に言われたとき、頑張ってきた部下たちが哀れで、苦しかった」
「「「……………………………」」」
「だが、国王さまがお決めなさったことだ。我々は何も言えまい。だからだ。まだ心のうちで納得できていない我々を納得させてくれ。アイリス殿の護衛にふさわしい実力を示してくれ」
「「「……………………………」」」
ベルドの言葉に沈黙していたミナ、レオ、シークが顔を寄せあった。
「ねぇ、あれめちゃくちゃ怒ってない?」
「全力で潰しにきそうっス」
「俺ら、魔王退治の前に倒されそ~」
3人がこそこそ話し合い、いかに断るかを相談し出したときだった。
「承知した。受けてたとう」
キドラが勝手に承諾した。
「ちょちょちょ、な、なにいってんのよ!」
「俺たちの分もキドラさんがやってくれる、てことで解釈間違いないっスか? ないっスよね?」
「キドラ~? その高性能のお耳は俺たちの会話拾ってなかったの~?」
「そいつの言うことは最もだ。実力のない者に立場を奪われるほど理不尽なことはない。ようは実力を示せば、どちらがアイリスの護衛に相応しいかはっきりするだろう。実力が全てだ」
「ふむ。キドラといったか。貴殿の考えには共鳴する! ぜひ貴殿と手合わせがしたい!」
「望むところだ!」
「暑苦しい少年漫画的展開に巻き込まないで~」
独断によって手合わせの契約をして二人は握手を交わす。そんな彼らに対して、訓練所にはシークたちの絶叫が響き渡っていた。
◇
ベルドが退場してから、さっそく3人はキドラに詰めよっていた。
「あんたねぇ! 何勝手なことしてんのよ!」
「あの騎士団に挑む馬鹿がいるとは思わなかったっス!」
「しかもちゃっかり同士になってるし! 俺のときは手叩き落としたくせにぃ!」
「俺はあいつと戦う。おまえらは好きにすればいい」
しれっと言ってのけるキドラに、ミナがまた突っかかろうとしたが、それより先にサラが口を開いた。
「キドラの言う通りだ。そもそもミナやレオは非戦闘要員だ。訓練に入れているのも自衛力を鍛えるためだ。おまえら二人を無理やり騎士団と戦わせるなんて私も団長も考えてはないさ。あ、シークは強制な」
「え」
シークが唖然としてサラを二度見した。
ミナとレオは決断に迷っているようだった。
悩んでいたミナとレオのうち、ミナが口を開いた。
「私は……! やらないとは言ってないわよ! お姉ちゃん、勝手に決めないでくれる? 別に怖くないもん!」
「ミナ……おまえは非戦闘要員だ」
「だからといって、アイリスを守る覚悟がないわけじゃないわ! 私だって! 私だってアイリス護衛メンバーの一員なのよ!」
ミナがふんっ!と胸を張ると、アイリスが感動したようで、目をうるうるとさせていた。内心サラも泣きそうになりながら、妹の決意に頷いた。
「そうか、ミナ。さすがは私の自慢の妹だ」
「ふん! 別に嬉しくないもん!」
「……レオはどうする? もちろん強制はしない」
「ミナがやるのに俺が逃げるわけにはいかないっス。けど……」
「けど?」
「サラさんの言う通り、俺とミナは戦闘向きじゃないっス。だから、テクノロジーを使いながら戦ってもいいっスか?」
レオの提案にミナが目をパチクリとさせた後、顔を輝かせた。
「レオ! 悪くないアイデアね! なかなか冴えてるじゃない!」
「素直じゃないっスね~」
レオの提案に、サラも否定しなかった。
「ああ、もちろんだ。期待している」
「! そうと決まればさっそく準備っスね! ミナ行くっスよ!」
「え?」
「博士のところっスよ! 時間がないから急ぐっス!」
こうして、アイリス護衛メンバー vs 騎士団の対戦が決定した。
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