第21話 買い物②

 結局、サラの名前を出すと、男らが店長に確認に行き、確認が取れるとキドラは無事解放された。すっかり疲労しながら、キドラはアイリスと共に案内された店内に入った。お詫びに無料チケットを何枚かもらったが、キドラは今回の目的が終わったらもうくるつもりはなかった。

 店内に入り、キドラが中を観察すると、中は外から見るより広く、天井も高かった。実際、中の空間を拡張する魔法が使われているようだ。暖色の灯りが薄暗い空間を照らしており、木製の建物はシックな雰囲気を醸し出していた。キドラはこのような造りを仮想ショップのデザインで見たことがなかったが、あっちの世界に持ち帰ったら案外流行するかもしれない。柄にもなく、不思議な空間にキドラは目を奪われていた。

 しばらく、店を眺めていると、アイリスが不思議そうに尋ねてくる。


「初めてですか? キドラさんの国にはショップはなかったんですか?」


 アイリスが興味津々という風に聞いてくる。こういう、知的好奇心を追及する姿勢はキドラの中では好ましいものだった。さっそく、キドラが答える。


「ああ。俺たちは俺たちの望むものを事前に予約して、それをデータに圧縮してから送ってもらうのが一般的だ」

「ショッピングとかなかったんですか!?」

「まあ、そういう無駄を楽しみたいやつは、オンラインショップの仮想ショッピングを楽しんでいたな」


 キドラがそう答えると、アイリスの目が点になる。


「面白い顔をするやつだな」

「いや……ええっ!? た、楽しいんですか!?」

「? 現地に足を運ぼうが、仮想体験だろうが、脳内で排出される快楽物質は変わらん。なら、バーチャルの方がいいだろう。無駄に廃棄されるものがなくなる」

「うう……。廃棄食品を言われたらなんも言えないじゃないですか……」


 アイリスが悔しそうな顔をする。よくわからないが、なんだかアイリスを説得できたかのようで、キドラの顔は本人も知らぬまに緩んでいた。


「ああ! 笑われたー!」


 またもやなんとも言えない顔で自身を見るアイリスに、キドラはまたもや妙な気持ちになった。


「さあ、楽しみましょう!」


 アイリスがさっさと店の中を進んでいく。それに続いてキドラも足を進めた。ショップの中は、いろんな種族で溢れていた。賑やかな店内に、はしゃぐアイリスに、キドラの脳がバグを起こしそうだ。まるで、ここだけ別世界だと言わんばかりのバグ。そしてあり得ない懐かしさを感じるというバグ。

 キドラも悪い気はしなかったが、これが「喜」や「楽」の感覚といわれると認めがたいような気がした。キドラがデータとして示せない感覚に戸惑っていると、後ろから何かがぶつかる。


「わ、ごめんね、兄ちゃん!」

「すみません、この子ったら、久しぶりの買い出しにはしゃいでしまって」


 キリンの獣人とその子供だった。耳を動かしながら、赤毛の髪をした少年がキドラに頭を下げる。続けてその父親も頭を下げてきた。キドラが「気にするな」というと、親子は頭を再び下げて立ち去っていく。その後ろ姿を見送りながら、キドラの疑問は自然とその口から漏れ出ていた。


「なぜ、こんな場所ではしゃぐ?」

「それは、楽しいからですよ!」

「楽しい?」


 キドラの疑問にアイリスが答えるも、その返事に、またもやキドラがその頭をかしげる。


「ふふ。キドラさんは特にショップにトラウマがあるとかではないみたいですね。ならば! この私がキドラさんに買い物の楽しさを教えます!」


 いつも静かなアイリスからにつかない挑発的で楽しげな表情や仕草に、キドラはなんとも言えない感覚になった。思わず、キドラは頷いていた。


「まずは、卵ですね!」

「まずは? 卵以外に買う必要はないだろう」

「わからないですよ?」

「意味がわからん。買うものは決まっているだろう」


 そう言って、キドラが視覚機能のオプションをオンにする。インターネットに物が繋がっていない以上、念じたものがすぐに手配されるなんて恩恵は受けられない。しかたなしに、検索した「卵」の形状と一致するものをこのショップから探すしかないようだ。

 キドラがスキャンを続けていくと、左方向200m先に、「卵」と思われる物体を発見した。


「こっちだ」

「え!」

「左に100mまっすぐいって右に曲がったら、一番右の棚の一番上にある」

「また、その機能使ったんですか! というか違います! それは普通の卵ですぅ! 国王さまが望まれているものはーー」


 食いぎみにアイリスが反論したときだった。


「目玉商品! ベル鳥の卵が手に入ったよ! 早いもんがちだよ!」


 300m先、右方向で声がした。キドラとアイリスが目を見合わせる。


「「あった/ありました」」


 早いものがちということだから急いだがいいだろう。キドラが出力を高めれば1秒もかからずに目的地にはつく。だが、アイリスを置いていくわけにもいかない。加えて群れが増えたため、このままだと誰かを傷つけかねない。悩んだ結果、キドラはアイリスの手を掴むと、群れと群れの隙間の経路を計算し、そのまま突っ切った。


「さあて! 一番乗りはーえ? なんだい、風!?」

「ベル鳥の卵を一つ」


 キドラが注文すると、エルフの店員が引きぎみに頷いた。


           ◇


 結局、キドラたちは卵以外に、チョコレートを3つとコーヒーを1つ購入した。チョコレートはメンバーに、コーヒーは甘いものが苦手なサラにだ。


「皆さん喜んでくれると嬉しいですね!」

「全く。無駄な買い物をしてしまった」

「ふふ。その無駄がいいんですよ。楽しくなかったですか?」

「楽しいわけない」


 アイリスは不満そうに、楽しそうに、笑っていた。  

 2つの矛盾する感情を同時に見せる彼女を、キドラは忙しいやつだと分析する。


「私、母と一緒に買い物に行ったとき、買うつもりのないものを見て回る時間が好きだったんです」


 アイリスが懐かしそうに目を細めて笑っていた。キドラの脳には、アイリスが懐かしいと思ってるなどというデータは知らされなかった。だが、懐かしそうだと、ただキドラはそう思った。


「キドラさんにも無駄の楽しさを伝えたかったのですが、失敗しちゃいました」


 アイリスが笑う。

 キドラが今回の買い物を振り替える。正直、キドラ自身楽しいとは思わなかった。ただ、負の感情を抱くこともなかった。



 ー悪くはないかもな。

 そう思うほどには。

    


            ◇



「チョコレート!! わーい!」


 キドラとアイリスがお土産を渡すと、真っ先にシークが喜んだ。


「べ、別に嬉しくないんだからね! ……まあ、気持ちは嬉しいわよ。あ、ありがとうアイリス」

「あざっス」


 ミナとレオも満更でもなさそうだ。ミナは分かりにくいが、シークが言うにはあれはツンデレだ。つまり、言葉とは裏腹に喜んでいる……という。


「俺あまり甘いもの好きじゃないけど、アイリスとキドラの愛をいただきます」

「え! シークさん、甘いものダメだったんですか!?」


 シークの余計な一言に、アイリスがショックを受けているようだ。そんなアイリスを見て、キドラはふと、アイリスが無駄がいいとか抜かしていたことを思い出した。キドラはそんなアイリスをなんだか無性にからかいたくなった。それはキドラにとって始めての感情だった。


「アイリス、シークに感謝しろ。やつの無駄な一言に喜べ」

「あー! 私が言いたかったのは、そういうことではないですから」


 アイリスが頬を膨らませる。それに敏感に反応したのはシークだ。


「あれ! 二人めちゃくちゃ仲良くなってる! うわ! 俺も一緒に買い物行きたい!」

「なんだ。騒がしいな。おい、キドラ。卵は買えたか?」


 サラも部屋に入ってきたようで、そう聞いてくる。「ほら」といってキドラが卵を差し出すと、サラは顔を明るくした。


「さすがアイリスだ!」


 光の浴び具合によってたまに虹色に輝く卵を、サラは愛おしそうに撫でる。


「あ、サラさん! お土産があります!」


 そう言ってアイリスがサラにコーヒーを渡すと、サラは一瞬固まって、すぐに破顔した。キドラが今まで見たこともない美しい笑顔だった。


「ありがとう、アイリス!」


 アイリスはどうやら回りを笑顔にする才能があるらしい。少しだけ、キドラもアイリスの良さがわかった気がした。


「もー姉妹揃って、アイリスだけにしかお礼言わないんだからー! 俺はわかってるよ。キドラも、ありがとうね!」

「礼はアイリスに言え」

「あれ? ま、いいや。アイリス、ありがとう!」


 たかが、チョコレートとコーヒーごときではしゃぐ様はキドラに言わせれば馬鹿らしい。だが、少しだけ、悪くないと、そうキドラは思った。そして、一度はどうでもいいと思ったアイリスのことが気になり出していた。

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