第20話 買い物①
「卵だと?」
翌日、キドラの怪訝な声が宮殿の一室に響き渡っていた。あれから、レオとキドラはシークにアイリスの初恋について訪ねたものの、シークは笑って誤魔化すばかりで、元々他人に興味のない二人はすぐにアイリスの件はどうでもよくなった。これがミナだったら違っていたのだろうがーー。
それよりも今回キドラが関心を惹かれたのは、サラの「卵」という言葉だった。サラは他でもない、キドラに顔を向けて「卵を買ってこい」と言ったのだ。当然、自分のこととなると聞き流すわけにはいかない。キドラは怪訝そうにサラに問い返していた。キドラの感情をそのまま再現するかのように、発せられた声は上がり口調だ。こんなところまで、テクノロジーは忠実に作られている。
「ああ、国王さまがベル鳥の卵料理を食べたいとおっしゃっていたが、ベル鳥の卵などそうそうあるもんではない。冒険者が捕まえてきた中にベル鳥がいたときだけ手に入るものなんだ。だから、シェフが買い出しにいっても手に入る確率は低い。だが、アイリスならどうだ? 可能性はぐんと上がるだろ? だから、アイリスの買い出しに付き添え」
今回の訓練はハードだった。ミナ、シーク、レオを相手に3対1で鬼ごっこをしたのだ。遠慮のない彼らはためらいもなく魔法を使ってキドラを追いかけてきた。それを避けながら逃げ回るのは、結構体力という名の燃料を消耗した。その後に買い物など冗談にしてほしいというのがキドラの本音だった。
「他の3人はどうした」
「おまえ以上に体力を消耗している。チームのためにも体力消耗の少ないキドラに任せたい」
「俺も脳は疲れている。おまえが行け」
「私は国の雑務がある。買い物など行く暇はないし、正直今すぐ常務に戻りたい」
消去法でも、キドラしかいないようだ。しかたがない。キドラがアイリスをちらっと見ると、彼女はキドラに頭を下げて見せた。
アイリスも国王のわがままに振り回されているはずなのに、なぜ謝るのか。
いまだにアイリスのことがよくわからないキドラは、とりあえずアイリスに顔を上げるように言ってから、ショップを目指して歩き始めた。
◇
キドラがインターネットで調べたところ、アルカシラ王国の食料品売場は前時代のスーパーマーケットやらと似た造りをしていた。データによると、スーパーマーケットとやらは、メーカーや生産者が出荷したものが卸売業の卸売を通して商品として並ぶそうだが、ここのショップは、獲物を駆った冒険者がその獲物を売りにきたり、珍しい食材を手に入れた商人がそれを持ってきたりと比較的自由なようだ。つまり、キドラの世界の昔の店ともまた違ったシステムとなっているわけだ。これからテクノロジーが発展していくこの世界が行き着くところは、キドラたちの世界と同じなのだろうか。
アイリスが隣にいることも忘れて考え込んでいたキドラに、控えめに声がかけられた。
「難しい顔してますね……そろそろ着きますよ」
「すまん。ショップとやらを検索していた」
「ええ! せっかく横にガイドがいるんですから、聞いてくださいよ」
「人に聞くより、調べたが早い」
「…………」
それから黙りこくってしまったアイリスと供に、キドラはひたすら無言で歩いた。すぐに、カラフルな木製の建物が目に入り、「ナーディ」という看板からそこがショップなのだと悟る。ナーディは確か、アルカシラ王国で3番目に有名なショップだったとキドラは記憶している。
「……入り口はまさかあそこか?」
キドラが指さしたのは、建物の中心にある、開かれた「口」だった。キドラの世界にある自動ドアの設置位置と照らし合わせるとその口が入り口だとは推定できるが、だが、それはどう見ても口だった。
よく見れば見るほど、その建物は至るところが奇妙だ。木製の丸い建物の上部分には、等間隔に灯りがともっているように見えるが、あれは目だ。一見見ただけでは洒落たデザインだと思われる木の蔦はよく見ればうにょうにょと動いている。最初は建物と認識していたそれが、キドラには動かない化け物のように見えてならなかった。
「なんか不気味だな。本当に入り口なのか?」
「はい、入り口で間違いないですよ。あれは門番のマウスキャナーですよ! 魔法道具の一種なんですが、よくお店の門番をしてくれるんです! 禁止された武器などをお店に持ち込もうとしたお客さんを入れないようにしてくれるんですよ。あの目は、お店の外で喧嘩や危険がないか監視してくれているんですよ」
「なるほどな。防犯システムということはわかった。だが、少し趣味が悪くないか?」
そんなことを考えながら店に入ろうとしたからだろうかーー。キドラが入り口に近づいた瞬間、その口が俄然閉ざされた。
「……………」
「キドラさん!?」
「……。腹立たしいな」
「キドラさん!」
キドラの体が武装しかけたとき、アイリスがすかさずキドラを止めたため、キドラの体は次第に元の形状に戻っていった。元の世界で防犯に務めていたキドラが防犯されるとは皮肉なものである。
「キドラさん、大丈夫ですか? とりあえず、お店の方がこられると思うので、待ちましょう」
「……ああ」
キドラがそう返事をしたときだった。閉まった入り口が開いたかと思えば、その入り口は完全に口へと変化していた。先ほどまで、入り口の向こうにうっすら見えていた建物の中の様子は見えなくなり、ただそこには「口内」が晒されていた。そして、その中から舌らしきものがキドラたちに向かって伸びていく。
「キドラさんじっとしてて!」
切り刻もうとしたキドラをすかさずアイリスが止めたーー。
「……」
結果ーー
キドラは今、舌に拘束されている。
「……」
「……すみません」
アイリスの申し訳なさそうな声に、キドラは真顔で返した。
キドラの世界では、こんな仕打ちは受けなかった。悪意があるかどうかなんて、数秒前の感覚変動データを示せば、ごく簡単に無実が証明されて解放される。だが、この世界ではそう簡単には行かないことに、キドラはもどかしさやら苛立ちやらを感じずにはいられなかった。
キドラの苛立ちに反応して、舌の拘束が強まっていく。仲間が無言で舌に拘束されるのをただひたすら眺めなければならないとき、アイリスは初めてインターネットの手助けが無性に恋しくなっていた。気まずい状況を打破する会話の話題を知りたいーーとそう思わずにはいられなかった。
なんともいえない空気が流れ、数分後、ようやくバタバタと足音が聞こえてきたと思えば、猿型の獣人の男と、竜人の男女が現れた。
「すんません、お客さん、ちょっと話伺えます?」
猿型の男が、険しい目をしてキドラに問いかける。まるで、犯罪容疑者に対する対応にキドラが苛立たげに口を開いた。
「……俺は一般人だ」
「いやぁ。第二防衛にも引っかかった人に言われてもねぇ」
男がそう言ってキドラを睨み付ける。後ろの方で、竜人も警戒を見せ、遠くでは見物人がちらちらとキドラたちを伺っていた。これでは、完全に晒し者だ。弁明しようとキドラが口を開くと、男たちが足に力を入れてさらに警戒態勢を強めた。
「誤解なんです!」
アイリスがキドラと彼らの間に入り、口を開く。キドラとは違い、アイリスの弁明は通りやすいだろう。キドラはもうアイリスに放任することにした。
「お嬢ちゃんさ、こいつの仲間?」
「そうですが、私たちは買い物にきただけなんです」
「お嬢ちゃん知ってるよね、マウスキャナーの形態」
アイリスが頷くがキドラにはさっぱりだ。マウスキャナーのことを調べていなかったキドラは、脳内でインターネットにアクセスする。脳内で直接インターネットを閲覧するも接続がうまくいかないようで、結果として検索したものがスクリーンとして頭上に表示されてしまった。アイリスが、「キドラさんじっとしてて!」と再び言ってくるのと同時に、竜人たちが再び騒ぎ出した。
「な! なんだそれは!」
「攻撃するつもりね!」
竜人の男女がキドラを睨み付ける。
「違う! 検索しただけだ!」
「検刺す? 下だけ?」
「我々の弱点は、尻尾ということを知った上での宣戦布告だな!?」
「違うだろ! 見てみろ、読んでみろ、『マウスキャナーとは』とあるだろう? これが検索だ!」
「あーもしかして、いま流行りの?」
話が通じないことにキドラが困窮していたとき、猿人がそう言ってスマホを見せてきた。そこには検索画面が広がっていた。よりにもよって、検索履歴が「うざい上司 黙らせ方」「女の子 何又まで許せる」「猿人 人間になりたい」「女の子 操り方」とかなのは残念だ。二番目にいたってはアウトだし、その次に関しては獣人ならではの悩みを感じる。なにより、キドラを苛立たせる男を彷彿とさせる雰囲気に、キドラは自然と敵対心を抱いてしまっていた。
「え、なんで、睨むの? 救世主だよね? 俺」
「おまえは嫌いだ」
「え! 初対面ですけど!?」
例の男そっくりの猿人に悪態をつくと、キドラは再びアイリスに叱られた。
「キドラさんは、情報化学? 情報……学? とにかく、技術が進んだ国の方で、体も金属に包まれています。ですから、システムに捕まってしまっただけで、悪意はありません!」
アイリスの弁明に、竜人の男女が怪訝に顔を歪ませた。
「なら、なぜ、捕まっている? 第二防衛は、容疑者が抵抗や攻撃の意志を示したときに発動するのは知ってるだろう?」
「キドラさんは、拒絶されたことにびっくりして防衛機能が働いちゃっただけです」
「そんな……ハリネズミ族でもあるまいし」
「似たようなもんです!」
必死に庇ってくれているわりには、アイリスの物言いはなんか引っ掛かる。だが、アイリスがじっとするように言ってくれた意味をキドラはようやく理解できた。アイリスはこれ以上疑われることがないよう注意してくれたようだ。
「威嚇されたら威嚇?……いい年した大人が……?」
竜人の女の呟きをキドラは聞き逃さなかったが、これ以上事態をややこしくしないために頑なに口を閉ざした。心の中ではいろいろ思っていたようだがーー
(全く、アイリスの意図も分かりにくい上に、無実を証明するのにこんな時間がかかるとはな。本当に不便な世界だ)
キドラが内心不満を吐いている間も、アイリスは説得を試みてくれていたようだ。結果、アイリスの必死の説得もあってか、彼らはキドラを問い詰めるのを止めると集まってなんら会議をし出した。
アイリスとキドラがじっとそれを眺めていたときだ。アイリスの電話がなった。
「出ていいよー」
猿型の男から指示が出て、アイリスがスマホを手に取った。
『ああ、アイリス。無事か?』
サラの声が聞こえてきた。どうやらかけてきたのはサラのようだ。
「は、はい。ただ……いま、ちょっとトラブルで……」
『トラブル? 何かあったのか?』
「いや……その……だ、大丈夫です。キドラさんもいらっしゃるので」
キドラの体裁を気にしてくれたのだろうか。その優しさにキドラは胸が熱くなるような感覚に陥った。
『そうか? しっかりあいつをこき使ってやれよ?』
「ハ、ハハ」
『それよりさ、忘れてたんだが、ショップにはマウスキャナーがいるだろ? もしかしたらあいつはアウトかもしれん。一応、店長は友人だから話を通しておく。もし捕まったら私の名前を出せ。それだけだ』
「え! ありがとうございます!」
『ん? 礼など……。……。捕まったのか?』
キドラが目線で、アイリスに切れと訴える。脳内通話が使えないためキドラは内心ハラハラしたが、アイリスは意図を理解したらしい。サラを労う言葉をかけると通話を切った。
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