第19話 幻 ⑤


 あれから、キドラたちは宮殿に向かっていた。


「キドラ、ありがとう。」


 横に座ったシークがキドラにこそっと例を言ったが、キドラはそれどころではなかった。なんやかんやあって流れてしまったが、正直、テクノロジーが自身を裏切ったことをキドラ受け止めきれていなかった。  

 すっかり思考モードに入ったキドラを見てあきらめたのか、シークは馬車に揺られながら歌を歌い出した。それにソムニウムが歓声を上げ、シークが調子に乗ってアイドル気分で歌いだしては、レオに足を踏まれていた。

 シークがスマホを取り出す。インフラ整備が完備してメンバー全員に普及されたやつだ。


「メッセージアプリで俺らのグループ作ろうよ!」

「断る」

「嫌」

「嫌よ」

「嫌っス」


 キドラとサラ、ミナ、レオの声が重なった。おそらく、理由は一緒だろう。サラがめんどくさそうに口を開いた。


「メンバーの連絡先は強制的に登録させられただろう?」

「それで十分っス」

「不十分ー!!」

「それにあんた無駄なスタンプとか文章送ってきそうじゃない! 想像しただけで鬱陶しいわ!」

「まだやってもないのに?」


 そう言いながら、ミナはアイリスとはアプリの連絡先も交換したようだ。それを見て、またぶつくさシークは文句をいっていた。

 だが、何度も言うが、キドラは正直それどころではなかった。アイリスを除いたメンバーの正常さへの違和感がテクノロジーに勝ったというのだ。どうして落ち着いていられようか。


「とりあえず宮殿についたら各自解散だ。シークと魔物は一緒に研究所へ向かうぞ。キドラも……なんかそれどころじゃなさそうだな」

「キドラって結構一直線だよね~。まあ、キドラはいなくても大丈夫……いや、妥協点はキドラの案だし一応連れてくかあ」


 キドラの知らないところで、サラとシークが頷いた。


            ◇


 宮殿に着くやいなや、シークとサラはキドラを半ば引きずるようにして研究所へと向かった。もちろんアイリスも念のため一緒だ。引きずられながらも思考モードに入ったキドラを、アイリスは心配そうに見つめていた。

 研究所へ着くと、インフラ整備の計画書をまとめていたジェルキドがキドラたちを迎えいれた。


『ご主人~久しぶりにゃ!』


 キドラを見るやいなやロキがキドラに抱きつく。それで一旦キドラの意識はこちらに戻ってきたようだ。


「ロキ……ただいま」

『はいにゃ!』

「王様から一通り話は聞いておる。だが、詳しく話してくれんか、キドラ」

「はい。シークは魔物を退治したくないようでサラは逆のようだったので、妥協案として魔物を人間側が操れるようにすることを提案しました。魔物は上部の瞳で人々を操るようです。そこの神経とネットをつなぐことで、幻想のスイッチを遠隔操作できるようしたらどうかと」

「なるほどな。それは結構当事者の尊厳を踏みにじることになりかねんが……魔物の少女は了解しておるのか?」

「われはかまわん! むしろ暴走してシーク様を傷つけたら償いきれん。ぜひお願いする」

「そうか。なら体内の構図のレントゲンを取らせてもらおう。幻術の仕組みが分かってからチップを埋め込もうと思う。まずは幻術を実際にかけている様子を見せてもらって……脳の動きを見たいんじゃが……」 


 ジェルキドが一通り説明すれば、少女は大きく頷いて見せた。


「わかった。誰にかければいい?」

「はいはーい!」

「シーク様!?」

「俺が王様になった幻術を見せてよ!」


 シークの要望にサラが不謹慎だと止めるが、少女は当然シークの要望を叶えるつもりのようだ。


「われが幻術をかけるときは上の目が赤くなります! 逆にわれが目を閉じたら幻術は止まりますが、精神世界から帰ってくるのはシーク様が帰りたいと思われないと難しいですっ!」

「大丈夫だよ~始めて~」


 ジェルキドが機材を少女の頭に装着して、シークが少女に向き合うと、観察が開始された。

 幻術にかかった人間は端から見たらそれはもうまぬけな面だった。幸せそうに口元を緩めるシークを見ながら、キドラは自身の問題を再び考えていた。

 キドラが思うに、テクノロジーをうまく使いこなせなくなったのはこのシークという男に出会ってからだと思う。直感からくる感情をこの男に対して随分と経験してきたのだ。そう思うと、キドラが今悩んでいるのもその男が原因な気がしてくる。次第にキドラはシークに対して怒りの感情が沸いてきた。


「シーク様終わりましたよ、シーク様!」


 少女の呼びかけに、キドラは今最も腹立たしい男の方を見る。マナにかけられた変装はとっくに切れていた。

 久しぶりに見たシークの幸せそうな間抜け面に、キドラはだんだんとイライラが募っていった。

 ゆっくりシークに近づいていくと、キドラはその頬を思いっきりぶっ叩いた。


「いった!!??」

「おいシーク!! おまえはどんだけ俺に迷惑をかけるんだ!」

「え、キドラ? なんかすっげぇ理不尽な予感!」

「おまえ~シーク様の麗しの顔になんてことを~!」


 少女がキドラに掴みかかれば、キドラははっとしたように辺りを見渡した。


「いや、おまえにはかけてないから! まさに今幻術から覚めました~感やめて!!」


 少女がシークに抱きつきながら必死に抗議するのを、キドラは唖然として見つめていた。


            ◇


 データが取れたこともあり、魔物の少女へのチップの埋め込みはその日のうちに完了した。経過観察のため、魔物の少女は研究所に寝かされ、念のためサラも見張りをすることになった。就寝時はサラに護衛してもらっているアイリスも一緒に残るようだ。もちろんシークは泊まりたいとごねたが、却下されていた。

 キドラが挨拶をして研究所から出たところで、ジェルキドがキドラを呼び止めた。


「キドラ、おまえどうしたんじゃ?」

「! ……実は……俺はテクノロジーに裏切られてしまって……」


 キドラが悩みの種を明かす。

 神妙な面をして床を見つめるキドラとは逆に、話を聞き終えた博士は声に出して笑っていた。


「博士っ……俺は真剣に……」

「ハッハッハ。おまえらしい悩みじゃ。だがな、キドラよ。テクノロジーに全てを預けてはいかんよ。おまえが、主体的に使いこなすんじゃ」


 博士にそう言われると、キドラは自分の至らなさを痛感してしまった。ロキが心配してキドラに近寄ってくる。その頭を撫でながら、キドラは再び思いを口にしていた。


「俺は、この世界にきて、回りに振り回されています。本当に効率は悪いし、馬鹿みたいなことばかりです」

『ご主人……』

「正直、分かりません。俺がどうなっていくのか……さっぱり俺には分かりません。」


 また口を挟もうとしたシークの口をロキがすかさずしっぽで塞ぐ。その傍ら、キドラの言葉に対して、特にジェルキドは何も言わなかった。



           ◇


 日付が変わるころ。

 キドラは充電台の上に腰掛け、いつもこの時間にやってくる男を待っていた。

 先日から抱いてきた違和感を、今日明らかにせねばならない。

 しばらくすると、部屋に男の気配が近づいてくる。

 コツコツと靴底の擦れる音が響き渡り、すぐに部屋に男が入ってきた。


「また今日も恋ばなしない?」

「シーク……じゃないな。だれだ、おまえは」


 キドラが単刀直入に尋ねると、男はタレ目がちの目を丸く見開いて、すぐにニヤッと笑った。


「へー。気づいたんだ」

「…………」

「いつから? なんでわかった?」

「最初見たときからな。登録したシークの虹彩とおまえでは一致しない」

「なるほどね。お得意のテクノロジーか。でもさ………」


 男がじっとキドラを見つめる。冷たい目をしていた。感情が全く読めない男だったが、このときは直感的に冷気を男から感じたのだ。


「でもさ、その虹彩認証とやらは本当にあっているわけ?」

「何がいいたい」

「今日、いい経験したじゃないか」


 なぜ男がそのことを知っているのか。


「キドラはさ、俺が本物かどうかを判断できるくらいシークのこと知ってるか? テクノロジーが危ういとき、自分自身を信じられるくらい自分を理解しているか?」

「何がいいたい?」

「そうやって、すぐにテクノロジーや回りに答えを聞くのはきみらしい」

「馬鹿にしているのか?」


 正体をはぐらかしながら自身を言いくるめてくる男に、キドラの苛立ちが募る。そんなキドラのことなど知らないというように、男が立ち上がった。


「まあ、いいさ。もうここには来ないよ」


 シークもどきがへらっと笑ってキドラに背を向ける。だが、キドラはまだその正体を暴けていないのだ。慌てて、キドラがその男を引き留める。

 だが、「待て」と呼びかけたキドラを見向きもせず、男はその場から姿を消した。

 まるで、神隠しにあったかのようにー。


「言い逃げか! くそっ!!」


 苛立ちが隠せないまま、キドラから愚痴がこぼれ出る。テクノロジーが普及しつつある世界で、キドラは不安を覚え始めていた。

 そして、今日、前よりもキドラはシークのことが苦手になったのだった。


            ◇


 翌日。キドラのシークもどきへの不満はシーク本人にぶつけられた。


「シークお前ふざけるなよ」


 訓練所につくや否やキドラがシークに怒りをぶつける。


「またシークさんなんかやらかしたんスか?」

「またって何!? てか、全く心辺りがないんだけどぉ!」


 キドラがイライラを示しながら2日連続して経験した奇妙な体験を話せば、シークは目を見開いてキドラを見つめた。


「え! 信じらんない。何が信じらんないかって、それ明らかに俺じゃないのにあたかも俺だったかのように俺に当たることかな~」


 シークの言葉にキドラが顔をひきつらせ、再び理不尽な言い合いが始まろうとしたとき、レオが「あ!」と声を上げた。


「そういりゃ、国王様はキドラさんたちを呼ぶとき、強くて人間の心が極力ない人物を指定されたんスよね?」

「そうだった~」

「確か、サラさんが言うには国王さまは定期的にキドラさんに邪な感情が芽生えていないかチェックするつもりみたいっス」

「あ。言ってたねぇ。しかも、俺もどきはアイリスへの恋心の有無を聞いてきたんだよね? なら、辻褄合うねぇ!」

「は?」

「アイリスてほら、公共の財産みたいな扱いじゃん? 例えは悪いけど。だから、誰かがアイリスへマイナスな感情を向けるのはもちろん警戒ものだけど、逆にアイリスが誰か一人のものになるのも国的には嫌なのよ」


 シークの言葉に、なんともいえない感情がキドラを支配した。未知の感覚に名前をつけないことはキドラのようなテクノロジーに慣れた人間にはストレスフル以外の何ものでもない。キドラがすかさず脳内物質のデータを取れば、セロトニンが低下していることが分かった。セロトニンの低下。すなわち、不安や焦燥。


「俺は一体何が不安なのだろうか……」

「急に哲学はやめてよ。まあ、アイリスへの扱いは仕方ないところはあるんだよね。要は、キドラにあまり人間らしくなってほしくないんだろうね、国王さまは」

「キドラさんがアイリスと万が一そういう関係になったら……やばそうスね……」


 レオの言葉に、「そういう関係?」とキドラが首を傾げる。すかさず恋愛に関するものだとレオが説明すれば、キドラは即座に首を降った。


「恋愛など俺は必要ない。必要なのは強さだけだ」

「ある意味安心ある意味不安~」

「そういや、アイリスさんこそ恋とか想像できないんスけど、初恋とかあったんスかね?」

「うん、俺だよ」


 さらっと言ってのけたシークにレオとキドラが固まった。はっとしたように詳細を聞こうとレオが口を開きかけたときだった。


「ったく男子早いわね!」

「おはようございます!」


 ミナとアイリスが揃って顔を出した。その後ろからサラも姿を見せる。

 結局、シークの言葉は有耶無耶に、消化不良なままキドラたちの訓練が開始された。

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