第18話 幻 ④

 辺りは、キドラがつい数分前見たばかりの光景が広がっていた。殺風景な森林の中央の道に馬車が止まっている。キドラは馬車を降りた場所で、ペタンと座り込んでいた。


「お帰り、キドラー」


 キドラの耳が聞きなれた声を捉えた。その方向を見れば、シーク、アイリス、ミナ、レオ、サラがキドラを心配そうに見つめているのが目に入った。


「もう心配はいらないっスよ。これ捕まえたんで」


 そう言って、レオが何か緑の物体をキドラに見せつけてきた。よく見れば物体と思っていたそれば、緑色をした魔物のようだ。容姿は幼い少女のようだが、体の色が緑で、角が這えている点で普通の少女ではないとわかる。額には閉じた目に罰印がつけられていた。


「この額の目で幻術を見せるみたいっス。強制閉眼の魔法道具をつけてる今は大丈夫っスよ」

「俺……が、俺は……幻術を見せられていたのか?」


 信じられない、というキドラにレオがため息をつく。


「いや、俺らも見落としてたっス。幻術の打開策は、一つは惑わされない強さをもつこと。二つは自分の信じるものを最後まで信じ通すこと。そして、もし幻術にかかったら、それを疑うこと。っすが……キドラさんは三つ目が危うかったんスよ。」

「な、なにを……」

「テクノロジーはこの世界でも広まりつつありますからそのすごさはわかるっスよ。ただ、テクノロジーも万全じゃないってことっス」


 次々に語られる内容に、キドラの思考が停止しかかる。だって、テクノロジーが自分を裏切るとはーー。


「確かに、テクノロジーはロジカルで精密っスから、テクノロジーの示すデータこそ間違いがないと考えてしまいがちっス。だからこそ、テクノロジーが示したデータだと思い込まされてしまえば、完全に騙されてしまうっスよ」

「………」

「幻術は見かけだけでなくて、脳にも直接関与するものもあるんスよ」


 そう言うレオの言葉に、キドラはすっかり消沈してしまった。


「……だが、確かに、シークがキラキラしているのは違和感があった……」


 キドラが呟くと、すかさずシークが反論する。


「え! 俺がキラキラしたらおかしい?」

「気色が悪い」


 キドラがそう答えると、シークよりさきに伸びていた魔物がピクッと反応した。


「違う!!!!」


 魔物が話したことに、辺りに緊張が走るーー。


「違う! 違う! 違うもん!」


 レオが魔物を拘束する力を強めた。


「シーク様はかっこいいもん! 王子様だもん!」


 とたんに、理解不可能な言葉がキドラたちの耳に飛び込んできた。


            ◇


 話を聞いたところ、ますます信じ難い事実が明らかになった。魔物は確かに幻術をかけて人を争わせたり仲違いさせることを進んでやっていたという。だが、それはある日、運命の男と出会ったことでパタリと止むことになる。

 ある日、魔物の少女が悪さをしようと、人間に化けて人間の住む地区に出かけていったとき、赤い果実に惹かれたという。金がないとやらないと言う店主に魔物が幻術をかけようとしたとき、一人の男がその頭を撫でた。


「せっかくのお忍びでしょ? 力使ったらバレちゃうよ」


 そう言って、男は金を払って得た果実を少女に渡したという。その男は、イケメンだった。少女はすぐに恋に落ちたという。

 そして、その男こそ、シークだというのだ。






「いやー、照れるねー」


 満更でもなさそうに笑うシークとは違って、他のメンバーは引いていた。アイリスだけは感心していたようだが。


「あれから、われは、シークさまとの疑似恋愛にしか力は使っていなかった!!!!」


 少女はシークを目の前に、顔を赤らめながら続けた。


「だが、シークさまが直々に来られたから! われ、緊張して! ちょうど、機械の人間がきたから、そいつにもシークさまの良さを伝えようて思っただけだもん!」


 などと、理解不可能なことを述べると、少女はとうとう泣き出してしまった。


「魔物ちゃん」


 シークの優しい声が響き渡る。


「シークさんは、悪さをする子は嫌いですよー。だから、悪さはもうしないって約束してくれたら、たまに会いに来るよ。まあ、付き合うとかは無理だけど」


 それじゃ不満?と続けるシークに、少女は頭を降る。何度も頷くと、悪さをしないと約束して、シークに握手を求めた。

 キドラが前時代の文化を学んだときに見た「アイドルとファン」さながらだった。


「それにしても、よく今のシークにときめくわね。禿げたおっさんよ?」

「おっさんが何を申すか!」


 ミナの言葉に魔物の少女が顔を真っ赤にして怒りを露にする。


「今はおっさんみたいだけど本当は違うんだから!」

「われは幻術の魔のものだ!! 変装前と後くらいわかるもん! シーク様はきっととある事情で変装せざるを得なかったに違いない! シーク様はハンサムだから、いろんな雌どもから逃げてるんだ! 証拠にそこの双子のじじい! おまえらはシーク様に付きまとった結果おっさんに変えられたのだな!?」

「せ、正確~」

「ざけんじゃないわよ! 幻術じゃなくて妄想じゃない! 誰がこんなへら男に付きまとうって??」

「それは我々に対する侮辱だぞ! 誰がこんな得たいの知れない遊び人を好きになるか!!」

「シーク様ぁ、こわい!!」 

「こわいよねぇ!」


 魔物の少女がシークに抱きつくと、すかさずシークも悪乗りする。口元をひきつらせながら怒りを抑えていたサラが、ため息をついて魔者とシークの方を見やった。


「とにかく我々の目的は魔物の退治だ。そいつを始末するぞ。」


 魔者を退治するというサラをシークがすかさず止めた。


「ね、ねぇ、もう悪さしないと思うよ?」

「何の根拠がある。魔物は厄介だ。今確実に仕留めとかないと危険だ」

「……アイリスは? アイリスはどう思う?」

「アイリス! 耳を貸すな!」


 シークがアイリスに意見を求めると、アイリスが口を開くより早くサラが剣を腰から抜いて、魔物の少女に剣を振りかざした。


カキーン!!


 次の瞬間、刃と刃がかち合う音が響き渡るーー。


「何の真似だ、シーク!」

「俺、アイリスに聞いたよね? それを待たず斬りかかるってひどくない?」

「アイリスはーー!」

「私は!! もし、魔物ちゃんが悪さをしないと誓うなら殺傷はやめてほしいですっ!」


 サラに被せるようにアイリスが叫ぶと、サラがきっとシークを睨み付けた。


「ほらみろ! アイリスは優しいからこうなるだろ!!」

「だからさっさと殺そうとしたわけ? 卑怯でしょ」

「うるさい! 魔物は人に害をもたらす魔法の具現化だぞ!! 放っておいたらそれこそ大災害だ!!」


 言い争いがヒートアップするのを、ミナとレオはハラハラと見守っていた。アイリスは泣きそうだ。


「「どうしたらいいの/っすか!?」」


 ミナとレオが耐えられないというようにキドラに詰めよった。

 キドラとしてはなぜ俺に?状態である。世界の重大決定事項を異世界の自分に問われたらそりゃそうだ。俺に聞くな、と言いたかったキドラだったが、真剣な表情を一斉に向けられたら、問題から離脱するわけにはいかなかった。

 いや、昔のキドラなら迷わず離脱していたかもしれない。


「俺はーー」

「「「あんたは?!」」」

「………」


 どうしたもんかとキドラが頭を悩ませる。正直キドラはAIに選択を委ねたかった。AIがあればいくつかの選択肢を用意してくれたはずだ。だが今は頼れるAIは近くにない。結局は、自分で決断を下さねばならないのだ。

 キドラはしかたなしに、シークの腕に抱えられた少女に近づいていった。

 キドラが少女を覗き込む。


「ソムニウムというんだな、お前」


 キドラの問いに少女がギクシャクと頷いた。緊張しているようだった。


「お前の視覚情報からネットの情報にアクセスした。ソムニウム。生物を幻想にかけ惑わす忌むべき存在らしいな」


 キドラの言葉に少女が顔を青ざめた。


「だが、一説によると、病に苦しむ人々を幻想にかけることで苦しみから救ったという伝説もある」


 驚いたように少女とシークの顔がキドラに向けられる。意外だったのかサラも怪訝そうにキドラを凝視した。


「エルフの作ったサイトは正確なんだろう? 今のが検索結果だ。そして、"ソムニウム" "幻想"で完全一致検索をしたらいくつかのサイトがヒットした」

「ちょっと待って。ワケわからんくなる前に質問~! 完全一致検索てなんですか?」


 すっかり調子を取り戻したシークがキドラに問う。


「完全一致検索はダブルクォーテーションを着けて検索することでその単語を必ず含んだ結果を出すようコンピューターに指示する手法だ。つまり他の類似表現ではなく"ソムニウム" "幻想"が関するサイトのみを検索したわけだ」

「ほう? どゆこと~?」

「そうしたら数件医療に関する論文でそれらの単語が出てきたらから再び完全一致検索及び曖昧検索によって医療とソムニウムに関するデータのみを抽出し、スキャンした。結果、ソムニウムの幻想術は医療現場の麻酔に役立つことが分かった。この世界では治癒魔法はレアなんだろう? だから医療が発達している。当然治療に当たって麻酔は必須」

「………え、それを一瞬で見つけ出したの?」

「ああ。脳がインターネットに繋がっているからな」

「……つまり、キドラが言うには、ソムニウムを殺しちゃうのはもったいない、てこと?」


 シークの言葉にキドラが頷いた。


「もし、そいつを信用できなければ、そいつの体内に小型チップを入れ込むことで、幻想のオンオフを医療従事者側が操作できるようにすればいい。俺たちの世界では脳への埋め込みは当人の許可があれば違法ではない」

「……俺はこの子を殺したくない。サラは魔物を野放しにしたくない。その妥協点は今のキドラの案だと思うけど……どう~?」


 シークがソムニウムとサラを交互に見やる。

 最初に口を開いたのは魔物の少女だった。


「われはシーク様とまたお会いできるなら、その他の条件は飲む」

「サラは~?」

「…………………」

「妥協も必要だよ……? アイリスの意思も尊重しなよ。」

「……ちっ! 責任はシークに預ける。何かあれば即消す。これが条件だ」


 サラの言葉にミナたちもほっとしたように息を吐いた。結局、魔物の少女は医療に役立てる方向に落ち着いた。改めてサラが支給のスマートフォンで国王に事情を説明すれば、博士の協力の元魔物を実験的に利用する許可がおりた。

 魔物を利用するのはアルカシラでは初の事例だった。

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